野郎共、お仕置きの時間だ

なんのこたぁないダメ強化人間LayeⅡ(らいつー)の独り語散るgdgd生活ブログ なまはげだって少子化で寂しいんよ。

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【Viol Viera】#07

+WARNING+オリジナル小説+WARNING+

・本文は完全一次創作です
・苦手な方はスル―推奨
・以前の話は右下カテゴリの一次創作より
それでは、どうぞ
【Viol Viera】#07









































娘に、一切の容赦と躊躇いはなかった。
止まらない銃声、マズルフラッシュ、硝煙。響き渡る轟音と空を裂く銃弾はあらゆる生命を竦ませる。
しかし生命なら既に数発喰らったら肉片になって飛び散るだけの鉛玉ならぬ碑弾をぶちこもうと、娘にはそれが充分でないことはよく分かっていた。
眼前を覆い尽くす砂煙――それを貫く紫紺の眼光。研ぎ澄まされた魔女の千里眼は劣悪な制限視界の中でも標的の魔力輪郭を精密に捉え浮き彫りにする。ターゲット=スレイヴィア・マリス――健在。ちぃと舌打ち。魔力の統合する核心部に銃口を向け、さらに斉射――1234567、8発!

連続的な爆音が静止、床に落ちる空の薬莢が響く。煙が螺旋を描いて停滞する……一瞬の違和感を感じ、半ば本能的、肉食獣を思わせる挙動で左に飛び退く。空転しながら1発、2発。先程まで居た座標をブチ抜く黒い魔手。
人の背丈ほどもある爪が死肉に弾かれて踊り狂い、岸に打ち上げられた鯱のように無造作に煙の中へと引っ込む。ひらりと木の葉のように掴みどころなく舞い、ゆらりと落ちる。
ブチ当たったらただで済みそうにもないのは明白だった。
視界が晴れる。見えてくる輪郭は、穴あきチーズのようにズタボロにされたマリスの残骸。未だ力なく立っていた。
悔しそうに一言。

「なるほど、こりゃあめんどくさいなー」
【これで仕舞か?大した威力だが…まだぬるいな。こんなんじゃぜーんぜん死ねないんだなぁ。ケケ。クヒッ】
「おーけー、あんたの自信はどうやら何の根拠もなしにくるものじゃないらしいね。こりゃ失礼のないよう丁重に敬意を以って全力を賭してブッ殺し切らなきゃいけないか」



オベリスクの弾頭は、魔の結合をことごとく寸断せしめる。即ち魔素を最小単位まで分解し、結果として一つの術、生物としての成立を崩壊させる程の力を持つ。
文字通り灰燼に帰すのだ。それをまともに喰らって生きていられる魔生命体など存在しない。現に奴の四肢は命中した瞬間、燃え尽きて灰になったはずだ。
ダメージを軽減する手段はない。可能性があるとすれば――再生している。それも、馬鹿げた超速度で患部を再構築させている。
成程、不滅の悪意と呼ばれるだけはある。俄に信じがたい還元力だ。
ロゼッタは銃身に新しい弾倉を食らいつかせると、さっと距離を取ってこんこんと銃身上部を肩にあてた。「現状火力での殲滅」は困難、プランB。予備改善策へ移行。
虚空に掌で円を描く。紡ぎ出される象形文字。空間呼出、接合。空中に現れた濃霧に腕を突っ込み、もう一丁の狙撃銃を引き摺りだす。左手で引き金から銃床までを無理矢理掴み、掌で軽快に回転させた後金属音を立て眼前の敵に重ねる。
か細い体躯に釣り合わぬ、長大な二本の狙撃銃。警部が呆れて魔女に声を飛ばした。



「おい、あんなもん片手でぶっ放したら折れちまうんじゃないか」
「そう思ってしまうのが人間の悲しい常識ね。見てな、魔女ってのはあなたたちが思っている以上に頑丈だから」



ロゼッタが正対する。ゆっくりと歩みを進め、楽しそうに重量のある筈の狙撃銃を人差し指を軸にしてくるくると回す。さながらスケート選手のように軸足で傾かせながら、パレードバトンのように煌びやかに鉄の塊を器用に踊らせる。
銃口より溢れだす紫紺の魔力を軌跡として陣を成すと、幾重もの円がひとりでに層を形成し、複合術式陣として姿を現す。
ぱん、と軽やかに空目掛け投げ飛ばすと、彼女は朗らかに詠唱を始めた。

「東風吹かば 匂い起こせよ梅の花。 主無しとて春を忘るな――さぁ、戦場と言う春が来た。帰って来た主がお呼びだ。おいで唐獅子、風神雷神。
あんたたちの敵はスレイヴィア・マリス。肉片残さずきれいさっぱり吹き飛ばしておやり。天地饗嵐、諸行悉滅、臨める仇敵、牙剥く愚者皆陣連ねて眼前に有り」
「さぁ、地を這うだけの脳なし地蟲に今一度神威を刻み込め。 風死せど黒空向かう血濡れの鬼百合」

瞬間、鎌鼬が娘の足元を駆けた。それはやがて瞬く間に形を変え、その輪郭を覆う。有象無象を切り裂く螺旋の中で、ゆっくりと、身体を豹のようにしならせる。
地を伝わる雷光。磁場の形成。娘は己の脚と地を反基軸に位置させ、虎視耽々と眼前の標的を見据える。

それは狩猟者の双眸。黒く広がる闇に宿る――紫紺の焔。それがぽっと、灯ると同時に風は薙いだ。
彼女の四肢は瞬間的に野獣の如き瞬発力を宿す。風より速く、視認限界速度を超えて消えるように疾駆する。


【小賢しい……!】

マリス、即応。目で追えない速度で地を蹴り躍動する目標――小娘を六感で探知、弾け飛び影を縫って外壁を駆ける様を認識。ものの数瞬で焼きちぎられた蝕腕を右半身の核心部より再生、構築――目標の連続飛躍が通るであろう座標を予測。焼け焦げて灰になった根元よりみるみる間に生え換わる黒い魔手。間に合う。 風よりも迅く、指の一本一本を凝固化させ鋼鉄よりも鋭く――貫き通す。
マリスの思惑通り、すばしっこい小娘は確かにキルゾーンに侵入した。数瞬の後の勝利、先は見えたと言わんばかりににやと裂けた口を歪ませ吐瀉物を垂らす。着弾――貫通。爆ぜる瓦礫。しかしそこに、娘の血は飛沫してなどいなかった。

「遅いよマリス」

目の前に広がる、刹那の間。全てが停滞しているとさえ思える時の隙間。凍る粉塵。塑像と化すだけのそれの横を、遊具をもてあそぶようにして彼女の指が撫でた。
雷光がざわめき、奔る。伝播し、焼き尽くし、マリスの腕を瞬く間もなく灰に変え、さらに息つく間も与えずに背後に回り込み狙撃銃を突きつける。 
1射。死肉に焼き印が押され、焼け付いた空白が生まれる。2射。左手の狙撃火砲が火を噴く。さらに肉片を抉りとばし、粉微塵にして再起を絶望的なものにする。
やがて数えるのも馬鹿らしくなる程、彼女は碑の弾をぶち込み続けた。銃が射出のたびに唸りを上げ、爆音と共に琥珀の灰が宙を舞う、その奥底で、彼女はひたすらに破壊と、駆逐を楽しむ。

魔が魔を蹂躙する。その光景は、最早どちらが侵略する側で、搾取する側かという区分すら不可能にしていた。
襤褸雑巾同然になったマリスにおまけとばかりに雷球をたたきつけ吹き飛ばし、散り切れになった破片を踵で踏みにじり、弾けた黒い血が放射状に彼女の足元を蝕んだ。
嗜虐的な笑みを浮かべながら、彼女は両手に持った長物の玩具を肩に廻して、空いた掌で指を鳴らす。

ぱちんと乾いた音が響くと同時に、空気が揺れ、風雷は輪郭を以って姿を現した。
煙に形を与えた様な羽衣を纏った、二頭の獣。大理石と翡翠の鬣に覆われた、巨大な獅子の姿形。
ニ匹は対になっていた。純白の獅子は大きなローブから風の螺旋を生み出し、翡翠の獅子は小筒からぱりぱりと雷光を放っている。この二頭が彼女の持つ力の根源或いは助力になっていることは言うまでもなかった。契約魔である。

「このままだとフェアじゃないからね。あたしの下僕を紹介しよう。
こいつらの名は唐獅子・風神、雷神。極東に巣食う八百万神の中でも極めつけの傾き者さ。
大気の流動と圧力を自由に操作し、電位の正負を利用して炸雷を引き起こす。古より東人は自然に脅かされ生きてきたが、その自然界の魍魎が生んだ天災級の尖兵ってわけだ。
流石に調伏には苦労させられたよ…しかし、いざ使役出来ればこれほど頼もしい神魔もいない」
【っとまぁ、紹介あがりました雷神だ。おらぁロゼ、駄弁ってる暇があったらさっさと灰にしちまえ!呆!】
【様式美と言う奴だろう、落ち着け。ああ、私は風神だ。以後お見知りおきを…まぁ死に行く輩に言うても無駄か】
「っとまぁ、神魔だからかちょっくら個性の濃い連中でね。ほらほら戦闘するよ。あたしの身体に戻りな」

その一言に合わせ宙に漂うニ匹の獣神が煙になって身体を覆い、吸い込まれていった。再びマリスと対峙。四肢を伝う雷電。
獣の力を取り込んだ魔女の健脚が、爆ぜる。
マリスは焼き尽くされた蝕腕を再び生やし、体勢を引き直して牙を向かんとする。
まだ息のある黒い蝕腕のいくつかが反吐をまき散らしながらロゼッタに睨みを利かす。
ゆらりと何度目か分からぬ起きあがりを見せるもののダメージは確かに蓄積しているようだった。平常時であれば再生できる箇所すらも、ぼとぼとと屍肉がはがれおちている。
もうひと押しすれば、或いは成果は著しく出るかもしれない。そんな期待が脳裏をよぎる。それと当時に、此処まで粘る相手の執念にも恐れ入る。

「おっと、まだやれるか。呆れるほどタフだね」
【てめーのような小娘に……ここで終わらせられる訳にはいかねーんだよ】
「自分以外のあらゆるモノを犠牲にしてまでなお生き延びる、か。流石は負の思念凝固体だその根性には恐れ入る。だけど、あなたの存在はあなた以外の全てを不幸にする。
あなたが踏み切れないなら、あたしが終わらせてあげよう。いかなる事情があっても…これなら問答無用でゲームオーバー。違う?」
【ふざけてんじゃねぇぞ腐れ魔女がぁっ!!】

