野郎共、お仕置きの時間だ

なんのこたぁないダメ強化人間LayeⅡ(らいつー)の独り語散るgdgd生活ブログ なまはげだって少子化で寂しいんよ。

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【Viol Viera】#05

+WARNING+オリジナル小説+WARNING+

・本文は完全一次創作です
・苦手な方はスル―推奨
・以前の話は右下カテゴリのオリジナル小説より
それでは、どうぞ
【Viol Viera】#05














神は残酷だ。
そもそも、この世界に神は存在するのか。
魔と人が入り乱れる混沌の坩堝に、もし神が居るのならば、どうして世界を放ってしまうのだろう。どうして、悲劇をのさばらせておくのだろう。
この箱庭の何処かしこもが、今や悲劇に満ち足りているというのに。否、何も今に始まったことでもない。

もし世界に神が居るのならば、それは酷く残酷な人物なのだろう。
箱庭に生きる人々のどれもを、駒にすぎないと。或いは家畜にしかすぎないと、掌で操れる傀儡にすぎないと。
其処に意思を以って、人生という軌跡を残しているものたちをそうと視れない、残酷なものなのだろう。
彼の者は、ただ箱庭を傍観しているに過ぎないのだ。

神は居る――ただ、其処に慈悲も慈愛も、善悪の境すらも存在はしていない。
それら言葉による区分、世界を認識する手立ては、結局のところ「ヒト」の生み出したものだからだ。

神はヒトを、それらを含む有象無象を超越する存在。人智を超えた、圧倒的な存在。
それすらも、ヒトの認識の枠にしか過ぎない。

そうであるならば――今眼前に聳えるそれは神か悪魔か。
そのような問いかけすら、きっと意味をなさないに違いない。
















神はぶらさがっていた。
洞穴の天井。その暗がりの中に癒着し、体中にヘドロを纏い、その中では沸騰した血肉と骨片が漸動して蠢いている。節足動物を思わせる骸がぼこと浮き上がったかと思うと、またヘドロの中に沈んでいく。周囲に蔓延る腐敗臭は、洞窟中の羽蟲を集めてなお暗がりを欲していた。
吐き気を催す程の悪態を目にしても、男は口から吐瀉物を逆流させることは無かった。既に吐く物すら胃の中に残っておらず、麻痺した嗅覚は既に異臭を捕えることもなく。日の光から隔絶され養分も蓄えることもままならなくなった痩せ細った四肢は、しかし未だに眼前の敵を見据えている。或いは、最早思考すらも彼を突き動かすことは無かったのか。
その両手には、既に動かなくなった女の骸が抱きしめられていた。


大きく裂けた口だけのヘドロの化け物が、何処にあるかも知れぬ顔を近づけ様子をうかがう。その鼻息は餌食を前にした獣の如く荒く容赦がない。暫く窺うように全身をけたけたと振るわせたあと、侮蔑と共にヘドロをぶちまけて痙攣する。
思念波を人間の分かる言語に模倣させて放つ神の声は、酷く卑下たものだった。

【よぉよぉ、俺ァもちっと活のいい餌を頼んだんだが?これまた随分と硬そうな、あんまり肉付きのよくねぇのが来たもんだ】

目の前で震える黒い塊が最初は何か、まるでわからなかった。男はそれが祀られていた「神」の正体だと気付くまで、少々の時間を要した。洞窟に潜む、生贄を欲する陰湿な神だというのだからさも醜い外見をしているのだろうと思っていたが、これ想像以上だ。

――こんなもんは神じゃない。ただの化け物だ――

心の奥底でそう呟いた筈なのに、目の前の獣は確かに機嫌を悪くしたようだった。否、顔は無いが何処となく歪めているようにも見える。次の瞬間には、石炭液を吐き散らかして首を傾げてげらげら笑い転げていた。どうやら機嫌を悪くしたわけじゃなく、そう呼ばれたことに喜々としているようだった。

【そっそー。俺ァね、てめーらニンゲンが拝んでるような、カミサマ?じゃねーの。
ちょっと天と地脈を弄くったくらいで、バカなヤツらが神様だ神様だって煽てるもんだから楽しくってさー……んでもって、生贄よこさねぇと村一つ沈めるっていったら、ホントにニンゲン一匹よこしてきやがった。ホントバカだねーてめーらは。
お仲間さんは家畜なのかい?見たこともねー神様の言うことホイホイ聞いて、てめーの身が一番かわいいときやがった。バカ過ぎて憐れむ気もなくすね、カミサマは。
ゲーヒャヒャヒャヘヘ!】

身体の半分まで裂けた顎から、汚い語りが濁流の如く溢れ出てくる。饒舌とも言える程大仰に語る獣を、男はしっかりと見据えている。

「神……ではないんだな」
【だったらどーした?ええ?】

「少し安心した。神であれば、あんなにも理不尽な要求を突きつけたりしないだろうからな。此処にいるのは貴様のような化け物だけってことだ。そしてこいつも……神に見放された訳じゃないってことだ」

そういって、そっともう動かない女の頬を撫でる。眠るように安らかな、その横顔を見、男は煤だらけの目に力を宿した。女の骸を揺らさないように注意深く地面に置くと、しっかと眼前の獣を見据えた。
願わくば、女の魂が明るく、暖かい空へと飛び立てるように。

その光景を見ていた獣が、小馬鹿にするようにまた口を開いた。

【なに?まだカミサマとかしんじちゃってんの?魂がテンゴクにいけるとか思ってんのか?そいつは救えねェな――】

がぱと、大きく開かれた顎。無慈悲な闇がその奥に広がる。
巨大な口から垂れ流される腐臭と死臭が、鼻をついた。上あごから滴る黒い液体一つ一つが煙を上げているが。すぐそこに広がる死の象徴を前にしても、男はなお歩みを止めない。

【俺が今此処で、全部平らげてやるんだからさ】
【あーあ。女の方は生で頂きたかったんだがなー。まいっか。胃袋ん中入れちまえばいっしょだよな?ゲヘヘヘヘヘヘ!】
「黙れ」
【……んあー?】
「おい、けだもの。俺と取引をしろ」
【てめーにそんな権利があると思ってんのかよ?あ?】
「俺に権利があるか、無いかはどうでもいい。この女の、死体には一切手を触れるな」
【……っほー。御馳走前にして俺に喰うなっての。それ相応の対価はあるんだろうな?】

獣に対価は概ね予想は出来ていた。「俺を喰ってもいいからこいつには手を出すな」、そんなところだろう。これだからニンゲンというのはバカなのだ。はいそーですかと素直にこの場はいうことを聞いてやって、男を喰らってから女の死骸を貪ればいいだけの話だ。
獣は先を見透かしつつも、あえて乗ってやることにした。死にゆくニンゲンというのは何度も見て来たが、どいつもこいつも滑稽極まりない。暇潰しには丁度いいのだ。

「俺を喰らえ。その代わりに、こいつには一切手を出すんじゃない」

ほら来ましたよ。バカだねー、ホンット。

【それ、あんたが喰われちまってからじゃヤリ放題だぜ?約束破るかもしれないとはかんがえねーのか?脳味噌足りてる?】
「貴様が約束を破ることは無い、何故なら――悪魔というのは契約に従うものだからだ」

成程、悪魔契約ときたか。
男の言う通りに、悪魔というのは絶対に「定義づけて結ばれた」約束は破らない生きものだ。当人間で合意の元契約が結ばれた際には絶対にそれを翻したりはしない。意外と律儀な生き物である。逆にいえば、そのことを相手が知らなければ幾らでも破棄していいということにも他ならない訳だが。
これを明かさない故に悪魔はうそつきで、裏切り者なのだ。吸血鬼も本来なら招かれねば家には侵入できない。ルールを知らないということはそれだけで弱点になり得る。
兎にも角にも、何処で悪魔界のルールを身につけたか分からないが、男はその事実を認知しているのが現状だ。そして彼は、自分を十中八九悪魔だと断定している。しかるに、取られるべき行動はひとつ。
「自分が最も得を出来る選択肢」。

