野郎共、お仕置きの時間だ

なんのこたぁないダメ強化人間LayeⅡ(らいつー)の独り語散るgdgd生活ブログ なまはげだって少子化で寂しいんよ。

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【Viol Viera】#14

+WARNING+オリジナル小説+WARNING+

・本文は完全一次創作です
・苦手な方はスル―推奨
・以前の話は右下カテゴリの一次創作より
それでは、どうぞ
【Viol Viera】#14





















 吹き抜けた天井から、燦々と陽光が垂れこんでいた。
 「日蝕」はその本来摂理から逸脱した現象を終え、太陽がいつも通りにバベル界隈を照らしている。 それに満足げに目を細めて、男は瓦礫の上に立ったテーブルから紅茶の注がれたカップを手に取り、それを口許に当てた。
戦時下であろうとも、茶の葉の味はまるで変わらない。 それに小さな幸福を覚えつつも空を見れば、爆音を奏でて飛来する鋼鉄の腹が翳りを地上に落とす。
 ここからみえるバベルから背伸びする群集の誰もが、歓声のうちにそれを見送っているのを見ると、なんだか不思議な気分にもなる。 肌の色、生まれ、種族、形――そんなのは最早何の意味も持たずに、今ここに生きる全ての民が一丸となっていることは、統治者としては幸せなことだ。

 彼は、随分と昔にも似た様な光景を見ていた事を思い出した。
 まだ、あの鋼鉄の鳥たちが息吹では無く、羽根を回して飛んでいた頃の、砂漠の民たちもまた、歓声に揉まれて彼らを見送っていた。
 もう、かれこれ四分の三世紀ほど昔であろうか。 生身の人間であれば、この世を後にする者も決して珍しくない。
 そんな昔に思いを馳せれば、彼の耳に響く信号があった。
 優雅にそれを受諾し、回線を魔導で確保すると男は口を開く。

【ああ、我よ。
見ていたぞザラキエル、貴様、あろうことかあんなものまで持ち出してくるとはな! どうした、お前らしくない奮発だな】
 何時になく嬉々とした声音に晒され、通話相手がぼそぼそと頬をかく音が拾われ、尚も男はけたけたと楽しそうにしている。
「――ほおっておくと調子に乗るからな、たまには悪くないだろう。
それよりも、そちらはどうだ」
【人間どもは散り散りに逃げた。 退路も用意してやったし、目が覚めたことだろうよ……今は、生き残った連中が酒瓶を振りまわして勝利を謳歌している。
最後の切り札とやらは……、ありゃなんだ? 人間製の、鋼鉄の鳥が迎撃に向かったようだが】

 人間製の鋼鉄の鳥――その形容は、なんとも悪魔らしさに満ちた表現と言えよう。
自分たちは、人間どもが作りだす「機械」と言うものに聊かの興味もない。 勝手に動いて勝手に殺しをするなどと言うのは、相手に対する冒涜だからだ。
 悪魔なれば、余りある力を叩きつけ相手をねじ伏せるか、何か狡猾な手段を用いて非力なものでも相手を負かすことが出来る。 それを魂の無い無機物に委ねるというのは随分と気持ちが悪いことであり、到底認められる手段では無かった。
 だが――今バベルにへばりつく悪魔たちは、何故あの機械を応援しているのだろう。 そこが彼には、大抵の物事をその眼に刻み込んできた含蓄に長けた彼にも、解せない光景であった。
 ザラキエル――死神店長はなんだそんなことか、とばかりに受け応えた。
 そう言った点では、人間界への暮らしが長い天使様は聡明でいらっしゃる。 統治者相互の隙間を上手く埋めてくれるのが、本来の主である彼の長所でもあった。

「チルミナのことか? あれは、いささか常識を外れるぞ」
【常識の果てから来た奴が、よくもまぁ言う】
「俺でも見通せぬことくらいある。 あれは……人の生み出した物でありながら魔物で、機械でありながら心を持つ物だからな。
こればかりは、神も俺も予想だにする筈がない。 創造物が創造物を生みだすことが出来る以上、それは神の奴と同列に立ったに等しい。
ことあれに関しては、言及を控えさせてもらおう。 色々と常識の通用せん連中なのだ、頭が痛い事に」
「考えるだけ無駄と言うわけだ?」
「まぁ、似たようなものであるには違いない」
【フフ】 ファルアウンは再び紅茶を注ぎこみ、小さく啜る。 よく見知った死神の奴が分からんことがあるなどと言うのは随分と久々で、彼からすれば愉快なことであった。
元人間にも理解出来ない死神様にも分からない事があるなどと、やはりこの世界は謎に満ちている。 或いは、謎は多い方が世界は楽しく回るものなのかもしれないではないか。
【ザラキエルよ、貴様は考え過ぎなのだ】
「うん?」
【世の中、白か黒かはっきりすることの方が珍しいのさ。
境を引くのは人間の悪い癖で、そんなものは天使様が知る必要もない。 ……奴らがそれでいいのならば、そうさせる他ないだろう。
我々に、若人の未来の左右を決定する権限など、無いのだから】
「ふむ……、なるほど。それもそうか……」
 再び爆音が空を撫でて、旋回し終えたチルミナが迎撃コースを取っていく。 悪魔たちから罵倒なのか野次なのか、恐らく気付けの積りなのだろう。 彼らなりの激励を浴びながら、綺麗な背中を見せつつ空に消える中に、彼はその姿を見た。
 流麗な金の絹を棚引かせ、両手に馬鹿みたいに巨大なギロチンと巨剣を携えて高空で大気を目一杯に浴びる彼女。 それが陽光と共に包帯の隙間の眼に焼き付いた瞬間に、彼の中で全てが氷解した。
【……なるほど……くくっ……】 魔女と、得体の知れない鉄の鳥。 そしてフランケンシュタインの遺した最終手段。 それらが一つの線で繋がり、彼は状況を把握した。
 さも楽しそうに笑いをこらえて、覇気に満ちた瞳から不穏な光を洩らして、彼は通話相手を虚空のうちに睨む。
【あの魔女の周りには変な奴が多いなぁ、ザラキエル? そうは思わんか】
「全く同感だ」
【あの鉄の鳥も、貴様の差し金と言うわけかね……?】
「それがそうでもない。
あいつは、いや――あいつらは好きもので魔女に加勢した。 全く、とんと理解できない連中だがそれが連中の良しあしという奴だろう。
連中は、連中で決着をつける。 それが人間という奴だそうだ」
【何でも白黒付けたがる、そういうもんさ】
 戦いは、個人の間で決着を付ける。
それがチルミナであり、元々は軍人の筈のオレグである。 それは軍人である人間には決して出来ない事だが、軍人の理想とも言える民間被害の最小化を満たす条件であることを彼はよく知っているのだろう。 肉体も、精神も。 もう何にも縛られることが無いのだから、自分が死してなお守りたい女のために、そいつと共に空へと向かう。
 実に人間らしい発想ではあるが、彼らが目指そうとしたものは小さくとも尊い。
【願わくば――】 紅茶のカップをちらと挙げ、ファルアウンは空を仰ぐ。 【若人たちの戦いが、幸ある終局を迎えんことを】
「すっかり他人事だな? お前も大昔は人間だったというに」
【何時の事だか、もうそんな事も忘れてしまった。
だが――今を生きる彼らにはその価値がある。 だから勝利を願うのは、当然ともいえるのではないかな】
「はっ、ミイラが失った生を語るか。
まぁ、なんだ。 奴らには勝って貰わないと俺も自分の土地が無くなるのは困る」 そっけなくそう言う死神に向け、にやりとしたり顔で返す。 【本当にそれだけか? "天使様"?】
「あぁ……」 思い出す様に付けくわえたのは、それだけだった。 「あと、ニ十万賭けたからな」
 ファルアウンの知る、ザラキエルという男はいつだってそうだ。
 人がために堕天し、神に追われ、それでも戦い続けることのできる強い男である。 なのに、性根と意地が悪いのか、真っすぐでないのか、何にしても知らん顔で回りくどい事をして、人のために動く。 不器用という奴とも言えるかもしれない。
 本当は、魔女が心配で、しかも悪魔たちのために戦ってくれる彼らが理解できなくて、それなのに誤魔化しつつ悪魔面して彼らを見守れば、今度はもどかしくて。
千年経とうが二千年経とうが、何と言うか変わらないのは天使故の保守であって、やはり不便な男と言わざるを得ない。
【相変わらず素直でないな、貴様も】
「先程部下にも同じことを言われたよ」

 ただ、最近は何処かかわったようだ。
 理由がなんであれ、悪いことではない、そう彼は思うことにした。
 彼の周りを右往左往する、一癖も二癖もある連中のおかげなのだろうし、振りまわされれば奴もまた動かないままではいられないのだろう――既に人を終えたミイラの王様は紅茶のポッドを傾け注ぎ、優雅にまた口許に持ってくる。 何十年経とうと変わらない味は、誰かさんを思い出すようで、またぷすっと小さく笑う。
 何処から見ているのだろうか、その誰かさんが訝しげな声でつついてくる。

「今笑ったな?」
【いいや、今のは別件だよ】

まったく、勘敏い奴め。
心の奥底でそう呟くも、奴にはすっかり読めていることだろう。 呆れながら、彼は次の一口を味わった。
口の中で溶ける渋い味わいは、なんとも優雅で午後の昼下がりに相応しかった。

ただ一つ、天井が空爆で突き抜けていること以外は、だが。

【これもまた、風流でいいかも知れんか】










【Viol Viera】


―Witch of Dhampir―

―aberration hunting file#14―

[Witch and End of The War]











 チルミナについては、よく分からないというのが魔女の正確な認識だった。
 どうやって駆動しているのかと問えば、チルミナ自体が強力な魔導術式の塊らしく消耗量が出力を上回らなければ消耗もしないらしく、要するに無理をしなければずっと飛べるとの事なのだが、それを抜きにしても無機物の割に悪魔化という点にはなんとも首をかしげるばかりであった。
 ロゼッタのいつも言っている、ヤオヨロズだろうか。それにしては随分と、色濃く出たようだが……そんな事を思案していると、チルミナの方から声を飛ばしてきた。

【カーラ、少し訊きたいことがあるのですが】 ノイズによって構成された音群で彼女は発声した。
 チルミナは、基本的には発声出来ない。だからノイズやら軋みやら、電脳上で拾った様々な音声ファイルを繋ぎとめて自分の声にしている。オレグへの指示はラスカリヤ語でHUDに降ろした方が早い時もあるし、悪魔同士では言語というのは希薄なものでもあるからあまり魔女には気にならない事ではあるのだが、少なくともオレグにしか分からなかった昔よりは大分聴きとり易くなった。訳の分からない言語ほど、耳障りなものもない。その点では大助かりだ。

「ん、なに?」
【今この思念回線は、オレグとのリンクをシャットダウンしています。 その上で、聴いてほしいのです】 チルミナらしからぬ、要点を得ない言い回しに、ただ事ではない気配を感じ取り魔女も小さく受け応える。
【……ザラキエルさんは、死神だとか?】
「うん。 まぁひねくれてもあれで天使だからね。 大概の事は何とかなると思うよ」
【そうですか……】 チルミナが、何やら振り切って口を開いていたのを魔女は見逃さなかった。 オレグに聴かれてほしくなくて、死神店長の話題を出すとすれば――同性(?)というか、かなり近い立場の自分には他人事では無く、なんとなく察する事の出来る話。
死神なら、生き死にの摂理を螺子曲げることが出来るからだ。 誰だって考える。
「あんたが考えること、なんとなくわかるし、出来ればいいなとは思うんだけど……。
でも、肉体が木端微塵になってたり、時間が経ってたら蘇生は無理だってさ。 そもそもあいつ、人間が死ぬのはしょうがないから摂理は絶対に曲げない! ってんで滅多に力使わないよ」
【……見破られていましたか】 チルミナはなんだか、随分と覇気を失って落胆したように見えた。
 彼女の願いも、痛いほどに分かる。オレグが生き返ってくれれば、少なくとも自分は以前のように付き合えるし、もう失ったと言えるものはないだろう。
 だがそれは、同時に何処かおかしいとも思ってしまうのだ。死んだ人間が帰ってくるのは、何も自分だけが願うことではないから。
 だから店長も、わざと受けつけないと言い張るのだろう。条件如何問わず蘇生できそうな彼が、平等のために尽くすのは当然とも言えた。なんだって天使だ。死んだものはもう取り返しようがないし、残された物はその死を忘れないで進み続ける。 それは何も、今に始まったことではないから、魔女はその考えをとうに捨てていた。

【私は……カーラに申し訳がなくて、しょうがなかったんです】 「私に?」 【ええ、貴方に】

【オレグは、貴方の事を最後まで気にかけていました。機械の私がこんな事を言うのもなんですけれど、私から見ても貴方達は実に――睦まじかったというか】
間をおいて、紡がれる言葉がぐさりと刺さる。 【お似合いでした】