変容。膨れ上がる意識体。憎悪、妬み、恨み、消滅への恐怖、生存への執念、捨てる事の出来ない妄執。
マリスは負の感情それら全てを喰らい尽し、最後の底力を振り絞り、爆発的に質量を増加させる。
目標は眼前の赤毛の魔女、ごぱと湧きあがった黒い臓物から鋭い棘が飛び、憎き怨敵に肉薄する。音を取り残して振りかざされる暴力に、ロゼッタは最早光の速度に近い反応を以って切り返す。
その迷いのない挙動は、一切の畏怖も慈悲も、人間味の欠片すらも打ち払うかのように。

「やれやれ、分かってないようだからもう一度だけ宣告しよう」

頬に走る呪紋章。低く屈めた身体中を電光がめぐり、シナプスの反応速度を超常的な次元まで昇華させる。音を超え動体視力を超え、肉体の限界の向こう側を強襲せんとする魔の手を察知――認識。
獣は地を蹴り躍動し、宙空で静かに、しかし誰よりも速く銃口を擡げる――標準。本来肩を当てて支えるべき火砲を魔道補助と底上げされた膂力で固定、発射用意。
ロゼッタに観測手はいらない。握る得物こそ狙撃用ライフルではあるが、匍匐や低姿勢で固定する必要性はない。人間が撃てば気候や天候に左右される弾丸は、 
空気圧や風向、気温を瞬時に射撃理想状況に変換できる風神の補正によって単独であろうと、片手保持であろうと、どんな姿勢であろうと――たとえそれが空中に逆様に放り投げられた状態でも、弾丸は寸分過たず目標へと突きささる。発砲――二発の弾丸が、見事に黒槍を撃ち抜き風穴を開け、即座に灰へと焼き尽くす。
拳銃でも、突撃小銃でも理屈は同じだ。しかし、魔を打ち破る碑弾の製造は恐ろしい手間と労力を要する。最小限の手数で、目標を沈黙させるに足る火力・貫通力――ロゼッタの結論はそこにいたった。至近距離での取りまわしの悪さは、雷撃を操り四方八方を灰に変える彼女にとっては造作もなく補える物だった。

撃ち抜いた肉片に飛びかかり、追い狂う無数の槍をひらりと交わし、四肢に伝わる躍動力と電磁の反発でそびえたつ鋭塔の隙間を縫い――真夏の空よろしく踊り狂う花火は、質量の敵をもろともせずにやがて懐へと潜り込んだ。感覚が追いつく頃には、マリスの槍は彼女のこめかみを掠めるだけに終わる。
僅かの間。飛び散る少量の赤い血。踏み込み肉塊に突きつけられる鋼鉄の顎。
微笑むのは勝利の女神ではなく、悪の小娘の痩躯、その横顔。

お返しとばかりに、至近での背面・肩越しの一射。
響く銃声。ぶちまけられる屍肉が、跡形もなく蒸発させられていく。
紫紺を宿した双眸に、あらゆる後ろめたさは残ってすらいない。


「あたしはあなたを【一方的に】蹂躙しつくす――あなたに選択権は与えられていない。反撃の余地すらも。そしてあなたはあたしに勝てない。
大人しく諦めろとは言わない、此処まで何が何でも生きようとした結果の個体だからね。ただそれでも、あたしはあなたを駆逐するよ。教えてあげるよ、本当の力の差って奴を。
刻みこんであげるよ、あなたが成してきた業が如何に罪深く、消しさらなくてはならないものかを――覚悟はいいかいスレイヴィア・マリス。あんたは今日此処で死ぬんだ。
せいぜいあがいて、みせるんだな」

二度目の殲滅予告。
これから一切の猶予も酌量もなく消滅させるという、無慈悲の言の葉。
碑弾と死刑宣告を叩きつけられて、ズタズタに引き裂かれながらも妄執によってなお生きながらえる屍肉の塊は。
ただ、ただ大きくいびつな口を、にやりとゆがませるだけであった。


「…何がおかしい?」
【へっへ…、分かってねぇのはおめぇの方だぜ。忘れたのか?俺の力のひとつを…。
さっき、ほんの少し"カスッた"ろ?
おかげでおめぇの血液から、傷口から潜らせてもらったぜ…多少身体は吹っ飛んだが、いい収獲が出来たよ】

「……言いたいことをさっさといったらどうだ。どうせあなたは直ぐ死ぬんだから」
苛立ち。対する嗤い、その奥底に垣間見る不穏。
ロゼッタは僅かにだが確かに、動揺していた。

【っへへ、へへへ。笑っちゃうね。こりゃ笑わずにいろって方がおかしいってもんだ。
お嬢ちゃんよぉ、おめぇ、随分ととんでもないものを囲ってるらしいじゃねぇ?契約魔の話じゃねーよこれは。いやはや、おったまげたねぇ。
俺を消しに来たお嬢ちゃんの方が、"ホンモノノバケモノ"だったとは!】

「おい、その汚い口を今すぐ閉じろ化け物」

ガァン!警告なしの発砲。血みどろの肉に穴が開いて黒い臓物が噴き出る。マリスは哄笑を止めない。
ホンモノノバケモノ。その言葉に、僅かにロゼッタの顔に翳りが差した。それを振り払うように、襤褸雑巾になったマリスに弾を撃ち込む。何度も何度も。
肉を吹き飛ばされながらもマリスは口を止めようとはしなかった。まるで晒すことそのものが、ロゼッタの中に一本ずつ杭を打ち込むように。
思考に潜り漁りだした当人が認めたくないどす黒い部分を抽出して、残酷にも言の葉に乗せた。

【魔女ぉ?笑わせんなよけだものちゃん。てめーは出来そこないの化け物だろ?俺と同じの。
あひゃひゃはは!お嬢ちゃんの皮を被ったけだものが、同じけだものの俺を醜い化け物だって消しに来るのかい?こいつぁ傑作だ!
がは、はははは、ひゃははは!なんなら今此処で暴露してやったっていいんだぜ?てめーの頭の中を。おめぇがお仲間さんをどう思ってるかを、全部丸ごと!】

「黙れ挽肉!もう一度言う、今すぐその薄汚い口を閉じてさっさと死ね。さもなくば蒸発しろ。もういいよ、今すぐ消してやる。
その糞しかぶちまけられないお口の骨をぶっこ抜いて、二度と喋れなくしてやる。そのままみじめな様さらしてくたばれよ、マリス」

激情そのままにヘドロの山に銃身を乱暴にねじり込み、傷口を無理矢理こじ開けて抉り散らす。飛び散る飛沫のそれぞれが空中で針を形成し、ロゼッタの皮膚を引き裂く。痛覚はある、血も出る。しかしそんなものには目もくれずに、
ひたすらに雷管は咆哮を上げた。何かを打ち払うように、まくしたてる。そのたびに返り血が頬にへばりつく。
踵は有象無象の憎悪がのしかかったように重く、マリスの肉を地面へと縫いつけていた。
瞳に宿る焔が瞳孔と共に広がり、徐々に理性を失ってゆく。加速する引き金と同時に、一発撃つごとに、人の形をした野性が天秤を傾けた。マリスは待ち望んでいた、隙が出来る一瞬におのれの分体を音もなく這わせ、死角から汚れた影が牙を擡げた。


背後に、具体性を伴った殺意が影を差した。
陰りに気付く――反転。擡げられる漆黒の牙が並ぶ空洞。しかし気がついたときには遅すぎた。間に合わない――そう本能が冷酷に告げた。直撃を覚悟し手を庇い出す、思わず目をつぶる。


――いつになっても、痛みは襲ってこない。代わりに響く、鋭く尖った金属音。
恐る恐る瞼を開ければ、懐かしい後ろ姿。
覚えたのは、少しの安堵と。
そしてこれ以上頼ってはいけないという、小さな覚悟。

そびえたつ鋼の巨刃を携えた凛と伸びた背筋。流れる金糸。横薙ぎにふるわれた質量が肉を裂き、眼のない歪な頭部を精肉が如くばっさりと切り捨てる。
重量は勢いそのままに床を穿ち、汗を振り払って彼女は意地悪く振り向いた。

「ちょっと気が緩んでるんじゃない? 背中が御留守だよロゼ」
「……余計な真似を。あなたこそ他人の心配してる場合?」
「そそっかしい妹分を見ていられなくてね。 …しかし、コイツ中々にしぶといな。飛び散った端末から単細胞生物のように再生してきてる。私は少し手が離せそうにない」
「あたしに任せて。根元から燻蒸消毒してやる」
「力や感情に流されて自分を見失うな――とまぁ、それだけ言っておくわ。汝理を以って魔を我がものとせよってやつね」
「はいはい、カーラはいつも心配性だなぁ。……でもま、さんきゅー。さっきのはちっとヤバかった」

ちぎっては投げ、ちぎっては投げを繰り返してきたが一向に数は減るばかりか、破片から湧きあがる様に増殖して小型のマリスがそこらじゅうをうろうろしている。
そんな限の見えない多勢を相手にして、二人は徐々に距離を狭めていく。背合わせに、呼吸を整え己が得物を構える。
肝心の仇敵の大元は、既に本体を気化させて霧となり宙に消えていく。ロゼッタは追おうとするも、辺りにはびこる端末に阻まれそれを諦めた。
冷静さを失っていたせいか、銃撃の殆どは核心を得てはいなかったようだ。再生速度が勢いを取り戻している。彼女は顔をしかめた。
このままでは、物量で押し切られてしまえばとても勝ち目はない。逃げるのは難しくはないが、今回は引くに引けないものが転がっている。万事休す、か。
塞がった両腕を交差し腰元からカードリッジを宙に投げ飛ばすと、空弾倉を排出。掠め捕る様に銃底にくらいつかせ弾薬を補給する。空気に混じり消えていくマリスの憎たらしい口許。
聞いているだけで癪に障ることを目的としている、嫌な声音だ。

【おいおい、銃が震えてるぜお嬢ちゃん?そんなんじゃ狙いもつけられねーよ。そんなんで俺の相手をするっての?】
「…うるさいよマリス。いいよ、お望み通り決着をつけてやる。
あなたはさっき、私と同じとかぬかしたな。そんなことはないね。私はあなたみたいに本能のままに生きたりしない。自分以外の何もかもをブチ壊してまで、自分の本能を満たそうだなんて……二度と思わない。そう決めたんだ。それを今から、証明してあげようじゃないか」
【おーお、威勢がいいんじゃねーの。ヒャヒャ、そうこなくっちゃなぁ!活きがいいのは嫌いじゃねーぜ。 屋上で待っててやるよ、そこの魔女さんと野郎共は精々ちびすけ共の相手でもしてな!キャハハ!】

