野郎共、お仕置きの時間だ

なんのこたぁないダメ強化人間LayeⅡ(らいつー)の独り語散るgdgd生活ブログ なまはげだって少子化で寂しいんよ。

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【Viol Viera】#08

+WARNING+オリジナル小説+WARNING+

・本文は完全一次創作です
・苦手な方はスル―推奨
・以前の話は右下カテゴリの一次創作より
それでは、どうぞ
【Viol Viera】#08






















エドガー・シュナイダーは警部である。
公安として街を見回り、不良少年たちと道端で未来について真剣に相談することもあれば、不穏な取引現場の怖いオッサン方に逮捕状を突きつけに行くこともある。
一生独り身の根なし草で終わるものかと思ってみれば、神様は素敵な菓子を次々に創造する手の持ち主との出会いも用意してくれたし、あろうことかその女性との間には向こう方似の小さな娘まで出来た。三十六年と半、小さな危険はあれどおおむね一市民、一公安として充実した人生を送っていたと言えよう。
彼は今、自分の人生とはおよそ相離れた存在によって考えさせられていた。

「お、おはよ刑事さん」
「刑事ってのも間違ってはいないが…お前さんいつまで居るんだおい」
「あらあら、いいじゃあありませんか。元気な子がもう一人増えたと思えば」
「つってもなぁこいつは――」

あまりにも遅い朝食の一風景。フライパンから剥がれおちたアツアツの目玉焼きとベーコンの向こうには、人智を超えた人間兵器――そのうち小さい方の魔女。いましがた起きたばかりと言いかねない寝ぼけ眼。
しかも下位種族でも人間が太刀打ちするには連隊クラスの人数が必要だというのに、どうやら眼前でベーコンを引き千切る娘っ子を打倒するには一個師団相当あっても到底足りないという恐るべき情報まで魔女経由で飛び込んできた。ようは魔道士という現実超越的存在の中でも、極めつけの超弩級ということらしい。
そんな彼らに対して半ば反射的に口にしようとする言葉を、彼は鞘におさめた。
最近、「化け物」という言葉を彼女らに向けることに躊躇いを持っているのだ。
代わりに彼はソースをたらたらと目玉焼きに注ぎ、こほんと仕切り直した。


「――まぁ、なんだ。魔女んとこのお前さんの部屋が片付いたら帰れよ。
俺は喰い盛りの娘っ子を二人も養って行くほど経済力のある男じゃないんでな」
「わっほーい、もう暫く居候させてもらうね、警部さん!」
「こいつは本当に…」

とびっきりの笑顔が若干の小麦色の肌に映える。こう嬉しそうに小動物を思わせる愛らしさを振る巻かれては、大人は折れるしかない。
やれやれと懐から煙草は取り出せない。家の中では禁煙主義だ。
あきれ果てているところに、小さな魔女は思いがけない言葉を切りだした。

「にしても警部さん、本当にヘンな人だよね」
「あぁ?飯食わせてもらってるのにひでぇ仕打ちだな」
「いやいや、そうじゃなくて。感謝してるってことだよ。
普通の人だったらあたしらの正体知ったら気味悪がるか、罵倒するだけだもん。
ほら、そういうのには慣れてるし、慣れるように訓練されてるからさ……ちょっとだけ、沁みるんだ」

その言葉に、警部は黙るしかなかった。
自分から見れば、確かに彼女たちは「化け物」同然である。自分は街を灰にする程の雷を撃てたりしないし、怪我をしたら塞がるのにも時間は喰う。何百キロもある
大剃刀を振りまわせもしないし、彼女たちに比べれば遥かに弱く、脆い。故に彼女たちを恐れるのも無理はない。
だからといって、彼女たちに化け物だ悪魔だと、そういった言葉を投げかけるつもりにもなれなかった。
彼女たちは自分たちと同じように呼吸し、痛みを感じ、そして生きている。その持つ力こそ遥かに人智を超えているが、しかし彼女たちは人間以外の何物でも無く其処に居る。
そういった彼女たちに対して化け物の一言で片づけてしまうことは、侮蔑以外の何物でもない。
歴史と力と、遥かに優れた叡智を持ち合わせた彼女たちは――想像以上に人間に対して慎重だ。
それはおそらく、何も知らずに彼女らを迫害し続けた人間たちに責任があるのではないか。
――くそったれな歴史だ。人も彼女らも、個体としてなら幾らでも付き合えるというのに、集団になると途端にそれが出来なくなる。分かっているのに、何も出来なくもどかしい。
自分たちに出来ることと云えば、偏見でも憐憫でもない。一個体として彼女らと面向き合うしかないと、そう思えてさえ来る。
警部はそっと身を乗り出すと、小さな赤毛頭をわしゃわしゃと揉んでやった。
ロゼッタは「ふぇ!」と妙な声を洩らしながら、恥ずかしそうにその手をどかした。その顔に先程の落ち込んだ様子は微塵も残ってはいない。

「何するのさ警部さん!あたし何かヤバい事言った?」
「あのな、こないだも言ったが、甘えられるときに好きなだけ甘えとけ、何も強がる必要もねぇ。それが子供の特権だ。
せめてウチでくらい、普通の娘っ子してろ。あまり子供が落ち込んでるのを見て喜ぶ大人はいねぇんだ」
「…それじゃ、お言葉に甘えるけどね」
「なぁ、ロゼ。あの女はこんな機会もなかったのか?若い頃に魔女の掟だなんだって放り出されて、あのまま大きくなってたのか?」


ふと脳裏に浮かぶ――長いブロンドの魔女。悪戯っぽい歳不相応の、それでいて悪魔の如く不敵な笑顔。
今思えば、それに何処となく寂しささえ覚えた。
最初から、何の躊躇いもなく同族を狩れた訳でもなかろう。人間に迫害されることも、幾度となくあったろう。
それなのに、何故あの魔女は未だに笑えるのだろう。
芯が強い、ただ強情な訳ではない。何かがそこにはある。

「カーラ?あたしが知り合ったのは6年くらい前だから、あんまり昔のことは知らないけど…
そうだね、物ごころつく頃にはベルンハルトが居たわけだし、そうでなくとも人間か、人間界魔界両方に通じた知り合いは居たみたいだよ。今も昔も。
…もっとも、一人はもうこの世にはいないんだけどね」
「いいのかそんなことさらっと言って」
「生身じゃいないっていう意味。人間だったけど、今は違う。それに、彼もあたしよりは新しい知り合いみたいだし…」
「蟲男は、あいつぁいつからなんだ?」
「ガラサキ?彼も此処数年じゃない?尤も出会いはあんまり平和なものじゃないみたい。
もともと殺し合う仲よ、あの二人。仲良く出来るわけないじゃん」

うへー、と警部は顎が外れたまま上がらなくなってしまった。大体殺し合う仲とはなんぞや。あいつらも召喚する魔に違わず相当ゲテモノな因縁を持っている。
そんな奴らが一つ屋根の下で仕事してるのだから、感心もする。いつぞや魔女が鉄パイプで蟲男に殴りかかっていたが、あそこには明確な殺意が存在していたようだ。今さらながら寒気がした。

「よく本当に流血沙汰にならないな、あいつら…」
「ときどきガチンコで殺し合ってるらしいけど決着つかないって。ガラサキは『あんな半不死身の魔女にトドメ刺せる訳ないだろう。リハビリ運動だ』とか言ってる。
カーラはカーラで、『ゴキブリよりしぶといから殺してもすぐ湧いて出る』だそう。多分どっちも本気じゃないだろうけどさ」

いや、ガチンコで殺し合ってるのは嘘じゃないだろう…とも思ったが、冗談を飛ばせるあたりはどうにも信じがたいことに円満なようだ。今度機会があれば蟲男の方に聞いてみるか。
それにしても、いつぞやに聞いたこのとんでも集団を束ねられる上司とは一体何者なのか。
きっと人間には想像も出来ない程凶悪な力と魔界での権力を持っているのだろう。そうでなければあの殺戮業者たちを大人しくさせられるはずが無い。
まだ見ぬ魔界の奥深さおぞましさに思いを馳せ時計を見れば、早くも出勤時間だ。
警部は素早く朝食をかっこみ、コーヒーを一杯啜っては素早くマンションの重い戸へと手を掛けた。