「もう過去の話でしょ、それ」
【カーラ、貴方は過去と、その一言で積み重ねてきたものを破棄出来るのですか? 私には、とてもそうは見えません】
「だって、言い出したってしょうがないもの。 帰ってこないもののためにウダウダ悩むのは、時間の浪費だわ」
【詭弁ですね】
「……随分と語彙が増えたんじゃない? あんたが生意気になったのは事実みたいね」 つい声を荒げて、本意ではないはずのそんな言葉が口を衝いて出る。 暫く沈黙が二人の間を駆けて、先に折れたのは魔女だった。 「……あんたの言う通り。 生きて帰ってくれれば、私だってこんなにうじうじせずに済んだかもね」
【……申し訳ありません】
「あんたも、オレグも。 気に病む事じゃないでしょう。 彼の言う通りに、こうして話すことも出来ないのが本来の死者との付き合いなんだから……だから」
「チルミナ、ありがとうね」
【……何故? 何故私にそんな言葉を言うのです?】
「あんたがいなければ、オレグは帰ってこなかったかもしれない。 そう思うと、なんだかとても恐ろしかった。
あいつの死を受け入れてから随分と時間が経ったけど、やっぱりオレグは変わってないんだなぁって、でも死んじゃったのも変わらないんだなぁってさ。
やっと、本当に受け入れることが出来たのかも」
【本当に受け入れる事、それは何なのでしょう。
私たちは使われて、壊れて、捨てられるのが当たり前だと言うのに。 貴方達人間には、死は随分と重みがあって、換えが利かなくて。
それでも、死んでからもずっと、重みを持ち続ける。 不思議な概念です】
「あんただって、きっと同じよ。
オレグが居なくなっても、チルミナが居なくなっても、私は同じように哀しいよ。
でも二人とも、失ったものは多かったけれどちゃんと帰ってくれた。私はまだ戦えるし、安心もした。
だから――もう失ったものは戻せないのなら、これからも頑張るしかないかなって、そう思うことにしたわ」
【――強いですね】
「あんたもね」 木端微塵になってなお、人間のために尽くそうなどと考えられる機械は存在しない。 彼女は傀儡ではなく、自分のために動いているのだから尚更だ。
 そう思いもするが、心の裡で留めておくことにした。 彼女はもう無機との別れを告げたのだから、物扱いするのは失礼なように思えた。
【カーラ……最後に一つ】
「今度は?」
【この戦い、私もオレグも、そしてあなたも。 全員が無事でこそ初めて決着をつけられるのです。
私たちにはもう、恐れることなどない。 ただひとつ、それがあるとすれば……そのために、私は――】

 機体が大きく軸回転をし、風が一段と強い威圧を纏ってもそれを切り裂いて加速を累乗していくチルミナの上で、魔女は臨戦を悟った。
 遠くに見える、彼女と同じように空を征く機影。神の像を思わせるシンメトリーの完全形からすらりと四枚の翼が伸びている。
 人智の達することが出来ない領域――それを黙示するように、静かに空に佇んでいた、美しい流線。 太陽を背負って注がれるその影は、正しく天の使いのように降り立っていた。
 チルミナが、レーダー照射の睨みを利かせて迎え討つ。正常反射し切れずに幾つかが弾かれ、辛うじて拾い切った形状とデータライブラリを照らし合わせて性能予測――優位性を発揮できる交戦領域を想定――勝利を強引に捻じり込むプロットを瞬時に作成して、正対――そうして、言葉をつなげた。
 彼女の今を全て振り絞ったような、機械には出来ないものの何もかもを凝縮した一言だった。

【――あなたは、私たちが守りますから!】

 鋭く空を切り開いて、チルミナは矢のように貫いた。
 人の生み出した過ちに、人の生み出した自分が決着をつける。 なんと皮肉の利いたことか――そうほくそ笑むも、今の自分はただの創造物ではないことはよく自覚していた。
 優秀な搭乗者に、人智を超越した戦友に、そして何より。
 一度は終わってしまった、創造物としての生涯から自分を解きはなってくれた、全ての奇跡を動員して。

【12時方向、敵機総数1。 攻撃目標"シャンドール"、目視。
チルミナータル、エンゲージ】

 相手がどんな新鋭機であろうとも、決して負ける気がしない。
 こちらには不敗の騎手と、不死身の女神がついているのだから。












 先手を取ったのはチルミナだった。
 ロックオンマーカーを四つ食らいつかせ、正対状態からギリギリまで引きつける。 紅い電子枠が甲高く叫び、さっさと撃てとばかりに喚く中彼女はセンサー群を研ぎ澄ます。
 命中までの秒間を予測、敵の考え得る偏差移動――到達までの距離充分。 とられるであろう全ての可能性を脳裏にちらつかせながら、鋼鉄の大蛇を四匹空へと解き放つ。
 信号が伝わりそのそれぞれが噴射炎を上げ、高速で肉薄――迷いなく目標へと食らいついて行く、その時。

 シャンドールが動いた。
 すらりと伸びた尾翼を大きくくねらせ、大きく外側に取られた偏向ノズルをまるで生物のようにのたうちまわらせながら不可解な動作ですり抜け、宙転しチルミナに向き直る。 予測され得る機動のどれをも裏切って、四発全てをかわし切るその様は、空中でダンスをするかのようだった。
 チルミナは驚く間も無く、背面に回り込もうとするシャンドールの機動から逃れようと加速を付けて離脱。 オレグが想像の斜め先をゆく超絶機動に驚嘆の声を上げた。


「おいおいおい、冗談きついぜ。 今のなんだ、ありゃ……!」
【素晴らしい運動性ですね。 完全に予想を裏切られました】
「褒めてる場合か、向かってくるぜ」

 テイルコーン・レーダーが警報を上げる。 敵機のミサイルロックが完了し側面のウエポンハッチが蓋を開けて、黒金の弾頭をこちらに向けて一心不乱に距離を詰めてくる。
 【カーラ、しっかりと捕まっててください】 言うが早いが、チルミナはピッチを思い切り上げて上方へと吹き飛んだ。 遠慮も無しに振り絞られた排気がミサイルの速度を振り切るほどに機体を加速させ、魔女は引き離されるような圧迫の中懸命に足元に魔力を接着した。 意識が遠くなるような、感覚を置き去りに吹っ飛んでいく動体の上で魔女は大気の壁が引き裂かれている様を視、その向こうで白銀の機影がぴったりと背を付けているのに気づく。 
 シャンドールは急上昇し切るチルミナの角度を寸分も違わずに予測し切り、確実に照準を合わせんとしていた。
 尾翼のラダーを大きく切り返して振り払おうとするも、敵の機動に一糸の乱れも無い。 HUDに映るチルミナの全貌を逐次監視しているかのように的確に右へ左へと切り返してくる様はまったく人体という有限の枠組みに捉われない機動を体現していて、チルミナは戦慄すら覚えた。

 お前には出来ない戦いが、自分には可能なのだ。
 無人機の沈黙のうちにそれを思い切り突きつけられた気がした。
 悔しさを覚える。これもプログラムのうちだろうか。機械であるのに、冷静さを失ったらそれまでなのに。
 自分にはもう、「それ」が出来ない。
 それが――たまらなく悔しい。 今彼と、同じ機動が出来たならば。

 そう思考の海に沈むチルミナを振り向かせるように、レーダーアラートに変化があった。 追尾する機体から投下され、一瞬置いて煙を吐く槍が殺意を携えて突進してくる。
オレグがレーダーに向かって舌を打ち声高に叫んだ。 「畜生、捕まったか! チルミナ!」
「私に任せて!」
「魔女、お前……」
「私が迎撃に向かうから、その間に機動を立て直せばいいわ。ただ翼に載ってるだけのお荷物なら、載せない方がましでしょうに。 そうよねチルミナ」
【分かりました、お任せします!】 

 短い返答で背を魔女に任せ、チルミナは一切の制約なしに加速を累乗。刻々と迫ってくる白煙を上げて牙を向く鋼鉄。
 計器の数字が流れるように飛び、肉体を持った搭乗者であればとっくに意識が黒に帰す重圧世界。その最中で魔女は背中に必殺の輪陽を携え追跡者を瞳に捉える。 目標目掛け弓矢のように黄金に煌めく魔力を引き絞り、指揮者の如く振り下ろす。
 背から放たれた幾つもの光芒が雨霰となって追手に降り注ぐ。
使命を果たせなかった誘導弾が信管を貫かれ無念の黒煙を爆風の中にあげるも、風に舞う木の葉のように光の雨を縫う機影がなおも志半ばで潰えた炎を貫いて肉薄してくる。

 だが――それは完全に心なき兵器に掌握された状況ではなかった。
 視界を奪う黒煙と、魔女の大魔法によって修正を余儀なくされた戦闘機動。 感情の無い機動ならばこそ、その意図に気付く事は出来ない。
 その時シャンドールの突破した軌道上に映った物は、他でも無く反転し充分に加速をつけたチルミナの右翼だった。
 キャノピーに映る影が花火のように煌めく。 次の瞬間には交差際に30mm機関砲が唸りをあげてシャンドールを抉る様に掃射される。 収束された魔道弾はいともたやすく最新航空機の主翼上を貫き、硝子張りの風防に弾痕の蜘蛛の巣を穿った。 一拍の後、音速の空間に響き渡る裂音。
 耳をひっくり返すような劈き。

【目標命中】
「やったか!?」
【いいえ……致命撃には至らなかったようです。 目標依然航行を維持】

 命中時の状況をかんがみて、かなりの深手を負わせたのは事実だろう。 だがそれは通常の機器に対してだ。
 状況は何もかもが異常だった。 人の乗っていない座席。 機械のみが統率する機体。 常軌を逸した機動を可能にし、なんら制約の無い戦い方が出来る相手。
 それは今、ダメージを受けて大きく旋回行動を取っていた。 何ら変化の無い、感情の無い機動を見て取っても、何処まで打撃を与えれば機能が停止し、戦いが終わるのかが読めない。 チルミナは焦る。 それが自分には把握できない、暗黒の世界から来た使者に出来る唯一の対応。
 暫し沈黙し、彼女は息を呑んだように言葉を繋いだ。

【次の格闘戦で確実に捩じ伏せます。二度と飛べない身体にしてやりましょう】
「おっ、おお……何時になく強気に出たな。少しびっくりした」
【何時墜ちるか分からないのであれば、墜ちるまで叩くまでです】
「あんたも、大分考え方が悪魔色に染まって来たわね」


 魔女の言葉に、チルミナは心の奥で小さく自嘲する。
 変わることに対してなんら疑問を持って来なかった、変わることを何よりも平然として受け入れ何とも思っていなかった自分が他人に変わったと言われることで、初めてそれを捉える事が出来た気がした。
 変わること自体は何ら意味を持たない。 悪く変わることも、善い方向に変わることも、結局は捉え方次第だ。
 だがこの瞬間だけは、チルミナは変わり果てた自分と言うものを正当に評価できる。
 全ては――今形あるものを、未来に引き継ぐために。
 繋ぎとめるために。
 引き入れられるスロットルに合わせ、燃焼を加速する機関部から勺炎が迸る。 花火のように唸りを散らし綺麗な螺旋を描きつつバレルロール、一気に角度を付け急降下。
 レティクルに容赦なく敵機を捉える。 距離充分、照準合致。 肉薄する背に、四つの弾頭が再生を完了し点火を待っていた。 即座にトリガーから発せられた命令はパイロンを掛け抜けてミサイルを突き動かす。 解き放たれた獣たちが宙を切り裂き、煙を吐いて殺到する中で、シャンドールが一気に動いた。

 翼がねじ曲がったように見えた。 否、確かにそれは明確な意図を以って偏向し、そして噴射を翻した。
 一瞬の間の後にカートリッジが射出され、閃光と雷球で視界を埋め尽くす。 燃え盛るイカロスの羽根を拡げたようなそれは、フレアによって形成された欺瞞空間だ。
 赤外線誘導を模倣した獣たちが誘導を正確化出来ずに散り散りに軌道をずらしていく中でただ一人状況を見切ったチルミナが即座に進路を振り切る。 一瞬のフェイントは何も回避を可能にするだけで無く、一空間に視線をくぎ付けにするものだ。 彼女の読みはまさに的を得ていた。 加速するシャンドールが背中に張り付くように迫っていた。

【くっ……!】

 逃れようと複雑にレバーを入れ直すも、全て予測の範疇だと言わんばかりに正確無比に追跡を続けてくる。
 感情の無い戦闘機動だ。 畏怖すら覚えるほどに、機械的な。
 冷たすぎる。
 ロックオンサイトが完全に食らいつき、甲高く鳴り響くアラートの中でもなお、それは途切れることは無く。
 無慈悲にトリガーは引き絞られた。
 魔女が振り払う剣ですらも、嘲笑うようにそれは突き抜け。
 チルミナに間違いなく命中し、命を吸った紅蓮が空中に迸った。

 魔女の視界が一気に空転した。重力に逆らった動きが再びそれに捉えられ、真っ逆さまに墜ちてゆく。頬を飛び火が焼く。
 同時に、爆裂に混じって不可解なものを見た。
 蝙蝠のような、破片だ。 チルミナの大破した筈の部分から、蝙蝠が湧き出て一気に群れを解いたように見えた。それが三方向に分かれて、空を満たした。
 その疑問が解決に向かう六徳も赦さずに、墜ち往く魔女を空中でかすめ取る様に下を突き抜ける機影。魔女も反射的にそれに着地し、再び空戦を継続する。
 今の蝙蝠達は一体、何だったのだろう。それに受け応えるように、彼女は口を開いた。

【危ない所でした】
「チルミナ!? 大丈夫?」
【ええ、交戦は継続可能です】 視界を下にやる魔女は気付いた、チルミナの巨躯が幾分が小ぶりなものになっている。
 彼女のベースである、原機「ジュラーヴリカ」のようだった。 そうであれば、先程の被弾からの対応は納得がいく。 小ぶりなのは、質量を分散させたからだ。
 被弾しつつも彼らは「分裂」し、それぞれに「変形」した――そう考えれば、確かにつじつまがいく。 だが俄かに信じがたい芸当を、まさかあの瞬間にやってのけるとは――やはり常識外の存在であることは否めなく、魔女には呆れるしかない。