完全に塵と失せると、黒い靄が旋風をまき散らして消えた。残されたのは地を這う溶物の群れ。マリスの残骸達。
進路を塞ぐ小物だけを碑弾で貫くと、ロゼッタは駆けた。振り向けば、三つの人影。
彼女はあくまでも元気よく、芯の通った意を伝えた。
先程まで支配していた鬼気の片鱗をも見せない。それは彼女の自己を保つ、せめてもの決めごと。

「カーラ、ガラサキに警部のおじさん!此処は任せたよ、あたしは上の本体を叩いてくる!」
「やれやれ、どっちに転がろうが化け物だらけか。ならば小物の方が数は多くとも楽だな。此処は食い止める、安心して叩きに行け」 ――不敵に笑い、群蟲統率の中心で黒眼鏡を拭く男。
「全くだ。お前らとくっついてると幾ら命があっても足りゃしねーよ…家出娘! 無理はすんなよ!」 ――残された人間を引き摺りながら、効き目は薄いと分かっていても弾を込める警部。

「ロゼ!」
「まだ何か小言?"お姉さま"」
「皮肉が言えるうちはまだ大丈夫そうね。しっかりと教えてやんなさい。あんたはもう獣なんかじゃない。私の自慢の妹だ」
「…むずかゆくなってくるからそーゆーのやめてよ。んじゃ、行ってくるよ」

振り向かずに一目散に疾走。階段に消える影。それを見送る暇もなく、殿を務める魔女は眼前の端末を超重の鉄刃を以って叩き潰す。
そんななか、ガラサキが蟲を放ちながら嘯いた。小さく満足気な表情を見せる魔女に声を飛ばす。

「あいつ、お前に似てきたな。これもコンチェルトの教育方針とやらか」
「はぁ?」
「…いや、なんでもないさ」
「ちょっとそれどういう意味。事と次第によっちゃあ――」
「魔女!蟲男! ひとまず全員搬出したぞ、担げそうもない場所の奴らはみんなおたくの執事がさらっていった」
警部の飛び込みに遮られる声。ちっと舌打ち、ギロチンを引き戻し、残存勢力を再度確認。
風はどうやらいい方向に傾いているらしい。数は減っているし、被害を気にする必要も最早無くなった。気がかりと言えば最上階に単身突っ込んでいったロゼッタだけだ。

「…だそうだ。今は眼前の敵の殲滅に専心しろ。私とお前、二人がかりならば端末の群れなど造作もないだろう」
「りょーかい。ようやくのびのびと魔力ぶっ放せるってことか…これ終わったら時間頂けるかしら。沢山問い詰めたいことがある」
「おお、後が怖いな。じゃ、行くか」

交わす軽口はいつも通りに、彼は掌に魔を集中した。呼吸を傍往く魔女へと合わせ、蟲を一息に群れさせる。
魔女が空いた右手を空中にかざす。宙を泳ぐ紋章の光から、人の背丈ほどもある騎兵槍にも似た大剣を呼び出し、危なげにぶんと回転させ手にしっかと納める。
特大のギロチンを大提弦とするならば、それは弓であった。いつか首のない騎士より託された、あらゆる命を搔き消す魔剣。
弦と弓、重ね合わせることによって音色は奏でられる。しかしこの場合、重ね合わせることによってはじき出されるのは無数の火花と金属の摩擦音。
胸の前で大きく交差された殺戮の序曲を奏でる巨刃を二つ携え弦の方を軽々と肩に担ぐと、地獄の楽師は足取り軽やかに眼前の敵の大掃除に取り掛かった。

状況は多勢に無勢。おまけに何度斃しても瞬間的に蘇生してくる厄介者と来た。魔女は溜息をつくが、事態は底辺を衝きながらもそれ故にこれより悪化はしない予感がしていた。
そして何よりも、上層階では誰よりも信頼の出来る、誰よりも力を持つが故に悩み苦しみ、その中に答えを見出だした娘が戦っている。
あいつはこの世を取り巻く有象無象の何もかもを置いてきぼりにする程強く、そして持つ力に反し信じられない程に脆かった。それが今、ひとつの決着論を基に己が力を振り絞って答えを探しているのだ。それはとても健気な闘争で、ほかならぬあいつにしかこなせぬ大役。それをまさに今懸命にこなそうとしている。
そうであるならば、大人である自分たちがどうして此処を退けようか。答えは当然の如く、ノーだ。
多少ブレがあるだろうが、あいつならしっかりやって帰ってくる。任せろと言ってくれたのならそれを信頼しきり、此処を死守するのが私達大人の役目ってもんだろう。
さぁ始めよう。地獄はまだまだ此処からだ。

魔女は掌から迸る紋章術式にありったけの力を注ぎこんだ。吸い込まれるような虚脱感と大型召喚に伴う重圧をまざまざと感じながらも、振り払い、呪詛を叩きつけそれを呼び出す。
己を蝕む契約魔を内に取り込みながら、彼女は咆哮した。

「――さぁ、ありったけ喰わせたんだしっかり働きな! 目標、視界に入る全敵性組織片スレイヴィア・マリス。能力制約指定なし、ただ殲滅駆逐を以って契約の完了とみなす。
戦塵を紡ぐ地獄の交響楽師団オーケストラ、出し惜しみは許さないよ。私に力を!」

契約魔は確かに要求に答えたようだった。
背面を覆う滞空紋章術式――俗に言われる魔法陣が急に光をより強く放ち、輝きのうちからひとりでに動く管弦楽器の群れが隊列を組んで魔女の背を軸に取り囲む。
それは如何なる要塞よりも堅牢に、両腕で我が子を抱きとめるかのようにスクラムを組むと、ぱっと弾け飛ぶ。
群れ襲い来るマリスの端末にいくつかが串刺さり貫き、体液を滴らせて魔女の元へと戻り、往く手を塞ぐ別の個体を横薙ぎに薙ぎ払う。
羊の群れに戦車が突っ込んでいった、そう形容していい程に一方的な殲滅。しかし蹴散らされていった肉片はすぐさま再生し再び牙を向く。攻勢を維持せねばあっというまに喰われるのは明白で、羊の群れどころか地雷原も同然だ。そうでなくとも死期の足音は着実に忍び寄っていた。
しかし魔女も黒眼鏡の男も決して諦めの様相は見せず、むしろ逆境を楽しむように群がるマリスを斃し続ける。
薙ぎ払い、切り裂き、死角からにじり寄る個体をオーケストラの組み上げた「腕」のスクラムが蹴散らし、群れを瓦解させては其処から音響を炸裂させ衝撃波で肉片を消し飛ばす。

「なぁ魔女、これは少し、ヤバいんじゃないのか!」
「なぁにもう音を上げたの?私はまだまだ、何千匹だろうが、どんと来いってのよ!…あれ、警部さん何処行った」
「奴ならとうに逃げた。命幾つあっても足らんだと。まこと賢明だな!」
「まぁ、その方が好き勝手暴れられるし都合いい!」
「…本当のこと言うとマリスじゃなくてお前から逃げたんだがな」
「んー?何か言った?聞こえないっ!」
「聞こえないほうがお互いのためだ」

口は動かせど、ガラサキの背からはグロテスクな蟷螂の斧や蠍の尾、果ては腕先からヤゴの顎や蟻の牙がせわしなくのたくっては肉塊を粉砕していく。しかしそれでも、捌き切れぬ幾発かは彼の身体を掠め、紅い飛沫を床に迸らせた。本体による乗っ取りが発生しないだけ端末の方が気が楽だと彼は笑うが、焦りは徐々に姿を露わにしていく。

(…これは全てロゼッタに命運はかかっている、か)

ガラサキはあの小娘の恐るべき戦闘能力はよく知っている。だが、今回ばかりは相手が悪すぎる。何れ物量で押し返される――否、今にも不利を越えて盤上をひっくり返されそうな気がしていた。自分も魔女も、死にがたくはあるが不死身と云う訳にはいかない。相手は限りなくそれに近く、単体での破壊力や丈夫さなどがどんなに決定的でないかを思い知らされるようでもあった。勝機があるとすれば、駒を全て無視してうちの「クイーン」が敵方の「キング」を叩いてくれることくらいだ。
この世に不死身など存在しない。近いものはあっても、そんなものあっていいはずがない。盛者必衰だ、形ある物は何れ滅んでもらわなくては困る。今はただマリスがそれでないことを祈るだけだ。
彼の焦燥をくみ取ったのか、魔女が背越しに口を開いた。

「心配いらないわよ」
「…そうあってほしいよ」
「あいつは、私なんかよりもずっと強いもの」
「物理的な意味でか?それとも――」
「さぁ、ね」

信義を一切揺るがすことなく、彼女は何度目とも知れぬ眼前の敵の肉をギロチンで引き裂いた。












【Viol Viera】

―Witch of Beast―
―aberration hunting file#07―
[Witch and Borderless World]










湿っぽい嫌な空気だ。外に出たばっかりなのに、皮膚にべたつく空気に彼女は顔をしかめた。
どんなに六感をとがらせても、マリスの気配は未だ察知できない。広大な屋上は平らなコンクリートの足場と落下防止用のフェンス、そして冷房だのなんだのと大量の外部機関で埋め尽くされていた。下手な貨物トラックサイズの化け物が逃げ隠れするなんて俄に想像しがたいが、こと気配を消したり相手を操ったり敵方には絡手の心得があるらしい。恐らくは生き延びるために身に着けざるを得なかった技術なのだろうが、それにしたって往生際が悪すぎる。

――もう一度、あれをやるしかないか。

ロゼッタの中をひとつの思考が通り過ぎていった。
余りに使い過ぎれば、反動が自分に返ってくることくらいよく知っている。それほどまでに彼女の術式は未完成で荒削りで、危なっかしいものであった。
それがいかなるものか、一言で言うならば。
「獣を内に取り込み、自らを獣に化けさせることによって得ることができる力」であった。
元より、彼女の中に似た様なものは既に存在していたのだから、こういった術式に落ち着くことは自分でもよく分かっていたつもりであったのだが。
引き出したあの力は、彼女に嫌なものを彷彿とさせた。
思い出したくない記憶の奥底。

見境ない、殺戮衝動。
膨れ上がる憎悪に酷似した、黒い雷光。
自分以外の全てを拒絶していた、あの頃の力に。
かつて愛すべき人に矛を向けた、罪深い狂気に。

獣になる、というのはそういうことだといっそわり切ってしまおうか。
そう思いもした、けれどもそのたびに、自分の大好きな人の言葉が理性を繋ぎとめた。

狂気を受け入れてしまえば、後は簡単だ。欲望に任せて壊し貪り犯して何もかも終わらせてしまえばいい。
けれども、彼女はそんなことを望んでいない。あたしに人として、自分のために生きろと言ってくれた。
その約束は、この身体と魔が朽ち果てようとも決して反故にできない、永劫の契約なんだ。