「んじゃ、いってくるわ」
「いってらっしゃい」


娘はとうに学校に行った。愛妻にひとときの別れを告げ、玄関を後にする。大きい方の娘は夜行性のようだからもうしばらくぐーたらしているだろう…
と思ったのだが、玄関であくせくとマットに尻もちをつき、小さな足に同じように小さな深紅のパンプスを突っ込んではいそいそと長い得物を担いで出ていく。
コンクリの床に響く靴の音が軽快だ。いつもの東洋風の衣装は何処へ行ったか、年頃の娘らしいゴシック・パンク調に身を包んでいる。

「エレノアさんごちそうさまでした!」
「お前さん、働くのは夜だろ?なんだってこんな早くに」
「実は今日は四月に一回の黒ミサなんだよね。ええと、人間でいうところの定期検査?
朝から黒ミサってのも変な話だけど、ファミリーネームが最初の方で召集早めにかかるからしょうがない」
「魔女も大変なんだな。 …って、それあの魔女にもあるんじゃないのか」
「あたしがEでカーラがCだから向こうの方が先だね。早いなんてもんじゃないっていうか、あのネボスケの事だから十中八九寝坊だ。
よし、準備運動がてら朝っぱらから飛ばしますかぁ!視覚欺瞞結界作動!風神雷神、出番だよ!」
【よっしゃー任せろ!フルスロットルで行くぜ!】
【さぁてお嬢様、どちらまでで?】
「目的地、町はずれの廃ビル!運賃弾むから最短ルートでおねがいね!」
【承知!】
両手より溢れる唐獅子の形をした煙がぼふんと周囲を包むと、いつも通りにバチバチと雷光が迸り、ロゼッタはひょいとマンションの踊り場から付近の電柱へと飛翔。体重を全く感じさせない跳躍。
徐々に輪郭が薄く背景に溶け込んでいき、見えなくなったかと思えば狼の疾駆した後を雷光と風だけが軌跡を追って行く。
やがて遠くの方の屋根に飛び飛びに消えていく雷光の軌道を見ると、人間が如何に不便な移動手段を用いているかを思い知らされるようだ。
とは言っても、彼女は事実上魔界では最速に近い生物らしいのだから納得せざるを得ないのではあるが。つくづく底の見えない娘っ子である。
朝っぱらからカルチャーショック全開なウソ臭い光景に暫く見呆けていると、頬を撫でる風が現実に引き戻してくれた。



「さぁ、今日もがんばりますかね」



 


  

 
 
【Viol Viera】
―Witch of Rebellion
―aberration hunting file#08―
[Witch and An elder Sister]









 









魔女の朝は優雅である。
日がとうにあがってから起き、シャワーで繊細な髪をひと束ひと束世話し肌に潤いを与え、人々が昼食を終えたころに食卓に出て来てはフライパンと鍋にひとりでに賄いを作らせる。
その間魔女日報に目を通しながら魔界の情勢を頭に叩き込み、頭の方は頭の方でゆっくり時間を掛けて宙を浮くドライヤーに乾燥させる。
凡そ身支度が整ってから彼女らの一日は始まるが、どうやら今朝に限ってはそうも言ってられなかった。

壁に叩きつけられ処刑される目ざまし、どたどたと薄手の寝巻のままにギロチンを担いで廊下を走る。外の鉄柵をぐるりと見事なコーナリングで曲がり、4階を越えて3階に飛翔すると
彼女は盛大に鉄扉を蹴り破り、ギロチンを振りかざして宣言した。爆睡にかまけた代償は不機嫌な目元に集中している。

「どうして起こしてくれなかったのかな?我が同僚の蟲使い、殻尖鳳蝶」
「おやおや、これはこれは天下の、旋律の魔女殿今日は随分と剣呑な様子だな。もう男子の部はすっかり検査を終えてしまったのでな。よもや君が起きていまいとは、露知らず」
「てんめぇぇえええ…わざとやってるな。十中八九間違いなくわざとやってる!」
「此処で魔女裁判を受けるつもりもないが、さっさと行ったどうだ?時間は待ってはくれない」
「…いや、あんたをまずここいらでブチ殺してから検査に行く。いい加減ストレス解消したかった頃だしね…今度こそ決着を付けようか」
「やつあたりとは感心しませんな。というかお前こそいい加減に自分で起きろ、ネボスケ」

暗い部屋に流れる不穏な空気。
放射状に召喚されるオーケストラの陣営が鈍色の起動音を立てて展開し、対峙する蟲使いは背後にムカデともカマキリとも、クワガタとも取れぬ奇怪なゲテモノをはべらせ瘴気をまき散らす。両者共に鬼気迫る横顔に、唐突に食卓の窓硝子を突き破り転がり込む第二の――魔女。
窓硝子が派手に悲鳴を上げて、彼女は現れた。

「ひっっはっぁぁぁぁ!デリバリー殺戮サービス、ロゼッタ・エピタフィオンただいま惨状!字ィ間違えた。参上!…あれ?どしたの二人とも殺気立って?あの日?痴話喧嘩?痴情のもつれ?」
「そのどれでもない」
「裏切り同僚の処刑開始一秒前」
「なんであなたたちはこう、ユーモアがないかなぁ。突っ込み待ちだよ突っ込み待ち。大体仲悪いって分かってるなら住処変えなよ」
「こいつが出ていかないからな」「こいつが出ていかないからね」

口を合わせて同じことを言う魔女と蟲男。なんだって思考回路が似通ってるのに仲悪いのかしら、ロゼッタは首を傾げたが
ああなるほど同類嫌悪しているんだな、意地っ張り同士だから衝突しっぱなしなのだな、妙に納得もしてしまうのであった。目くそ鼻くそとはこのことか。
しかし、睨めっこしていても時間は無意味に過ぎていく。このままにしておけないのも事実である。世話の焼ける親友の手を引き摺り、ロゼッタは先を急かす。

「ほらほら、いがみ合っても何も解決しないって。顔洗って、身支度して。全くいい年して何やってんだか」
「ロゼッタの言う通りだ。私にガンつけてる暇があったらとっとと出てけ」
「…覚えときなさいっ」

小物の捨て台詞を吐いてせわしく階段を駆けていく魔女をしり目に、二人は同じ憂いから溜息を発する。

「同情するよ、ガラサキ」
「まぁ多少騒がしいが、これはこれでそう悪くはないぞ」
「意外と寛大なんだね」
「奴といると落ち込むのも馬鹿らしくなるからな、自ずと前向きにもなるさ」

並び立つと、黒眼鏡の奥底に光る双眸がちらりと見えた。
かつての戦敵を見送っているとは思えない程に、安らかな目だ。
それは老人のように達観して、なお精悍な光を帯びている。
彼もまた、彼女によって何かしらの救いを受けているのだろうな、とロゼッタは思う。しかし、彼もまた意地っ張りなのだ。救われっぱなしが嫌いで、お互いに出張るからつい衝突しがちである。それに本人たちは恐らく気付いていないのだろうが、仮に気付いたとしても認めようとはしないだろう。
不便で不器用な大人たちだが、それ故にデコボコしつつもなんとかやっていけているに違いない。
そう分かってはいるが、本当に不器用な人だ。ロゼッタはくすりと笑った。

「? 何がおかしい」
「いやぁほら、お互い不器用過ぎるよ。もう少し素直になって、互いを認めてやりなよ。
喧嘩するほど何とかって言うじゃない」
「バカバカしい」 少々拗ねたように、吐き捨てる。
「そのバカバカしい関係が居心地いいんじゃないかな、案外」
「まぁ、全部を全部否定はせんさ」

