野郎共、お仕置きの時間だ

なんのこたぁないダメ強化人間LayeⅡ(らいつー)の独り語散るgdgd生活ブログ なまはげだって少子化で寂しいんよ。

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【Viol Viera】#13

+WARNING+オリジナル小説+WARNING+

・本文は完全一次創作です
・苦手な方はスル―推奨
・以前の話は右下カテゴリの一次創作より
それでは、どうぞ
【Viol Viera】#13
 
  











夕闇に木と木がぶつかり合う音が響き、ひときわ大きなそれと共に木刀が空中に放りだされた。
くるくると木刀は橙に燃える夕陽の煌めきを宿し、やがて鋭く芝生に突き刺さった。 ぱちぱちと軽やかな拍手――それも落ち着いた、単独のものだ――が鳴りわたり、中庭で行われた練習試合に決着がついた。
長い金色の髪をした、二人の少女が四角い、L字をしたゴシック調の建物の脇に拡がる芝生で睨み合っている。 双子のように容姿はそっくりだが一人は銀縁の眼鏡に冷静そうな表情で木刀を向け、もう片方は感情を露わに眼鏡の少女をにらみ、その手から奪い去られた木刀の代わりに相手のそれを首元に鋭く突きつけられていた。
「勝負あったな」 紳士然としたよく通る壮年の声が向けられ、二人は硬直を解いた。 「二人とも、よく通った剣筋で何よりだ、ただ――」 陰に隠れる彼は、しばし相応しい言葉を探して続けた。 「カーライアの方は、ちょっと力がこもり過ぎだな。それでは振る前から剣筋が読まれるぞ」

「ですって」 眼鏡の方の少女が茶化す様に小突いた。 姉と妹、澄ました顔と不貞腐れた顔。 実の姉妹にも関わらず並べてみれば見るほどに対照的な二人。 「カーラ、あなたの剣は力に任せ過ぎです。 もう少し肩の力を抜いて、呼吸を合わせて」

「ちぇっ。 ちょっとくらい自分の方がうまいからって調子に乗るなよ姉上」

「悔しかったら勝てばいいだけのことでしょう。 恐らく、剣の才はあなたの方が上でしょうから、そのうちすっかり追い抜かされてしまいますよ」

「……姉上にしては随分弱腰じゃない?」 カーラは至極驚いた。 姉は自分より何でも勝っているものだと思っていたし、何事も熱心に取り組み結果を残すのが信条で、自分は全く正反対の位置にある。 しかしその彼女は、これが自分に向いている道だと言う。 素直に譲る姉は自分にとってはひどく新鮮で、肩すかしをくらったような気すらなる。

「ふふっ、弱腰などではありません。 客観的に判断した結果そう思えるだけです」 姉は建物の日陰で佇む紳士を振りかえり同意を求める。 「ねぇ、おじい様?」

「うむ、剣の道はカーライア向けだな」 にこやかに祖父が返す。 彼は自分とは違い――純正の、本物の吸血鬼だ。 故に太陽の元に出ることが出来ないから、夕暮れになるとこうやって日陰に佇んで剣の指導をしてくれる。 それは姉妹には勉強もせず、親にもとやかく言われず、大切な時間だ。 いつも暑苦しそうな燕尾服で、髭も髪も直線のようにかっちりとしている。 魔界では名の通った議員らしいが、二人の前では穏やかな祖父でしかないというのが、カーラの印象だった。
勉強もしなくていいのも大きいが、何より姉と自分の得意分野で決着を付けられる、唯一劣等感にさいなまれない時間でもあったのは大きかった。努力とか頑張るというものが苦手な自分にも、この時間は集中を絶やさずに過ごせる。

「おじい様、向いているといいますけれど……」 カーラは口ごもった。 「私に何が向いているのか、さっぱり分かりません」

孫の至極当たり前で年相応な言葉を聴くと、彼はうなずいた。

「ふむ? では面白いことを教えてあげよう。リディアにはもう伝えているが――お前には、私の血がかなり色濃く出ているからな」

「ヴァンピーリアの?」

「時にカーライア、朝がだるくなるときはないか? 夜になると、無性に気分が晴れたりはしないか?
純正でないから、陽光に直接怯える必要はない。 だが確かにお前の剣は――我が一族のそれのものだ」

「"黒"の……血」

「リディアには魔女の血が、カーライアにはヴァンパイアの血が。
成程、興味深い別れ方をしたものだし、何もそれを気にすることは無い。 吸血鬼の血が人と共にあることなど滅多にないことだ。
誇り高き夜の支配者たちの記憶が、お前には流れているということだからな。 もっと胸を張っていればいい」