「まったく、あんたたちは本当に――つくづく"非常識"だわ」
【お褒めの言葉をどうも】
「で、何機に分かれたの」
【三機です】 チルミナがレーダーデータを魔女に直接思念通信することで彼女の脳裏に投影させる。 【01は、オレグが直接操縦しています】
「後の二機はあんたが?」
【純粋な操縦技術ではオレグに勝てませんからね。私がマスターコントロールをしているだけで、傀儡の戦闘能力はさほど高くありません。
せいぜいサポートが限度といったところですか】

 何がサポートが限度、だ。 分身させた個体を意志あるものとして統制するには相当な訓練と精神力を有する。 自我というものがそれを邪魔するのも言うまでもなく、抑えきりつつも駒として正確に展開させるには常軌を逸する構想と情報過多の中で術式を完遂せねばならない。 そんなこと魔女には出来る気がしないが、それをやってのけるのが元・機械のチルミナ故の芸当なのだろう。 ことこの領域に関しては「デウス・エクス・マキナ」と同等に思えた。
 この勝負は、決してアンフェアではない。
 その確信が此処にきて初めて持てた。
 そして彼女は――いかなる時も冷静に勝利だけを見つける、貪欲な個体であると言うことも再認識できた。

 01と02が囲い込むようにしてシャンドールを追跡していく。 その端で03――魔女の搭乗したチルミナの分体は仲間の網に追い立てる鮫のように進路を妨害しつつ、レーダー照射を置いてゆく。 シャンドールの機動が乱れたと思いきや、背面に脅威的な運動性でもって振り返り機銃を向いた。 軌跡は01、オレグの方を捉えている。
激しいマズルフラッシュ、空気を貫く音速突破の衝撃音と共にオレグの機影がそれを寸前でかわし、お返しとばかりに翼に数発叩き込んだ。 なおもシャンドールは動く。
 今度は排気ノズルを束にし、突き抜けるように垂直に上昇。 左翼から吹きあげる黒煙が甚大な被害を被っていることを黙示している。 意図を察したチルミナが叫ぶ。 【まさか!】
「何をするつもりかしら」
【恐らく、我々との交戦が無益な事を察したのでしょう、本丸を直接叩くつもりのようです】
「バベルを?」
【はい……! オレグ!】
「こいつは不味いことになったな。 あのまま高速で垂直落下されると手の出しようがないぞ」
【それでも、可能な限りの抵抗をします、それが私たちに残された――】
「義務、そして権利だ。そうだな?」
【……はい!】

 応えるようにオレグと分体が接近し、取り込まれるように蝙蝠が渦巻いて一つに戻った。
 主翼の両端を未だ蝙蝠とも煙とも区別できない靄が糸を引いて、飛行機雲の代わりに黒い線を青空に映し出している。 それはチルミナの旋回と共に螺旋を描き、滑空した跡をなぞる様に黒線を描いて行く。 彼女の翼が切った空から彼女自身が漏れ出すようなその煙を見て魔女は視線を止めた。

 今のチルミナは、いわば魔力の塊なのだ。 損耗が回復量を上回れば当然身を削って戦闘を続行することになる。
 それは彼女の存亡に関わることの筈だが、勿論彼女自身はそんな事をおくびにも出さないだろう事も知っている。 彼女は自分の身が滅びるその瞬間までなんら痛みを感じず、そして何のためらいもなく戦い続けられる。 彼女が傷つくのは、自分では無く味方の誰かが損傷を負った時だけだ。
 それが魔女にはひどく危ういものに感ぜられた。
自分やオレグと同じくらい、彼女自身の身も案じて欲しい。今や彼女はただの無機物ではなく、戦友そのものなのだから。
 思案していることが伝わったのだろうか、思い沈む魔女にチルミナが一声掛ける。 もはや感情の無いそれでは無く、彼女自身の灯が確かに籠って、熱を帯びていた。

【カーラ、貴方が何を考えているかは、概ね予測がつきます。 ですが、何ら心配は要りません】
「……」
【私は、自分の力と限界をよく知っています。 何処まで無理をすれば自分が消えてしまうのか、何処までが自分が戦える範囲なのかを、知っています。
だから、心配は要りません。 ……確かに私は戦うために生まれ、戦いに死んでいくつもりでした。 味方が幾つ墜ちようとも、翼をもがれようとも、消えてしまうその時まで戦える積りでした。
ただ、今は躊躇い無く戦いに死ねるなどとは、言えなくなっているのです】
「どうして?」
【……私には、失うものがありませんでした。
でも今は、違います。 私には、機械である筈の私には。 守るものが出来ました。 同時に失ってしまうものも。
それがいいことなのか、それとも悪い事なのかは私には判断がつきません。 ただ私は弱点を得る代わりに、強さも手に入れました】

 守るものが出来、同時に失うものが出来た。
 幸運か不幸か、善か悪かが分からないと彼女は言う。
 しかしそれは人である魔女にも、分かり様がない。ただ彼女が人間に一歩近づき、その代償として弱点が出来た事はゆるぎない事実だ。
 そしてそれが今のチルミナを彼女たらしめている。 きっとそれは、祝福できることなのだろう。 ふっと小さく魔女は笑い、なんとも無いと言うように楽しげに返す。

「確かにあんたは変わった。 弱くなったかも知れないし、もしかしたらそれは踏み入れてはいけない領域なのかもしれない。
でもね……人が幸福かどうかは、糾える縄のように分からないものらしいしね。 結局は捉え方の違いなのかもしれないわ。
楽観とはまた違う。 人には捉え方で良しあしを修正することが出来る。
あんたがそれでいいなら、きっと良いことなのかもしれない」
【そういうものでしょうか】
「考えても仕方の無いことだから、私ならそう割りきっちゃうかな」
【……ありがとうございます。 吐いたら少し楽になりました】
「いいっていいって、私とあんたの仲なんだから」
「一体何の話してたんだ?」 オレグの回線がやっとチルミナによって許容され、やはり怪訝の眼差しで見るのを魔女とチルミナは声を揃えて「さぁね」「さぁどうでしょうか」と誤魔化す。 「女子同士の密談ってところかしらね」
「チルミナはアレだし、お前そもそも女子って歳か――」
「今ちらと何か不届きな雑音が混じったけど、風の悪戯かしら」
「……何でも無いです」
【ふふっ、では往きましょう。 我らの決着のために】
「そして我らの未来のために、だ」

 チルミナがピッチを上げ、垂直に吹き飛んでいく。 遠くなりつつあるシャンドールを追跡し、うつろう照準装置を捉え合わせる。
 超音速の機動を支えるのが、後背に設置された四つの偏向ノズルだ。 そこから溢れ出る灼熱の奔流が陽炎を纏わせ機体に爆発的に推力を与えている。 逆にいえば完全に背後を取れる今だからこそ、勝機が見えてくる。   シャンドール自体がバベルに攻勢を仕掛ける今、一切機動に余分なものを持たせまいとする思考は直線を決してぶらさないはずだ。
 今度はぴったりとチルミナがシャンドールの後ろを取った。 魔女が残された全霊を振り絞って形成する血の刃を携え、巨剣とギロチンに添えて発動を待つ。
 塔のはるか上空に坐したのちにまっすぐと、突き抜けるようにシャンドールは加速をつけた。 剣を突き立てるようにいて、傍から見れば真っ逆さまに垂直落下しているようにさえ見える異常な態勢。 チルミナの最高加速をもってしても追跡が困難なそれは勿論地面に向かって邁進しているわけでもなければ、やけになって自爆覚悟の特攻を仕掛けているわけでもなかった。
 バラクエル式対魔駆逐弾頭――数トンに及ぶ、空間一帯を燃やし尽くしてなお飽き足らずに魔力を貪る小さなブラックホールといっていい災禍をもたらすそれは、シャンドール自らの加速を累乗した状態で垂直に投下しなければ使命は遂行できない。
 機甲の全てを意のままに操る彼はそれをよく知っていた。 そしてそれを投下すれば、自身が逃げ切れずに巻き込まれることも。
 だが、そんなものなど何の意味も持たない。 作られた世界に作られて生れ落ち、作られた生を歩かされてきた半神魔の彼には躊躇いや保身などという発想はもとから存在していない。
 彼は間違いなく、遂行のために身を擲つだろう。自分がいまだ向こう側にいるのならば間違いなくそうするのだから。もともと同じ立ち位置にいたチルミナなればこそ、それに確信を持てていた。
 そして、知っているからこそ止めなければならない。
 運命なんて不確定要素に後付された言葉で粉飾するつもりはない――これは宿業であり、義務であり、そして必然だ。

 転落していく中で、限りなく同速度域にスロットルを合わせる。 加速する世界が偏向し湾曲し、通常の視界感覚を狂わせるかのように異常な空間が続く。 一歩油断すれば恐怖を感じる間もなく地面にぶつかり粉々にされてしまうだろう死の狭間でチルミナはただ搭乗者と己の計器を信じ直進を続ける。 その中で、シャンドールの機体下部ウエポンベイが開いた。
 熱源に映ったのは黒光りした巨大な弾頭――あれが塔を破滅に導く連合の切り札、人の生み出した神殺しの鉄槌。
 できるかできないか、ではなく。止めなくてはならない。そう意を決した瞬間に通信網に見慣れた声音が響く。 
 地上、塔の最上階。 発信者は言わずともわかった。

「あーあー。魔女、オレグ。それにチルミナ、聞こえるか?」
「ええ!」
【現在目標を追跡中です】
「こちらからもよく見える。 いいか、タイミングは一回こっきりだ。 一度しか言わんからよく聞け。
シャンドールが突っ切ってきて投下するのは、ぎりぎりまで接近し命中率を引き上げてからに違いない。 その瞬間が勝負だ。
蟲男の演算で大まかな軌道とタイミングは読めた。 投下の瞬間に、お前たちは限界まで膨れ上がった排熱部に全力で攻撃を叩き込んで撃滅しろ。
もし最悪投下されても――俺が着弾の前に空間ごと根こそぎ消し飛ばしてやる」
「なるほど、邪眼を使うわけね」
「最近てんで使う機会に恵まれなかったんで精度はいまいちかもしれんな」
「冗談はよしてよ死神、あなたにミスされちゃあ私らまでお陀仏なんだから」
「フン、まぁやれるだけやってみるさ」

 飄々と死神店長は受け答えた。
 受け答えた限りではどうも頼りなさそうだが、そこは千年単位で神々と抗争を繰り広げてきた凄腕の持ち主だ。 言動では失敗をにおわせていてもやることはきっちりこなすだろう。
 しかしどうやら最近自分の腕に物足りなさや老いを感じてきたらしく、「……おいリーゼロッテ、俺がしくじったら龍化して対爆結界陣展開頼むぞ」などと弱音をぼそとつぶやく。
 従順でない部下は「げー。 店長か弱い女の子を爆心地に突き出す鬼畜野郎だったんですか。 ドン引きです」とわめくありさまだ。 店長が怪訝そうに返す。
リーゼロッテ、もとい邪龍ニーズヘッグ・メフィストフェレスにか弱い女の子という表現ほど似合わない言葉はこの世に存在しないだろう。 銃弾砲弾どころか、水爆を食らってもけろりとしていそうな女だ。
 しかしバックアップとしてはこれ以上ない加勢であるのは間違いない。

「……きさま自分で何を言ってるのかわかっているのか? 冗談も大概にしろ。 邪龍の最終兵器でしかもテロリストだろ? どの辺がか弱いんだか納得がいくように説明してみろ、ええ?」
「いやーほら。 メンタルとか意外とデリケートですし? さびしいと死んじゃうのです。 けけっ」
「その孤独も2000年とサバ読み300年ってところだった気もするがね。 ふん、お話にならんな」
「あー今鼻で笑ったなぁ! てんちょーひどーい!」
「さて魔女よ、こちらはそんなものだ。 後顧の憂いは残さんからとっくり全霊を出し切ってくるがいい」

 千里眼越しに見える死神店長が茶目っ気たっぷりに人差し指と中指を添えて振る。 わずかに茫然としたのち、魔女もそれに応えて音速の翼からウインクを返す。
 目標はいよいよ機動軸を定め、塔があれよあれよという間に近づいていく。瞬く暇もなく膨れ上がる大地の尺度を前にしてチルミナは冷静に敵を見据えていた。
 距離200。 熱源ロックが食らいつき、咆哮した。
 絶対に外さない角度。 
 今この瞬間が、決着の時。

 チルミナの弾き出した四発の誘導弾が空を貫き、そのうち一発がシャンドールに命中。 高速で垂直に落下する勢いを殺し切れずに爆風に煽られた機体が機関部の頸動脈を砕かれバランスを崩し、速度に迷いが生じた。
 引き裂かれそうな超速の空間で紅蓮が沸き起こり渦を成す中枢を突き抜け、チルミナはなおも標的を見逃さない。 スロットルを一息に振り絞り拍車をかけシャンドールへと肉薄。第二波用意。
 その鋼鉄の翼の上では、金色の絹と楽団の布陣を纏った魔女が双振りの巨刃を携え、全霊を以て振りかざそうとしていた。

「これで……仕舞だぁっ!!」

 
 
 
 銀色の刃が交わり軌跡を得て、残光は魔力を得て放出されていく。
 塔を撫でるように、目に追えない速度で白銀の流線は駆けた。
 その閃光は何よりも鋭く、何よりも長大で流麗で。
 そして殺戮の刃が放った音速の軌道とは思えぬほどに、優しい光に満ち溢れてシャンドールを切り裂いた。
 夜空に浮かぶ星々のような幾つもの閃光に切り裂かれたそれは細切れになって宙で事切れ、ただ一つだけ空中には黒い卵が残った。
 災厄を振りまく、烈火を孕んだ黒い塊だけが。