ロゼッタはやれやれ、仕方ないなとばかりに口を閉じた。
受け流すようにさらりと言ったその表情に、僅かな喜色が見えたのは黙っていようとも。
機を同じくして支度を終えた魔女がしなびた古箒を携え割れた窓硝子に向け疾駆していく。窓辺から「とう!」と元気よく垂直落下――寸でのところで受け止め彼女を空へと押し上げる古箒「ハリアー」は、名が体を成す通りに魔女を担いで空を吹き飛んでいく。収縮された魔道結界が反動で爆発を伴い、矢張り廃屋の一区画は噴射炎を浴びてボロボロに焼け焦げた。
唖然として魔女を見送る二人、暫くして気付く。
「置いてかれた」
「ハリアーの奴は馬力だけで速度は左程出とらん。今から駆ければ追いつくぞ、行ってこい」
「それもそうだね。んじゃ、かっとばしてくる。ああそうガラサキ」
「まだ何かあるのか」
「なるべく仲良くしてあげてね。ほら、なんだかんだで認めてると思うから、彼女」
「どうだかな。まぁ、努力はしてみるさ」

小娘の四肢が欺瞞結界によって朧に消えていくのを見送ったガラサキは、
ふぅとポッドを傾け、湯気立つ紅茶をカップに注いでから、人気の無くなった食卓の椅子に腰かける。
香ばしい薫りと暖かな気配に満ちた水面を覗く。うっすらと映る黒い眼鏡。
そうして、一人語散る。

「互いを認めてやれ、か」

どれ程の月日がたっただろうか。考えれば、脳裏には今も鮮明に、克明に記憶されているあの頃の光景が瞼に浮かんでくる。それほど昔のことではない筈だ。
戦場であの魔女は敵で、自分の抹殺目標だった。
歩兵や戦闘車両は勿論、航空機だって重戦車だってこの手で駆逐して見せた。幾つもの数えきれない命を吸い、我が契約魔は絶対の搾取者として
戦場世界の上にあるオーバーテクノロジーとして、向かうところの全てを喰らい尽くす文字通りの悪魔として降臨していたのだ。
事実、そう機能するように作られていた。
何が誤算だったのだろう。何が自分を変えたのだろう。何が自分に、あの敗北を齎したのだろう。
気がつけば、今も昔も。あの魔女の瞳の奥にある焔は、微塵も変わってはいない。
そう、今も昔も何一つ変わらない女に、自分はことごとく打ちのめされたのだ。

今自分がここにいるのは間違いなく奴の所為だが、奴は自分がここに居ることを別段に強要していない。
完膚なきまでに打ち負かしてくれたはずなのに、契約の一つも結ばせようともしなかった。 いつ自分の背に、魔蟲の鎌が擡げられるのか分かったものでもないのに。
それは情けなのか。もしかしたら奴は自分の事を、本当に取るに足らない…まさしく蟲のようにしか捉えていないのだろうか?
そう考えると、無性に腹が立った。カップを持つ手が嫌に震えた。
其処にあるのは同僚や男女といった境ではなく、ただ搾取者と被搾取者、喰う喰われるの関係だけしかないように思えた。
ムシノシラセは生体でありし日の事をよく覚えている。それ故に人のそれよりも遥かに敏感な本能が、あの女を敵視している。
ざわざわと、不穏のうちに警鐘を鳴らしているのだ。

そうであってほしくはない、とも思う。この感情はなんだ?同僚のそれか?男としてのそれか?それとも単に――生命としてのそれなのか?
仮にどれであろうとも、畏怖を覚える段階であの魔女とは根本的に違うことがまざまざと感じられた。
奴は「化け物」であり、自分はまだ「人間」の――出来そこないの化け物であるということを。

くそ。
いつだってあの女の後手だ。初めて会った時からずっと、いつまでも。
自分はあの女の影でも無ければ下僕でもない。それなのに、あの女と対等の盤上に上ったことが無い。
「認める」というのは、自分の劣性を受け入れろということではない筈だ。まさか自分が、それを怖がっているとでもいうのだろうか。バカバカしい。
ともかく、どんな手段を使おうが奴ともう一度対等になる必要性が出てきた。ロゼッタの言う認めるということは、其処からようやく始まるという言い知れぬ確信めいたものが、
茶の海に揺られる紅茶の葉のように漂っていた。
幻想、思いすごし、それらの言葉で片付けられればどれだけ幸福なのだろう。
しかしながら、その程度の言葉で片付く程柔なつき合いをしてきているわけでもないのもまた事実である。
自分がこれから行う「認める」という行為は、自身の過去を反芻し、あの女に潜む「恐怖」と何かしらの「引力」を認識することに他ならない。
そうすることで初めて、「旋律の魔女」と対等に向き合える機会がやってくる。これらの靄に決着をつけるのはそれからだ。
過ぎたことに省みない訳ではない。しかし、ただ過去ばかり見つめていても何も進展はしない。


一息にすっかり空気に熱を逃がしてしまった紅茶を流し込む。生温かい波紋が伝播し、喉に消える。
今日からでも、魔女との対話を始めてみようか。思い立ったが吉日とも言う。遅すぎる努力など、何一つないのだから。血腥い喧嘩になろうが陰険な雰囲気になろうが、何かしら意味はあるかもしれない。
そして不興を買った今日、そのためには魔女をなだめるに足る贄が必要だ。
ちらと財布に目をやり、ガラサキは鍵を引っ提げ外へと飛び出していった。そこまで動作して、太陽に照らされ気付く。


「思えば、あの女の好きな菓子の一つも知らんな、私は」

そう。結局のところ、何も知らないのかも知れない。
思えば、奴の笑顔は偽善的だ。いや、善か悪かなどという括りではなく、自分の事をまるで話しているのを彼は聞いたことが無かったことに気が付いた。
或いは、自分が聞かなかっただけなのか。仕事を共にしてきて、一つ屋根の下に居て、間抜けな話だ。
だが、ある記号が彼女の過去の一点と一致していることに気がつく。

純魔。

純潔の魔族。何一つの干渉を受け付けず、魔族そのものの力と寿命を全うできる存在。純粋培養の吸血鬼。いつか頼まれていた捜索対象。
純粋な魔族というのは今時頃希少である。そして彼らにとって、人間や下級魔族などというのは排除すべき害悪に他ならない。
魔界随一の完璧民族主義者たちは、血を保とうとするあまりその極端すぎる思想故にうとまれた。飛び抜けた力を持つ悪魔たちの中でも、さらに忌み嫌われ畏怖される運命にある。
あの魔女は、親友と言っていた。情報を鑑みれば、ゆうに10年は経っているだろう。
何らかの理由で過去の一点を未だ求めているのだ。
その地点に何を置き忘れたか、或いは何を失ったかはいまだ分かったものではない。しかし戦場を潜り抜けた魔女ですら気にかけなくてはならないものが其処にあった。
其処にあるのは錆ついた友情なのか、それともまた別の何かか。
何れであるにせよ魔女というものを認識するのに、必要不可欠なファクターの一つであることは疑う猶予が無い。
そしてそれは、奴が魔と対峙する際の全てのルーツ足り得る事象が眠っている。
もう一度、調べ直す価値はありそうだ。

やるせなく部屋に戻りポッドを傾け、もう一杯紅茶で満たす。
高々小娘の一言で思い直す事のなんとバカバカしくて、それでも今まで見えなかったものが多いことか。
自分は魔女と行動を共にしたこの2年間何を見てきたのだろうか。それすらもおぼろげに消えていく程、本当に自分は何も知らない。
何も知らないのに、憎悪を覚えて、嫌悪して、化け物だ魔女だと悪口を叩けば、強情な奴のことだから喧嘩にもなる。
情が移った訳でも無ければ罪悪感を覚えた訳でもない。そして、和解するつもりもない。ただ、納得できないだけだ。
納得のために、そして自分が今此処に居る理由と過ぎし日との決別のために。
自分は、奴をいい加減に正しく「認識」する必要がある。
かつての敵を、今の同僚を。そして殺伐とした日常を明るくかきまわしていく相棒を。