【契約を承諾しねェで、あんたを喰っちまうという手もあるぜ】
「待てよ。まだ条件はある――
俺と、"村人全員"が対価だ」
【ハッ……死ぬついでにお仲間全部売っちまおうってのか。ホントニンゲンはぶっとんだこと考えるなぁ、オイ?あんたも悪魔に負けず劣らずだよ、ニンゲンにしとくにゃ勿体ないね……その対価、半端じゃねぇ反動が来るぜ?】
「何とでもいえ。俺は……メルを生贄に突きだしたヤツらを、何としても許すつもりはない。自分の保身しか考えられんヤツらに、保身のためだけに平穏に過ごしていたひとりの女の人生を奪う奴らに。生きる資格は無い」


男の、何もかも失って尚光るその瞳に何を見出だしたのか。獣は男の言に耳を傾げていた。
愛する女を失ったことが、男に全てを捨てさせる覚悟が出来たというのか。しかし、獣にとってそんな覚悟や想いはどうでもよかった。
暫く思考し、にやと遠慮なく頬を歪ませる獣。

……全く、こういう輩がいるからニンゲンは面白い。
愛だの憎しみだの、下らない刹那の感情に身を任せて自ら滅びの道を選ぶ。自分のためなら種の存続など知ったことかとばかりに同胞を打ち投げ、無用な犠牲者を作る。実に間の抜けた、唾棄すべき種族達。
そして、こういった強い怨嗟に塗れたニンゲンこそが最も獣の欲した糧食であった。
負の思念体の集合である獣には、それを保持するだけの魂を喰らう必要がある。
怨恨を持つニンゲン――他の動物たちよりも遥かに感情を重視する彼らの負の念こそが、獣を今まで長らえさせて来たと言っても過言ではなかった。

獣は、ひとつの提案をする。

【女を、生き返らせる術があるといったら、あんたはどうする?】
「……………………!」

男の瞳孔が無言のうちに引き締まった。
同時に、骸を握る手が一息に鋭く閉じた。
【俺はあんたの言う通りにニンゲンでいうところの悪魔そのものだが――言うなれば魂の集合体なわけだ。
大抵の魂魄のやり取りは可能にできる。あんたがその気になれば女の血肉に再び息を吹き返してやることだって出来るんだぜ?】
「それは……禁忌じゃないのか」
【悪魔に禁忌なぞ知ったことか。ルールに縛られるからニンゲンは雑魚いんだよ。そこんとこ分かってねーよなぁ。ゴミのくせに、自分をゴミ以下にする制約が必要か?んん?】

ケラケラと何処までも見下した風な口を叩く獣を前に、男は初めて口を閉ざした。
悪魔と言えど、目の前の獣が言及していることは全てが偽りではない。魂を喰らうもの故に、魂を何よりも深く理解している。或いは、蘇生と云う荒行も可能なのかもしれない。
男に、最早取捨を躊躇う余裕は残されていなかった。それに漬け込んだ上で、悪魔は選べない選択を迫る。
ぬらりと伸びた多重関節を螺子曲げ、男に肉薄しては生臭い息を吐きかけた。
だらしなく開かれた口元から黒く溶解したものがべちゃくちゃとその頬に垂れかかる。

【ほら、さっさと決めろよ。早くしねぇと、大事な女の魂が遠いところに行っちまうかもなぁ。テンゴクってところによ。エヒャヒャヒャヒャ!】
「……………………蘇生は、しないでやってくれ」
【…………あー?もったいねぇの】
「蘇生は必要ない。もうあいつは……苦しみから解き放たれたんだ。今さら生き返って、何になろう。あいつの帰るところはもうない。もう、いいんだ……」
【まぁどうせ、生き返せたところで傀儡程度が関の山だろーけどな?人形作るくらいだったら、そのままにしてやった方が幸せかもなぁ。誰もいねぇ穴倉の底で、骸を鼠と蟲どもに貪られて、バラバラに搔き毟られて朽ちていった方が遥かに幸せかもなぁ?おーおーお優しいこったぜ】
意地汚く罵倒する獣を一瞥して、
動かない女をそっと冷たい床に置く。頬を撫でてやると、眠ったかのようにしか見えない女の表情が少し安らいだ。麻布が垂れ下がったその首筋には、贄を表す紋章が焼入れられている。

(これでいい……お前の仇は、必ず取る。だから、ゆっくり眠っていろ)

男はそれを見届けると、洞穴の上にへばりつく獣へと向かって行く。
獣の方も石灰洞に垂れさがる鍾乳石の間を伝うようにして脚を運ばせる。幾百、幾千もありそうな有象無象の脚骨がギチギチと音を立て、天井を爬虫類のように這ってゆく。その異形に臆することもなく、男はばっと右手の平をつきだした。

「契約だ!悪魔、名を教えてもらおう。俺はイスト……互いの名が無ければ成立はしない筈だからな」
【名ァ、ねぇ。けけけ、いい根性だ気に入ったぜあんた。俺はスレイヴィア・マリス。
尤もニンゲンだった頃のことなんかまるで覚えてねぇがな】
「元人間だったのか……?」
【云った筈だ、俺は負の魂魄集合体。この世で一番感情が汚ねぇのは何だか知ってるか?てめーらニンゲンだよ!どいつもこいつもバカばっかりでてめーのことしか考えられない、最悪の汚物共ときたもんだ!てめ―らニンゲンがいなけりゃ、俺は生まれなかったかもなぁ?イヒャヒャヒャヒャハハハ!】
「人間だったから、人間の愚かさを誰よりも良く知っている、ということか」
【そんな高尚なもんじゃねーよ。もはや此処にあるのはニンゲンじゃねーもっと汚ねぇもんの吹きだまりだ。俺の中にあるどいつもこいつもが、生き物を喰い散らかしたくてしょーがねーのさ。てめーらは餌以外の何物でもねェ。勝手に都合のいい解釈を押しつけるところなんかまさにニンゲン様だな。反吐が出る】

べっ、と口から黒い物の塊を吐きだした悪魔――マリス。着弾した地底湖の水面はその綺麗な水色を失い、瘴気と蛆虫がワシャワシャと拡散している。男はそれを見、本当にこの獣が既に人間から大きく乖離していることを痛感し、顔を歪めた。
それに気付いたマリスはより一層踏み込み、うねりを利かせて殺到した。

【おら、どーした?"一緒になる"のが怖いか?死ぬのが怖いか?だが安心しろ、てめ―もすぐに何も感じなくなる。俺たちと同じになるだけだ。直ぐにことは済む】

逡巡し、諤諤と震える脚にやっとの思いで喝を入れ。男は獣と向きあう。
その異形からは、今に気付いた。その異形から、ありとあらゆる狭間から、怨嗟に満ちた嘆きが発せられているのを。どれもこれもが、元は何かのいきものであったのを。
そしてそれの中に、あってはいけない者を、見た。

何かの毟られる音。何かの抉られる音。肉を斬りつけ、突き刺し、その中から臓物を啜り出す音。
振り返った。獣の身体が、大きく枝分かれしている――八股のひとつが、その頭が。大きな口が。
先程安置しておいたはずの、女を貪っていた。
白い絹の様な肌が打ち裂かれ、鮮血が洞穴の床にビシャッとほとばしった。


男は怒りにうちふるえる。なけなしの拳を目掛け、目の前のヘドロの中に打ち込む。
焼け付く匂いと煙。途端に指から先が融解し、骨と化すまで一瞬とも掛からなかった。
余りの激痛が伝わるまでもなく、あり得なく腐食し消滅した自身の腕を見て男は慟哭する。

「ぁぁぁぁぁぁぁぁああああっ!!」
【おっと、悪いな。あんまりにも決めるのがおせーんで、他の頭が先に手を出しちまった。
悪く思うなよ?元からてめーのようなクズには、選択権がねぇ。そうだな、俺たちの誰の餌になることくらいは、選択させてやろうか?
まぁ結局、仲良く俺たちの腹ん中に収まるんだが?
ヘヘ、アヒャヒャヒャヒャヒャヒャアハハハ!】