自分に、何が向いていて何が出来るのか。
そんな問いに答えを見出したことは無かった。 才能とか天賦とか言うものは、すこぶる気まぐれで意地が悪い。 私も姉上のように何でも出来れば――そう思うことがしょっちゅうだ。
この血もまたそう言ったものにしか思われないというのが、彼女の見解だった。 祖父の前で面と向かって言うことは出来ないが、吸血鬼の血など魔族のそれと何ら変わらないどころか際立って呪われた類に含まれる。現に今自分が吸血鬼の血が濃いと言われてカーラは、嬉しいとも、逆にひどく残念だとも思わなかった。
いつのまにか不機嫌そうな顔をしていたのだろう、いつだってそうだが――祖父は見かねたのか頬をとった。知らず間に自分の足は誘われるように前に歩みを進め、闇の中に身を落とし込んでいた。
透けるように白い肌だ。しかしそれが自分と接した時に、分かった。 自分のそれと、決定的な温度の違いに気付く。
自分は人間で、この人は吸血鬼で。
血は繋がっていてもその溝は決定的に深い。 血が濃い、なんてもんじゃない。 純正の吸血鬼はやはり生物として、既に別次元だ。 恐れすら覚え、おのずと身体が硬直していた。 僅かに黒が混じった私などとは全く別の、純粋な漆黒。人を本能的に拒絶させる、虚空の世界。

「恐れることはない」 諭すように祖父は言った。 「この黒はお前の敵となることはない。 お前が本当に守りたいものが出来た時に……必ずや力を貸してくれるだろう」

「必ず、ですか……?」

「ああ、そうだ。 お前の中に流れている血は紛れもなく我が一族の、ものだからな」

「私が、守りたいものが出来た時に……」

カーラは思う。 それは何時なのだろう。
自らの生まれたこの家、コンチェルトは、武具の製造と戦頭の両方を備えた、非常に戦闘能力に特化した魔女一族だ。
戦場においてどちらが潰れてもいいように、必ず一族の代表者は二人に絞られる。 次代は言うまでもなく、自分と姉の二人だ。
そして、一族もまたそれに相応しいように調整されているのか、交戦的か或いは冷静な性格のものが多い。 カーラも自分のことは否定できない。 喧嘩をするのに愉しんでいるし、興奮物質の分泌の中で人一倍争うことに目的を見出してしまう癖はある。 そこで思う、何のためにコンチェルトは戦い続けるのか、と。
争うことは決して嫌いではないが、姉を、即ち身内を避けるという条件の下でのこの意識は、果たして本当の自分のものなのかそれとも、コンチェルトに調整されたものなのか。
「おじい様」 答えを見つけ出すべく、カーラは祖父に語りかけた。
自分が"作られたもの"なのか否かを、そして自分がこれからどう力を使っていくべきなのかに、決着をつけたいという幼心ながらの決心であった。

「コンチェルトは……何のために戦うのでしょうか?
今の世界で、力とは本当に必要なものなのでしょうか。 戦う力は……誰かを傷つける力は、本当に私の手のうちにあって、良いものなのでしょうか。
私には、必ずしもそうとは思えません。 誰かを傷つけてしまったり、殺してしまうかもしれない。 その人の命を、生きて何かを成し遂げる別の可能性を奪ってまで、成し遂げたいと思うことも……私にはまだ見えてきません」

「ふむ……誰も傷つけずに、最善な選択をする。 それもまた一つの欠かせないことではあるだろう。
だが、本当に人は追い詰められ、何かを捨てて何かを得ようと思った時に、覚悟なしにそれを切りぬけることは出来ないし、力がなくともまたそれは然りだ」

「そのために、力は必要であると?」

「そうだ」

「でも、そういった状況に追い詰められる機会自体が、今の平穏な世界では少なくなりつつあります」

カーラが生まれて数年ほどした時に、世界は一つの対立を終えて人の敷いた国の線引きは以前ほど強力な制限を持たなくなった。
人は今や命を奪いあう戦いとは別のところに身を置き、数字の変動や、金の行き交いにばかり気を配る。 それが彼らの日常になり、何一つ不安を抱えずに豊かに生きて行くためにそれ自体が戦いとなる。 こんな世になってしまえば、武力や人を傷つける力など、何ら価値がないと思うようになっていくのは、現代を生きる子供にとっては当然の発想だった。
コンチェルトの古いしきたりに縛られている自分がもどかしくて、またそれを甘んじて受け続ける自分も許せなくて。
そこから自分が本当にしたいことなど、まして見当もつかない。
だから、力があることに疑問を持っている。 こんなものは私が持つべきなのか、それとももしかしたらもう必要もないものなのかもしれないとすら思う。
世界は、既に平和という言葉すら陳腐なほどに、風の無い海のように平静を保っていた。