彼は再び椅子から離れ、戸に向かった。
重い鉄扉を開き、廃屋から街並みを見下ろした。
何一つ今日も変わらない昼下がり。車が往来し、工業地区を抜けた先の市場は今日も雑踏でにぎわっている。
暫く鉄板の足場にて呆け、空を仰ぐ。陽光に照らされ視界が橙に染まる。
成程…あそこで奴に殺されていれば、二度とお天道様を拝むこともなかったろう。そういう意味では、無駄に生きながらえさせてくれた彼女には感謝の一つでもしてやるべきか。
カタンカタンと足場をゆっくりと下り、市の方を見た。
たまには、さして目的もなしに歩くのも、悪くはなさそうだ。


「差し当たってはあの魔女をなだめるために、甘い菓子でも買って来てやるか」

そうして黒い眼鏡の男は、太陽傾く市場の人混みの奔流の中へと消えた。




     












世界を隔てる霧の向こうに、うっすらと塔が見えてきた。
しかしそれは、物理的に人間界に存在するものではなく、断片的に世界の狭間を映し出すいわば虚像であった。


 
箒は全速を振り絞って飛来する。吹き飛ぶ景色はやがて草臥れた鉄と汚水だけを眼下に映し出すようになって来た。
街の深淵部、灰色の廃塔に向かうにつれ、スラム街と用水路を越えた先には人の姿さえ見えなくなっていく。
ちらと懐中時計を見る。塔を中心に張り巡らされた用水路を越えたあたりから秒針は一瞬だけ停止し、やがて反回転を始めた。
人間界と魔界は根本的に時間の経過が異なるので、人間界で製造された時計は誤作動を起こしてしまう。魔界入りが完了した証拠だ。

塔に進路を取り飛行を続けていると、見慣れた箒と擦れ違った。
空中での超速交差の刹那であっても魔女の千里眼は見逃さない。見慣れた箒はハリアーのケツ目掛けヨーイング、回り込んで背面から途轍もない速度で急接近するとすぐ隣に張り付いた。相対速度でゆっくりと視界に収まる見慣れた焦げ茶のロング・ストレートヘアーに、大人びた余裕のある目線。
魔女はこの女を知っていた。名はアネット・フェノローサ、同世代だ。「逢魔の魔女」と呼ばれ、魑魅魍魎の影「百鬼夜行」を契約魔とし一方で媚薬や毒薬などの調合にも長けている知識層だ。
音速に近い速度が出ているというのに、駆け抜ける風圧をものともせずに涼しげに箒に腰かける彼女に魔女は話しかけた。

「お、逢魔。お久しぶり」
「旋律、あんた急がなくていいのー?今日の魔力測定、思いっきり実戦だけど?」
「大したことない相手なら別に遅刻しようが関係ないわ」
「それがねー、多分あんたの担当…あんたの一番怖がる人だと思うよ」
「…まさか姉さん?」

逢魔、と呼ばれたアネットはこくとうなずいた。魔女は反射的にしかめつらをする。
完璧超人である彼女の姉は、同時にひどくお節介焼きでもある。況してや測定試験の模擬戦相手ということであれば、どんな条件を押しつけるか分かったものではない。
技量、頭脳どれをとっても勝てる相手ではないから、人望は何時だって彼女に傾いてきた。魔女にとって姉というのは越えられそうにもない壁であり、コンプレックスであった。
アネットはやれやれと優雅に両手を振る。 「旋律、あんたも大変だね」
「…いい機会だわ。あの馬鹿姉ぶっ飛ばしてやる」
「本気? 勝算は?」
「知らない。でも教えてやる。いつまでもあんたの庇護を受けてるような私じゃないってことをね。いつだってお出来の良いお姉様の影がちらついて、私はいつだって彼女の二番手。
うざったいのよ。ただでさえこっちはコンチェルトっていうフィルターかかってんのに、あの姉さんはその上どうこうしようっていちいち口出ししてくるんだから…」 
「あんたがコンチェルトである限り、其処の次女である限り何も変わらないと思うけどね」とアネット。 際立って名家でもなく、そして奔放な家風の彼女には他人事のようだ。
魔女にとっては羨ましくもあり、妬ましくもある。その上正論を言われてしまっては歯が立たない。つくづく喰えない女だな、と毎度ながら思う。
アネットの言う通り、姉妹というのは幾ら距離が離れようが仲が悪かろうが変わらない事実だ。生まれながらに魔女の家の、魔女として育ったからには、それとして生きるしかないし今さら他に何になろうとも思わない。しかし、それでも姉の存在は目の上のたんこぶだ。
いつまでも逐次干渉されてはかなわない。世話好き通り越してお節介甚だしいし、無駄に出来る人だから傍に居て何かしら口を出されると反論できなくなってしまう。

出来過ぎる姉を持つと苦労する。比較されその影で生きる。奔放に生きたい彼女には、それがたまらなく窮屈で息苦しい。

「まぁいい。久々に本気で鬱憤を叩きつける機会が出来た。ロゼ!」
「はいさ~」
眼下の廃屋の屋根を飛び飛びに並走していた雷光が人型を纏い擬態を解き、軽快に跳ねて箒に飛び乗る。「や~、長時間走るのしんどいんだよね。便利だけどさ」
「ロゼッタ」
「なんですか次女様」
「やかましい。私ちょっくらリディア姉と喧嘩するかもしれないから、絶縁されたら後よろしく」
「え?え、ちょっと本気カーラ?リディアさんと?またなんで?」
「私にとって目障りだから。以上」
「うわぁー…。らしいっちゃあらしいけどさ。勝てんの?というかそれ以前に、あたしも絶縁体だから。前科一犯エピタフィオンの。
どうすんのさ。カーラ抜けたらコンチェルト一人じゃん」
「ぶっちゃけ姉さん一人でもやってけるでしょう。それにあんたはいつでも帰ってきなってエピタフィオンに言われてるからいいの」
「まぁ、それはそうだけど…悪あがきして叩き伏せられるだけだと思うんだけどなぁ。どーすんのアレ。『カスピエル』。
幸いまだ月出てないから本領は発揮できないだろうけど、下手に正面から挑んだらあたしでも無限白光食らってイチコロ。況してやカーラの魔道、鈍足もいいところじゃん。
あたし知らないっと」
「薄情者!」
「あたしは勝てない敵には喧嘩売りません。まぁ、大抵勝てるからいいんだけどね」
「うわ、厭味ったらしい!」
「どうしても勝つ気でいくなら爺連れて行きなよ。そしたら爺一人で足るからカーラいらなくなるけど」
「爺には頼らない。これは私の私闘だ」
「んじゃ、リディアさんに足腰立たなくなるまでボコボコにされて頭冷やしてくるんだね。貴方もたまには我慢とか物分かりってのを覚えた方が良いよ。
貴方も所詮は人の子、支配と庇護のもとで育ってるんだから。たまには甘んじて受け入れればいいじゃない」
「あの馬鹿姉さんに支配されるくらいなら、死んだ方がマシだ」
「…本当に頭硬いんだなぁ。んじゃ一遍死んでくるといいよ。馬鹿は死ななきゃ治らないって言うし。尤もあたしは貴方に死なれると困っちゃうんだけどな~」
「加勢か否か。二つに一つだよロゼ。さぁどうする?」
「あたしが乱入して三つ巴ってのはどうですかフロイライン」
「姉妹喧嘩でこの街吹っ飛ばす気かあんたは」
「貴方がやろうとしてるのは同じことだよ。大人しくリディアさんのところで試験受けてくる。こうすれば平和的に片が付く。
真の強者ってのはかえって平和を愛するものなのさ。争いなんて憎しみ以外何も生まない」
諭すような一言に無言になり、箒の上で見つめ合う。魔女より一回り小さいこの赤毛の小娘は、ときどきとんでもなく正論を吐きだす。言葉に詰まってしまう魔女。
「旋律、それに墓守。意見はまとまったかい?」 流れる空気の向こうで箒に腰かけるアネット。
「とりあえず、平和的な方向で~」
「それはよかった。じゃ、せいぜい怒られないように頑張ってね。帰るよヴァイパー」 大きな魔女帽を翻し対向を駆けるヴァイパーと呼ばれた箒は急上昇急速旋回、尾から星屑みたいな魔力光を引いて視界から消えていく。