高笑いが鼓動となって、洞穴中に響く。止めるものは誰一人としていない。
地底湖のあちらそこらから黒く煙が出て、にょろにょろと獣と同じ形をした頭が湧きでてきた。瘴気と灼熱で、視界すらも遠のいて来ている。
空を切り裂く轟音と共に男が最後に見たのは、見たこともないくらいに醜悪なけだもののあぎとだった。

断末魔さえも、その霧からは上がってこない。


【お別れだ】


【親愛なる、愚かなニンゲンたち】






頸動脈から噴き出るどす黒いモノ。
洞穴の壁にへばりつく何か。
咀嚼し引き裂き、細切れになった四肢を撒き散らし。
引き抜いた頭蓋を胃袋に流し呑みこむ獣。
何度も何度も響く、
辺りが黒から赤に染まるころに、獣の頭は満足げにニンゲンの言葉を模倣した。
のど元に通る骸を楽しそうに鳴らしながら。







【ごちそうさまでした】






 
 

 
 
 






【Viol Viera】

―Witch of banquet―

―aberration hunting file#05―

[Witch and rooftop of midnightbuilding]






宵が程よく回った頃。
煌びやかな電飾に、落ちついた音楽が流れる。明るめのベージュに支配された会場内。
和やかな男女の喧騒の外れで、一人の女がフォークに刺さった肉を口に入れた。
真っ白に磨き抜かれたテーブルクロスの下の、地べたを這いずる小さな黒点が
切れ上がった魔女の、普段なら身につけもしないであろう異装束のスリットの後ろから、巨大な会場を見渡している。

魔女ははぁと半ば呆れた溜息をもらし、何処へとも知れない声を小さく発した。
声の波紋は微弱な魔力波に換算され、これを察知できる者の元へとだけ届く。

「こちら楽師。掃除屋、聞こえる?」
「此方掃除屋。仕掛けは順調だが……どうした?」
「…………私の足元になんかいるんだけど」

魔女はいらだった声で脚元へと目を向けた。何かがいる。米粒ほどの、小さな甲虫。
宴会の席にはおよそ相応しくない不潔そうなそれは、十中八九仕事仲間が放った物だった。
いつもより若干高めのヒールで踏み潰してやろうとも考えたが、今は何より仕事が優先だ。腹が立っても仲間の魔力を無為に消耗させることはできない。
仕事仲間は知ってか知らずか、へらへらと笑いながら返事をした。

「いやぁ、丁度いい眺めだ。別にヘンな意味じゃないぞ」
「どこを見てるどこを!」
「お前のおかげで駆除されずに済んでるんだ、このまま監視を続けさせてもらおう」


こいつ仕事が終わったらクビねじりきってやる。
六感が自身の放つ魔虫全てとリンク出来る男は、楽しそうに監視態勢に戻る。
此処好機とばかりに虫の視野を狭めてくる男に、魔女は鉄拳制裁の予約を心の中に誓うのであった。
「何匹放ってんのさ?」
「ざっと六千といったところか。大きめの奴は全部天井裏に配置した。今会場に見えるのは小さな個体ばかりだ」
「うげぇ~……聴かない方が良かったわ」
「……といっても、奴はまだ網に掛からんのだがな」

飄々とした語りが、一瞬影を帯びた。矢張り最危険個体と目されているだけあってまるで尻尾すらも掴ませてくれないらしい。情報戦において無類の力を持つガラサキを動員させても梃子摺る始末ということは、即ち並みの者では太刀打ちすら敵わないという証左に他ならない。

「奴が攻勢に転じる前に此方からバグを流し込む……それで奴の術中には最低でもかからならなくなる。姿を現す現さないは特に問題ではないのだが……問題はどうやって退避させるか、だ」
「そっちのコントロールは?」
「虫一匹で一人が限界、条件は対象の意識を完全に引っこ抜くこと……これに関してはお前を頼らせてもらうぞ」
「まぁ、任せときなさいって」

第三者の思考に介入することは、決して容易なことではない。
相手の意志力を衰退させ、判断力を鈍らせた状態で暗示を掛けるなり肉体を乗っ取るなりする必要がある。抵抗力が残っていてはいけないのは人間でいうところの催眠術などと同じであり、そういった手順を踏まなくては基本的には抵抗が強過ぎて介入する余地がない。
勿論魔女も、一切手を打っていないわけではない。仕掛けは既に会場全域に渡って張り巡らされていた。


目の前を通りかかった黒スーツの男が、ふと虚空を掴んだ。何かを感じ取ったのか、或いはただの思いすごしだったのか。ぱっと閉じ込めたそれを右手の平から離すと、
グラスの中にゆらぐ極上の葡萄酒を味わうかのように匂いを嗅ぎ、やがて虚空へと帰って往く。
魔女の脇を過ぎるその横顔に、見慣れた黒メガネが光るのが僅かに垣間見えた。特注の回線を使うまでもなく、彼は割と至近に居たようだった。
独り合点したような独特の嫌味たらしい口元から言の葉が漏れる。

「成程、この会場が既にお前の術中だったか」
「そういうこと」


ゆったりと流れる音楽と空気は、徐々にではあるが確実に人々を蝕んでいた。
意識の水面下で働き掛ける恒久的なそれと、常人では差しさわりもない程の微量な睡魔。二つそれぞれの効力は非常に脆弱で乏しいが、それらが相乗した際に人々は気付かぬうちに意識を放棄し始め、やがて息をする置物へと人々を変貌させてゆく。
襲い来る眠気に身体は反射的に重量を無意識下でも安定させられるところに誘導し、そこでしばらくするとすぅっと寝息を立て始める。
運悪く開けたところをふらふらとしていた落ち着いた色のパーティドレスの女が倒れ込み、ガラサキが咄嗟に抱きかかえ、一瞬顔を背けて躊躇してから再び彼女を付近の椅子へと据え置いた。蟲並みに鼻が利く彼には香水の匂いは中々に堪えたらしい。「ローズマリー」は魔除けの香だ。




数十秒もすれば、ホールは無人のように静まり返っていた。息づくもの全てが寝臥せる無明の舞台を穿つ二組の靴の音だけが、寂しささえ覚える広さの間へと響き渡る。
機関部に侵入した魔蟲が主要電源設備の配線を咬み切ったのか、一瞬の明滅の後暗闇は一挙に広がり、煌びやかな電飾はあっという間に夜の静けさを取り戻した。

「術式完了、の筈だけど」
「……おかしいな。静かすぎる」

おかしい。余りにも、あっけなさすぎる。
押し潰す様な魔の気配は依然として停滞しているはずなのに、テリトリーを冒されたにも関わらず何の動きも見せない。それは慎重さ故なのか、それとも何か予想もしない権謀術数があるのか。何れにせよ、緩慢として事態を進行させている猶予はなさそうだ。
違和感を覚える程の静寂。それは嵐の前の静けさに他ならない。
何時なんとき、如何なる方面より殺意を携えて襲い来るのか。明確には分からない、だが本能が告げている。
散滅すべき怨敵は、一重の境を隔ててそこにいるのだ。

「……そろそろ、来るか。そうであるならば――」


――ガラサキが背広の上着を翻し、ネクタイを締め直す。
黒メガネをぎらつかせ、奥底にある狂気を淵より溢れさせ魔力制限を解放する。辺りはどす黒い瘴気が床を伝い壁を伝い伝播し空間を満たし羽蟲が彼の指先の軌跡をなぞる。
彼も、恐らく確信しているのだろう。敵は近い。今に姿を現すだろう。だから――


「準備運動でも始めよう。久しぶりの宴席だ」

疼いているのだ。血が。
全身の血と魔が、滅ぼすべき標的の、同族の肉薄を察知して求めている。
血を、肉を、骨を。皮でも臓物でも構わない、喰らえるべきその全てを求めて、蠢き呻き渦巻いている。
衝突は近い。――そう感じた瞬間だった。


天窓に、不意に罅が入った。視界は刹那の間に幾何学模様の疾駆に制圧され、息をつかせぬ間の後に爆ぜる。
黒眼鏡の表層に、月明かりに反射し「得体のしれない何か」が映る。それは敵。滅ぼすべき、標的目視(ターゲット・イン・サイト)。