だからあたしは――


「あなたを否定するよ。欲望に任せて堕ちる処まで堕ちたあなたと決して相容れない。今こそ雌雄を決着しよう――。
獣と人の境に楔を打つ。あたしはあなたの存在を否定することによって、あたしの存在を確立させる!」
【ケケッ、いい目鼻をしてやがるぜ】

ふわと、汚い風が流れた。背景に見えた欺瞞結界にノイズが奔り、鉄塔にしがみついたマリスのどす黒い四肢があらわになる。
マリスは何を思ったか、先制攻撃もせずに長い舌をべろべろと振りまわして言の葉を紡いだ。

【やれやれ、随分エゴイストだな。俺を否定することが、おめぇの証明になるわけ?これだから人間ってのは、嫌になるね。
てめーの悪点を他人の所為にして、自分はのうのうと正義面して大義をかざして弱いものを虐げる。
ふざけんなっていいてぇよなぁ、俺たちはてめーらの証明のために生きてるんじゃねぇんだよってなぁ!
ヒャヒャヒャ、こんなこと、お前に言っても無駄か?バケモノロゼッタちゃん?】
【てめーはこっち側の生きものだよ。俺と同じ、バケモノだ】


ダンッ!
言い終わらぬうちに貫通弾がマリスの頭を射ぬく。一瞬後にぷしゃっと音を上げて脳漿は炸裂したが、マリスはゆうゆうと傷口を塞いで口を開き続けた。
【あーはは、ショックかこんな事言われるのは初めてか?でもしょーがねぇよなぁ?事実だもんなぁ?
おまえにダイブしたとき、俺はびっくらこいたんだぜぇ。おめーは随分とあの魔女にご執心のようだがな。
心の奥底の、本物のおめーはなんて言ってると思う?"無茶苦茶にしたい"って懇願してるんだぜぇ?
あの女を徹底的に打ちのめして、泣きわめかせて、バラバラに引き裂いて、肉片にして、ずるずる啜ってやって初めておまえは自分の欲望が満たされるんだ。
ハハ、随分と猟奇的な恋心じゃねーか!わかったかい?おめーはどうやってもあの連中と一緒に居ることなんかできねぇんだよ!
俺がいようがいまいが関係ねー。おめぇはいつかあの女を殺すよ。おめぇが生きてる限り、おめぇはずっと未来永劫化け物なんだよ】
「黙れ!!」
【どーせ化け物なら認めちまえよ、なぁ?見苦しいぜ?化け物が人の面かぶってるってのはさぁ!】
「お前に……お前に何がわかるっ!あたしは、あたしはただ――!」

そこまで言って、言葉が出なかった。
力なく、狙撃銃は下を向く。マリスはにやりと一層下卑た笑いを携えた。

【分かったか?てめーは化け物なんだ。あいつらとは相いれない、人間以上に屑の塊さ。この世におめーの居場所なんか、ねぇんだよ。おめーは絶対にこの世界に許容されない】

静かな夜に響く、マリスの思念波。傷口に擦り込ませるように丹念に、残酷に。緩やかな語気は明らかな悪意を以ってねじり込む。
確かに、あたしは化け物かもしれない。
魔女と言っても、体面だけなのは良く分かっている。この世の誰よりも、どんな邪法よりも禍々しい方法であたしは力を引き出している。それは化け物となんら変わらないのかもしれない。
確かに、あたしはカーラを滅茶苦茶にしてやりたいのかもしれない。
本能に近い何処かで、憧れと一緒に潜ませ難い殺意が芽生えているのも、気付いていた。いつか彼女があたしにやったように、ねじ伏せて、滅茶苦茶にして、この上なく屈服させてから終わらせてあげたら、どんなに気持ちがいいだろう。あたしはそれで憧れと憎悪を一度に失くせる。楽になることができる。そう言う意味では、あたしの終点は彼女以外にあり得ない。
確かに、あたしに居場所はないのかもしれない。遥かに昔から分かっていた。この力は人間にとっては疎ましい以外の何物でもなく、同じ眷族同士ですら畏怖とされた。
確かに、あたしを世界は許さないのかもしれない。分かり切っている、こんな人間は存在しちゃいけないことくらい。
人の面を被った化け物っていうのも、強ち間違っちゃいない。


……だけど。


「それがどうした」



【あ?】
「それが…どうした!」

最早銃はいらない。仮初めの武装をなげうち、身軽になった肢体はしっかと地に根を下ろした。
バチバチと騒音を鳴らして煌めき弾ける炸雷はロゼッタの四肢を駆け地に伝播して波紋を描く。
小さくうずくまり、背筋は敏捷な肉食動物さながらに震えだす。2対の手と足ではなく、四つん這いになりそれら全ての脚を伸ばす形で彼女は吼えた。
交差する前脚から放たれるとめどない蒼白の雷光を地から引き剥がし、猛獣の眼光でマリスを射ぬく。
確実に無理を押して発動させた術式は身体を侵蝕していた。
頬を走る紋様は次第に彼女を蝕み、その姿を人から獣へと恐ろしい速度で再構築を開始し、その急激な悪性変異に耐え切れるはずもない人体に激痛が走る――が、未だ彼女は明瞭な意識を以って内なる本能を瀬戸際で制御して、なおも力を引き出そうとしていた。

対するマリスも依然として眼を離さない。今勝機を見出だすとすれば、この小娘を如何にすばやく消耗させるかだ。
そしてそのために呪いの言葉を投げかけ、煽りつくした。全ては術数通りに行っている。ただ一つの誤算、或いは不可抗力があるとすれば――この小娘の力の底が見えないことか。
樮笑むその何処かで、マリスは自分が何かを恐れていることに違和感を覚える。
それはとても小さく、けれども何故か見逃してはならない気がした。だが今は、それどころではなかった。


【…おい?強がるなよバケモノちゃん。その力、長くは持たないんだろ?
さっき魔女のところで見せた力は片鱗にしかすぎんのだろう?何故本気を出せなかったか?答えは分かり切ってる。
アレ以上出力したら、おめーが正真正銘バケモノの仲間入りだってことがな。そしてその獣に身を堕とした醜い姿を愛する誰かに見られたくなかった。違うか?反論できねぇだろう?】


血液を通して記憶と思考に断片的に潜入出来たマリスは既にその危険性に気付いていた。
ロゼッタの術式はこの上なく危なっかしく、針の上に乗せた皿のように確立しきっていないことに。
人間の身体に本来ならば相容れぬ、獣神の魔素を直接トレースして身体能力と魔力キャパシティの限界を超えた力を暫定的に得ることができる。
成程それならば人の動体視力や筋力の運動能力を遥かに超越した挙動でマリスを追い詰めることもできよう。しかし。
それは即ち、一歩間違えば自身が獣の狂気に喰らい尽されることを意味する。
元より保身と生存を最優先事項とするマリスには、それが理解できなかった。
何故そこまでして、力を求めるのか?マリスに失うものは何もない。物理的実体のない思念体としてあらゆる悪意と憎悪に融合されたそれに、限界はないし死という概念も希薄である。
しかし、この小娘は違う。
自我もあれば自身の身体もある。人並みに心というものが存在するならば、「失う恐怖」に怯え足が竦んでもおかしくないはずだ。それなのに、目の前の小娘に一切の迷いは感じられない。
一体何が、こいつをそんなにまで突き動かすのだ。
その疑惑に答えるように、彼女は再び吼えた。

「あたしには、帰る処がある!確かにお前の言う通りに、この世界にあたしの居場所はないかもしれない。
だが、それがどうしたって言うんだ!
それでもカーラは、あたしに居てもいいって言ってくれた!許されないあたしに、この世に必要のないあたしに、傍に居ていいって言ってくれたんだ!
仮に同じ化け物だろうが、こればっかりはお前にないだろうな。あたしには居場所があって、待ってくれる人がいて、守りたい人がいる。
それがたったひとりだろうが、それだけであたしは戦える。何もかも喰い散らかし捨てて前に進む孤独は生きるとは言わない、お前とは違う!」

【お、おお?エヒャヒャ、アヒャヒャハハハハ!いい目してるじゃねーか。その目だよ!いいねー、てめーと俺は違う?
ククク、そうか、そうだな。確かに違うかもな……くくく、くくくっ】

笑いが止まらない。不思議なもんだ。今自分はたかが小娘に気押されているのに。何故かマリスはこれを愉快と感じた。
どうしてだろう?どうにも解せない。解せない自分は、また何処かで納得している自分がいることにも気付く。久々に、自然と笑いが出た気がした。同時に全てが氷解した。
ああそうか、これが人間って奴か。
愛だ友情だ、くだらねー連中だとはもう何百年も前から分かり切っていたつもりだったが、成程な。そのくだらねーものにいちいち命懸けて必死にあがこうとするのが、
本当の意味で人間なのかもしれない。

これだから人間は愚かで、弱くて、もろっちいもんだと思っていたが。
こうでなくては人間ではない。それ故に彼らは悩み、戦い、そしていつか現状を超越する。
コンプレックスと弱点こそが、彼らを無限に向上させ得る。成程、つくづくおもしれー連中なわけだ。
そして自分は、人間やめたその時から彼らを見下しながらも、心のどこかでうらやんでも居た。
憎悪と羨望は、表裏であったわけだ。

それならば。
それならば此処で、その脅威を全力を以って排除してやろう。
それだけがこの生にしがみ付くだけの数世紀に、答えとピリオドを齎せるような気がした。
懐かしい匂いだ。
ああ、いつだったか、まだ人としての形があったの頃の、あの匂いだ。
それが今目の前の小娘から強烈に発せられている、執念だった。ああそうだ、自分は今、この小娘が何故戦えるかを悟った。

――これが人間って奴の、みみっちくも逞しい生き方だ。

こうでこそ、人間というのは喰らう価値がある!
そして自分は、奴らの力を頂く。
何が悪いことがあろう。食物連鎖はもとより自然界の摂理であって、真理ですらある。何時だって喰われる奴が、奪われる奴が悪いのだから。
そして自分はそれに生き延びる、ただそれだけのために力を手にしてきたのだ。
今さら何を、たかが小娘相手に揺さぶられるものであればとうに瓦解している。

マリスは人間故のその眩さに、誘蛾灯に誘惑された羽蟲の如く引き寄せられていた。



獣神化が進行したロゼッタの頬にひび割れの様な紋様が浮かび上がり、深い闇を宿した瞳は今や白光を宿したかのように白熱を帯びていた。
それが瞳孔を細め、獲物に狙いつけるかの如くマリスを睨む。その瞳には、未だに強い意志が宿っていた。いや、違う。
今こそまさに、人間然とした貪欲の光が宿ったと形容した方が正しい。