「おぉぉ」 ロゼッタの歓声。目をきらきらさせて吹き飛ぶ箒に指差す。「マリエッタ・ロックフィートの新作16式B50改じゃん。すっげー。あんな極端なマニューバ出来るんだー。
カーラも箒買い換えなよ、最近のはマッハ2まで出るんだよ。こんなポンコツ鈍足箒捨てちゃってさ」
「…ちょ、馬鹿!そんなこといったら――」
「へ?」

魔女を二人載せた重圧の上に罵倒されたからか、急激に箒の首が向きを変え大回転。グロッキーなまましがみ付くロゼッタをお構いなしにクルビット。
何事も無かったかのように平常航行を続けるかと思ったが、ロゼッタが腰を下ろす後方部を振りまわして依然あらぶっている。 
「――こいつ、機嫌悪いとストライキするんだ」 やれやれとばかりに魔女が愚痴を吐いた。
「先に言わなくて悪かった」「…機動力の高さは身にしみました」今にも吐きそうな青い面。
「サイデリッドのヴィンテージものにしちゃあ上出来なくらいだから、あまり虐めてあげるな」
「50年ものってことか、大先輩だった。ごめんね箒ちゃん」 とんとんとなだめるように首筋を叩いてやる。機嫌はなんとか元に戻ったらしい。半世紀を生きた箒は普段の落ち着きを取り戻し、やがて見えてきた鋼の荒野に紳士的に降り立った。

 

 


霧と鉄に包まれた、廃墟の結晶。
ヒトの世界に近しくも、有象無象の魔を受け入れる混沌の都市。














塔の街。
今や廃墟と魔しか存在しない、瓦礫の楽園は誰が言ったか「バベル」という名前が付けられている。
元々バベル、というのは街の中心にある鉄と石で出来た塔の呼び名だ。
魔女とその後ろに金魚のフンのようについていくロゼッタは、遥か雲を貫く長大な塔に向かって歩みを進めた。
あたりを行きかう雑踏は、何も人だけでない。
魔道兵器、下級吸血鬼、小鬼、勿論定期検査に参加するウィザードやウィッチもちらほら見える。道の路肩では骨董品を扱う露天商や、怪しげな妖術師(ソーサラー)が水晶に手を翳して占行を営んでいる。
「今日は賑やかだね」 ロゼッタがあたりに気を取られつつも、必死に魔女の歩みに合わせようと駆ける。
身長が魔女のふた回りほど小さい彼女では歩幅を合わせることは難しい。行きかう魔族には建物の三階相当に当たるような巨躯、俗に言う巨人族も居て、それらを避けながら平然と突き進む魔女にくっつこうと懸命だ。年頃の彼女としては、試験でなければ真っ先に露店を見て回りたい気分で辛うじて誘惑を振り切る。
「黒ミサは一大行事だからね。普段巣に籠ってる奴でも露店並べて商売をするのさ」
「カーラは何か買わないの?ほら、箒とか、魔女帽とか」
「帽子じゃないけど増幅器ならいつも付けてるわよ。特注のね」 こんこんと、首筋にかかるヘッドホンを叩く。「それに箒はアレで充分。あんたこそ箒は?」
「あたしはほら、アレだよ…」 急に目を落とす。どうにも都合の悪いことがあるらしい。
「免許?あんた持ってたと思うけど」
「ぎくっ」
「へぇ?免停食らったんだ。何やったのさ?」
「…実家の16式パクって砂漠飛んでたら、人間のキャラバンに見られた」


魔女の規範には、人間に極力力を使っているところを見られないような法が幾つかある。無駄な誤解と衝突をうまないよう、魔女はファンタジーの中だけというイメージを貫く必要がある。それを破った罰則は暫くの間の箒免許停止。ロゼッタの場合一応実家とは言え盗難箒の上だから、当分は謹慎処分だ。
今頃人間界の新聞にゴシップが乗っているだろう。真相を煙に巻く管理局の連中も大変だ。

「16式?アネットの奴と同じ?結構高級品じゃない」
「彼女のは16式B50改!傑作16式の、速力機動性強化版の新型だよ。カーラ魔女なのに箒分かんないの?ぷぷっ」
「免停食らった魔女がどうこう言えることじゃありません」
「うっ…欺瞞結界つけ忘れただけだもん。最近のは欺瞞結界標準装備の35式とかデルタウイング・トランシェ3とか出てるし、お金貯めてそっち買うもん」
「箒が最新型でも乗ってる奴があんたじゃねぇ…」
「余計な御世話だい!」

ぶーっと膨れるロゼッタをいなす様に、魔女は石段に歩みを進めた。
様々な種族によって何世紀も踏み固められた石造りは何よりも堅牢で、何にも壊されぬ純潔を保っている。塔を中心に囲むように建造されたこの街は、文献によると遥か創世記から存在するらしい。多種多様な民族と文化、そしてそれぞれの魔術式の坩堝のような、混沌を生業とした古代都市。人間界との最前線にありながらもこの古都は、未だ超然として魔の全てを受け入れている。
この街には、そうすべくしてそうなった理由がある。

「ねぇねぇ」
ロゼッタがバベルを取り巻く螺旋状の階段を上る途中、回廊に佇む一つの彫像を指差した。
灰に煤けたその像は、鷹のような美しい羽根に縁どられ、中性的な外見を持っている。
「アレって、天使像だよね」
「魔界では珍しいわ…伝承は強ち大洞って訳でもないのかもね」
「天使も悪魔も人も、みんな同じ言葉で対話していた頃…ってあの言い伝え?
神様の御許に向かおうとみんなで天まで届く黄金の塔を作っていたけど、神様はそれを許しはしなかった。従順な天使たちは神様に密告し、憤りを募らせた神様は裁きの雷でバベルを貫いてしまった。裁きの雷は人に与した天使たちから翼をもぎ取り、悪魔たちを再び闇の深淵にたたき落とした」
「そして人々の言葉をバラバラに引き裂いて、互いに意思を交わせない生きものにしてしまった、だったかな。私もよく聞かされた」
「じゃあこの天使像はその時の名残かもしれないわけだ」
「伝承は何かを時代を超えて伝えるためにある。どれくらい粉飾されてるか分からないけど、そういう時代があったかもしれないという意味では、
天使も悪魔も人間も、本質的にはあまり変わらないのかもね」

そう、この街は遥か以前から魔と人との接合点なのだ。遥か昔。人と魔が今よりもずっと近しかった頃の夢の残り香。

それなのに、どうして擦れ違いが絶えないのだろう。魔女は思う。
悪魔も人も、個人として向き合えば十二分に分かりあえる。それは人間と人間にも言えることである。
そして分かりあえない個体が生まれるのもまた道理ではある。そんなものは数えきれないほどにある。そういうものと付き合わないのも手であるし、またそれを受け入れたうえでいざこざを起こしながらもなんとか付き合うのもまたひとつの選択だ。
しかしそれが国家同士、人種同士になると途端にそれが上手くいかない。歴史、偏見、肌の色、思想、宗教。あらゆる壁が手の取り合いを阻む。

「それが本当なら、神様はとんだ失態をしてくれたもんだ。言語が違うってのは意思疎通が殆ど出来ないってことだから、余計に分かりあえるわけないのに」

ロゼッタの嘲るような口調には、神への憎しみでも何でもなく、ただ小馬鹿にするような侮蔑が含まれているのを魔女は感じ取る。
畏怖もなく、敬意もない。其処にあるのは対等の目線。魔女としての自我がありながら、神の力を取り込んだ故の理解と視野、見解。
神をも恐れぬ、というのはこいつの事を言うのだろう。臆せず、人としての立場を貫きつつもあらゆる魔を受けとめ行使する。
何にも冒されぬ、それでいてあらゆるものの特性を受け入れる絶対の器。