「……間に合わなかったか!」
 振り向いて投下を知った魔女が声を振り上げた。 それと同時に色の無い揺らぎが爆風のように空を駆けて一筋の虚空にきらめいた。
 店長の邪眼が発動したのだ。 それにもかかわらず、弾頭は依然健在として地面を目指して落下している。
シャンドールを撃墜した際に、侵入コースが大きく外れたのだと魔女は悟った。己の骨身を砕かれ空中で粉々になりつつも弾頭を投下したその執念に慄然とするとともに、
 己の状況では弾頭の撃墜に至らないことにも気づく。 邪眼は予想軸をずらされ回避されてしまった。 弾頭は大きく本来落ちるべき座標から外れ塔の郊外を目指している。
 このままではまずい。 何かできないかを脳裏で演算しているうちに、蒼白の獣が塔から飛び立った。
 全身に、眩しいくらいに雷光を纏った、ロゼッタだった。

「こういうおいしい場面を掻っ攫っていくのがあたしの本分だからね!」
「小娘!」 「ロゼッタさん!?」
「店長さん、邪眼は撃てるかい! 弾頭をもう一度迎撃コースに叩き戻すから次は外すなよ!」
「……すまん!」

 地上にもろに叩きつけられれば、幾千の被害が出るだろう。 そのために弾頭は空中で消滅させねばならなかった。
 ロゼッタは塔の外壁を蹴り、垂直に駆けた。 青白い狼を思わせる輪郭を取り残し生体とは思えない高速で、落下する弾頭を追う。 そうして追いつくと同時に自分が伝ってきた外壁を蹴り飛ばし、宙空に躍り出る。
 華奢な、それでも撓るように健康的な四肢を振りかざし、大きく振りかぶって回し蹴りをたたきつける。
 単に衝撃をたたきつけるわけではなく、つま先で拾い上げた弾頭を電磁加速で再度ベクトルを変換させ、塔のほうに向けて放り飛ばす。 弾頭が炸裂しない、ギリギリの出力。

「エピタフィオン家直伝オーバーヘッド・まわしげりー! いっけー!」
 間の抜けた掛け声とともに放たれる一撃が、雷光纏う矢となって突き抜けた。 リーゼロッテが正確に捉え、氷棘のフィールドを張り巡らし衝撃に備える。絶対零度に晒され瞬間的に凍結された信管が生命を奪われ、なおも突き進むその果てで――
 死神店長は瞳を妖しく光らせ、高等呪詛がその眼を駆けた。 風が不穏に怯え唸り、晴天の下暗闇が一瞬圧し掛かる。
 足元を基軸にバベル一面に駆ける複雑な魔導陣が光を放ち、重圧が一息に弾けた。

「上出来だぞ、小娘ども」


 色の無い虚空が空気を食らいつくし、弾頭が何かに抉られるように矛先から分解され消滅していく。 何もない、虚無という言葉や概念すら存在しない世界へと、帰っていくのだろうか。
 風が止み、暫くバベルは閑静な元の姿を取り戻した。 そしてどれくらいの時が経っただろうか、やがて風が駆けた。
 戦いの灯はそれを最後に蝋燭の炎のように掻き消え、静寂が戻ると悪魔たちはそれを享受した。 平穏を思い出し、生き残ったことに感謝をし、今を謳い勝鬨を挙げた。
 バベルの長たる店長――ザラキエルは担ぎ出され、酒に塗れ、胴揚げされ、「おい、下ろせお前ら! きさまら主を何だと心得ているんだ馬鹿者ども!」と叫んでいる。
チルミナは滑走路に戻り、魔女は戦の終わりを今度こそ確信した。

 降り立った石畳は妙に冷たく。
 嬉しいとも、悲しい、とも思わず。
 ただ、ああやっと、終わったのだな、それだけが自分の胸に残っていた。

 ただ走馬灯のように過ぎていくのは、
 二年の月日、生きているものと死んでしまったものと。 守れたものと、失ってしまったものと。
 そしてこれからと。 渦巻くものが多すぎて、今は休もうとも。

 終わったのだ、戦乱は。
 それでも、自分の真の意味での戦いはまだ終わってはいなかった。











 一面の大理石、一面に湧き上がる白熱の湯気。
 扉を開けたその先に広がっていたのは、息を飲むくらいに贅沢で巨大な大浴場。
 ロゼッタがたまらず嬌声を上げて、飛び込んで小躍りしている。
「わーっ。 すごいよすごい、カーラのお家でもこんな広くないのに! もしかしてリーゼロッテ毎日こんなの入ってるの!? ぜーたくぅ!」
「ふっふっふ、自慢じゃあないですがわたしもお目にかかるのは初めてでして。 そうか、バベルの地下とは……やられましたね」

 本来神々に通用するはずだった天突く砲台は、いつの間にかなのか、カモフラージュなのか、そのどちらもだろうがとっくの昔に数万人規模を収容できる巨大宿泊施設と化していた。
 浴場と名のつくものだけでも十や二十はくだらないらしいが、その中でも死神店長曰くとっておきの場所がこの地下中枢に位置する大浴場なのだそうだ。
 魔女は一面見渡したが確かにあきれるほど広く、湯気と靄で四方が把握できないほどに間取られている。 そして普段立ち入りが限られているだけあって、千年単位に存続している割には新設同然に保存状態が良い。
 おそらくは砲台本来の熱源動力を魔導措置で循環再生しているのだろう、誰も立ち入らずとも常に良質の源泉が浴槽を満たし、それは何千年経とうと決して揺らぐことはない。
 そんなこの世に降り立った楽園のような風呂を見るにつけ、はぁとため息をつく。 本来では手放しで喜びたいところだが、同行者が同行者だし、人前で諸肌を脱ぐというのは聊か抵抗があった。
 犬猿の姉上とはうまく時間をずらして案内してくれたのはあの店長らしい天使的気配りだが、それでも娘の形をした邪龍が一匹残っている。
 ロゼッタに関しては肉親同然なので、もう何も隠すこともないのだが。

「ん? んんん? どうしたんですか、カーラさん? もしやわたしの前で素っ裸にはなれないと? 警戒してますねぇ」
「カーラも入りなよ、あったかいよー」 口許に手を当て不穏な笑みを浮かべてこちらを見やるリーゼロッテに早くも湯船入りし頬を崩すロゼッタ。 魔女はあきれて手で追い払う仕草をとる。
「ちょっと、湯船に入る前に身体洗いなさいよ、ロゼ」
「そんなものはマッハで洗った! さぁ、さぁ! 女三人水入らずのバスタイム!」
「ちょ、こんなところで能力使うなし、そして周り水だらけですんがな。 しかし、それもそうですね。 あのクソ堅物な店長がせっかく気をまわしてくれたのですし」

 リーゼロッテの意見も尤もだ。 普段は悪魔然として天邪鬼全開なザラキエルが極上の風呂とただ飯を用意してくれるなど、天地がひっくり返ってもあり得なかった事象なのだ。
 それだけ彼にとっては、バベルというこの土地は思い入れが深いものなのだろう。 守れた、そしてそれを感謝し形にして表したいというのは何とも彼らしい対応であるし、元天使なのだから
たまには施しくらいありがたく受け取って損はない。 衣服も随分と汚れたり破れたりしたもので、さっぱりしたいところには渡りに船だったのもまた事実だ。
 そんなことを考えている隙に、目の前からタオルケットが颯爽とはぎ取られ、白い肌があらわになる。 邪龍のあまりの仕打ちに魔女は狼狽した。

「きゃっ……ちょっとリーゼ!」
「ぐへへ、何が『きゃっ』だよ清純ぶりやがって……おおっと? なんともけしからん肉付き! 前も後ろもいい感じに自己主張!」
「わ、ずるいぞリーゼロッテ! あたしも混ざる!」
「ずるいってなんですか、性根丸出しやあのおチビ」

 はぎ取るやいなや、いつもの緩慢な動作はどこに行ったかリーゼロッテの辣腕は瞬時に背後に回り込み、丸腰の魔女の肢体を押さえつけて吟味を始めた。
 こうなるともう幾ら怪力の魔女でもかなわないわけで、抵抗も虚しくリーゼロッテの不純な撫で方が起伏に満ちた魔女の身体を這っていく。 毒蛇が姫君を誘惑するように、蠱惑的な手付きであっという間に籠絡させると今度は腰と上に艶めかしく手を回してこれでもかといわんばかりに撫でまわし揉みしだく。慣れない刺激に身をくねらせ抵抗するも、あっちは慣れているのかリーゼロッテは容赦なく責苦を続けた。

「ちょ、やめっ……! こらぁいい加減怒るよリーゼ……きゃはは……だめだめだめだってどこ触ってんのあんた!」
「ここがええんかぁ? それともここかぁ! えーいけしからん! 贅肉なのに触っているだけで腹が立つ、こうしてくれるっ!」
「やっ、このー、もういい加減にしろセクハラドラゴン!」

 かぽーんとぶん投げられた決死の抵抗――もとい湯桶は、しかし実体を綻ばしたリーゼロッテによって憐れすり抜けられて床に虚しくたたきつけられた。避けた本人は悠々と黒い霧に化けてハードボイルドを気取る。
 湯煙纏う指先を拳銃に見立てて気障ったらしくひゅうと息を吹き、とどめに濁声で芝居がかった一言。
「無駄な抵抗はよしな姉ちゃん、悪いようにはしねぇぜ……おとなしくしてくれさえいればすぐにカタがつく」
「めっちゃ悪いことする気満々じゃない。 なにその腕ワキワキさせて」
「げへへ、ばれたか。 だがな、身体の方は案外正直なもんよ……このバベル一の寝技師と言われたわたしの手にかかりゃあ男だろうが女だろうがクリーチャーだろうが……あっちゅーまに準急快速で天国行きさぁ」
「はぁ、なーんでこんな奴と風呂入っちゃったんだろ……」
「なんかあたしら、三人セットみたいな扱い受けてるし当然だと思うよ」 一人喧騒を尻目に他人事とばかりに湯船に浸かるロゼッタが気持ちよさそうに風呂桶の縁にもたれかかっていた。
 よく言えば華奢、悪く言えば貧相な体躯の持ち主である義妹がこの瞬間は羨ましく思えた。 俎板同然ならセクハラも受けまい。
 しかし魔女の目下の悩みとしてはセクハラが主な論点ではなく、やはりこの二人と同じ扱いを受けているということか。

「三人セットとか……」
「むむっ、なんですかその面は。 『なんで私がこいつらと』みたいな顔しやがって」
「カーラとあたしは義姉妹だもんねー! 外れものはリーゼロッテだもんねー!」
「両方正解」
「ひどっ」「ひどいです……」
「まず戦闘能力が化け物のあんたらと一緒くたに論じられても困るし」
「でも吸血鬼フルスロットルだとカーラも大概でしょ? おあいこ!」 ぶくーっと膨れた面で嫌なことを思い出したのか、赤毛の義妹は畳み掛けるようにもう一言添えた。 
「今まであたしにだって黙ってたわけだしね」
「……もしかしてまだ根に持ってる?」
「当たり前じゃん。 あたしら家族だよ? 今さらカーラが何者かなんて、そんなことであたしの見る目が変わるとでも思ったの?」
「いやまぁ、そういう訳じゃなかったけど」
「家族にもそりゃあ秘密にしておくことはあるよ。 でも今まであんなに、何もかも知ってたと思ったのにそれを裏切られたのはちょっとショックだったなぁ。
況してや、死神さんとかは知ってたんだから。 あたしは死神さん以下ってことか」

 どうやらロゼッタは秘密にされたことそれそのものを恨んでいるようではなかった。
自分の理解が既に家族同然の域だと思っていた関係を、秘密という名の裏切りによって妙に掻き崩されたことに不覚を取ったと思っているのだ。
 ザラキエルがそれを知っているというのも、拍車をかけているのだろう。ロゼッタとしては優先順位が逆転しているととりかねない。
 機嫌を損ねてしまったのは確かだったが、魔女は小さく、くすっと笑った。それをみるにつけロゼッタが糾弾するように湯を突っぱね足を振り上げ、指を突きつける。

「何がおかしいんだー!」
「……ごめんごめん、まさかそんなに怒ってくれるとは思わなかったからさ」
「へ?」
「さっきもロゼに呼び戻されたようなもんだしね。
そっか、もう家族か……蔑ろにしていたのは、私の方だった。 ごめんね」
「う。 そんな、ストレートに謝られると調子狂うなぁ……」 やり場のない手を身体ごと後ろに引かせて後ずさると、思い切りに飛沫を上げて観念したように湯船に沈んだ。
「う、ううう」
「……どうしたの?」

 ぶくぶくと湯船に沈んで、紅いボブカットだけが浮かんでいるのを見て、その意図を掴んだリーゼロッテがにやりとした。
「家族、ですか。 いい言葉ですね」 聞こえたのかロゼッタがぶわとお湯から飛び出してくる。 「な、ななな泣いてないんだからねっ!」
「はいはい、わかってますよぉ。  いーひっひっひ」
「くそぉ、その何でも分かってますよって感じの顔が気に食わない……」

 魔女が一通り身体を流し終わって一緒に身を沈めるころになると、すっかり二人は仲良くなったのか談笑していた。
 魔力測定からバベルでの戦いを経て、二人には随分と心境の変化があったようだ。 ロゼッタの溌剌とした呼びかけに応えてそばまで寄っていくと、何やら話があるようだった。