ドロドロに融解したタールの様な死肉の塊。それに馬鹿のように大きな口だけが付いて幾重にも伸びた、奇妙で奇怪な影。その口が確かに口許を歪ませ、下卑た笑いを向ける。
そのけだものは天窓をぶち破り、一目散に二人目掛け落下を開始する。

(口だけの分際で……!)
鼻を突く凄絶な悪臭とその醜い容姿に彼は、余りある憎悪を覚えた。
糞忌々しい。何がマリスだ、ただの塵肉の集まりではないか。あんなもの、味わうまでもなくこの世から消滅させてやる。
なりそこない風情が、図に乗るな。

彼は何の変哲もない、何一つ武器になりそうもないただの右腕を虚空に突きだした。
一見、それは何者が見ても解せない行為であっただろう。しかし、それは明確な殺意と意図を以って。
彼は宣言する。

「蟲ども、出番だぞ」

全身に巣食う魔に、命令を下した。
たったひとつの、シンプルな命令。「喰い尽せ」、それだけの、ただそれだけの命を。
幾万の魔たちは、餓えたように待ち望んでいた。躍動する。堰が外れたように、蜂の巣を突いたように、黒い霧は四方八方に霧散していく。
群像は全身全霊を以って右腕に駆けあがり群がり這いあがり、大地を駆逐し跋扈する軍隊蟻となって彼の腕に紋様を描く。
それは贄。それは呪われた言葉。それは刃。蟲は集い一つの霧に姿を変え、虚空に凶器を作り出す。

「切り裂け」

月光だけが照らすステージに、人影が疾駆した。

ものの数瞬の執刀。
闇夜に、一筋の霧影が奔る。
びしゃと内容物が床にぶちまけられる音が響く。巨大な蟷螂の斧に変異した彼の腕、彼のムシノシラセが凝固しマリスと思しき首長の腐れ肉を寸断し首が宙を舞う。
落下した頭、むき出しになった歯茎が地面と克ち合い、骨身が砕けて破片となって散らばって往く。床を伝って群がる羽蟲がその残骸を取り囲み、魂の欠片すらも残さずに駆逐していく。
数の暴力、それは圧倒的だった。破片の存在すら許さない、圧倒的な暴食。
血肉の飛沫の彼方に彼は宣告する。

【!?】
「次は右の頭を切り落とす。命が惜しければとっとと失せろ化け物」
【い、いいい。いいいいいい】
「……ぬ?」
【痛ぇえええじゃねぇかあああァアああ!!!?えぇ?ゴミムシ以下の人間風情が、やってくれたなぁァオい?調子付いてんじゃネぇえ!!てめーらはゴミみたいに死んで!ゴミみたいに掃き捨てられるのが似合いなんだよ!分かるか?分からねぇダろうなぁ。ならとっとと死にやがレよゴミ!!】

肉塊に残された口がげろげろと吐瀉物を吐きまわりながら罵倒するマリスからガラサキは決して眼を離さなかった。間髪いれずに黒い死肉の海から生えてくる「魔の手」の奇襲をすんでのところで瞬応、回避し距離を取る。
僅かに掠めた真空が頬を裂き、血飛沫が空を真っ赤に彩ろうとも、虫達は行進を止めない。ガラサキの足元からはいよる地を駆ける黒い群像は着実にマリスに齧りついていった。
喰らえ、削れ、蹂躙し駆逐し殲滅しろ。「ムレ」と「カタマリ」の衝突は、その余波ですら空間を震撼させる。

埋め尽くす、黒、黒。黒。
床を埋め尽くす幾万、幾十万の黒。疾駆する黒。一斉に牙を剥く黒。飛び散り、破裂し、屍は屍を越えて、それでも彼らは歩みを止めない。対象の撃滅、その瞬間まで。
六本の脚が凱旋軍靴の音を鳴らし、黒い濁流がとうとうけだものを覆い尽くす。牙を立て、引き千切り捨てて、間髪を入れずに更なる牙を突き立てる。

それは巣を襲った雀蜂が数多の蜜蜂に蒸し殺される光景を彷彿とさせた。
山のように群がる黒霧を見据え、勢力をあっという間に九対小数点以下にまでひっくり返したガラサキの黒眼鏡が不敵な煌めきを上げる。
そうして踵をゆっくりと、穿つように進める。何千何万もの蟲を統制しつつ、彼は戦線のラインを押し上げていく。

(何が『デスクワークで鈍ってる』よ……!!)

魔女は戦慄する。久しく前衛に出ていなかったし、本人も諜報が向いているからと前線を引いていたがそんなことはない。戦闘向きなんて生ぬるい、えげつない程に殺戮と蹂躙に特化しているのだ、この同僚は。蟲には見境がない。喰らえる物を喰らい尽し、そうでないものは破砕して回る。施設ひとつをゆうに埋め尽くす魔の軍隊は物量というものの恐ろしさをこれでもかという程叩き込んでくれる。群像の猛攻は止まない。相手が事切れるまで、決して。
ガラサキは追い討ちを続ける。

「さぁさぁ、どうした化け物!それでお仕舞いか?それがマリスか?笑わせるな出来そこないのクズが!!貴様のようなクズにこそ、蟲の餌が似合いだ!」
【がぁあ…あああァァアあああアぁあ!!舐めるな、舐めるなよ人間!!】

呻きは余りある怨嗟を込めて、だがしかし徐々に小さくなって会場に響き渡る。事実、着実にガラサキはマリスを押し込んでいた。
仕返しとばかりに肉塊から新たな腕、新たな口が形成され、豹の如く肉薄する。空を裂く黒風。汚れた斜線が彼の肉を穿ち、抉り吹き飛ばす、が決して。決して軍勢は、その侵攻を止めない。宿主の腕がねじりきられようとも、彼らの行軍に迷いはない。前へ、只管に前へ。前へ。前へ。
丸い黒眼鏡に血糊がこびりつき、魔の圧力域、覇気とでも言うべき殺意の塊が一瞬のうちに揮発させる。
その奥には完全に「搾取者」と化した、一人の男が悪笑を浮かべていた。

「デッドエンド(どん詰まり)、だ。化け物」

残された左腕が振り下ろされ、群れた怪蟲たちはその命に従い一斉に肉薄を掛ける。最後の肉片、そのひとかけらの存在すらも、彼らは許しはしないらしい。バリバリと嫌な音を立てて、瞬く間にひき肉にしてしまうと残滓を奪い合うようにがっつき、胃袋に納めていく。
やがて黒霧が晴れ、月光が再び姿を覗かせるようになると潮が引くように彼らは宿主の足元へと戻った。

本当に、たった一人で喰らい尽してしまった。
あっという間の殲滅戦を前に臨戦態勢を解き切れない魔女。当のガラサキは何の事も無げに黒眼鏡をハンケチ―フで拭いて、掛け直……そうとするが、右腕が根元から吹っ飛んでしまっていることに気づく。何処か面白そうにほほ笑んだあと、蟲たちを這わせ輪郭を成して、一気に再生を掛ける。
螺旋を描いてまとわりつく蟲がぱっと離れると、何の変哲もない生身の右腕が現れた。魔女の並々ならぬ再生能力と同じように、ガラサキの身体は既に蟲と同一化しているといっていい。
「彼」という外見はその群像の一つの輪郭に過ぎず、血肉すらも既に「彼だけの」ものではない。同様に蟲たちもただの蟲ではなく、それら全て、一切合財ひっくるめて彼という存在を形成している。
心の臓を、頭を、肺をブチ抜かれろうが四肢を吹き飛ばされようが決して死なない。不死身でないにせよその質量、半無限に等しい存在を前に畏怖を覚えないものはいないだろう。
現に魔女すらも頼もしさ以上に、恐怖を覚える程の光景だったのだから。
そんな彼女を知ってか知らずか、左で黒眼鏡を取り右でさっと拭き撫でると満足そうに掛け直す。本当に、何事もなかったように。