「案外、神様ってのはわざとやってるのかもね。もしかしたら人間が人間同士でも二度と分かりあえなくなるのを望んでいるのかも。それが人間への罰のつもりなんでしょう」
「なにそれ。感じ悪いな~」
「酷く意地悪なんだよ。じゃなきゃこんな世の中作ったりしない」
ぱしっ。拳を掌に叩きつけるロゼッタ。にたりと邪悪な笑顔をまき散らして遥か塔の頂きを見る。「よし!」
「ぶん殴りにでもいくつもり?」
「神様だかなんだか知らないけど、上に立つ人が居ないから調子に乗りまくってるんだろうねソイツは。世界全部を自分の私物だと思いこんでるんだよきっと。
世界を創ったのは神様かもしれないけど、其処に生きてるあたしらは神様の私物じゃあないよ。
へへ、バベルの裁きの雷か。あたしの魔雷とどっちが強いか勝負したくなってきた。不思議と全然負ける気がしない。そのうちカチコミを仕掛けようかな」
「…やれやれ。あんただけは敵に回したくないよ」 半ば呆れた顔で穏やかに返す。
「そう?へへ、奇遇だね。あたしも、貴方だけは敵に回したくない」 軽快に先往くロゼッタが何故か嬉しそうに微笑み振り返る。
「そりゃまたなんで」 至って魔女は不思議哉と首を傾げるだけであった。「あんたの方がずっと強いし、何も恐れることも無いと思うんだけど」
「貴方を失った瞬間、何もかもが終わっちゃう気がして…かな?」
「なんだそりゃ」
「えへへ。本当のところはひみつ」

誤魔化して逃げるロゼッタが、駆け足で石段の向こうに消えた。魔女もそれを落ち着いた足取りで辿る。
暫くして視界が開けたころに、大きな平面が見えた。眼下の街と同じように、鉄と石で構築された広い――競技場の様な土地。
それがバベルの胴体部から幾つもせり出している。まるでノコギリの歯が大木に突き刺さったままになっているようでもある。
頬を打つ風が冷たい。気がつけば相当上の方まで来てしまったようだが、まだまだ頂きは依然として視界にすら入らない。一体どれだけ高く積み上げられているのか。
足元に拡がる灰色の世界に、呑みこまれる瓦礫達が見える。瓦礫は跳ねかえって塔を打ちながら地に吸い込まれていく。
この塔は、何百年も何千年も掛けてゆっくりと崩壊しているのだ。未だにそれが現在進行形で行われていることに、魔女は実感を覚えた。
魔女はばさと羊皮紙を開いて場所を確認する。目の前の石の空中庭園で間違ってはいないらしい。
うっすらと人影が見えてくる。

「さて、と。大遅刻だ…姉さんは、お冠だろうな」
「本気でやるの?」
「向こうも最初からそのつもりだし、そうでなかったらわざわざ試すような真似をしない。
これは願っても無い好機だよ。姉さんをぶっ飛ばせる都合が出来たと思えば良い」
「どうなっても知らないよ」

ぐっと握りしめられる拳。横顔からちらりと見える瞳に灯る、実姉に向けられるとは思えない反逆の焔。
ゆっくりと、だが堂々と、魔女は歩みを進めた。先に見据えるは――石灰色の地に佇む、一人の影。
その人物はただ、威風を感じさせるほどにも関わらず、酷く凍りついた印象を与えるシルエットだった。

「カーライア」

魔女とよく似た金色の絹をたなびかせて。声はそこから発せられている。
背丈は魔女よりも少しばかり高い。170の後半と思しき細身、しかし何にも揺るがされることのないと言わんばかりの立ち姿。
中世の武官のような、引きしまった軍服に銀縁の眼鏡。
くそ忌々しい――さらに歩みを進める。覚えのある冷ややかな面構え。自分のそれにそっくりで、それに冷徹さと豪奢さをひとつに練り合わせた様な如何にもな令嬢然とした。
魔女の瞳に焔が拡がる。
耽々と、それでいて冷静に受け答える。

「お久しぶりです、リディア姉様」
「今回の模擬戦相手ということで少しはと期待もしていたのですが…あいにく何も変わっていないようですね。その態度、目つき、性格」
「いい加減変えようと思わないことです。私はあなたの駒でも無ければ下僕でもない」
「実の妹をそう見たことはありませんが、貴女には自覚が足りません」
「それはお互い様ですわ。私はあなたとは根本的に違う、コンチェルトがそんなに大事ですか?
私は私が生きたいように生きます。あなたに何一つ、指図される筋合いはない」
「そういうところが、軽はずみだと言っているのです。少しは慎みというものを――」
「やかましい!」

魔女が声を張り上げ、静寂が流れた。しかしそれは決して穏やかなものではなく、嵐の前の静けさという奴だろうか。
酷く重圧で、剣呑な空気だった。ロゼッタが息を飲み見守る。それしか出来ない。
文字通り「犬猿」なのだ、この二人は。
対する姉の目は、生気を感じさせない程に冷たく睨んでいた。

「あー。話しても無駄ですね姉上?これ以上は全くの無駄だ。
さっさと始めましょう。いい加減、あなたのお節介にはうんざりしていたところです。模擬戦?良いでしょう。
思う存分ぶっ飛ばすいい口実が出来たわ。覚悟はいいかしら?姉上」
「――短絡的な処も、何一つ変わっていない。ことあらば暴力で解決しようとする、少々力があるからと言ってそれを易々と振りかざすその姿勢。貴女には辟易しました。
血の気がやや多いようですね……少し抜いて差し上げましょう」

白銀の軌跡が、駆けた。
全く目に捉えられない速度で翻されたのは、腰元にぶら下げられたサーベル。それだけではない。
魔女の視界全てのものが、一瞬光に覆われた。
白く鋭く、冷たく――全てを凍てつかせる白銀の軌跡。無数の光が南国の密林に溢れる木漏れ日の如く、全く規則性を持たずに魔女の身体を駆け廻った。
悪寒がした、全身の血の引く体感だった。同時に右脇腹に激痛が爆ぜる。
血飛沫があがり、みるみる床を染め上げる。

脇の肉をまるまる抉られた――そう気付いた時には、片膝をついていた。強く噛みしめる唇に鉄の味が溢れた。
魔女は、ただ堪えられなかった。
絶対に屈服したくない人間の前で、膝をつくというこの瞬間が。
憎悪と妄執と、底なしの意地を振り絞って自らの身体を再び持ちあげる。血を吐き捨てる。
ゆらり、と大きく傾く。久しぶりだ、正面から堂々と、致命傷を喰らわせられるのは。曖昧な意識の中で、僅かに自嘲。
だがそれ以上に、自分が許せない。今のは全く不意を突かれていない。来るのは分かっているのに、追いつかなかった。
相変わらず、恐ろしく強い。だが、それでも叩き伏せる必要がある。
そうでなければ自分はこれからもずっと、姉の影でしかならない気がした。
やっとのことで起きあがり、長い金髪を翻してその合間から睨みをつける。