祖父はそうした命をかけて戦うことがまだ日常出会ったころの人だ。 そしてそれは今の自分が生きる世界とは幾分も違う。
コンチェルトもまた同じに、今この世界に必要もないことをずるずると引き摺っている、カーラにはそう思えずにいられなかった。
しかし、祖父の答えは至極意外なものだった。

「機会が少なくなっても、人は争いを止めないし何度も同じ轍を踏む。
そう言った時に、対抗し得る力がないというのは不幸なものだ――だから人は力を有さなくてはならない。最悪の事態というものを、いつでも念頭に置きながら」

「それが新たな火種を生むとしても、ですか」

「それが新たな火種を生むとしても、だ。 平和というのは、極めて危うい均衡の上に成り立っている。
誰かが武器を捨てても、それを見た相手が捨ててくれるとは限らない。 もしそうなれば一方的になぶられ、蹂躙されるだけだ。
況してカーライア……お前は、女だからな。 もっとひどいことにならんとも限らん。 お前には、強く生きてほしい」

祖父は、何を思ったのだろうか。 何やら頬の隣で暗示をかけた。
暗示は吸血鬼の特異な能力のひとつだ。 他人に対し意のままに能力を行使出来、あやつることも思いのままに出来る。
彼は何やら――古の言葉を紡いでいるように見えた。 失われた発音が、人には発せない言葉が耳に流れ込み、俄かにカーラの瞳を紅く染めた。
気がつけば姉も何処かに姿を消していた。 祖父が何か重大な示唆をするに至るだろうという、彼女なりの配慮らしい。
誰も見ていない夕闇の中庭で確かにその時彼女は自分の中に何か不可思議なものが注ぎ込まれ、自分の身体を満たしていくのを感じる。
それと共に、自分の中から湧きあがる得体の知れない感覚もそこにはあった。 衝動、本能、狂おしいほどに突き動かす自分と異質の何か。
これが、"黒の血"――意識の深淵で本能的にそれを感じ取るも、自分にまだそれを御し切れる力は無いらしい。
それが充分に分かっている祖父はすぐに吸血鬼化を引き出すのを止め、暗示を中断した。

それでも依然、黒の血は感覚だけがほんのりと薫らせるように残っている。
まるで自分が、人間とは明らかに違う生物だと突きつけるように。
暫く呆然と突っ立って、彼女は口を開く。 焦点の定まっていない、蒙昧とした瞳だった。

「――怖いです。 黒くて、冷たくて。 引き込まれそうで」
こんなもの、私にはどうすることも出来ない。 身震いをしながら、芯の底までそう思わされる圧力。

「……こんなもの、私にはとても……」

「今は理解する必要はない。 時が来れば……そうだな。 何時かお前にもわかるさ」

「もし、来なかったら?」

「それはそれで、世界が平和な証拠だ。
だが、人は決して戦いを止めない。 そんなときに、大事なものを、大切な人を守る力がお前にはある。 それは誇れることだ。
お前はきっと、立ち向かおうとするだろう。 例え相手がどんなに強大でも、禍々しくとも。そういう子だ」

祖父は一体、自分の中に何を見ていたのだろうか。 この時は、何も気づく由もなかった。
ただ吸いこまれそうな瞳の闇だけがぼんやりと、今でも記憶に残っている。

「大切な人を、守る力……」 そっと手を開き、ぎゅっと握り締める。 「それが、私の持つ……黒」

「お前の継ぐ、黒だ」

辺りはすっかり、暗くなっていた。 カーラは先程打ち払われて芝生に突き刺さった木刀を振り抜き、祖父に向けた。
日はとうに沈んだのだから、祖父はもう好きに外で動き回れるだろう。 いい機会だと、そう思った。
自分に継がれたもの、それが血族の敷いた線を辿っていようとも。 空っぽの自分にはこれが、自分のできることなのだろうとも。

「おじい様」 先程の迷いに憂う目とは違う、しっかりとした眼差しで祖父を見る。


「私に剣の稽古をつけてください」

「ほう?」

「粗雑な性格も、力任せな節があるのも自覚しています。
ですが――これが私にできることならば……私は受け入れましょう。
黒の血を、ヴァンピーリアが持つ、その力を。 この身を以って、形にすることを誓いましょう」

「誓う、か」 リディアの残したもう片方の木刀を手に取り、優雅な動作で芝生に足を進み入れる祖父。
体重が感じられない移動。 足元は草の根を全く冒さずに、そこに踏みいれられる。 不可思議な光景だ、実体が無いともいいかねない。

「吸血鬼にとって、いや、悪魔にとって約束とは。 契約とは命にも換えられぬ大切なものだ。
家族や同胞や土地と共に、守るべきものだ。 我らには守るものが少なく希薄に見えるが、守るものが絶対の重みを持っているからこそに、我らは戦える。
お前にその重みが背負えるかな?」