「さて、と」 ロゼッタが改めて仕切りなおす。 「大変な一日だったけど、とりあえずはお互いに情報交換といこうかな」
「ふむ~?」
「まずはリーゼロッテ!」
「はわ、わたしですか」
「貴方が一番謎多いんだよ、こうなった以上は洗いざらい吐いてもらうよ?」
「龍神だっていうのは、私も初耳だったわ。 ザラキエルだって確証持ってなかったんでしょ?」
「ふぅーむ」 しばらく考えたようなそぶりをして、指を振り上げた。 「まぁ、あの店長は薄々と感づいてたみたいですがね」
「貴方が何者で、何をしようとしていたのかを、かい?」
「ええ」
「まずはあなたが一体どういう生き物なのかを聞こうか」
「ロゼッタさんには、大概説明しちゃったんですけどねー」 渋々と立ち上がり、彼女は湯水の中から肢体をあらわにした。 そこに全てが集約されているといってもよかった。
 普段長いローブに覆い尽くされた四肢には、牙のように鋭く、炎のように燃え盛る黒い痣が幾層にも渡って刻み込まれていた。 龍特有の、一瞬にして全質量を巨躯に変換するための欺瞞状態――人の似姿をとったときにのみ示されるそれだ。
「んーと、もう少し力を入れるとですね……それっ」 今度は背中を突き破って大ぶりの七枚翼が姿を現し、頬には食い入れるように漆黒の菱形が浮き上がる。 よく見ればそれは龍の鱗に違いなく、ロゼッタが息を飲んで光景を見守っている。
人の姿をとりながらも、異質な硬度の鱗に包まれた四肢。それは威厳すらも放って、時空を超えてそこに顕在していた。
「ほ、ほへー」
「なるほど……龍神、それも第二世代ね。 書物でしか見たことがなかったけど、まさか実在していたとは」
「カーラさん、御明察」 得意げにリーゼロッテがウインクし、疲れたのか龍化を解いて湯船に沈んだ。
「お察しの通り、わたしの本当の名はニーズヘッグ・メフィストフェレス。 火龍と氷龍の間に生を受けた、神を滅ぼすための一手。 天界を駆逐するための兵器です」
「通りでバカみたいに強いわけだ。 あんたらの硬度は私らのそれとは次元が違う。 この世界の鉱物のどれよりも硬く、物理魔導問わずに悉くを受け付けない。 この地上にある手段であんたを傷つけるのは不可能だってことね」
「大体あってる。 まぁ、そういう訳で龍には龍が一番なのですわ」
「マジかよ……」
「マジも大マジよ。 あの戦闘機から落とされるのが広範に被害をもたらすバラクエル式だろうが、塔が消し炭になってもこいつはけろりとしていたはずよ」
 
 街一つをゆうに焼き払う爆風であっても、龍を滅ぼすには全く足りない。
 恐るべき事実を前にして、ロゼッタの脳裏をかけたものがあった。 昼間の戦闘でリーゼロッテに、この世の何を動員しても傷をつけられないという龍に敵対できる、ただ一人の存在がいた。
「じゃああの、連合に加勢していた龍は……」
「ファフニール。 彼もまた、わたしと同じ龍神です」
「あの人はリーゼロッテのことを知ってるような口ぶりだった。 おまけに、こっち側に来ないかって誘ってたじゃないか。
連合のバックに龍神がついているのか?」
「いえ、それはあり得ません」 即答だった。 龍神は吐息を漏らして優雅に縁に凭れると、天井を見てつぶやいた。 「彼の言うとおりに龍にとって、人はゴミ以外のなにものでもない。 加勢はまずありえないでしょう。 本人もそういっていましたし、おそらく都合がいいから潜入して様子を見ていただけかと」
「連合が本当の龍を二体も投入してきていたら、流石に危なかったかもね」 今度は魔女が嘯いて、リーゼロッテがどこか楽しそうにそれに受け答えた。
「何体召喚しようが、わたしの方が高位ですから。 それにあのすっとぼけ店長もマジになれば底がしれません。 何体来ようが殲滅し駆逐し蹂躙するだけ。 食い止めていましたよ。 ……犠牲は今回よりも大きかったでしょうけれどね」
「一体で戦況を覆す存在か……」
「まぁ、なんです。 もう個体はほとんどこの世に存在しないのですから、彼らも温存してくるでしょう。 龍が出てくる心配はしなくてもよいかと」
「あたしが心配してるのは貴方だよリーゼロッテ」
「へぇ?」
「……あの時あたしを庇わなければ、貴方は孤独な龍でいることをやめて群れに戻れたはずだ。 どうして……」

 覚えておけ。貴様の生きる世界は最早――我々と相容れぬ。貴様は最初から異端であったが……今まさに、我らの世界から踏み外した。
 二度と、戻れると思うな。

 彼――ファフニールは確かにそういって消えた。
 それはおそらく、龍のコミュニティからのリーゼロッテの追放を意味するのだろう。 軽々しく現状を語るリーゼロッテだが、本当はそれに加わることもできたはずなのだ。
 なのに、彼女は自分の命を何よりも優先し、押し迫る灼熱の前に勇敢に庇いだて、そうして救ってくれた。
 ロゼッタにとってはうれしいことだが、それは。
 たった一人で二千年の星霜と闘い続けてきた彼女にとって、ひどく残酷な宣告だ。

 ふとリーゼロッテの顔を見た。 迷いや後悔など微塵も残っていない、綺麗なまでに吹っ切れた表情を携えた彼女の顔。
 どうしてこんなにも気丈に振る舞えるのだろう、どうして自分一人のために同胞の全てを敵に回してなおも笑っていられるのだろう。
 その疑念に応えるように、彼女は口を開いた。 静かにそれでも何処か楽しそうに、温かい声音。

「それに関してはもう答えたはずです……私にとってあの瞬間、同胞とあなたを天秤にかけて、あなたがそれに打ち勝っていただけのこと」
「後悔はしてないの……?」
「ふふん、もう時計の針を戻すには遅すぎますし、ひとりでいるのも随分と居心地良くってきました。 丁度いいってもんです。
それに……代わりに素敵な友達がわたしと一緒にいてくれるみたいですしね」

 肩をすくめて悪戯っぽくウインクする。 その一言ですっと肩の荷が下りたようにロゼッタは感じた。 眼に映る彼女のどこにも、後ろめたい陰はなく。
 そうだった。 彼女は自分が思っているよりも、ずっと強い人なのだ。 それは何も傷一つ付かない鱗でも、鋼鉄すらも溶解せしめる紅蓮の炎でもなく。
 友一人のために世界だって敵に回してみせる――信じられるもののためにはいかなる犠牲も厭わないという、鋼の心だった。

「あんたたち、ちょっと見ない間に随分と仲良くなってたみたいね」
「いい気なもんだ。 いつまでもお姉ちゃんポジション安泰だと思ってたら大間違いってことを教えてあげますよ」
「あら、欲しいなら一匹貰って行ってもいいわよ」
「おや、お姉様から思わぬ好感触」
「ひどいよカーラ!」
「最近育ちざかりなんだか、おっきくなって可愛げなくなってきたしね」
「あたしは猫か下水に捨てられる亀かよ! あんまりな扱いに提訴するぞ!」
「ペットは最後まで世話しなくちゃいけませんしね」
「そうだそうだ!」

 ばしゃばしゃ水面を揺らし憤慨して立ち上がるロゼッタに、けらけらと依然受け流そうとするリーゼロッテ。
 少し前なら想像もしなかった風景を一瞥し魔女はひとり落ち着いて天井を見た。
 大理石が敷き積まれた綺麗な幾何学模様が描かれていて、そこには天井画が一面に広がっている。
 何処かの教徒たちが集う市国のように厳かな空気に満ちていて、薄手の布を纏った天使たちが肉質を感じさせるタッチで表現されて視界を埋めているのだ。
 やはり、バベルとは本来そういった場所だったのだろう。 魔界と称され阿鼻叫喚に包まれる今こそ想像できないが、かつてはもっと近くに天使はいたようだ。
 尤も、今も約一名地上にあり続けているようだが。

 そんな思案にふけっていると、龍神が不敵な囁きでロゼッタを誑かしていた。
 どうやら良くない話題を取り扱っているらしいが、生憎と魔女は地獄耳だ。
「そういえばカーラさんって、幾つなんです?」
「へ? リーゼロッテ知らないの?」
「二、三年くらい付き合っておりますが、全然容姿が変わらんもので……若そうなんだけど、あくまでも“そう”なまま年齢不詳でずっとさん付けでしたわ」
「まー、魔女だからね。 一番綺麗な時に時間とめるでしょ、ふつう。
身体が一番エネルギーに満ちている成人段階が、戦闘能力も高いままを維持できるし。 いつまでもとは言わないけど」
「ってことは、ロゼッタさんも?」
「あたしはまだ……ほらいろいろ発展途上だからさ!」
「発展途上、ねぇ」
リーゼロッテはふと目線を一旦こっちに移し、すぐさまロゼッタの胸元に戻して怪訝そうにつぶやく。 「……もう発展しないんじゃないですか、それ」
「――しししし、失礼な奴だな!」
「でもカーラさんは前も後ろも程よく出っ張ってますよ」
「コンチェルトの女は頭に栄養行ってないんだよ、きっと。 それがスタイルと引き換えなのさ」
 
 ぴくと耳障りな偏見が聞こえたが、きっと気のせいだろう。
 頭に栄養が行っていないなどと、一番言われたくない輩に言われてしまった不覚をどう晴らしてやろうかと画策しているうちに、カエルみたくして二人はすいすいと近くによってきた。
 そうしてリーゼロッテの方から切り出す。 「そういえば、カーラさんにも聞きたいことがありまして」
「……私はちゃんと頭にも栄養行ってるわよ? 姉上はほら、あれ才色兼備で頭脳明晰だし……めっちゃ恨めしいけど」
「その話題はロゼッタさんの僻みという結論で決着がつきました」
「なんだって?」
「――わたしが聞きたいのは、そうですね……」 彼女は普段のけらけらを何処へやったのか途端に真剣な表情になって、「まず手始めに訊きましょうか。 カーライアさん、あなた『人』です? 『魔族』です?」


 普段へらへらしている彼女はまじめになると途端に迫力を増す。 いつもなら薄っぺらい笑顔が占領しているその顔から表情が読み取れなくなって、何を考えているのか分からなくなる。
 そうなってしまうともう彼女のペースだ。 尋問の態勢を取ったリーゼロッテの前で、魔女は真摯にその言葉の意味を考えて自分がどちらに属するかを懸命にひねり出していた。
 答えは決まっているが、納得させるには材料が足りない。 龍の持つ言葉は想像以上に重みを孕んでいた。
 暫く経って、魔女は低いトーンで返事を返した。

「……人よ。
少なくともそう教育されていきたし、私はそのつもりで生きてきた。 父さんは純正の紛う事なき一般人だし、母さんはハーフだった。  だから、私自身はただのクォーター」
「クォーター? その割には随分と本格的なダムピールが出来上がったもんだ。 あなたの戦い方を見る限り、並みの化け物じゃない。
陽光でも滅ばない、不死身の吸血鬼……怪力無双にして秒単位で細胞を甦生し、月夜の下で闇を支配する最強の眷族……歌物語通りの、いやそれ以上の化け物を再現しているのがあなたそのものではないですか。
とても、人の社会で生を受けた存在とは」
「リーゼロッテ、幾らあなたでもそこまで言うのは……!」
「いいのよ、正体が割れたらそのくらい言われるのは覚悟していたし」

 ずけずけとした物言いに躊躇いを覚えない、リーゼロッテらしいストレートな感想だ。
 確かに言われてしまっては反論の余地がないくらいに、自分は「化け物」をしている。 斬られようが刺されようがものともせずに、人の背丈ほどもある刃で生ある者死に堕ちた者の悉くを膾切りにしてきた。
 人として生を受けたことが疑われても文句は言えないし、それだけのことをもうやってしまっているのだから。
 辛辣な物言いにカチンときたロゼッタが紛糾しても、彼女の瞳孔は一切ぶれることはなかった。
 それはまるで、化け物と言われることに、そして化け物であることに誇りを持ち続けている龍神故の、敵対しうる個体か否かを見極めんとする洞察のようだった。

「……私の方がね、強く出たらしいわ。 姉上は殆ど人間のそれだけどね。 一見したら確かに区別はつかないし、言われなければ気づかない。 だから私は黙っていた」
「血が、ですか。 なるほど、確かにあなたは河川も渡れるし鏡にも映る。 純正の吸血鬼に該当する特徴は殆ど持たない。
いやはや、わたしも不覚なものです……神出鬼没に、体躯に似合わない怪力を誇るという点に何の疑問も持たなかった。
わたしがあなたたちを騙し続けていたように、わたしもまた欺瞞され続けていた」

 龍は感情では絶対に動かない、知性で行動を完全に御せる生き物だと魔女は伝承で読んだことがある。
 それは神が残した兵器故の思考だ。 彼らには些細な重みを錯覚する余地などない。
 だが、この瞬間のリーゼロッテは少し違っていた。
 不覚という言葉に絞り込められた不満は、まっすぐに魔女を穿ってきた。

「……カーライアさん、もう一つ聞きます。
あなたは……人の血を啜って生きようと思ったことがありますか」
「元から吸血を必要としない身体にはなっているようね。 だから今までに吸ったことは……ただの一度きりしかないわ。 それもつい最近の話」
「ほほぅ、読めてきましたよ。
ダムピールにも本来吸血衝動は存在する。 未完全な体組織がそれを制御するのは難しいことです。 それが完遂しているということは……何か強烈な呪詛で封印しているのか、或いは別の何かが吸血衝動を代替している可能性が高い。
あなたに吸血衝動を味わわせることのないように、細工が施されているようですね」