「マリスの沈黙を確認。随分とあっけなかったが、これで仕舞か。お前たちの出る幕でもなかったな?魔女」
ふふん、と軽く笑いを添えてそういってのける。
出る幕でない、などとはよく言う。敵は決して下級の魔族ではなかった。しかし相手の禍々しさを感じさせない程に、それ以上に凶悪すぎるのだ、この男が。
上位に位置するマリスですら殆ど抵抗もさせずに駆逐するその制圧力こそ禍なるもの以外の、何だというのか。
改めて、「殻尖鳳蝶」という名のこの同僚が底知れない闇を抱えていることを嫌でも再認識させられる。何処に通じるかとんと見当もつかないその空洞。
月光が照らしても尚奥底を見せぬ黒眼鏡が、何を考えているかまるで分からない彼を象徴するかのように不敵に光を反射している。

「…相変わらず支離滅裂な力ね、それ」
「なに、お前たち魔女に比ぶればこんなもの児戯や端芸の類に過ぎんさ。それよりも、そろそろ出てきてもいいんじゃあないか?柱の陰でびくびくしているそこのあんたのことだ」

ガラサキが何処へともなく声を飛ばす。すると月明かり届かぬ柱の後ろから「やれやれ」と云った風にぬらりと出てくる一人の男。
やつれたトレンチコートを羽織り、口に咥えた煙草は長時間火がつけられていないのか、すっかり冷や汗をすって湿気ってしまっている。
草臥れた顔色に相も変わらず癪に障る笑顔を添えて彼は明りの元へと現れた。

「バレバレかぁ。気配は完全に消したと思ったんだがなぁ」
「あんたが消したのは『気配だけ』だったな。生憎臭いと温度は誤魔化せんよ……こいつらはとても鼻が利くんだ」
「……なぁ~るほど、こりゃあ一枚上手だったか。っでだ、奴さんの姿が見えないが無事終わったの……か?」

辺りを窺うようにして訝しげに訊く警部と、対照的にせせら笑うガラサキ。断片的にしか感知が出来ない警部の感覚ではどうにも空間全域の魔を把握するには至らず、こういった類の精度ならば探知専門のガラサキに聞いた方が早い。彼の態度を見るに安全だと判断したのか、ようやく胸を撫で下ろして煙草に火を付ける事が出来る。
人間とは本当に不便なものだ。とも思うし、魔界連中のぶっ飛び加減も甚だしくてついていけん。とも思う。こうやって中間点に挟まってしまい挙句関与せざるを得ない状況に行きついた自分を呪ってやりたいというのが、このところ終着論なのだろう。毎度人間の限界を思い知らされ、如何に平凡非力な存在思い知らされる毎日だ。
だいたいなんだよこいつらは。身体から蟲の大群召喚したり腕モげても生えてきたり。本当に無茶苦茶で、付き合いきれない。

「まぁ、あらかた掃除したところだ。思ったよりも小物で仕事が浮いたよ」
「バリバリ本気じゃなかったのかありゃ…少なくとも俺には並々ならん殺意と迫力が感じられたが」
「ふふん、さてどうだったかな……」
「よく言うぜ」

雲を掴む、というのはこういった人柄を言うのであろう。警部はそれ以上の言及に飽きたのか、視線を逃げるように外へやった。
ふと魔女の方を見れば、手持無沙汰にホールを徘徊している。ギロチンの刃は抜き身にされており、依然厳しい表情のままであった。まだ何かありそうな、そんな顔をしていた。
「どうした魔女?今回は出番なしで欲求不満か?」
「……いや、なんかあっけないなぁって思っただけ。ガラサキ、警戒網は?」
「何も映らん。音紋熱源魔力察知、全部白だ」
「『もう居ない』、と?本当にそう思う?」
「お前はどうなんだ?」
「……確かに魔の匂いはしない。気配もない、ただ…何かがまだこびりついてる。そんな感じがする。直感だけどね」
「女の勘と来たか。やれやれ」
「それに、増援とやらの気配もまるでしない。これは十中八九――」
「狩り残しがある、ということだな」

まだ、この界隈には何かがある。彼もそれに納得し、珍しく神妙な面持ちで踵を返して薄闇へと突き進んでいく。蟲たちも主の足跡を辿るように滑らかなフロアの床を滑っている。
その時――月明かりが一瞬だけ、雲に隠れた。


ほんの僅かな、偶然の生み出した暗転の瞬間。漆黒の毒牙が無明を抉った。


「ぐッ……!?」
ガラサキを袈裟がけにするように、凶風が駆け抜けていった。肉を引き裂く激痛に、思わず膝をつく。
熱い。肩口が焼けるように、熱い。この感覚は――ただの切創ではない……!
盛大にぶちまけられた血飛沫がみるみる間に黒染めになっていく。自分の身体が、何かに侵されているのが嫌でもよく分かった。全身に潜む蟲たちが悲鳴を上げて抵抗しているが、そんなのはお構いなしとばかりに、この肢体隅々にねじ込まれてくる。回復が間に合わない。生成も、排出も出来たものではない。身体中にあやつり人形の張り糸をめぐらされたかのように、
自分の体なのに、言うことを聞かない。

「ガラサキっ!」
「おいっ、どうした!?」
「バカ、近づくな……!!」


血相を変えて駆け付けて来ようとする魔女を一喝で制止させ、冷や汗を払って己が傷を振り返り見る。
傷の程度はかなり深いようだ。肩部から内臓までざっくりとやられている。今にはらわたでも出てきそうだなと無様に窮地に追いやられている自分を嘲笑う。
傷はまだいい、問題は蟲だ。
どいつもこいつも魔力音信が取れない、完全に頭を見失って散り散りになってしまって砂嵐しか映らないテレビのように視界がぼやける。これでは肉体の回復・再構築もままならない。
今この瞬間は、生身の人間と殆ど変らない。これは認めたくないが、事実だ。
(このまま生殺しにするつもりか……やれるならとうにやっているはずだ。ふざけやがって……!)
悔しいことに、本当に成すすべがない。手足も殆どが麻痺してしまって意識は遠のくばかりだ。
人体へのハッキング。分かりやすく言うとそういうことなのだろう。しかし彼自身、自分の体内のファイアーウォールに自信はあった。あったはずなのだ。
それがいとも簡単に破られ、今や敵の傀儡と化している。なんと無様な、情けないことか。
役立たずの警部と、それに魔女が必死になって何かを言っている。恐らく自分に向けられているのだろう、何処とも分からぬ奇襲に晒されているのだから構わずに敵を警戒すべきなのに。どうしてこいつらはこうも非効率なのか。

それ以上に、こんな状況に置かれている自分が腹が立った。込み上げる怒りが全身を駆け巡り、敵の注ぎ入れた黒い毒と衝突する。
本当に、本当に世話の掛かる奴らだ。こいつらはこんなにも慌てふためいて危機に立っているのだ、一体だれがこの場を収束すべきなのか。
自分のけつくらい自分で拭く。貴様らは、自分のやるべきことを今やるべきなのに。構うんじゃない、本当に、大馬鹿共め。唾棄すべき、おせっかい焼共め。
貴様らが居なくてもこんな窮地ぐらい自分で抜けだしてやる。何もよりも――あのイカレた魔女に情けを掛けられている現状が。
耐えられるはずが、なかろう!!
こんな無様な真似を…晒したままでいられるか!!


ガラサキの中で、何かが弾けた。
それは決意や覚悟といったたぐいのものでも、大義などといった綺麗事でもなく。
ただひたすらに、今の自分で甘んじていることが許せない。出来るならば今すぐにでも消し飛ばしてやりたい。
現状への殺意と確固たる意地、矜持が、本来とうに動かない彼の体を動かしていた。

「マリス、貴様こそ舐めるなよ……」
【!?】
「私は、他人にどうこうされる位なら喜んで死ねる男なんだ…この身体を乗っ取った愚策、地獄で後悔するがいいっ……!!」

苦笑いをほんの僅かに浮かべ。
次の瞬間。ガラサキは有り得ない行動に出た。
すらりと伸ばした右腕を巨大な蟷螂の斧に再び変異させ、あろうことか――

ザシュゥッ……!