左手の大弦を地に叩きつけギロチンを作動。右手に騎兵槍の如き魔剣を呼び出しくるりと回し、掌握。
自分の身長ほどもある超重の得物を二つ振り下げて、相対。

リディアと呼ばれた冷徹な女性は、流麗な腰つきのままサーベルの柄に再び手を付けた。

「そのまま跪いているのがお似合いでしたのに…なお立ちますか」
「誰があなたなんかに…、跪くもんですか。
あなたが幾ら強かろうと、そんなもの関係ない。私は何でも自分の思い通りになるだろうって自惚れてる奴が大の嫌いでね。
姉上、あなたがまさしく、それなんですよ…さぁ続けましょう?この程度の傷では、私はまだまだ死なない。どっからでもかかってくるがいい」
「強がりもその辺にしておくことです。確かにカーライア、貴女は群を抜いて頑丈に創られた人間――
しかし、その丈夫さは盾としての役割を成すモノ。コンチェルトは私達に盾と剣の役割をそれぞれ与えたのですよ。
二つ揃って初めて、真価を発揮するように、ね」
「それでは姉上も未完成ということに他ならない。即ち私達は対等ということ――違いますか姉上」
「盾だけで、剣に勝つことが出来ますか?そういうことです。今日は貴女の身体にそれを叩き込みに来たのですよ。貴女は自分の力に溺れている。独りよがりの魔力でしかない」
「いい加減にしろ。だからって私はあなたにイニシアチブを握られるつもりはない。私は私だ」
「…そちらこそ、いい加減に自分の非力さを認めたらどうですか?己の分をわきまえなさい」
「そう思わせたいのであれば、下してみせろ…ただし、旋律の二つ名を…舐めるなよ姉上!
あなたが考えている程、易々とこの名を破らせはしない!」


咆哮。魔女の背より吐き出された蓮の葉を思わせるオーケストラの隊列が、魔力を吸い尽して膨れ上がり、金色の時計台の様な放射を描いて起動。
戦車砲の如く、地に衝撃波を残して爆ぜる。背に纏うオーケストラの隊列を尖らせ、リディア目掛け無数の槍を展開。
同時に空中で魔剣アネクメネを逆手に持ち直し、ギロチンを重ねて吶喊。魔剣より魔力凝固体、無数の紫水晶剣「ミラージュ」を呼び出す。

「復讐の怨嗟を宿す七十二と一の黒金達よ、主の命を受け、今一度黄泉の国より湧きあがれ。
串刺せ!レメゲトン」

剣戟と魔楽器の雨が降り注ぐ。確かにリディアの居た座標にそれらは全力全霊を以って叩きつけられた。
その抗争から距離を取っていたロゼッタの元にも、空中庭園の底に穴が開きそうな強烈な衝撃が響き渡る。


「ホンット、犬猿だなぁ」
「あれれ?カーラさんガチ本気ですか?珍しいこともあるもんですね~。あんな必死になってるとこ、初めて見ました」
「うおぉ誰だっ!?」

振り向けば、黒いフードに暗藍色の髪と目をした死神が一人。
何処で調達してきたのか、魔界謹製の冷えた缶ジュースを引っ提げロゼッタに手渡す。
それにしても…ロゼッタは思う。流石は死神、生態の限界に近い六感を持つものでさえ、探知は全く容易ではないらしい。
今目の前でのうのうと石造りの庭園に腰かけジュースの蓋に四苦八苦するこの見習い死神娘兼地獄の一丁目ウェイトレスも、一筋縄でいきそうにない人物には違いなかった。

「ええと」 覚えているのは顔だけだったが、即座にフォローが入った。
「リーゼでございます」 にぱと微笑む屈託のない笑顔は死神らしからぬ、唯一それらしいのはきらりと邪悪に光る八重歯か。「リーゼロッテ・メフィスタフェレル。覚えづらいでしょう~?」
「リーゼさんは、試験官?」
「もち!あの人の、だったんですけど」

健康的に色づいた指が差した先で交わされる、剣戟の応酬。二つの途轍もない重量を伴う刃が容赦なく振りかざされるのを、もう片方の魔女はサーベル一本と身体のしなりで全ていなしきっている。
武骨と流麗、鈍重と俊敏、そしてなにより――憤怒と冷淡。全くの対照的な交戦光景。
それを見据え死神娘は嘯いた。
「政府にコネあるようで、仕事ひとつ奪われてしまいましたけどね~。まぁサボれるからいいけども。しかしカーラさんがあそこまで熱くなるのは、ふむ。中々拝めるもんじゃあないですな。ひひっ」
「カーラは、リディアさんが羨ましくてしょうがないんだ。それだけに、自分はああいうベクトルでは決して勝てないから、全然違う方に行こうとしてる」
「反抗期ですかい?」
「…ちょっと違うかなぁ。嫌い嫌いも好きのうち?違うなぁ」
「羨望と嫉妬はほぼ同意義で、憧れは時に憎悪になる、そんなかんじでしょ~か」
「はは、それはあたしも人の事言えないんだけどね…」

きっとあそこにあるのは、自分にも似た感情だ。直観的にそう思う。
そして、彼女はそれを制御し切れている、魔に蝕まれることもなく、自分をしっかりと通す方法を知っている。
それなのに、どうして衝突ばかりしているんだろう。不思議だ。
リディアもまた、こうなるのが分かっていたかのように応対したのに、全く引く気配がない。
二人とも、お互いの事をしっかり分かっているはずなのに喧嘩ばかりだ。二人とも互いの良い処を知っているのに、何故かそうして二人とも喧嘩を望んでる。
そういうところはやっぱり姉妹だから似ているのだろうか。血飛沫や肉片が飛ぶ喧嘩なんて理解しがたいものがあるけれど。実の姉妹でないから、こういうときには中に入ることが出来ない。もどかしい話だ。

「どっちが勝つと思います?」 リーゼが無邪気に尋ねた。
「カーラは負けるよ」 しっかと応酬を見ながら返す。 「悔しいけど、リディアさんの言う通りだ。攻め手と守り手では、守り手は攻め手にどうすることも出来ない。
彼女は滅多な事のさらに滅多なことが無いと死ねない身体だから、リディアさんは四肢もぎ取ってでも敗北を認めさせようとする。とんでもないサディストだけど、
彼女が自分の負けを認めようとしないんだからそうして牙をもいでいたぶるしかない。前はそうやって、カーラが折れるまで三日かかった」
「ふへー。四肢をもぎ…?え?正気ですか。なんでそんなに姉妹揃って猟奇趣味なの。魔女同士の抗争ってインケンで嫌ですね~。でもま、わたしは彼女お得意さまなので」
ちゃりんと、リーゼは何処からか持ち出した箱のうち片方にに小銭を落とした。「賭けます?」
「不謹慎!」
「まぁまぁ、そう言わず。賭けます?」
「まぁ、あたしもカーラには勝ってほしいよ?でも…」
「でも?」
「どーせボロクソに負けて後でまた復讐に燃えるんだろうなぁ…。でも賭ける。損してもいいや」
「へっへ、ありがとうごぜぇます~」
「リディアさん勝ったらその金何処にいくのさ?」
「本人?じゃないですか?」

いそいそと、有り勝ちな幽霊のような手のポーズをして箱を隠す。そうして何故かもう一つ箱を取り出し、ロゼッタに向けた。
「賭けます?次の試合」
「次?」
「アイ、アンドゥ、ユー」
「…え?」

一瞬の呆然。明らかに悠々と向けられた、自分への指差しとリーゼへの指差し。次の瞬間。
「!」
ロゼッタは、ほぼ動物的勘と反射神経でその場を飛びのいた。長い漆黒のローブから飛び出し音もなく地面を穿ったのは――白刃。
たん、と掌を軸にしてしなやかに宙天。回避運動を取ると、ゆっくりと起きあがり死神を見据える。

(二度も不意打ちとは…中々抜け目ないなこの死神!)
「やい死神!ささったらどうするんだ!」
「あるぇ~?外れちめーましたか。残念残念♪」

愉快そうに手元の出刃包丁をぺろりとやる。白銀に映る妙に長い紅色の舌。
狂ってやがる。本能的にそう悟った。一瞬だけだが、スイッチが切り替わる様に表情が変わった。此方は彼女の死神部分を司る「狂気の仮面」の方だ。以前にも似た様な光景があったことを、ロゼッタは思い出した。
そしてその憶測はどうやら全く間違っていないらしい。
背から漂う陽炎がうねり、禍々しい瘴気を撒き散らす。魔女や魔道士、マリスなどとはまた別の瘴気だ。
具現化した死の概念が人の皮を被っている、とでも言えばいいのか。
ともかく其処にあるべくしてあるものでない、全くの異次元の気配。どす黒く底なしで、ただただ狂気に満ちている――