 結論から言ってしまえば、リーゼロッテの推理は寸分の狂いもなく的を射ていた。
 吸血鬼としての血を強く受け継いでいる以上は避けられない問題がそれだ。 血を吸わなければ生きられない、そしてそれを克服するのは極めて難しい。
 人間界の日常に違和感もなく溶け込むことができている以上は、何らかの形でそれを封じていることが推察できる。
 魔女は、自分の見たくないところを容赦なく掘り起こされている気がした。 
 この飄々とした少女の仮面をかぶった龍神は、魔族の何もかもを知っている。
 自分が本来いかに醜く、赦しがたい存在であるかを。

「――ごめんリーゼロッテ、あたし難しい話よく分からないよ」 ロゼッタがそういうと、彼女は「おや?」といつもの恍けた声で語り始めた。
「……本来ね、吸血鬼の魔力なんてのは隠し通せるもんじゃないんですよ。 バベルでの戦闘を思い出してもごらんなさい。 
空気が押しつぶされ、独特の、夜の気配を孕んだそれは千里離れていても匂ってくる……魔界でも恐るべき上位種ですから探知は早くなければ我々が危うくなる。 でも、カーライアさんはわたしを見事にだまくらかしてくれたんです。
つーことはですね? この人の中に埋め込まれた何かが、わたしの探査網を阻害するに足るだけの高位術式であると考えるのが自然ではありませんか」
 一拍溜めて、彼女はつづけた。 「……わたしを騙し切れる術式を持つ輩なんて、今の世では指折り数えるくらいしかいないはずです。
何者なんです? あなたは? 誰に作られ、何のためにこの世に生を受けたのですか? あなたがわたしと敵対しない確証は?
場合によっては、あなたをここで潰えさせても、いいと考えています。
……あなたが我が悲願の成就、その障壁となるならば」
「いい加減にしろよ」
 ロゼッタが激昂し立ち塞がった。 義姉を詰問するのに耐えきれなくなった彼女が両手に稲妻を宿して、忠犬さながらに裸体であることなど忘れるように牙をむかんとした。
「幾らあなたでも、言っていいことと悪いことがあるぞ」
「……何も知らないことは時に幸福であり、時に愚かですね」
「なんだと?」
「あなたは吸血鬼がなんであるか、どんなに恐ろしい連中かを知らない。
カーライアさんがいつそういった可能性を咲かしてしまうかも、どんなリスクがあるかも。 あなたはまだ何も知らない。 だからそんな軽々しい口が利ける。
カーライアさんがどうして吸血鬼であることを黙っていたのかが、まだわかっていないようですね。
こうして知られてしまえば……本来存在してはならない危険を孕んだ生き物がいると分かってしまえば、それだけで人の調和は脆くも崩れ去る――そう、今のように。
彼女は無用な争いも、偏見も良しとしなかった。 ……だから肉親同然のあなたにも、伝えられなかった」
 ロゼッタははっとして、魔女の方を振り向いた。 魔女は小さくこくりと頷くだけだった。
 いつもの覇気も余裕もなく、ただただ俯いて小さくなっていた。
「……本当に今が大切だと思うのならば、全てを明るみに出すのもまた賢い選択ではない。
カーライアさんはおそらくそう習って育てられてきたのでしょう。それが自分も、そして他人も守る術なのだから」
「……確かにあたしはバカだし無知だけど、でも……!」
「もういいのよ二人とも。
そうね、隠し通せないのなら、洗いざらい吐くのもいいかもね」

 反駁するロゼッタを制止するように魔女の口が開かれると、二人は静かに聞き入った。
 そう、隠し通せないのならば――何もかも明るみに出してしまうのも悪いことではないと思えた。 この二人は信用に足る人物かどうかは断言することはできないが――少なくとも自分を人として扱うことを望んでいるというのは、これまでの付き合いから見たら明白な事実だった。
「まず施術者についてだけど……たぶん祖父ね。 カレル・ヴァンピーリアの名前くらいは聞いたことがあるでしょう」
「……“黒”ですか。 畜生、どおりで完成され切ってるはずだ。 孫娘がいたのかあのじじい」

 思わぬ反応に魔女は驚いた。
 リーゼロッテはいとも容易く舌を打ち、苦々しい顔をしてみせた。
「あら、お知り合い?」
「知り合いも何も、この身体になってから何度か殺り合ったことがあります。
夜に溶け込んでしまうので全く気配は読めないわで随分と苦戦させられましたね。 ……あれはいつだったかな、ああカーラさんの執事と、おたくの王様もいましたよ。まだ生身だったけど」
王様という言葉にぴくりとロゼッタが反応した。 「ファルアウン様? ちょっと待て、何年前の話だよ。 っていうか敵だったのかよ」
「そうですねぇ……ざっと80年くらい前でしょうか」
「何時から死神やってんだあんた……」
「王様の方は若い時からバカみたいに頭が切れる奴でねぇ。 ケムトーリアに攻勢を仕掛けた今の連合を上手いことかわして、マーセルラム・トゥリー……ロゼッタさんの実家ですね。 そこで迎え撃ったんですよ。
わたしはと言えば、まぁ若かったんで無茶ばかりしてて。 魂狩れればなんでも良かったので乱入したわけですが。 ……まさかゴーレム使いに純正の吸血鬼、それに生身の癖に矢鱈人間離れした魔導士の王様とドンパチするとは思ってもいなかった。
まぁ……わたしがこのボディを使いこなせていなかったもんだから、お互い深手を負うくらいで済んだんですが」
「おいおい、もしかしてそこであんたが本気出してたら――」
 ロゼッタの脳裏に嫌な憶測が駆けた。 リーゼロッテはどうやら、自分たちには計り知れない因縁の持ち主らしかった。
 80年前ならまだ魔女の祖父も腰を落ち着かせていないころの話だ。 自分たちの祖先も、ファルアウンを守るために動員されていただろう。
「一歩間違ってたら……まさか」
「はい。 カーラさんもロゼッタさんも生まれてませんでしたね♪」
「なんてこった……」
「まぁ吸血鬼の方はちょっとタフすぎるかなと思ったんで深入りしなかった。
そんなこんなで、あのじじいとは何度も戦ったことはそうなんですが結局決着付き仕舞いですなぁ。 まさか、まだ子供作る気概があったとは予想外でしたが。
しかし……ふむ。 あの黒が本気を出して鍛造した次世代吸血鬼があなただとするならば――」

 リーゼロッテの楽しそうな笑顔が急に狡猾なそれに変質した。 一瞬迸るように殺気は流れ、どこからか死神の包丁を両手にすり出して瞬く間もなく空を裂いて投擲されるのを、魔女は辛うじて首筋でかわした。
 流麗な金髪が首下で寸断され白い湯船に落ちる。 靄の向こうでは尋常ならぬ気配を纏ってリーゼロッテが闘志を放っていた。
 本気だった。彼女は――今ここで自分を始末するつもりだ。
 投擲刀を舌なめずりし、彼女は優雅にうめいた。まったく敵味方を読ませてくれない変幻自在の仮面が殺戮衝動に歪んで微笑んでいる。
「やっぱり生かして帰すわけには、いきませんよねぇ」
「くっ……」
「このやろー、やっぱり敵対かよ! カーラ下がって!」
「ふふっ、丸腰すっぽんぽんの小娘が二人で何ができるっていうんです? 龍を相手に……一矢報いることすらも出来ませんよ?」
「知るか……カーラはあたしが守る! 何を寝ぼけてるんだよ、カーラは何者だろうが、カーラに違いないだろ!
あなたとはなるべく色んな意味で闘いたくなかったけど……くそっ、やるしかないのか」
「大人しく諦めなさいな。 人間なんて哀れにも踏みつぶされていくだけの地蟲、あなた方にできるのは祈るか、無駄な抵抗をするか……。
まぁ、どちらでも構わないのですよ? なるべく抵抗してくれた方がわたしとしては嬲り甲斐があるってもんですしね」

 静かに威圧を背負って、リーゼロッテの白い大腿が水面を突き進んで前進してくるのを魔女は黙ってみていた。
 自分の血は確かに忌まわれた記憶の塊だった。 彼女が今ここで敵になるのも、ある程度は察していた。 それほどのリスクがある。 彼女には自分を滅ぼす理由がある。
 それでも、ここまではっきりと嫌われるのは初めてだった。 彼女は最初からそうするつもりだったのだろうか。 それとも、自分の正体を知ってからか。
 今まで積み重ねてきた会話を一瞬に突き崩す彼女の割り切りが、こんなにも羨ましいとも思ったことはなかった。
 自分も、確かに戦いたくはない。 その点ではロゼッタと同意見だ。 彼女のことをすでに多く知ってしまって、彼女がどんな風に傷ついて生きてきたかを知ってしまっているから。
 けれども――それがこの血の宿命ならば。

「ロゼ、どいて」
「ちょっと、危ないよ!」
「リーゼロッテ・メフィスタフェレル。 あなたはどの段階から私を消してしまおうと思い立ったの?
最初から、それとも昼間の戦闘で? そうじゃなかったら祖父の話をしたあたりかしら? 最初から油断のならない人だとは思っても……まさか、こんなにも簡単に寝返ってくれるとは思わなかったけれど」
「寝返る? 最初からあなたたちの味方でもなければ敵でもなかった。 それだけの話です。
利害が一致していたら手を組み、反したら殺し合うだけ……わかりやすい悪魔同士の付き合いだと思いませんか?
わたしたちは、最初からそうあるべきだった。 互いのことなど知る必要もなくて、知らない方がよかった。
でも知ってしまった以上は見逃せませんね……わたしも残念です。
カーライアさん、ロゼッタさん。お二人にはここで消えてもらいます。 はたして満身創痍で何処まで抵抗できるか、見物ですねぇ」
「……戦うしか、道は残されていないのかしら」
「ええ、残念ながら」
「そう……」

 魔女は息を大きく吸い込み、ため息を漏らした。
 そうしてリーゼロッテをにらむ。 双眸があっという間に紅に埋め尽くされ頬に文様が走る。
 最終禁呪が発動しようとしていた。

「もう一度使ったらどうなるか分かったものではないけれど……まぁいいか。 この忌まわしい血と共に消えられるなら、それもそれで」
「ふふん、泣かせてくれますねぇ。 自分の命と引き換えにわたしと刺し違えるつもりですか」
「私一人とあんたの命なら釣り合い上等よ」
「それがあなたの答え……いいでしょう」

 龍の魔力が右手に収束して、ばちばちと空気干渉の軋轢音をあげていた。
 それを背中の後ろで溜めて、一息に湯飛沫と共に振り上げる。
 一瞬魔女は不覚を取った、と思わされた。 確かに一面の湯船は相手の視界を奪い、死角を生み出すのは最適だ。 ロゼッタもまた思わぬ攻撃に身動きを取れずにいた。
 次にどんなに身を焦がすような灼熱が待っているのかと思い、瞬時に回避行動に移ろうとしたその時に――飛沫は落ちて、けらけらと笑う声だけが浴場を満たしていた。
 二人はバカみたいに突っ伏して、お湯がかかったまま動かなくなっていた。

「…………あれ?」
「あっ」 ロゼッタが思い出すようにして感嘆した。 このシチュエーションは少し前にも味わったことがある。 またしても引っかかってしまったのだ。 嘲笑うようにリーゼロッテはにこやかな声で言う。
「すっぽんぽんの風呂場で戦闘するわけないじゃないですか、ねぇ?」
「……このぉ、このー!」 躍起になってお湯の掛け合いを始める二人を魔女は茫然と眺めるしかなかった。
 虹彩が元の落ち着いた茶を取り戻すころにはすっかり気持ちは静まってしまって、後暫くはリーゼロッテがよくもまぁ演技であんなことができるものだと呆れるばかりだった。
 彼女は誰に殺されるつもりもないし実際に殺せないから、こんなにも簡単に顔を変えることができるのだろうか? それとも自分を偽ることにすっかり慣れてしまっているから?
 結局は自分が幾ら悩んでも、彼女の移り変わる仮面に真意を見出すことはできないのだろうと考えると、この出来事もバカらしくなってくるくらい日常的なやり取りだ。

「カーラさん」
「……あんたがどこまで本気なんだか、ますます分かんなくなってきたわ」
「いひひっ、わたしはいつだって本気ですよー?
でもね、今の狂言を通じて一つ私はカーラさんに言うことがあります」
「うん?」
「“二度と刺し違えるようなまねはしない”でください。 これだけです」
 魔女を窘めるように、彼女は最後に悪戯っぽく付け加える。
 それは実に彼女らしい、洞察に満ちた指摘だった。
「あなたの命は、もはやあなただけのものではありませんのでね。
あなたは死んで、誰かを救えて。 それで満足かもしれませんけれど。 残された人には、そんなこと関係ない。
あなたがいなければダメだ、世界が救えてもダメなんだって人だって、世の中にはいるんですから。 ほら……そことかに、ね」

 確かに言われてみれば、自分は随分と自棄になっていたかもしれない。
 刺し違えても――この命に換えてでも――言葉でいうのは簡単だし、そんな覚悟はしたつもりだった。
 けれども生きて帰ってしまえば、怒られることばかりで。
 泣いて抱きつかれて、何とか生きていることに感謝するざまだ。