渦巻き弾ける魔力放出の中、右手をくいと、挑発の意思表示。

「来いよマリス。再生も追いつかない程に滅茶苦茶にしてやるよ。刻んであげるよ、あたしとお前の違いを。
教えてやるよ。狂気に捕われ地べたを這いずって地獄を見てきた奴の本当の恐ろしさを!」

【…いいぜ。面白れーじゃねぇか。え?ロゼッタ・エピタフィオン、てめーは獣に蝕まれながらも何が何でも"ニンゲン"として抗う、そのつもりのようだな。
俺はてめーのそのくだらねー覚悟に答えてやる義務がある。てめーに人間としての誇りがある様に、俺にも化け物としての誇りがある。
いいぜ、ちっぽけなニンゲンよ。格の違いを見せてやろう。今俺は敬意を以って、全力と全霊を投じて相対しよう。
てめーは、てめーの言う人と獣の境とやらを、てめーの手で線引きしてみせろ!人間は遥か昔から、そうやって生きてきたんだからな!】

幾百もの雷が、ロゼッタ目掛け墜ち貫きその周囲を眩い光で覆う。それを全身に纏いながら、彼女は猛禽を思わせるような爪を逆立てた。
全身に駆け廻る野性を瀬戸際で食い止め、自我を保ちつつも敵に向き直る。まさしく、どんな逆境でも抗わんとする人間の縮図そのものだった。
それに答えるように、マリスも全身を震わせた。
背筋があると思しき骨脈が灼熱に煮えたぎるヘドロの中から顔を出し、ごぱと吹き出物をまき散らして開帳する。その中から湧きでてきた――数えきれない腐敗し融解した人骨の群れ。
そのどれか一つが、マリスの本体なのだろう。しかし判別すらつかない程にそれらは歪曲し風化し、苦しみの絶叫を上げながら息絶えた姿のままでそこにあった。
立ち上がる腐臭とどす黒い煙の中から、大きな尖った手が背骨をばきばきとへし折りながら姿を現す。まるで、それら全てが嘆きをあげているように、ただ悲痛だった。今すぐにでも、楽にさせてやりたい程に痛々しく――彼らはまだ生きていた。生きては死に、死んでは生きて生き地獄を延々と輪廻しつづけているのだ。
さながら地を這う地蟲のグロテスクな脱皮を思わせるその光景の中で、ロゼッタはしかと真意を見据えていた。

骨とヘドロの奥で脈打つ、筋だらけの気味の悪い臓物。
それは核心だ。それを壊せばマリスは今度こそ完全に瓦解する。そしてこの化け物は、わざと弱点を露出させたのだ。
やれるものならやってみろよ、ニンゲン――暗にそう言われた気がした。
それに答えようと、ロゼッタが雷電の出力をさらに上げると期を同じくして、空が漆黒の闇に包まれた。背より噴き出る闇は凄まじい速度で流れ、彼女とマリスを取り囲む形で渦を描いている。
マリスは何処か愉快げに、取り返しのつかない現状に対し言及をした。

【この渦が収束する頃、それがお前の最期だ。
ケケッ、このままじゃお互いにキリがねーからな。尤も?この渦が閉じる瞬間に俺の中を流れる全ての怨霊が爆発して、俺もスイカみたく吹っ飛んじまうんだが?まぁ、此処ら一帯を二度と生きものの住めないように穢し尽くすのに充分足りるだろうがな。おら、ステージは用意してやったぜ。お前も俺も、もう後には引けない。お前が生き残る方法はただ一つ――】
「この渦が収束する前にマリス、お前を粉々に打ち砕いてこの世から意味消失させること、それだけだな。分かったよ」

もう退くに退けない。否、退くつもりなどさらさらない。
ロゼッタは爪に全ての魔力を流し込み、弾け回るそれを精神の淵で制御しながら、尚も闘志を以って、宣言した。

「さぁ、終わりにしようスレイヴィア・マリス。此処があたしとお前の終着点で、あたしはお前を斃して先に進む。
悲劇はもうこりごりだ、そろそろハッピーエンドが恋しくないか。あたしがお前のデッドエンドで、ハッピーエンドだ。
救ってやるよ。負の連鎖は此処に置いていく。だから――何もかもこれで終わらせるっ!」

一人の獣が、獣を模した人が駆けた。
手のうちにある百雷をたたきつけ、焼滅ぼし、化け物の腕を抉る。飛び散る飛沫は熱気と轟炎を前にみるみる間に蒸発し、気化し消滅していく。
新たに生えてくる魔手すらも眼前に来るすんでのところで焼き払い、切断し、根元で濃縮した雷撃をねじりこみ、肉を焼き、炭化させる。手を出させない程にロゼッタは鬼気迫る攻勢を保っていたかに見えた。しかし、本人の思うところは違った。
マリスは、まるで滅ぼしてくれと言わんばかりに四肢をぶつけてくるではないか。がむしゃらで、向こう水で、わざわざやられるように物量を展開させている気がした。しかしロゼッタに、そんなことに付き合っている猶予はなかった。ただある力の全てをぶつけて、貫き通すのが精いっぱいだ。
幾本かの蝕腕がロゼッタを掠める。脇腹の肉を削ぎ落とし、そのうち一つがもろに左足を射ぬいた。骨が螺子切れる音がした後、紅い噴水を帯びて人の足だったものが視界の向こう側に飛んでいった。激痛が駆けた。しかし彼女は止まらない。身体の半分を呪われた紋章が駆けるが、尚咆哮し、残された右足で大地を蹴り飛翔し、マリスの懐に入り込んで雷を炸裂させた。
くらり、とマリスの全身が揺らいだ。これ好機と光の如く空を蹴り、屋上納屋のコンクリを蹴飛ばして反射し勢いを累乗、倍化させた速度で弾丸のようにマリスへと飛んでいく。
人の限界を超越したその身体に、制約はなかった。獣神と一体化したその身体には生けるもの有象無象を事切らせる出力をゆうに超えた魔雷が蓄えられている。
街ひとつ三度焼き払うにゆうに足る程の眩い魔雷を、拡散させず、只管万力と共に拳に込め――大きく空いた口に叩きつける!

「うああああぁぁっ!消し飛べ、これで――仕舞だ!」
【……今!やるならやれよ!?なぁ!貴様ら人間の底知れぬ力を、その全てを証明してみせるがいい!】

ぶつけんとしたまさにその時、マリスが意識を取り戻した。
大きく開いた口は、確かに殺意を以ってロゼッタの元に開かれ、見事にそこに飛び込んだ。
すぐさま全身に溶解液を伝播させ口に含んだものの消化を開始――歯並びの悪い白銀をかちならして、咀嚼。
手ごたえはあった。確かに堅い骨の幾つかを砕き割った――しかし白光は、それすらも貫いて――爆ぜた。



風が、止んだ。
マリスの大きな口が、上半分まで消し飛んで、その中から飛び出し最期まで立っていたのは、ほかならぬ人間であった。


















目の前に転がった脈打つ心臓は、確かに焼き切れた大穴があいていた。
身体を覆う組織のどれもが引き裂かれた絹のように襤褸襤褸になり、完全なる破壊を前に白旗を上げた。
マリスの頭部は、まだ辛うじて口がきけるようだ――もっとも、上半分は何処かに消し飛んでいるのに、下あごだけで器用に掠れた声で喋っている。
ああ、そういえばこいつは思念波で会話してるから口は関係ないんだな、とロゼッタは今さらながらに思い出す。

【決着、ついたな。見事だニンゲン】
「…どういたしまして、っていうのも変かな。あーあ、バッキバキだ。こりゃ治るまで時間かかるかな」
【……】

【トドメをさせよ】
「……え?」
【あの傷だ。もう助からんよ】
「ねぇ、あんたにはまだ喋ってもらうことがあるんだよスレイヴィア・マリス。あんたさ、なんで手を抜いたの」
【手など抜いた覚えはない。…ほんの少し、迷っただけだ。なんでかは分からん】
「本当?」

迷った、と目の前の邪神は表現した。しかし、本当にそうなのかはロゼッタには分からない。
ひとつこうして血と拳を交わして分かったことは、この化け物はあらゆるものを犠牲にして生きて来て、それを貫いてきた。けれども、心のどこかでそれに納得し切れていなかったのだろう。もしかしたら、誰かに負の連鎖を終わらせてしまって欲しかったのかもしれない。化け物は、こうなった以上死ぬ以外に解放されるすべはない。
けれども、死ぬということは今まで背負ってきた、捕食し上書きしてきた命全てを擲つことで――それだけは、生きることに全てを投じそれに翻弄された彼にとって、堪え難い選択肢だったのだろう。誰か、別の誰かに。気付いてほしかったのだ。俺を止めてくれる誰かが現れるのを、待っていた。
生きるために他の全てを犠牲にしてきた故の堪え難い負い目と、後戻りのできない葛藤がそこにはあったのではないか。彼は捨てて生きてきたのではなくて、その逆だ。
背負いこみ過ぎて今にも崩れそうな荷車のような、瀬戸際の命を辛うじて続けて来ていた。
そして獣の姿となって尚もその羨望の先にあったのは――何にも他ならない、人という存在だったのではないだろうか。

そう思っては、独りよがりだろうか。身勝手な解釈だろうか。マリスに笑われてしまう。「これだから人間は――」そんな具合に。
ロゼッタの左足から流れる血液が、コンクリの床を伝ってマリスの身体に付着していることに気がついた。ならばこんな思考こそ無意味だろうな。そうロゼッタは思った。
マリスは一言も言っていないのに、見事に全部拾い上げ律儀に返してくれた。

【まぁ、貴様の推測も強ち間違ってはいなさそうだ。ケケッ、笑えるな。笑える…最期の最期まで、滑稽だったのはこの俺か……最高だよ。全く、くそふざけた、胸糞悪い悪夢だ…
目ぇ、醒まさないとな……こんなのは、もうごめんだ】

心なしか、悪魔としての大部分を損傷した「彼」にニンゲンが少しずつ戻っているようだった。これが彼の本性なのだろうか。
しかし、生きるために全てを貪ろうと覚悟した化け物には、どうにも遠く見えた。
何が彼を変えたのか。何が悲劇の根源だったのか。
人は下らないところで過ちを繰り返す。それを許せなかったのが、スレイヴィア・マリスという自身に憎悪を向けて膨れ上がった集合体であった。
では、何が彼をそうしてしまったのか。無性にロゼッタはそれが気になって仕方がなかった。