自らの「左半身」を、傷口からさらに大きく抉りとるようにして「切開」した。
血飛沫が止まらない。半身がぼろりと荷物のように地面に転がり、どくどくと絶え間なく刻まれる命の鼓動がそのままに晒されている。
しかし、身体の半分を切り落としたというのに彼の意識ははっきりとしていた。ゆらり、と僅かに左右に振れた指先から数本の注射器が零れ落ちる。
彼は、何故か得意げに笑っていた。

「ふっ、ふふふはははは!やってやった……特製の対魔抗生麻酔だ……まさかこれほど効くとは、思わなかったが、はは」
「蟲男!!い、生きてるの、か…?」
「ふふん、そう心配するな。毒素を身体こと切除しただけだ。今から、取り戻してやるの、だから……
ムシノシラセ!聞こえないとは言わせんぞ、デザートの時間だ!極上の、俺の肉だ。さぁ遠慮はいらん、思いっきり喰らえ!!寄生した、間抜けなマリスごとな!」

自分の肉を切り離して、自分の契約悪魔に喰わせる。そんな常軌を逸した行動の中においてなお、ガラサキは正気を保っていた。冷静に、勝機をうかがっていた。
散り散りになった魔蟲たちが群れ、ガラサキの肉求め再び地を埋める。それを満足そうに見据える彼の目は徐々に力を失って、今にも倒れてしまいそうだった。
余りの光景を前に、魔女も、そして警部も一歩として動けない。しかし、悪魔は慈悲もなく第ニ波を掛け追い討ちする。

黒い疾風が、再びガラサキの首根っこを引き裂いていった。彼の体が抵抗も出来ず、マネキンのように吹き飛んで壁に打ちすえられた。
刃からの斬撃の直後固体だったそれは液体・気体に急速変容し、傷口から容赦なく侵入する。
何度再生しようと同じ事だ、何度でも、乗っ取るだけ――そうとでもいいたそうに、同じようにして瞬く間に彼の体を駆け巡った。

空気が止まる。
先程と、同じだ。違和感だらけの静寂。人を傀儡とした予兆。
ガラサキの脳裏を、介入した意識――恐らくはマリスのものが流れた。それは恐ろしく下卑た哄笑と共に現れた。
これが――屍肉の塊、奴の本体か!

【動いてみろよ伊達男さぁああん!あひゃひゃえひぇへぇへえ!!指一本動かせねぇだろーぉ?悔しいねー。ハッハー!
だぁーれがクズだって?もう一度言ってみな?今のあんたは、木偶の坊なんだけどなぁあああ!!ほぉれほれ、抵抗してみろよゴミムシ!えぇー?てめーらは地面はいずり回ってんのがお似合いなのよ!いつまでも、そうやってそうやって、挙句潰されてミンチになってなよ。えーっひゃひゃはひゃ!!】
「…はっ、つくづくおめでたい奴だ」
【あ?】
「学習しない奴だ、と言ったのだよ。己の勝利を確信したつもりで、お前は猿のように踊っている」
【は?てめー自分の置かれた状況分かってんの?いいぜOK、今すぐミンチにしてやっから――】
「そこまでだ」

逆上したマリスがそこまで思念による罵倒をしたところで、マリスの像は急にぼやけていった。
同時にガラサキの意識が揺らぎ、視界がはっきりと開ける。スーツを破った背からは馬鹿に大きい「サソリの尾」が生えていて、その巨大な針が自身の腕を貫いていた。
意識の回復と同時にそれを引き抜き、全身の構築を再び開始する。
(解毒剤、間に合ったようだな)
先程喰わせたマリスの残骸から神経毒の成分――これも恐らく魔力による一種のコントロールコネクタなのだろう――を抽出し、ムシノシラセがそれの対抗薬、即ち解毒剤を体内に生成する。足元から這い寄った蟲たちは変異し身体中で解毒薬を中和させ、マリスの乗っ取りを完全にシャットアウトした。元より猛毒を持つものも多い蟲の集合体がなせる魔力制御の即席応用である。

半身を勢いよく生やし、蟷螂の斧を大きく擡げ背後からはサソリの尾がぶらぶらと獲物を求めてのたくっている。足元を埋め尽くす軍隊蟻の大群が幾何学模様を描きながら隊列を組み、
彼の周囲を哨戒している。それこそが「ムシノシラセ」の本来あるべき鉄壁の布陣であり、ガラサキの力が空間の隅々まで行きとどいているあかしだった。
先程の意識侵入の折逆探知を掛け座標を知ったガラサキは天井を見る。崩落した天井の瓦礫にうっすらと、魔を視る眼をこらしてようやく探知可能な位に巧妙に、欺瞞結界(ステルス)は張られていた。ついに、見つけた。あれが奴の本体だ。
先程の端末とは違い、寸胴の本体に無数に脚と思しきものが吸盤のように天井にはりついている。大きく裂けた口は、何故か肉体のそこらじゅうにあり、首長竜のように伸びきったものもあれば身体の淵に口がチャックのようについているものもあった。さながらそれは、継接ぎだらけの薄汚く不気味なぬいぐるみを彷彿とさせた。

地面から湧くようにして現れる完全生体武装の仕事仲間を前に、魔女は一縷の安堵を感じた。少しばかり心配だったが、この男は無茶はやっても無謀なことはしないというのはとうに分かりきっていたことだ。信頼できるのだったら余計な手出しは必要ない。それになにより、彼は極端に自分に借りを作るのが嫌いなのだから。
それでも体が動いてしまったのは、まだ割り切りが出来ていなかったからなのか。


衝撃波で裂け目が出来た黒眼鏡を拾い直し何事もなかったかのようにかけ直す。しぐさこそいつもの彼ではあるが、全身を守護する蟲たちの鬼気迫る気配が彼の「本気」を示していた。
魔女も負けじとギロチンを背負い直す。背後ではオーケストラが後光を纏うように召喚され、何時でも眼前の敵を粉砕可能なように待機している。
警部は、有り得ない現象で二転三転する現実から逃げたそうに辟易していたが、やがて折れたように拳銃を構えた。

「さて、完全復活だ。カーラ、やるぞ。やりたい放題やって来たツケを一気に払わせてやれ」
「ふふっ、本当に貴方は殺しても死なないわね。まぁいい、今回は少しだけ甘えることにしようかしら」
「…お、お前らってやつぁ…んなこたぁいい!うっすら見えるあのけだものをブチ抜きゃいいんだろ!早い話!
あーさっさと終わらせて家に帰りてぇ。エレノアの飯が食いてぇ。娘の顔も見てぇ」
「は、珍しく弱音吐いてらっしゃる。地獄行きにはならないようにな警部」
「死して屍、喰らうものあり。死なないでね警部さん。処理面倒だから」
「わかってらぁああい!」

人外が二人に生身が一人。嗚呼、なんと我が身が非力なことか。警部はやけくそに等しい気力を込めて、敵に向き直る。
天井にイモリのように張り付く屍肉のけだものはギリギリと歯軋りをして、視覚すらないその頭を向けて依然敵意を放っていた。
うげぇっと警部が一瞬吐き気を催しそうになる。鼻を衝く腐臭、群がる群蠅だけではない。
悪魔にしてもその姿。それは、余りに醜いではないか。

【がぁああ……調子、づくんじゃねぇーぞゴミ共が。術式から抜けた位で、勝てると思ったわけ?カカカ、やっぱり頭が回らねェのな、ゴミだからな。
てめーらが幾ら束になろうと俺は倒せねぇんだよ。あーあ、さっさとおっ死ねば楽に終わったものを。今から、とくと地獄を味あわせてやるぜぇええ~!】
マリスの思念波が直接に脳に響く、それは底知れない魔を予感させる、強烈な重圧を伴った宣告。
しかし常人では脚がすくんでしまいそうなそれを、ガラサキは一笑にして返す。

「ふん、やってみないと分からんだろう。違うかな魔女」
「全くね。最近運動不足気味だから、ちょっと加減出来ないかも」
【ッッッなめんじゃねぇえええええ!!!】


発破。瞬間、肉は弾け、力強く爆ぜた肉片は直線を描き漆黒に塗りたくられた槍が空を駆ける。
瞬く間に液体から凝固し変異したその凶器は猛禽を思わせる速度で飛来し、眼前の敵を滅そうと肉薄する、が――



ガキィン!