「確信犯だね貴方…」
「では、改めまして。わたしが貴方の魔力測定の相手をさせていただきますリーゼロッテ・メフィスタフェレル。
地獄の大帝の名を継ぐしがない死神見習いにございます。
んで、ちょっくらこんな試験なんてかったりーからさぁ。さっさとやられてくれませんかね?"エピタフィオン"」
「あんたイカレてるよ、死神」
「ふふっ、イカレてる?よー自分の事棚に上げてモノいいますねぇ。わたしも仕事じゃなかったらおたくら化け物軍団の相手なんて御免なんですよ。ったくそれをあのアホ店長めが…」
サクッ。地面に飛来する出刃包丁が土を抉って軽快な音を鳴らす。楔文字の刻まれた、死神用の格闘兼投擲武器。
それを引っこ抜き、何処かで彼女の働きぶりを監視しているだろう上司の悪口をつらつらと重ね、白銀をちらつかせて暗いローブの底からロゼッタを射抜く。
有象無象の恨みつらみが凝縮したような呪いの言葉をぶつぶつと、病的に繰り返しては定まらぬ目線はただ包丁と、その先にあるロゼッタへと向けられていた。
しかし、楔打たれた言葉の中の一番新しい箇所を読み上げると、彼女には一瞬だけ喜色が灯り、愉快そうに鼻歌を歌いながら黒煙になった。
瘴気の霧が向かった先は魔女同士の死闘――二人の真っただ中。
霧が疾風に化け、彼女ら二人の果てしない応酬の隙間に滑り込むと、その衝突の間に仁王立ちするように両者の一撃を喰いとめる。火花と遮られたことによる二人の驚愕の表情。
その手に握られた人の丈程ありそうなフォーク――言うなれば戦闘用の三股、バトルフォークとでもいうような代物を携え、あくまでも余裕面で彼女は紡いだ。

「ええと、このままだとキリがないっつーか、泥沼化しそうなので~。って総監督の店長がおっしゃってるので。ちょっくら2on2、にしますね」
「其処をどけ死神!姉上が斬れないだろうが!」
「あなたにゃいつまで経っても斬れませんよカーラさん、全部見事にいなされてるじゃないですか。ってわけで、インターバルです。というか試験じゃなくてもう私闘だわこれ」
「…どうしようというのです?」


リディアの疑問符にさっと身を引き、漆黒の三股槍を携えた死神はにこやかな表情で伝えた。
「試験官ですしわたしとリディア様が組みます。カーラ様は其処のロゼッタ様と組んで、
わたしらの何れか一人に一撃、それだけでよろしい」
「…よいでしょう。共闘するつもりはございませんので、そのつもりで。いいですか死神」
「わたしもぶっちゃけ、一人でなんとかなるんで~。まぁエピタフィオンの切り札とか、相手がちょっと悪いかなって、思う位ですんで?
オラァ!どっからでもかかってきな猛獣娘…しつけの足らん漏電ジャンキーめ、調教してやるぜ」

猛獣娘、というワードに僅かにロゼッタがぴくりと反応した。
あくまでも平静を装って、魔女の背を庇うように回り込む。対峙するは、狂気に目をぎらつかせた死神と、涼しげな表情で佇む軍刀の魔女。


「何か言ったかな、死神?あたしちょっと、事と次第によっては試験どころじゃ無くしちゃうかもしれないんだけど」
「何度も言わせるなっつーの猛獣娘。わたしはあんたら化け物集団の相手なんざ御免なんだが、店長が押しつけるしこっちの方がちゃっちゃと片付いてわたしもハッピーだし?
っていうか、アンタわたしの黙示録カクテル呑みやがったでしょう?んだから、今日はお仕置きがてら懲らしめてあげよーと思いまして?」
「アレは…貴方が注いだんだろう!思いっきり逆恨みだ!」
「わたしがちびちびやる用にこっそりくすねてきたのを、あー思い出しただけで腹立ってきた!減棒食らうし、最悪!うさ晴らしてやるんです、其処を動くんじゃないですよ!」
「…ダメだ。まるで聞いちゃいない。一度頭ぶったたいてやらないと正気に戻らないかこりゃ…?」

ロゼッタは呆れつつも拳に雷を宿す。空気を無数の雷光が迸り、瞬く間に両手が青白い光に包まれた。
「ロゼ」 背越しに響く、魔女の声が耳朶を打つ。
魔女の身体は、凄まじい勢いで瘴気が渦巻いていた。飛沫した血液を空気中から回収し、みるみる間に体内に還元していき、傷口を埋め立てる。
魔剣を直撃した時は少々回復に手間取ったが、並みの切創位では元より数秒もかからない。こと頑丈さと再生力に関して、他の個体には決して真似できないタフさを持っているのが、
この次女をコンチェルトたらしめる所以でもある。
完全に治癒を終了させると、魔女は気力を揚々と"オーケストラ"の布陣を展開させた。


「イエス、マム。じゃなかった、シスター」
「どちらかに一撃で合格だってさ。あんたどうする?」
「あのイカレた死神を黙らせてやります。物理的な打撃は一切死神には通らないけど、魔雷でなら消耗させることは出来ると思う。カーラ、貴方は?」
「無論姉上をぶっ飛ばす。お互い様だね。共闘もくそもない」
「はは、やっぱりそうなるよね。もう一度聞くよ、勝機は」
「そんなもんはない。でも――私はあの人にだけは屈服しない、ここからは私の我儘だよ。ぶった切れようが何度でも再生して、首だけになっても食らいついてやる。
いつまでも付き合ってくれる義理はないんだ。あんたはあんたの好きなようにやればいい」
「やれやれ。貴方のそのぶっきらぼうな処、理解してあげられるのが何人この世にいると思っているんだか。
背中なら任せて。リディアさんであろうと死神だろうと、何人たりとも貴方の背に刃を向かせはしない」
「…勝手にやってなさい」
「だから勝手に守らせてもらうよ。いいね?」
「…ふっ。あんたのバカは、誰に似たのやら」

魔女は、小さく微笑んだ。
全く、初めて会った頃はもう少し素直だったものだが、とそこまで思い、今は往く手を塞ぐ二つの敵影に意識を集中させる。
左手はギロチンを大きく翻し、右手で魔剣を握りしめ、両者を打ちならして反射させた慣性のままに、踊る様に吶喊。
二つの超重の巨刃を携えた魔女が、重々しくもしなやかに地を駆ける。
それを見、冷たく傍観していただけの第三の一番上の魔女は、僅かにばかり喜色を見せた。

「なるほど、ね。貴女の居場所は其処というわけですか…中々見せつけてくれますね。
思えば、貴女らしいと言えば貴女らしい…我儘で無愛想で、素直ではなくて、それでも芯はしっかりと通っている……。 
…死神」
「なんすか?」
「この試験、可能な限り全力を投じなさい。あの子たちは思ったよりも、手ごわそうです」
「…え、かったりぃー……」
「お願いしましたよ。では…参りましょうか」
「はいはい」

無気力そうな死神を伴い、軍刀を抜き、魔女は意気揚々と実妹と対峙した。
周囲を守る魔はやがてあらゆるものを漂白しつくす「白光」を纏って、悪魔には到底似つかわしくない病的なまでに白い幻像を宙に浮かび始めた。
ひたすらに白く、浄化されきったような無の空間に、平和の象徴、鳩のように真っ白く、鷹のように大きな羽根を翻し、現れたそれは。
神の使い――そう形容していい程に、神々しかった。
僅かに軍刀を傾け、囁く。


「カーライア、貴女に"白光の魔女"の真髄をお見せしましょう」
「"カスピエル"、容赦はいりません。何もかも、焼き尽くして差しあげなさい」

神の使いは羽根を擡げ、幾千幾万もの光を刃と変え、世界を包んだ。


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  1. 2011/01/09(日) 23:06:09|
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LayeⅡ

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