「マリス」
【なんだよ……俺ぁ今忙しいんだ。忌際だからな。っつっても、随分と長生きがすぎたかな。もうちょっとだけ、此処にいれるらしい】
「少しでいいよ。あんたのこと、訊かせてくれないかな。ほんのちょっとでいい。完全に消滅する前に……あんたが居たってことを、この世界に残して見ないかな」
【カカカッ、この期に及んでまだお優しいじゃねーのロゼッタちゃん?ふざけんなよ。もうこの世界に俺の残るところなんか、ねーんだから】

緩やかな拒絶だった。今さら気付く、その言葉の本当の意味。矛先。
必要とされてねーし、居場所もなければ許容もされない…その言葉はロゼッタに向けられたものではなく、自分への後悔の念だった。
それは違う。すぐさまロゼッタの中に反意が起こった。相手があの大悪党であろうと、死にゆくモノだろうとそれだけは伝えたかった。

「居場所が無いって?あんたこそふざけんなよスレイヴィア・マリス。あんたの居場所は確かにないかもしれない。でも――」
【あたしがなってやる――違うか?アマちゃんだねロゼッタちゃん。ほんっと、糞甘くて吐き気がする――それも何もかも全て、あの女の影響か】
「…そうかもね」
【やれやれ…俺はとんでもねー馬鹿連中を相手取っていたのか…なぁ、いい機会だ。俺からも訊きたいことがあるんだが、いいかな】


【おめーさんは、あの魔女が大好きなんだよな?それだけはよく分かった。あの魔女が、おめーを支えてることくらいは】
「うん」 迷いなく、強くうなずいた。
【でも、おめーの本能は確かに殺意を抱いていた。どんな理由があったのかは知らんし聞くつもりもない。ただ、おめーの本能はあいつの血を求めている。
羨望と嫉妬は裏返しとは言うが、ともかくおまえはこの本能から逃げられない】
「……」
【そう言う意味じゃ、俺と同じだ。本能から決して逃れ得ぬ、永遠の奴隷だ。奴隷で始まった人生を奴隷で終えた"元"俺が言うんだから、説得力だけはあるぜ?……けけっ。
んで、どうするつもりなんだろうな。お前さんは】

"あのまま一緒にいたら、いつかお前はあいつを殺すぜ"。
その言葉だけは訊きたくなかった。認めたくなかった。けれども彼は、よく分かっていた。
思考に潜入できるのだ。そのものが絶対に見たくないものであるほど、目についてしまうのも当然だった。

思えばあの日が、全ての元凶だったのかもしれない。
解放してくれたのは彼女だ。だが同時に、獣のままだった自分を完全には殺さずに封印したのもまた彼女と、獣であり続ける事態をよしとしなかった過去の自分だ。
自分の中の獣は、まだ生きている。未だ復讐の機を求めている。自分がどんなに彼女を慕おうと、それ故に自身に眠る獣は憎悪を募らせてゆく。
矛盾した、継接ぎだらけの存在。外面だけの自分と、内に秘めた悪意の自分の共生。そう言う意味では、マリスも自分も寸分の違いはない。

「どうにも、ならないのかな」

自身ではどうしようもない奥底に、彼女は首を垂れた。マリスは半端な説得は無駄だと分かっているだけにただ事実を提示する。
【食欲肉欲睡眠欲…人のそれらと同じように、魂に深く楔が打たれたのが本能って奴だ。
おまえさんの四つ目の本能はあいつを壊すこと――これが満たされるまで、おまえはこれから逃げられない。決して消滅もしない。どっちかが死ぬしか方法はない】
「……抑えて生きることは、出来ないのかな。あたしはカーラのことが好きなんだ。絶対に失いたくない」
【不可能だ。お前たちは寝ずに生きていけるか?飯を食わずに生き延びられるか?そういうことだ。
どうしてもってんなら、少しだけ方法があるがな……】

言うが早いが、マリスの何処にそんな力が残されていたのか、黒い槍がロゼッタの胸を貫いた。
不思議と痛みはなかった。血も出なかった。ただそれに刺された瞬間、何かを失ったような気がして、同時に何かを組み込まれたような気がした。
事態を呑みこめないロゼッタに、マリスは渋々口を開いた。

【ちっとばかり、おめーさんから本能を頂いた。第四の本能だな。盲腸みたいなもんだ。
これで次に膨れ上がる時が来るまでおまえは自分を保ち続けられる。もうひとつは――
再度お前の消滅させることのできない本能に最小限の"獣のプロテクト"を掛けた。負の本能には同じ負を掛ければマイナスは反転し瘴気は沈静される。
ただあくまでも応急措置であり、負の魔力を重ね合わせているだけの危機的状況でただの時間稼ぎであることは覚えておけ。後始末は自分でしろ。
ここぞという時にお前を止められるのはお前だけだ】

害悪を抽出し、それに再び悪意の蓋をする――本当に有り合わせの手段で構築させた継接ぎの方法。
それでも、マリスは矢張りよく悪意と本能というものを熟知していた。それだけが彼を構築していただけに、それを良い方向に改変する手段も知っていた。
最期の最期で、彼は善行をしたのだな、もう少し早く出来なかったものだろうか。手の施しようのない終幕だけに、ロゼッタには力なく笑うことしかできない。

「マリス、あんたその気になればいい奴なんじゃない。…ありがとう」
【同族へのよしみか、忌際の気まぐれか。ふん。俺も自棄がまわったもんだ。こんな小娘に殺されて、消えるときだけこんなことも出来るんだと思い知らされる。
本当に滑稽で、くそったれな一生だったよ……しかしまぁ、最期にくらい、いい気分で死んじまうのも悪くない】

彼はそこまで言って、少しずつ灰になっていく身体を見下ろしながらこの期に及んで言葉を訂正した。
そんな余裕ないだろうに、彼にとっては大事な言葉だったらしい。

【おおっと、同族ではなかったな。ニンゲン、お前たちの勝ちだ。ただ今回勝ったからと図に乗られても困る。
俺たち化け物はいつだってお前たちの敵だ。決して目と耳を休ませるな。何時だって俺たちはお前たちを滅ぼしにかかるのだからな。逢うたびに全力で立ち向かい、
そして何処までもあがけることを証明して見せろ。醜く、執念深く、それでも生きて乗り越えてこそ貴様らはニンゲンだ。
そうでなくては面白くない――そういうことだ】
「そんなことはないよ。化け物の人間も、関係ない。
あたしらだってこうやって――理解し合えたとは言わないけど、お互いの事を少しでも知ることができる。仲を良くすることなんて出来ないけど、お互いに何か大切なことがあることは分かる。ゆずれないものがあるから、あたしたちは戦っている。そう言う意味じゃ、化け物と人間の垣根なんてない。人間同士でもそう言うことがあるくらいだ。
だから――いつかこうやって血を流さなくてもお互いを知ることができる世界を、あたしは待ってるよ。
待ってるだけじゃダメだね、自分で作らなくちゃ。そう言うわけで、あんたはその第一号だ。人と魔の垣根を無くせた、手遅れなのが残念だけど。初めての…なんと形容すればいいかな。友人でいいかな」

くつくつとマリスの最期の断片は笑う。さっきまで殺し合いをしてた相手に友人たぁおめでたい奴だな、本当に、本当に…
そして、いつの間にか笑いに悪意を含まなくなっている自分にも気付く。相当毒されたみたいだが、成程こんなおめでたい奴がいれば毒されるのも悪くはない。
あぁ、いい気持ちだ。どうやら自分はこのまま蒸発して冥府にすらいかないで消滅への一途を辿るらしい。となれば、この世もいよいよ見おさめか。
彼の最期の視界には、健気に微笑みを携えた小さな魔女の姿が映っていた。ありとあらゆる記憶が走馬灯のように脳裏をよぎり、そして消えていった。
今まで随分とバッドづくしで、今回もまさしくデッドエンドだが、最期の最期に神様は一切れの希望を用意してくれていたらしい。どうやら俺は、この瞬間だけは辛うじてニンゲンに戻ることを許されたようだ。
そして――死ぬときくらいは小さな初めての友人に看取られて逝くのも、なんだ。悪くはないな。

「そろそろ、お別れかな」
【けけっ。消えてせいせいするだろう……?しかしまぁ、お前みたいな甘い奴も、この世界には必要なんだろう。せいぜいあがいて見せろよ。そうでなくてはお前に消された俺が…滑稽だからな…】
「うん。頑張るよ。それじゃあ、よろしくねスレイヴィア・マリス。私の友人」
【ああ、よろしくロゼッタ、そしてさようなら。けけっ、茶番だ。本当に…】

この期に及んでよろしくというのも変な話だ、マリスは力なく自嘲した。
本当に、茶番だ。しかし…笑いの絶えた今の世界に、茶番こそ必要なんだろう。
願わくば、この世界に彼女の茶番と理想が、うまいこと行きとどきますように――俺も見事に茶番の駒だな。やれやれ……

夢が、醒めていく。

そうして不滅の悪意だったものは、空を舞う一陣の灰になって、この世から旅立っていた。













瘴気に塗れた黒煙がきらきらと輝きを取り戻し、空に還って行くのをロゼッタはただ見守る。そうしていつか、崩れるようにその場に腰かけた。
ふと空を見上げれば、一面の星空が煌めいている。少しずつか細くなっていく魂の狼煙はその中に消え、そのうち見えなくなった。
思えばこうやって星空を落ち着いてみる機会も近頃ではめっきり減ってしまった。人間はそれだけ余裕がなくなったのか、或いは自然から生まれたものなのに、随分と自然から離れてしまったようだ。
古の魔に携わる者には星占術師も多かったという。星の流れと動きから、事の吉兆を予測する術者たちだ。それはただ運だけの要素で成り立つものでは決してなくて、
自然というものの偉大さを理解しそれと一体になることで、自分たちの往くべき方向を知る自然学者たちでもあった。
しかし、今はめっきりそういった人々も消えてしまった。巫女や占い師なんて今の世では細々と生き延びていくしかない。空は排気ガスで汚れ、星は見えなくなり、やがて緑はこの星から排斥されるようにコンクリートに代替されていった。同じくして次第に魔は非現実的なものとされ、人間社会から切り離されていく。

いったい、今の世でどれくらいの人間が空を見ているのだろう。どれほどの人間が、彼らの存在を信じるのだろう。どれほどの人間が、大空に意識を還せるのだろう。
彼の言う通りに、既に人間と魔には大きな乖離が出来あがってしまって、それはもう埋め合わせのつかないところまで来ているのかもしれない。
それでも、私達は決して相容れることのできない存在だと、割り切ってしまうのは余りに哀しいことではないか。