二つの不協和音が重なり、黒の直線をへし曲げた。
進路上から弾かれた槍はあらぬ方向に向け壁を穿ち、貫き虚空を生み出す。
猛攻をすんでのところで受け止め寸断したそれは――ぎらついた銀色を携えた巨刃。そして黒く蠢く蟷螂の斧。二人の一閃は寸分の狂いもなくマリスの進撃を食い止め、毅然と
影を動かさぬままに蹴散らす。

間断を許さず、魔女は地を蹴る。金色の絹を揺らし、スリットを有するロングスカートは一切の遠慮もなしにたなびく。
流麗なシルエットには到底似合わぬ武骨な破魔の巨刃を振りかざし月光を貫く。疾駆の最中、鋼鉄が風を切る轟音と共にガラサキの思念波が脳裏に響いた。
戦場での連絡に、夜の住人達はアイコンタクトも通信機も必要としない。思念を微弱な魔に乗せ飛ばし、速度も距離も殆どを無視してそれは目標に届く。
古来より何千年も練りに練りつくされた人智を超えた力は、文明のそれには決してひけをとらない。

『ムシノシラセから最新情報だ。解析完了、目標のスペック及び構造情報が出た』
「続けて!」
『奴さんは魔力の塊で屍肉を制御している、蓄積された総魔力数は私とお前を足したそれのゆうに18倍――だが、全く勝機がないわけではない!
奴から伸びる触腕・頭部のそれぞれに独立した伝達回路が存在するらしい。そしてそれらは核心部となる魔力の凝縮体から伸びている』
「つまりのたくってる頭の何処かに心臓があって、そいつを一匹ずつ叩き割っていきゃいいわけね!」
『中心部は厚い防壁に阻まれている、やるなら首からしかないな。おぞましい見た目をしているくせに、敵は液体固体気体の全てに変異できる特異体質な上に物理的接触から神経にハッキングも可能なとんでもないトリックスターだ。まだ何か仕込んでいる可能性は充分にある…攻勢の際には細心の注意を払え』
「ご丁寧に忠告をどうも!」

思念会話の合間にも、疾風怒濤に突き進む眼前に黒い槍が割り込む。視界を切り裂く無数の棘。それを左右にいなし、あるものはその場で寸断し、絡みつくように殺到する
針山地獄を強引に突破――回避し切れなかった最小限の障害を有り余る膂力で粉砕、飛翔、滞空。開ける視界――懐に滑り込む。魔女は大きくギロチンを振りかぶり、一切のしがらみを打ち払うかの如く全身全霊を以って叩きつける。  

ざしゅ。肉に刃の通る手ごたえ。しかしこれでは生ぬるい。分厚いギロチンは咀嚼の侵略を決してやめない。魔女はさらに握る両手に体重を込め、同時に「オーケストラ」に魔力をありったけ注ぎ込む。後光を思わせるように、或いは蓮の葉のように彼女を守る楽器たちは急激に隊列を組み変え、楔を描く先鋭と化す。
詠唱開始、楽器たちのはなびらは螺旋を映し出して急加速する。
肉体に活力を送り込む調べが直に背中のオーケストラから魔女の体にフィードバックを施され、瞬間的に人間のそれを超越し魔人のそれをも上乗せした信じがたい爆発力が全身を包む。

流星の如く、猛禽の如く。貪欲に、執拗に刃を喰い入れる。ねじり込む。魔女は、その瞬間だけ凶刃とひとつになる。
何度も何度も、抵抗する繊維が悲痛な呻きを上げるのも意に介すことなく、馬鹿力をそのままに――引き裂く!

―――声にならない悲鳴が、ホール中に響き渡った。

ばしゃ。びちびちびち。
赤黒い何かが弾け、やたら粘り気のある雨が床に迸った。僅かな静寂。宙を舞う歯肉のついたのっぺらの頭部。それが地面に零れ落ち、同時に超重量の大提弦に仕込まれたギロチンが地を穿つ。細身にもかかわらず得物の重量に任せた着地の衝撃で、抉りとばした肉片から臭いシャワーが噴射するがそれを袈裟がけに浴びながらも魔女の闘争心は静まらない。
「――もぉいっちょ!」
右腕に魔力を叩き込む。力の限りぶつける。増幅、爆発する膂力は振り切った得物に勢いを再点火する。人間の手では決して持ちあがらないその鉄塊は軽々と空に上がり、遠心力を利用して持ち主の身体を一気に空中に引き上げる。ふわっと質量を感じさせずに宙に浮くそれらに、マリスは一斉に槍を投げかける。
掠め、刺さり、抉り、針山が雨のように激しく振り付けるがそれでも刃の疾走は止まらない。上段より振り抜け、残された頭にたたきつける。
加速する断頭の包丁は白く濁った歯並びに横なぐりにぶつかり、顎の肉ごと吹き飛ばす。破砕した歯骨が炸裂、嫌な音とともに闇夜に投げ捨てられ、散らばる。
噴き出る血の噴水。恍惚とした表情で魔女はそれを浴び。
「……あー、イイ音した。でも…あんたをブッ殺さないと今日はすっきりしないんだわ。残念だけど、とっとと死んでもらおうかしら!」

マリスの頭部が、二つ同時に沈黙した瞬間であった。
致命的なニ撃を加えた魔女は反射的に標的の巨躯を蹴り、後背に飛び退く。頭を一息に二つ失ったマリスはその痛みにのたくっていた。
ただの斬撃や打撃であれば、そんなことはなかっただろう。しかし浴びたのはお化けヴァイオリンに仕込まれた破魔の業物。通常兵器に痛覚を持たぬ魔生物に痛みを与え、再生を繰り返す全身の魔力系統を寸断するそれは、マリスにとって天敵以外の何物でもなかった。
痛烈なダメージに感覚がエラーを起こし、眼前の魔女がぼやけて見える。その合間にも彼女はゆっくりと、ただし着実に得物をぶら下げて迫りくる。
来る。間違いなく奴は、数秒もかからぬうちにまた「アレ」を叩きつけてくる。マリスの中に、焦燥とでも言うべきものが初めて生まれた。否、これは遥か昔に忘れた――恐怖なのか。

馬鹿な。この俺に、そんな軟弱な感情が残っている筈がない。そんな、脆弱で軟弱で取るに足らない人間どもと同じ感情が――あるはずがない!
決死に振り払う、思考の靄。しかしそんなことをしている場合でもなく状況は限りなく不味い、このままでは――もう一撃をくらってしまう……!
なにか、何かこの状況で奴の注意を反らす手段が欲しい!


マリスの触腕が、考えよりも先に伸びていた。
床を疾駆し、風よりも素速く駆ける。その魔の手が目指す先は――抗争とはなんら関係のない、ごく普通の民間人。
魔女が反射し、振り向き刃を持ち上げる。大量の蟲を統制し攻勢を維持するガラサキも異変に気付くが――間に合わない!