「誰かに必要とされることっていうのは、あなたが思っている以上に幸福なことです。
その輝きを失わないうちに、あなたはその幸せを噛み締める義務があります」
「……あなたは、それを失ったことがあるようね」
「ふふ、随分と昔の話です。 もう何も失うものがないから、わたしはこんなにも他人事のように振る舞えるのかもしれません。
けれども、あなたには信頼できる人がいて、守りたいものを守れる力があって。
……あの、黒が施術したというのならわたしが心配するまでもないでしょう。 その力をわたしに向けるのか否かを決めるのは――どうやらあなたのようですから」
「…………」
「まぁ、また機会があった時にでも。 お互いのことを知るのに急ぐことはありませんし、もう少し様子を見ることにします」

 どうやら嫌疑は晴れたようだ。
 リーゼロッテが背を向け浴場を後にするのを見送りながら、魔女は祖父に言われた言葉を思い出た。
 黒は、吸血鬼の力は決して自分に仇成すものではない。 溶け込み、そしてその力を借りて――守るためにあるものだ。
 彼女はそれを最大の脅威と捉えていた。 彼女には彼女の、龍神としての立場があるのだからその危惧は的を外れてはいない。 自分の血は彼らにとっては、同胞を傷つけてきた障害としての意味合いが強いのだから。
 だがそれでもリーゼロッテは何をしてそう思ったのだろうか、自分の血を一つの形で認めてくれた。 それがなんだか妙にうれしかった。
 今まで誰にも知られずに、嫌悪の対象でしかなかった血。 それを少しだけ好きになることができた気がした。
「じゃっ、わたしはのぼせるといけないんでお先に失礼しますね~♪」
「さんざんかき回して何がのぼせるといけないだ、行っちまえー!」
何処までも楽しそうな猫なで声。 響く元気な罵声。
すっかり浴場は静かになって、魔女はひとり物思いにふけることにした。 彼女がいない浴場は思った以上に閑静としていて、何処かもの哀しくさえ覚えた。

「どうしたの、カーラ」
「いや……」
「リーゼロッテが言ってたこと?」
「うん。 私は彼女が危惧していることもわかるし、事実自分の血統を良い方向に捉えたことなんてほとんどなかった。
だけど、今日の戦いで正体が割れたのも……そう悪いことじゃないかなって、思えてきてさ」
「あたしは騙された気になったけど、本当のカーラをもっとよく知れたわけだしね」
きっと悪いことじゃないさ、そう呟いてすいすいと出口の方へと泳いで行った。
何かかける言葉がないか、そう思ったときには頭よりも早く、言葉は口をついて出ていた。

「ロゼ!」
「んー?」
「今日は……ありがとうね」
「もう聞いたよ、それ。 今更何改まってるんだか」
「私は何者であっても、私には違いない。 あんたの言うとおりにそう思うことにしたわ」

 土壇場で咄嗟に出た言葉が拾われたことにようやく気付いたのか、赤毛の下の小さな顔はみるみる紅潮して、のぼせた訳ではなさそうな汗が零れていた。
 ロゼッタはこっぱずかしそうに顔をそらすと、「……うじうじ悩んでるのはカーラらしくないからね!」とだけ叫んで貧相な体躯でぺちぺちとタイルを歩いていく。
 逃げ出そうとするような動作が案の定裏目に出て、べちーんと胸から床に転がってしまった。

「……大丈夫?」
「ななな、なんでもない!」
「さぞかし胸が悲惨なことに……ああ、無いから関係ないわね。失敬失敬」
「うぐぐー! あんたの胸に下がってるのは贅肉だー!」
 屈辱的な言葉に業を煮やしたのか、再び向き直って湯船に一直線に突っ走ってくる。
 ダイビングしかねない助走のかけ方は見ている側にはひやひやものだ。
「ちょっと、また駆けだすとこけるよ」
「だーれがそんな手に乗るかー! うぉ? ぉぉぉ?」

 つるっ。
 言わんこっちゃない。 漫画見たくベストポジションに陣取った浴場石鹸を見事に踏んで、ロゼッタは空中に投げ出されて次の瞬間には湯船にどぼんとつっこんだ。








 快活な掛け声、薫る酒の匂いの中を三人は突き進む。
 暖色に満ち溢れた酒場域を魔女のヒールが穿ち、切れ上がったスリットを揺らしながら悪魔共が集う横丁を歩んでいくと見えてくる、見覚えのある甲冑姿。
 樽の上でそいつは同じような巨体の雄たちをひっくり返していた。 そのたびに歓声と罵声が轟き、進行役と思しき男が「43勝目! さぁさぁ次に立ち向かう猛者はおりませんか!?」などと囃し立てる。
 そこで足を止めれば、見上げるような甲冑が息苦しく影を落としこんでいた。 魔女は白い手袋を挑発気味に小気味良く開く。

「こんなにもいい宵に騒がしいことねノスフェラトゥ」
【魔女、君か】
「剣を拳に持ち替えたみたいじゃない。 ただでさえ無粋な体躯がもっと汗臭くなるわよ」
【フン、ただの肩慣らしだ】 彼はそう一笑すると、新しく入ってきた対戦者を一息に放り飛ばしてしまった。藁煙をあげて憐れにもひっくり返ってゆく相手。
 魔女の二倍もある体躯で並みの悪魔以上の怪力を誇る彼では、全力を出すまでもなく悪魔たちの相手を務めることができる。 いつぞやに戦闘した際に感じた、怪力無双を誇る魔女の膂力を以てしても同格とさえ思わされた強靭なものは聊かの腐朽もしていなかった。
【地獄暮らしも随分と長くなって、張り合う輩がいなくなってな】
「それでわざわざ舞い戻ってきたわけ」
【あの死神男の勧誘だった。 魔女に仕返しする機会が欲しくないか……とな】

 不穏な微笑――同時に衝撃音。 仕返しという言葉で釣るとは何とも死神店長らしい。 魔女は小さく笑う。
 しかしそれでも、今目の前で腕相撲に興じる首なし騎士に復讐や報復などという言葉は似つかわしくなかった。下らない哀愁、そして執着。 闘争それそのものに矜持と悦楽を見出した戦闘狂の末路。
 酔狂、戯劇、茶番。 彼は――『再び戦うため』にこの世に舞い戻ってきたらしい。
「それで、どうするつもりなの?」 首を傾げて儚げに問う、しかし双眸に宿るは不滅の胆力。 「ここで八つ裂きにしてホワイト・アッシュの杭でも叩き込む……?」
【冗談を……君はそれでは滅びんだろう。 我が魔剣を以てしても重傷止まりだったのだ。
陽光に滅びず、弾丸を鋼で弾き、両手に携えた刃で踊るように敵を肉塊に変えていく君を今更そんな古典的な手段で撃破しようなどと、誰が思うものか】
「――じゃあ、決着をつけるのは」
【そうだな。 もっと古典的な、刀剣にでもする】
 気が付けば47人目の犠牲者を宙に振り飛ばし豪快に賞金を頂いて、ノスフェラトゥは歩き出す。 ロゼッタと龍神は先に店長の下へと向かったのだろう。 魔女と甲冑の奇妙な並歩は道行く悪魔共のさらに奇をてらっているかのように、酒の道を突き進んだ。 静かに開けたところに出るとようやくかとばかりにノスフェラトゥは両手を拡げて召喚孔を開き、双振りの刀剣を引きずり出す。金属がぎらりと鈍く光り擦り切れた悲鳴を上げた。
 彼が保有しているにしては随分と非対称なシルエット――西洋と東洋に大きく分かたれた、直剣と曲剣の二刀が空に煌めき、綺麗な響音をあげた。 見事な業物だ、武具の本舗で育ってきた魔女には一目でそれがわかった。  どうやらもらい物らしいそれを魔女の眼前に振り落とし彼は宣告するのを、魔女は黙ってみている。
 殆ど張り付きそうな至近を通しても、髪の毛一つすらも切り裂かない。腕は相変わらずだった。

【何時でも佳い。 君が望んだ時に、再び刃を交えたい。
ただそれだけのために……と言ってはなんだろうな。 聊か語弊を感じる】
「……何のために戻ってきたか、或いは戻ってくるだけの何かがあったのか。
私には分からないけれど、果たしてあなたは地獄から舞い戻ってきた。 それだけは間違いなさそうね。
……理由なんて後付すればいいのよ。 それがまともだろうとそうじゃなかろうと」
【奔放な回答をありがとう】
楽しそうに彼は剣をしまった。 この世に留まりつづける理由などそれで十分だったようだ。 覆いかぶさるような鋼鉄の巨躯も、なんだかその時ばかりは暖かげに見えた。
「言っておくけれど、私もただぐーたら寝て過ごしていたわけじゃないからね。
得物が二本になって、手数も増えたわけだし? 前と同じように行くとは思わない方がいいわよ」
【それくらいの手応えが無ければ困る。 君は二度死のうと三度死のうと死なない女だ】
「ふっ」 二度死のうと三度死のうと、だと? 冗談も程々にしてもらいたいものだ。 自分を首がすっ飛んでも地獄から這い上がる騎士や、戦車砲を拳で弾き返すような人に化けた邪龍と一緒くたにされてもらっても困る。  殺されたら死ぬが、ちょっとばかり桁が外れて頑丈なだけなのだから、死のうと死なないと表現してしまうとかなりずれが生じる。
「つい先ほど、本当に死にかけたけどね。 危うく恐るべき減量を成し遂げていたところだったわ……ちょっと勿体なかったかも」
【だがそれにしてはピンピンしているようだ。 冗談を口遊めるようならまだ余裕があるな】
「かもね?」
【君の余裕と限界の境は、剣の世界にとっておこう。
では……カーライア・セシリア・コンチェルト。 次逢った時には――】
「ええ。お望み通り決着をつけましょう」
【君の剣の冴えを楽しみにしている】

 現世に蘇った首なし騎士はがちょんがちょんと超重で地面を揺らしながら再び酒場に消えていく。 魔女はそれを見送り再び街の中枢を突っ切ってロゼッタたちを追う。
 街は随分と明るかった。
 数時間前には人間の軍隊によって蹂躙され、無限軌道や空爆で滅茶苦茶にされていたというのに行き交う街の悪魔や魔導士たちは随分と楽しそうで、明るくて。
 破壊された家々の瓦礫の上で拡げられた宴会会場には哀しみの欠片も残ってはいない。 これが、悪魔なりの戦勝後の過ごし方なのだろう。
 崩落した看板が上げる明滅の輝き、崩れ落ちた壁石の上で座る悪魔たち、襤褸切れになったローブを纏い踊る人たち。
 彼らは死していったことに涙を流すよりも、今生きていることを享受しているようだった。
 青磁の大通りを抜けていくと、交差路に見慣れた店が映る。 それは人間界でも見たことのある、小寂れたレストラン「地獄の一丁目」。
 クラシカルな扉を開けると呼び鈴が鳴り、黒の薄手のドレスに身を包んだリーゼロッテが出迎えてくれた。 客席ではロゼッタは猛禽のように肉にナイフを入れている。
 奥の方では警部と蟲男が酒を煽っているのも見えた。

「首なしさんとのお話はついたみたいですね」
「ええ、まぁ物騒な方に落ち着いたわ」
「どしたのカーラ?」
「大したことない、ちょっとブッ殺し合いの先行予約が取れただけ」
「げ……十分大したことあるじゃんそれ。
もっと身体を大事にしなよ? 資本なんだよ」

 あからさまに嫌そうな顔をするロゼッタ。 その横をすり抜けて出てきたのはいつものひょろりとした長身。
 今夜の功労者、死神の店長が両手にたんまり投擲刀を携え厨房から姿を現した。 魔女に何か言うことがあるのか暫く見渡したが、

「……まだ死んでいないようだな。 安心した反面残念でもある」

 それだけ言って厨房に戻っていく。
 随分とあんまりな対応に顔を膨らせたが、リーゼロッテの耳打ちで大まかな根拠が判明した。
「カーラさんは……ええと言っていいんですかねこれ」
「勿体ぶるなぁ」
「んじゃー、あっさりさっくり言っちめぇますよ? 本当は死んでるところでしたんですわ」
「……やっぱり、か」
 
 往々にしてそうだろうな、と魔女は妙に納得してしまう。
 フランケンシュタインと激突したあの時に見えた漆黒の沼はどうやら幻ではなかったようだった。 何かが自分を引きずり込もうとし、またそれに抗えない自分がいた。
 今思えば驚くくらいに、あの時の自分はひどく悲観主義だった。 ――おそらく、契約破棄・未完遂から来る地獄からの、いやもっと深い闇の奥底からの迎え。
 ロゼッタと、死神店長がいなければ本当にどうにかなっていたかもしれない。 あの冷たく暗い沼の底で、もがき苦しんで最期は蝕みつくされ狂い死にするだけだったかもしれない。
 そう思うと背筋に気味の悪いものが這って行った。彼は其処から引きずり出してくれた、蜘蛛の糸だった。

「……そう。 ではザラキエルは……ほんのちょっとだけ約束を破ったのね」
「はい。 あなたはあそこで果てるタマでも、予定でも勿論ないし運命なんてもっとばかばかしい。 でも生きるための動力は、本当にあなた次第だった。
危険な賭けでしたが……ふふっ、そうですもんね。 あなたには戦う理由があって、生きる理由があって、守るべきものがいて親友がいて。
あなたが折れるはずなんて、なかったですね。
――少々人を見くびりすぎていたようです」
 不思議な形容をする彼女の双眸に揺れる焔。貫くように鋭い、氷柱を思わせる輝き。 矛盾する二つの要素を変幻自在に操る龍の言葉。
 それは人間に対する畏怖で、宣告。
 彼女が人の形をとって振る舞っているその機微に顕れる威圧は、他の者たちには映らないのだろう。
 上っ面に張り付いた悪戯っぽい笑顔につい最近まで騙され続けていた魔女としては少々むず痒い感じだ。