彼だって、元は人間だった。生に執着するあまり膿のような魔に侵蝕されながらも、最期には分かりあうことだってできた。
あたしだって、言ってしまえば人と魔の中間だ。いつどっちに傾いてもおかしくない危うい存在だし、だけどそれだけに、どちらにも共感できるところがある。
どちらがいい、なんてことは言えないけれど。結局のところ、人と魔に線引きなんて出来ないのかもしれない。
本当は隔たりなんてない。
いつだって勝手に隔たりを作るのはお互いで、その気になればそんなもの無くせる。
国境だって世界だって、人種だって思想だって、宗教だって善悪だって、いつだって線引きを作ってるのは自分たちなのだ。
ならば、生まれた歪みや境界だって、自分たちで消せるはずだ。

「っていっても、理想論だよなぁ。絵空事かな、はは」
自分で思って自分であまりにそれが馬鹿らしいことに気づく――そうして小さく笑う。
いつか本当に、そんなことができればいいな、なんて思いながら、そのために努力しなくちゃいけないな、とも。
どんなに馬鹿らしい理想でも、成し遂げることができる可能性が幾ら低くとも、やってみなければ始まらない。
世界はいつでも、そうやって夢想家で努力家の人間たちが動かしてきたんだから。
そこまで思考して、レンガの裏で息を殺している人に話しかける。

「ねぇ、警部さんはどう思う――?」
「っと、やっぱバレバレか」
「舐めちゃーいけないよ。あたしだってガラサキ程じゃないけど探索能力は高いんだから。
しかし、警部さん最期まで撃たなかったね。いつでも撃つ機会はあったはずなのに」
「そりゃ、な。邪魔しちゃ悪いと思ったし、そもそも鉛玉が通用するか分かったもんじゃないし……
ああいや、そうじゃないな。撃とうと思えなかった、といった方が正しいな」
「化け物相手に渋るといつか死んじゃうよ。あたしだっていつ敵になるか知れないんだし、迷うんだったら撃った方がいい」
「そうは言うけどな。お前らも俺たちも、結局はあまり変わらねーんじゃないかって最近思ってるんだぜ、これでも」
「……へぇ?」
「こんな職業やってるとな、悪党と話す機会も嫌でも多くなる。
でも、喋ってる間に分かってくることだって多いんだ。
みんながみんな、やりたくて悪いことしてるわけじゃない。そりゃあたまには吐き気のする下衆だっているが、みんな結局は人間だ。
一人前に悩むし後悔もする。家族の顔だって見たくなるし、社会に不安だって覚えるし寝れない夜もある。
お前らだって同じだろう?同じように苦しむ時もあるし、嬉しいこともある。そう思えるうちは俺らもお前らも大差ねぇよ。
なによりあの魔女やお前さんを見てると人間だ化けもんだなんて、そんなことは忘れちまうさ。同じように痛みを感じるんだったら、鉛玉なんて撃たないほうが良いに決まってる」

何度あいつの無茶苦茶に付き合わされてきたか――そう愚痴をこぼして、警部はロゼッタの隣に座り込み、煙草を取り出して口に咥えた。
そうして綺麗な空を見る。吸い込まれそうな闇に見入り、時間を忘れてただ呆ける。口から咥え煙草が零れ落ちそうだった。

「火、ついてないよ」
「知ってるよ。禁煙中だ……曲がりなりにも女の子が隣に居るならなおさら煙吐く訳にはいかん」
「さっき吸ってたくせに。狙撃銃のスコープで丸見えだったよ」
「はは、バレちまったか、まぁいい休煙日だ。たまには休まねぇとエレノアに怒られるしな」
「…ねぇ、警部さん」
「なんだ?」
「あたしたちを化け物扱いしないなんて、やっぱり変な警部さん」
「変人扱いにゃ慣れてるし、こうもぶっ飛んだ毎日を強要されりゃ感覚も麻痺してくるもんだよ。
子供は子供らしくしてろ。あんまり考え込んでっとあの魔女みたいに偏屈な大人になるぞ」
「ふーん。誰が偏屈な大人だって警部さん?」
「うぉお!?」

いつの間にか気配も出さずに近接してきた魔女に顔を覗きこまれ、警部は大きな音を立てて転がった。魔女は愉快そうにそれをおちょくりながら、何処で拾ったか人の左足をロゼッタに
ぽいと投げ渡した。ガラサキも後を追うように夜風の中を歩いてくる。

「ロゼ、忘れ物。早くくっつけないと再生悪いよ」
「あ、すっかり忘れてた」
「ほんっと、ゲシュタルト崩壊もするってもんだ。てめーらの足は接着剤つけたみてーにくっつくのか?便利な身体だな、おじさん呆れちまうよ」
「もっとふざけた全身瞬時再生できるアホみたいな奴もいることは居るけどね」
「誰のことだか見当もつかないな、くくっ」
「しかし、みんなお疲れ様。おかげさまでマリスの端末もみんな消えて、助かった。よくあんなヤツ相手にトドメをさせたねロゼ」
「まぁ、ちょっくら本気出せばこんなもんかな」

本当はそんな単純なもんじゃなかったんだけどね――心の奥底でそう独り語散て、ふと気がつく。
自分の中に、その誰かの残滓が残っていることに。
境を無くせた、初めての友人。
彼の最後の善意が残していった小さな悪意、魂のかけら。

なぁんだ。
結局、あたしの中に居場所を見つけたんじゃないか。
散々強がってアマちゃんだとか文句言って、しっかりそこにいるじゃないか。
そこで見てなよ。
あたしはあんたの生命をしっかり引き継いで、生き続けるよ。マリス。

「……どうした?ロゼ」
「ううん、なんでもない。それよりおなか減った。死神さんとこ行ってご飯たべよ!」
「いいねそれ。勿論男どもの奢りで」
「何故私が」
「おめーと飯だなんて破産しちまう!堪忍してくれ!」
「それでは私めが加勢をば」

慌てる男どもの横でどろんと現れたのは白髭の老紳士。今回の避難作業の立役者だ。
ありとあらゆる情勢を見渡してきた彼は、ロゼッタの方を見据え、何処にあるか分からぬ目を細めて微笑みかけた。

「お強くなられたようですな。ロゼッタ様」
「おぉう爺!あたしは強くなったぞ!」
「何かあったみたいね」
「或るのは終焉ではなく救い――本当にロゼッタ様には感心させられます。ささ、それでは参りましょうか。
どうでしょう?今回は私めの財布を含めまして、殿方総意の奢りというのは」
「結局私も払うのか」
「三等分しても破産しかねないぞ」

絶望する男性陣をしり目に魔女は不敵に笑う。
ロゼッタも元気よく飛び跳ね、まだ定着し切れていない足がぽろりともげた。
警部は目ん玉が飛び出んばかりに仰天の叫びをあげる。

「随分動いたからね。いつものようには済まないかも…腹を決めなさい」
「あたしも沢山食べるぞ!育ち盛りだからね!」
「おいやめろ」
「神様……どうか俺の財布に一縷の希望を…」
「では、お先に予約を入れておきます故。ごゆるりとどうぞ」

再び煙のように消えるベルンハルト執事。4人はそれぞれの足並みで、非常口の扉、下の階層へとつながる建物に戻って往く。
夜風はつむじを描く。天高く登っていき、星空に消えた。






























その夜、閉店時間間近な「地獄の一丁目」会計兼ウェイトレス、二人きりの従業員のうちふまじめな方――リーゼロッテ・メフィスタフェレルは矢張り寝ぼけ眼を隠せぬまま接客にあたっていた。名簿にうつらうつらとボールペンでミミズを這わせ、涎のかかった会計帳簿を大事そうに抱きかかえては人気のない店内を案内する。

「ええと?コンチェルトとその付き人、魔女に神兵使いの執事?エピタフィオン様がお一人?蟲男に一般人がそれぞれ一名様。はいはい、此方になりますね~」
「おーい。起きてるかいリーゼ?意識は鮮明?」
「わたしはいつでも鋭敏なる手腕を発揮してサボタージュに勤しみ…もとい意識は鮮明ですよ~。ふわ~」
「リーゼ、死神標語第26条文」
「毒蛇は急がないですよ~。すわ~」
「ダメだこりゃ。26条は"死神は生死の循環を第一とし狩る魂に一切の私情を挟むべからず"だろ。なんだ毒蛇は急がないって」
「強い奴は焦らないって意味ですよ~。故にわたしも焦らないのです。そろそろ眠いのです」
「仕事しろ魂の番人」

魔女の一喝と時同じく、白銀の凶刃が群れをなして飛んでくる。しかし当のリーゼは何処に目がついているのか俊敏な動作を回復して飛来する包丁を見事に指先に挟み込み、投げ返す。

「毒蛇は急がないっつってんだろうが!接客は任せて厨房すっこんでろ店長!」

それっきり厨房は静まり返ってしまった。
こほんと咳払いし、いつもの眠気眼を取り戻すと5人を席に座らせ、おしぼりと御冷を並べて厨房に呼ばれていった。
辺りはもう静まり返っていて、小さな電球だけがテーブルの一角を照らし出している。

「何?魔女が二人だなんて聞いてない?人出が足らない?小間使いグリムリーパーたちは?もう帰った?わたしも厨房ですか…」
「あいつらの殲滅力は伊達じゃないんだぞ。エピタフィオンは旋律の魔女すら凌駕せしめる」
「店長残業手当出して下さいね」
「これを無事生き延びれたらな…あの魔女どもが呑んだくれて暴れたら経営すら怪しくなるぞ」
「疫病神ですね~」
「死神に言われるんだから相当なもんだ」
「聞こえてますよ店長」

一日の疲れを癒す、血のように紅い葡萄酒を盃に注ぎ込まれる。未成年には蜜柑色の果汁飲料が手渡され、勢いよく啜るロゼッタ。曰く「乾杯は二杯目で!」足がもげたから喉が渇いてしょうがないと愚痴をこぼした。
怪しげな雰囲気満載の店内を見渡し警部は矢張り人間界にない気配を感じたのか、魔女に意見を求めた。
指差す先にはフードを被った眠気眼。サボタージュの達人にしては今回はとてとてと軽快に行ったり来たりをしている。
ただ歩いて忙しいふりをしているだけかもしれないが。

「なぁ、やっぱりあれも魔道士の一種なのか?」
「リーゼのこと?あれは次元が違うわよ。分かりやすく言うと、死神?」
「しに……?」

絶句する。死神というのは人間の認識では確かにフードを被っている印象があるが、その顔は髑髏を思わせ鎌を携えているとされている。
しかし目の前の死神はどうにも生き生きとして血色がよく、寝ぼけ眼をさすりながらふわわと呑気なあくびを上げた。
おまけにその手にもてあそばれているのは無数の白銀の出刃包丁であり、とても魂を狩る死の象徴には見えなかった。