「っ!?そこまで堕ちたかこのっ……!」
【ハッ!間抜けどもがそこで騒いでいるがいい!最初から俺の目的は魂むさぼることだからな……遅かれ早かれ、そいつらは俺の胃袋に入るんだよ!
追いつけるか!?悔しいか!?ひゃはぁああひゃひゃひゃあああ!そーこで指くわえてれば?雑魚にはお似合いだぜぇえ?クヒャヒャ!
安心しろよ、すーぐにこいつらの後追わせてやっからさぁ!こいつをじっくり取り込んだ後、そこの糞魔女をむさぼって食い散らかしてしゃぶりにしゃぶって最後にひり出る糞にしてやる!
たっぷり魔力を溜めこんだ若い女の肉だ、さぞや栄養満点だろーさ!】

げらげらと汚物の様な罵言を振りまいてマリスは勝利を確信する。
シュナイダー警部は駆ける。抗争の端でひとつずつ担ぎ出した、だが取り残されてしまった彼らに牙をむく触腕がはっきりと見える。
見える、だが俺には何もできない。持っているのはこの腰に下げた拳銃くらいだが、奴らには傷一つ追わせられない。それならば――この四肢を以って、眼前に横たわる彼らを守る。
ありったけの力を込めて、地を蹴って彼は奔る。

「警部さん!?」
「ちっ、あんたじゃ相手にすらならんぞ!馬鹿な真似はやめろ!」

二人の声が聴こえる。警部は止まらない。途轍もない速度で襲い来る黒い触腕が見えた。しかし、此処で躊躇っても居られない。
どーせ俺にできる事なんて少ないんだ、やれるだけやってみるさ。そう不敵に笑って、  ……飛び込む。
目の前に僅かに早く、黒が滑り込んで――





たぁん。
一発の銃声。


あれ?俺は引き金なんか引いてないぞ?まるで死ぬ寸前のように、警部の視界はスローモーションを引き起こす。
何処からか響き渡る重厚な撃ち鉄音――ああ、よく知ってる。こいつは狙撃銃の銃声だ、演習で嫌ってほど聞いた音だ。でもそんなもの誰が撃つんだろうな。
そんな疑問と一緒に――目の前の黒い、禍々しい魔の手が、盛大に肉片をぶちまけて木端微塵になった。


たぁん。たぁん。たぁん。たぁん。
間髪をいれず、狙撃銃の銃声が連続して響く。警部は心の中で首をかしげる。狙撃銃ってのはオートマチックでもこんな連射できたものかと思う。
今彼の中で殆ど時は止まっているのだから、それにしてもこの連続射撃はおかしい。と状況も考えずに疑問符ばかりが浮かぶ。こういうのは戦場で長生きできないんだろうとか思ってもしまう。

そうこうしているうちに――彼の中で急に世界は動き出した。

 
 
 
 
「うぉぉおっ!?」
ふと我に帰り、咄嗟に横たわる女性をかばう。が、目の前に迫っているはずの触腕はあっという間に吹き飛んで、何故か灰になって消えた。
まるで銃弾が死肉を浄化したかのように、肉片の一片たりとも残さず煙草の火が伝播するように。
他の客に伸ばされた、四方に広がる触腕のどれもがやはり先端で、半ばで銃弾を浴びて粉微塵になって、そのどれもが蒸発していく。

圧倒的な光景だった。
あらゆる方向にちらばる、魔女と魔道士ですら対応の追いつかない数の猛攻を、刹那の間に数発の銃声があっという間に喰いとめた。
異変に気がついたマリスは即座に自分の蒸発した触腕を切り離し、信じられないとばかりに嘯く。
それは感染の伝播する前に患部を切り離すとでもいうような、苦肉の対応であった。

【なっ……、この忌々しい光は……まさか!?何もんだ、てめぇ……!姿を見せやがれ畜生が!】

「これは、"オベリスク"の弾丸……増援というのは、成程な……!」
ガラサキが珍しく体を震わせて呟いた。恐らくは武者震いという奴だろう。圧倒的な力による増援を頼もしく思い、かつその有り余った強さに畏怖を覚えている。
魔女は少し安堵したように、半ば呆れたように。言葉を紡ぎ出した。
「やれやれ……ちょっと出番が遅いんじゃないの?王家の墓守、"最終兵器"さん」

 
 
 

  

その狙撃手は、銃弾でぶち破った窓硝子の向こうから現れた。
夜風を思わせる、しなやかな動き。夜道を闊歩する、黒猫のそれに似ている足取り。赤毛のボブカットは風に揺られ歩みに揺られ、楽しそうに宙を踊る。
魔女以上に小柄な体に似合わない、巨大な狙撃銃を背回しに担ぎ両手で水平に保持した、戦場とは思えないような軽薄な様相で彼女は近寄る。

音楽にでも聴き入っているかのようにつむっていた目が見開く、楽天そうなそれから急に闇を帯びた。
ジャキッと銃器独特のとりまわしの呻きを上げて狙撃銃はフロントに担ぎ出される。銃器下部から空のマガジンが排莢され、くそ重たるい金属音を響かせて床に転がる。
空の薬莢は冷たい銀色に月光を映し出し、排出され地面に規則的な鐘の音を鳴らす。辺りに立ち込める硝煙はかすかに琥珀色――綿密に精製され、神界文字を刻む破魔の銃弾を撃ち出した、なによりもの証左。

「やぁカーラ。こんばんわー…そしてお久しぶり」
「今まで何処ほっつき歩いてたんだか」
「ヒーローは遅れてやってくるっていうじゃない?」

マガジン再装填。腰元から取り出したそれを再び狙撃銃に喰いつかせ、銃弾を補給する。
声こそ緩慢なもの。しかし娘の瞳は既に歳相応のあどけなさは残っていなかった。狩人のそれ、獲物に狙いつける搾取者のそれ。
魔女を一瞥し、ガラサキを一瞥しマリスを暫し見つけた後――その視線は警部の方へ――ぱあっと急にその顔に喜色がともる。
見た事のある、その顔だ。
そう、この娘は――

 
 
 
 
夜道で出会った、家出娘じゃあないか。


 
 
 
  
「こんにちは、警部さん。そして夜の世界では、はじめまして」

 
 
 
 
「あたしの名前はロゼ。ロゼッタ・エピタフィオン。代々王家の墓を守り続けてきた、墓守の末裔。
そして一族が総力を結集して生み出した――最終兵器」



楽しそうにそう紡ぎ、狙撃銃は鎌首を擡げる。言い終わらぬうちに足元にバチン!と稲妻が走り、彼女はその場に固定されるように静止、トリガーに手を回した。
警部は確信した。これも魔法の一種ではないか。足元から這い寄る雷電は彼女の体を包むがその顔にひとつの苦悶もない。
ただ楽しそうに、彼女は引き金を引くその瞬間を夢見ている。
 
 
 
「スレイヴィア・マリス。あなたに、ひとつ忠告。そこの魔女はきっと、食べてもおいしくないよ?
そしてなにより――彼女はあなたよりずっと悪食」


ダァン!
先程の銃声の数倍の爆音が耳を劈く。銃弾は有り余る加速力でマリスの僅か右をすり抜け、背にある天井を穿って綺麗な大穴をあける。
撃ち出した彼女の狙撃銃は雷電を帯び、白煙と共に放電している。――理論上には聞いたことがあるが、まさか人力で「電磁加速投射砲(レールガン)」をやってのけようとは。
とんでもない出力を投じて発射されたそれはあろうことか「威嚇射撃」であった。
爆音と静寂。何一つ介入を許さない世界に、彼女だけが言の葉を奏でる。



「あなたは魔力の塊だ。斬撃も打撃も意味をなさないし仮にダメージを与えても、素晴らしい速度で回復が可能なんだろう――でも、この廃棄されたヴィンテージものの"オベリスク"を削り出して生成した"破魔弾頭"の直撃には、あなたは耐えられるのかな?再生できる?あたしの加速を施したこれを受けて、立っていられる?」

【一体なんなんだ、てめぇは……!】

「怯えるのには早いよスレイヴィア・マリス。絶望はこれから。あたしはあなたをこれから"一方的に蹂躙しつくす"んだから」

小さな魔女は、狙撃銃を再び目標の方に向けた。
小柄であどけなくて、本当に何処にでもいそうな赤毛の小娘。しかし、その双眸には今にも悪魔でさえ泣いて許しを乞いそうな鬼気が満ちていた。

空気が震撼し、陽炎のようにその姿は溢れ出る魔力と雷電がまとわりつく。
絶対の搾取者たる威厳。彼女だけに許された世界。この場に居る誰もをそう思わせる気迫。
これは錯覚なんかでは、決してなかった。幻術でもトリックでもない、むき出しの、力それそのもの。
全てをねじふせる重圧を背にし、玉座に仕立てた彼女は宣告する。
やはり、何処か楽しそうに。そしてその瞳に、一点の慈悲の曇りも差してはいない。

 
 
「さぁ、宴を始めよう。夜もこれから――まだまだ長いんだから、さ」

 

 

 
To be continued [file#06]
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  1. 2010/10/09(土) 03:13:00|
  2. 一次創作
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