「もちろん、ザラキエルには感謝してるわ」
「あら? 今日は意外と従順ですねぇ。 あなたらしくもない」
「命握られちゃあ天邪鬼にするわけにもいかないじゃない。 私だって命は惜しいし死神も怖い」
「またまたご冗談を♪ とまぁ、今日はこんなところですかね。
店長がたーんまり腕に縒りをかけてますんで、ごゆっくりどうぞ~」
 いつもの「いーひっひ」という不穏な笑みを漏らしながらエスコートに追従、食事に夢中なロゼッタの隣に腰かけるとふと気づく。
 見知った顔が一つ足りない。

「……あれ。 オレグは?」
「向こうに一足先に帰ったよ」
「……そう」
 ため息一つ深くついて、「死んでも振り向くことは覚えないのね、あのバカは」 落ち着いてか細くそう呟く。
 何時だってあの男は突き進むだけだ。 そんなことはわかりきっていたが、死んでも治らないのにはあきれ果てた。
 別れの挨拶やら、世間話やら、余裕があるのだったら思い出話の一つくらいしたってばちは当たらないのに。
 そう思い沈んでしまう魔女の、目に見えて落胆した様に罪悪感を覚えたロゼッタが本当の事を言ってやるのだった。
「うそうそ、チルミナが入れないから店の裏で晩酌してるよ」
続いて蟲男が楽しそうに嘯く。 「君が来たらこう言えと言ったらなんだ、案の定の反応だな」
「性根腐ってるわあんたたち……昔も腐ってたけど最近すこぶる腐ってる!」
「ちょっとカマをかけたらこれだもんねー。 カーラも大変だね、うふふっ♪」
「幽霊相手にまだ未練たらたらとは、君もだいぶ非生産的だと思うが」
言い返さずに拳を握りしめるのを、してやったりとばかりに揶揄しまくる二人を尻目に魔女は店から飛び出ていった。
残された店内では、事情をよく知らない警部が指差して呆気にとられているだけだ。
「……いいのか、あれ。 怒って出ていっちまったぞ」
「反論しないのは正論だからと、仕返す気が起きないくらい怒ってる証拠だよ、ふふっ。 ああなったらきっと後が怖いぞー」
「……こうでもしないと素直に喋りにもいかないからな。 これくらいが丁度いいだろう」
「ああ、気遣ってやってたのね……それにしたってもっとマシな言い方があるだろうに」
「魔界生活が長いと天邪鬼になるもんさ」



 外に出てみれば随分と星がきれいだった。
 何年も、何百年も何千年も変わらない星降る紺青の空。
 おそらく、今は其処しか帰る場所が無いであろう彼と彼女は――舗装され切った店裏の駐車区域に佇んでいた。
 キャノピーを開放して背を伸ばし、酒を呷っているのがこちらを向くと、後ろめたいことなんて何もないとばかりに快活に手を振ってくる。
 見慣れた光景だ。
 二年前と全く変わらない様相だった。
 もうすでに死んでいるなんて信じられないくらいに。

「おー、魔女。 昼間は大変だったな、乗るか?」
【予定通り、お互い何とか生きていましたね】
「なんとか、ね。 じゃ、お誘いに甘えて」
 機首にかかった梯子に手をかけて、とんとん拍子に駆けあがり左翼に飛び乗る。鉄のパイプはヒールで昇るには 少々きつかったし、昇った後に梯子がいらないことにも気が付いた。
 ふとバカらしくなって腰かけ、足をぶらぶらさせているとオレグがグラスを寄越してくる。
オイルと燃料の匂いが何とも懐かしい。
「生きてこその物種、だ。 今夜はそれに乾杯でもしよう」
「あなたがそれを言うの?」
「まぁ、なんだ。 相方は依然元気そうだし、この世に留まっているのもそう悪いこと続きじゃない」
【オレグ、おめかししているのも突っ込んであげてください】
「んあ、ああ。 東国の刺繍が入った大胆なドレスか、中々似合ってるじゃないか、うん」
【朴念仁】 チルミナの即罵倒が何ともえげつなく、オレグは頭端を掻いた。
何度かやり取りを見ている限り、悪魔化して大きく関係が変わったのはこの一人と一機だったようだ。 窘めるようにオレグに助言するチルミナは魔女には何とも愉快な光景だ。
【もっと気の利いたことは言えないのですか、この屑。死語だし】
「屑とはあんまりだなお前! そりゃあ、見慣れたとすっかり思ってたやつが……その、いつもと一味違う綺麗な恰好してたら狼狽するだろう」
【ですから、それを何とか気の利いた言葉に変換して】
「できないから慌てふためいてるんだよ! そりゃあ吃驚するくらい、こいつこんな美人だったかなーとか思うけども!」
「ふふっ……変わらないなぁ。 本当に何もかも変わらない。
しいて言えば、チルミナがおしゃべりしてるくらい」
【……笑われてしまいましたね】
「御後がよろしければいいのか……?」

 そう、今が良ければそれでいいのかもしれない。
 過程は最悪で、認めがたいものであって、もう死んでしまったことはどうしようもなくて。
 彼を見るたびにそればっかりが頭を占拠していたが、魔女はこの時に初めてそれが砕けたような気がした、初めて今を佳いと思えた。
 吹っ切れた、と言った方が正しいのかもしれない。
 結局事実を変えられないのならば、今ある事実だけで幸福を掴んだ方が、はるかに生産的だ。

「ねぇオレグ」
「ん?」
「……もう何も、言う事なんかないね。 私たち、散々ぶつけ終わった後だもの」
「そうかもな……もう散々怒られて、どうしようもないことなのは分かったが、それでもこの世に居る理由がある以上は留まり続けねばならん」
 蟲男と妹分から事情なら聴いた、とオレグはつづけた。 事情というのは十中八九ブランの事だろう。
 フランケンシュタインが仕掛けた、最後にして最悪の罠に対していかなる方法を取ろうとも抗い続ける。
 それが私の、今の戦う目的なのだから。 そう信じる魔女にオレグは迷いなく、力を貸すと言い出すだろう。 もとよりそういう人間だった、それは悪魔化しようと変わらないことだ。
「……戦いなら終わった。 あなたの仇もとった。 なのに、まだ課題は残されていて。
本当に、神様ってすこぶる意地悪。 目の前に見える敵を滅ぼすだけの、それしか能が無い私に、絶対にハッピーエンドは用意なんかしてくれないつもり」
「……でもお前は戦うのだろう。 足掻くのだろう。 それならば俺はそれに従おう。
もう失うものなど何もない。 この世に残した、相方以外は」
「……強がっちゃって、バカ」
「強がっているかもしれないが、もう死んだ以上は好きにやらせてくれ。 好きに守るからな。
バカで結構だ、お前を失わずに済むのなら、俺はどこまでもバカになろう」

 貫くように真っ直ぐな言葉。 生前にもこれくらい気が利いたことを言えればよかったのに、どうして今になって。
 そう思ってしまう自分がバカだ。 もう帰らないことくらい、痛いほどに分かっている。 だから、彼の提案はこの上なく眩しいものに見えたのも、またゆるぎない事実だ。
 いまになったら、素直に嬉しいだけだった。

「……ありがと」
「今日は素直だな、どういたしまして」
「あーあ、あなたが生きているうちに、そういう言葉の一つでも聴きたかったなー」
「ふふん、勿体ないことをしたのは重々承知だ。 なぁチルミナ」
【本当ですよ唐変木。 あなたみたいな屑を貰ってくれるのはカーラさんくらいしか居ませんでしたのに】
「ちょ、こいつ手厳しいな……」
「チルミナも、ありがとうね。
少しだけ解れたわ。 ……それにしても、随分と人間臭くなったみたいだけれども」
【私がまだ機械の箱に詰まっていた時に、沢山の言葉を教えてくれたのは貴方ですから】
「待て待て、お前がこうなったのは魔女の所為か?」
【……気づかなかったんです?】
「ああ、……だから口が悪いのか」

 オレグは納得して、もう一度盃を呷った。 そのまま空を仰げば一面の星空だ。
 魔界の空気は人の干渉を極力抑えている。 だから汚れずにはっきりとそれらが目に見える。
 あたりは静かで、宴会が行われている店内か店の周りの草叢からの虫の音しか聞こえてこない。 暫く静穏の世界に佇んでいたが、魔女が移動し始めたのかカンカンと装甲を打つヒールの音が近づいてきた。

「こっち、こっち」 魔女が手招きして、彼は釣られてチルミナの背中に出た。 テニスができそうなくらい広い翼上に魔女は腰を落ち着かせると、グラスを置いてごろんと寝込んでしまった。
「なんだ、わざわざ呼び出して」
【別に温かいコクピットでいちゃついても私はお邪魔しませんよ。ご自由にどーぞ】
「折角だしチルミナの目が届かないところの方がいいじゃない?」
【……そう来ましたか】
「どこに目があるか知らないけど」
【光学センサーのある機首周りですから、ここからじゃくすぐったいだけです】
「ふふっ、なら安心ね……じゃあ乾杯」
「おぅ、生きている今に乾杯だな」

 小さいグラスを重ねて叩くと透明な音色が響いた。
 少し疲れたのか、ふらりと魔女が倒れそうになるとオレグははっとして空いた左手で背中を抑え込む。
 体温の通っていない、魔力にだけ輪郭を縁どられた仮初の身体がそこにはあった。 ああ、自分が触れてきた彼はもういないのだな、そんな哀愁めいた感覚がよぎった。
 それでも、目の前で振る舞う彼は、何ら変わっていなくて、リフレインする過去から妙な錯覚すら覚えてくる。
 もしかしたら、ふとした拍子にまだ失われていない時間に還るのかもしれない。 でもそれは、叶わぬことだ。
 そんなことをわかっているし、もう泣くのにも涸れ切った。
 けれども実感だけはどうしても瞼の下を伝ってくる。

「……どうした?」
「いや、もう考えても、悩んでも、悔やんでも仕方がないのにね。
あなたを見ているたびに失われたことばかりが湧いて出てきて、何一つ前向きになれなくて。
よりによってあなたの前で、そんなことばっかり考えちゃう自分が嫌い」
「泣きたきゃ泣けばいいさ。 止められないものだってある」
「それもそう。 でも私は……あなたの前でくらいは、笑顔のままでいたいから」
「……暫く後ろ向いてやるから、乾いたら知らせてくれ」

 どれくらい時間が経っただろうか、魔女もチルミナも、オレグも黙ったまま星と月は動いて行った。
 そのまま酔いもしないアルコールを流し続けるオレグの肩をたたいて、魔女は翼の上にかたんと立って。
 悪戯っぽく手を後ろに回して飛び切りの笑顔を見せてやった。
 月明かりに負けじと、髪留めを外すと背を流れる金色の絹と、振り払うと月夜を映して煌めく雫と。
 儚くて、無邪気で、それでも何処か大人びている――魔性ともいうべき、魔女の笑顔。

「――そんな顔も、出来るんだな」 感心し、見惚れるように呟くのを、不満そうなふりをして
「ひっどい感想」 と笑う。
「そうだな、お前に沈んだ顔なんざ似合わないのだからいつもそうしてくれると助かるよ」
「……今日吹っ切れたのは確かだから、これから努力してみる」
「そう、その意気だ」

 力が抜けたようにふらりと倒れ込む。
 かたん、と軽い音がして、眠るように転がる。
 何年ぶりかの鋼鉄の翼は、随分と寝心地が良かった。 このままうとうとしてしまいそうだ。

「魔女? おい?」
「オレグ、暫く機体動かさない?」
「言われればそうするが」
「じゃあ……おやすみ。 少し疲れちゃった」
「……ああ、おやすみ」

「……おい、本当に寝ちまったのか? おーい、冷えるぞ?」
【そこは耳元で襲っちまうぞー、と】
「そんなこと出来るか! こいつ魔女だぞ?」
【魔女じゃなかったらやるんですね?】
「うっ……」
【……マジですやすや言っていますね。 本当に寝てしまったのでしょうか】
「魔女? ……、カーラ?」

 相棒の虚しい呼びかけもものともせず、深い深い微睡の底に沈んでいく魔女。その瞼の裏、虚空の闇のうちで遽しく、懐かしい記憶が駆けていく。
 二年の月日の中で失ったものと、守ったものと、そして気づけたものと。そのどれもが流動し、混ざり合って混迷の海に消えていく。どれもが欠けても今などない。だからどれもを受け入れて、先に進まねばならない。
 それは血の刻命に対する宣告も等しかった。疼くように紅が瞳に鬩ぎ寄せて、今にも隙あらば支配してしまおうとする中、それは不意に消え失せて琥珀が平常を取り戻していた。
 私は、衝動には支配されない。運命にも抗おう。それが何でもない、私が勝ち取り、手に入れた自分だから。
 何があろうとも、逃がしてなんかやるものか。

 魔女は血を封じ込め、ゆっくりと昏睡の深淵へと流れ堕ちてゆく。
 永遠にも似ていたその安らぎには、憎しみのかけらなどこれっぽっちも、残ってはいなかった。 
 信頼する仲間の背に凭れて眠る魔女の幸せそうな横顔は、女神のそれのようですらもあった。

 一時の夜が休める翼の上を駆けていく。
 オレグは黙って次の酌を呷り、すやすやと眠る旋律の魔女を見守るようにその場を動かずに居た。













To be continued [file#15]
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  1. 2011/09/18(日) 23:55:49|
  2. 一次創作
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  4. | コメント:0
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