「この世界の魂の総数は決まっていて、あんまり生きものが長生きし過ぎると新しい命が生まれなくなる。んで、其処を定期的に調節するのがあいつらの仕事。
つってもあいつは見習いだから、狩るのは死にかけの老人とか病人に限定されるけどね。ひょっこり死期の迫った人の前に現れて、バッサリ命を持ってって行く。
無理矢理長生きしようとしてるマリスみたいな奴が相手でなければの話さ。魂魄剥離呪詛に対する魔力耐性が無駄に高いってか、死神でも狩れない奴がときどき出る。
そこのジジイがいい例かな」
「ほほ、お戯れを申されては困ります」
「ちょっとまて、それってそのうち俺も下手したらあいつにお世話になるのか…?」
「可能性は決して低くないんじゃない?人の死は主に肉体が魂を繋ぎとめれなくなった場合に訪れるってことになっててね。
事故なり障害で機能限界以上のダメージを受けちゃったり、病気で身体が生命として機能できなくなってしまってから所謂"脳死"って段階まで行く時点で
三途の河――冥府の入口が見えてくる。三途の河はそいつが生前に信じてた宗教やらヴィジョンが反映されるんだけど、死神を信じてる奴の前にはちゃっかりあいつが出ていって魂を頂いてくるって寸法。カロンの渡し守とか鬼なんていうのも居るけど。原則としてあまり知られてないけど交渉可。手数料は常人が払えるもんじゃないし払える奴はスカウトされるときもある。覚えておくと役に立つかもよ?
例外として、マリスみたく肉体の限界を超過してなお執念で繋ぎとめて悪魔化しちゃったりすると規約違反の上魂狩りが困難になるから、対象を弱らせる必要がある。
そう言う時にも駆りだされるのが私達――対魔戦闘専門の魔女や魔道士ってわけだ」

彼岸と此岸、現世と地獄/天国――形容は数あれど、指すところは同じ「生の世界と死の世界」である。三途や煉獄というのはそれらの中間を意味する。
死神とはその二界を行き来し、魂の総数を調整してお互いの世界にひずみが出来ないようにする役人であり、番人でもある。あらゆる生命を超越したところに位置する高位であり、
故に、大概の生物はそれらを畏怖し、人であればそれぞれの信仰に分かりやすい指標を置いた。
死神という名前も人間の定めたカテゴリの一つであって、彼らは「どうにも悪い印象ばかり与える」と定期的に名称を変えるよう抗議しているが、もう千年単位で刻まれたそのなじみ深い名を変更させることはどうにも敵わないらしい。

なので彼らも今ではすっかり死神と呼ばれることに馴れきっている。訂正出来ないものは仕方ないし、強ち間違ってもいないので人間に理解させるにはこれが適切なようだと無理矢理納得しているうようでもある。
そんな噂の彼女が品書きを回収すると同時に注文を集め始め、魔女は静かにポアゾンのオーダーを済ませるが、
目の前を横切るふわふわした少女の正体を知って未だ驚きが隠せない警部はびくびくしながら興味深く見ていることしかできない。
呆けている姿が目に余ったのか死神ウェイトレスは唖然とする彼に注文を促した。

「ええと、人間さんご注文はどうします~?」
「お、俺か?」
「ええ~。珍しいんですよ、純人間の方って。ささ、どれもおいしさは保証しますよ~」

人間さんというのもなんともおかしな感じであるが、成程悪魔専門の料理店ならそういうこともあろう。
暫くメニューを見渡し「そこの魔女と同じもんを頼む」と一言。
人智を超越した存在はひょいひょいと厨房に帰っていく。魔女は続けた。

「ただ、何事もそううまくいくとは限らないわけで。悪魔ってのは肉体限界が人間のそれとは比較にならないうえに元人間でも魔力に多少通じていて調整如何では簡単に若さを保てたりするから、肉体限界による魂の剥離は中々おこらない。よって大多数の無害な住人を除く、少数の悪性悪魔ってのも変な表現だけど…ようはこっちで自重出来ない奴は力ずくってのが実情ではあるのよ」
「なんだかよく分からんが、大変そうだな」
「おまけに死神級でも太刀打ちできない奴――そこの魂が無茶苦茶硬いジジイとかは半ば黙認されてる。全くさっさと成仏しろってんだ」
「そうだそうだー」


女二人に非難を浴び、尚もこれっぽっちも緩やかな表情を崩さない老紳士は貫録の歴戦魔道士であった。
ほっほと受け流し、「これでもちゃんと死神様方とはよくして頂いてるのですよ。それでも成仏しろというのなら、そろそろ潮時ですかな…」などと嘯いて見せる。

「天下のエルダーウィザード、最凶の付き人が良く言うな」 ガラサキのせせら笑い。
「税金はしっかり頂いているが、成仏してもらうにこしたことはないな。俺もあんたとだけは死んでもごめんだ」 厨房から死神店長の冷ややかな眼差し。握られた包丁は何も料理にだけ向けられているようではないらしい。忌々しく振りかざすと手早く鮮やかに鮮魚を切り裂き始める。 リーゼが呑気に不穏な問いかけをする。
「てんちょー、あの爺さんどうします?いつ狩るんです?」
「特に害悪もないし良い商売相手だから今はほっとけ。後二百年でも三百年でも待ってやるさ」
「その予約、今は保留ということにしておきましょう」
「…喰えない爺さんだぜ」

そうこうしているうちに料理は素晴らしい手際でテーブルに並べられ、「さぁ召し上がれ」と笑顔だけはとびきりの健康的な死神によりふるまわれた宴席。
ほかほかと湯気を立てる小金色に焼けた豚肉に香りかぐわしい鮮やかな鮮魚のソテー、人間界には生えない怪しげな口を持った怪奇植物を綺麗に茹で上げだ菜物。

一同はそれらを前に、今日も生命ある毎日に感謝し、杯を持ち上げた。
音頭をとるのは倦怠の魔女。既に果汁飲料で何故か酔いの回ったロゼッタが猿のように腕に抱きついていた。厨房も異変に気付く。リーゼが邪悪なラベルの劇酒を携え厨房に走る。

「いかんてんちょー、これ黙示録カクテルです!悪魔もほろ酔い悪夢気分の魔改造酒瘴気濃縮度230%ですよ!?」
「なんでそんなもんがあるんだ」
「いやその、わたしが家に帰ってちびちびやる用に懐に潜ませていたのを間違えました…げへへ」
「減給」
「ちょっとてんちょーひどーい」
「クビにされんだけ有り難いと思え!その正直さと図太さだけは褒めてやる!」

「へへー…カーラ、もう逃がさないんだからねー…ひっく。ういー」
「随分ご執心のようじゃないか?なぁ?」
「黙れ蟲男!あんまり茶化してっと首なしに貰った魔剣でぎたぎたにして二度と再生できなくさせてやる」


こほん、と赤らめた顔で咳払い。腕が重い、暑苦しい。仕切り直して、盃を擡げ。
生きている現状に、無事に死線を潜り抜けた戦友たちに。
そして佳い月の出る今夜に――




「乾杯。みんなお疲れ様でした」
「ああ、今回は互いにボロボロだな魔女。お疲れ様」
「おれ、なーんにもしてないんだけどな…逃げ隠れしてただけだ」
「避難作業に携わって頂けたではないですかシュナイダー様。ささ」
「おおっと、なんか悪いな爺さん」
「えへへ。カーラぁ……」
「…うん?」
「あなたがいたから、あたしは…」

表情は見えないが、ロゼッタは曖昧な意識の向こうで真摯な思いを零してしまっていたようだった。かすかに聞こえた断片には、何か大切なことを言いかけた気配が見えた。
聞かないことにしてやろうとも思ったが、それもそれでかわいそうだ。
魔女は起きない程度にふわりと、小声で返事を返してやる。


「え?ふふ、頑張ったねロゼ。よくやったよ。ゆっくりお休み」
「はぁい……ひっく。ういー」

純朴たる応答。
小さな魔女は寄りそうように、頭を信頼に足る誰かの膝元にうずめ、それっきり寝息を立ててしまった。
ささやかに進行する宴席の中、優しく掌を翳し撫でてやりながら、ある程度平らげると今さら緊張の糸が途切れたのか、視界が曖昧になって来た。
心地よいまどろみ、柔らかいソファーの背凭れ。小さな電球の光。いつも暖かい小動物みたいな温もり。

「ガラサキ」
「どうした?大丈夫か?」
「ちょっと疲れたから。悪いけど私の部屋まで頼むわ。お休み…」
「やれやれ、勝手な奴だな。まぁいい、今はそっとしていろ。あんな奴が相手では無理もない」

反応が鈍くなって、すっかりすやすやと大人しくなったのを見てガラサキは呆れたように呟いた。

「我らの財布も安泰か。随分疲労していたのかもう大人しくなった」
「おお、吉兆だな。しかし、普段からこうしてりゃ割とかわいいもんなんだが、こいつ」
「その言葉奥方と娘さんに聞かせてやりたいですなシュナイダー様」
「おい、爺さんやめてくれよ!つかあんた呑み過ぎだろ!ああ!黙示録カクテルすっからかんにしやがった!」
「どうです?飲み比べでもして、仲良く共斃れというのは」 からんからんと挑発気味に揺さぶる酒瓶。
「百年執事、いいのか此処で寝ても?我らが死神の経営店だぞ此処は…くくくっ」
「寝首を掻かれるのもまた一興でしょう」
「爺さんいい度胸してますね~。その時は介抱もとい無音暗殺はわたしにおまかせ~!」
「あんたら…もういい。勝手にやってろ」

寝入り人の隣でくらい静かにしろ…呆れながらもちまちまと酒を啜るガラサキは寝入った二人に目が行った。
どんな夢を見ているのだろう、無防備に凭れかかって、幸せに家族猫のように丸くなって、同じ寝息を立てている。
黒眼鏡の奥の瞳が、少しだけ緩んだ。
「こうしてみると、本当に姉妹のようだな…」

全く、手のかかる魔女なことだ。


こいつと居ると何処までもトラブルばかりだが、御蔭さまで退屈しない。
随分と楽しい毎日を送らせてもらってるよ――そう誰にも聞こえないように礼を言い、グラスを傾け、中身を呷る。


このバカげた職場と、ふざけきった世界と、喰えない我が相棒に乾杯。
そしておやすみ。


To be continued [file#08]
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  1. 2010/12/14(火) 23:54:08|
  2. 一次創作
  3. | トラックバック:0
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