「背負ってみせます」

「……眼の色が変わったな。 成程、生半可な覚悟ではないということか」

「私に、今何が出来て今何が守れるのか、はっきりと見えた訳でもありません。 見えたと強がりを言うつもりもありません。
ただそれでも……私の中にそれを成すための欠片があるのであれば、私はそのために戦いましょう。
おじい様……私は魔女の子でもあり、吸血鬼の子でもあるのなら――それを成しうる、力があるはずです」

「ふふっ、それでこそ、だな。 その剛毅な性格、死ぬまで直りそうもなさそうだ」

「いけませんか?」

「いいや、カーライアらしくてそれでいいと思うよ。
それでは、始めるとしようか。 ……久しいな。木刀といえど剣など握ったのは何十年ぶりか」

その瞬間だった。
祖父の輪郭は弾け、夜の闇に消えた。 後を追うように蝙蝠達が闇を埋め尽くし、そのどれよりも速く剣閃が虚空を貫いた。 黒い羽音だけが彼の軌跡を追うように響いていた。
――なんて速さだ。 直観的にそう思わされた。反応できない。 恐怖が身体を縛り、本来の豪胆さも発揮できずにただ見ている。
だがそれでも、身体を内なる何かが突き動かす。 柵を振りはらい、歩みを進める。

「そうだ。 お前にも同じことが出来るのだから、何も恐れることは無い」

「……参ります」

目を離さずに、しっかりと睨みつける。
半身の無いその姿、宙に浮いた紳士然としたその上半を覆うように蝙蝠の群れ達が「闇」を形成している。実体のない吸血鬼だからこそ可能な、分解再構築の術式だ。
それでも剣を握っている虚空と姿との境の無い上半身の何れかは、自分の剣戟が通る。 流麗な剣筋のどれもに隙は無く、極められた剣であったとしても。
闇の恐怖に呑みこまれるのではなく、御して一つとなること、それが吸血鬼の真髄だ。
この闇は決して恐怖では無い。 そう自分に言い聞かせ前に寄る。
自分もまた、この闇と一つになり溶け込むことが出来るはずだ。

「それでは教授を開始しよう。
よく見ておくがいい。 これが……吸血鬼の戦い方だ」


剣先が弧を描き、月光に煌めいたと思うと夢幻のように幾つもの剣戟が空を穿ち殺到する。
向かってくる超速の閃きを目を瞑らずに打ち払い、恐れずに見据えて幾度となく切り結ぶ。 身体がどんどん軽くなっていくようだ。 相手の剣を往なしすり抜けると同時に振りおろし。 自分の動きに無駄が少しずつ無くなっていく様をカーラはまじまじと実感しながら、それでも祖父の打ち込みは底を見せてはくれない。 手加減をしているのだろう。 切り結んだ数を数え切れなくなるほどに思考が酷使された後に距離を取り、息を切りながらに見据える先はぶれされない。 手が雪崩れ込む衝撃を吸い切れずに痺れっぱなしだ。

霧とも闇とも取れぬ虚空に浮かぶ幻像が、祖父の真の姿なのか否か。 それすらの判別すら付かないのは彼の術式が高度に磨きあげられているからだ。 完全にペースに巻き込まれているのは分かっている。 自分の技量が圧倒的に稚拙なことだって承知だ。
だが、それでも握る剣に迷いを映してはいけない気がした。
肩で息を切り、余力を振り絞ってようやく剣を持ちあげ、痺れる腕でなんとか支えて向き直る。 自分ががむしゃらに打ち込んだ剣など一撃も貰っていなかったらしく、何一つ変わらずに宵闇に佇む姿は、憎たらしいほどに整然としている。
打ち込んでは弾かれ、或いは黒い霧にすり抜けられ。 そのたびに芝生の青みを口に覚えながら、泥を叩いて立ち上がる。 途中でやめる気にならなかったのは何故だろうか。
逃げるのに、なげだすのに疲れたというのもあるのかもしれない。 ただひたすらに、今は朦朧としたものを掴みたかった。

「……この辺にしておくか。 そろそろ夕餉の頃合いだろう」 何度目か、芝生になげだされた時に祖父は見かねてそう呟いた。 肘を擦り剥き頬は泥だらけになっていたが、瞳に宿る闘志だけは微塵も揺るがない。

「まだ、何も始まっていません」

「時には休息も、足を止めることも、また挫折することも経験のうちだ。
今日お前は充分に上達した……また次の機会にすればいい」

「それはおじい様の、吸血鬼の論理です。
人は、おじい様のように厖大な時間を生きられません。 ……私は確かにおじい様の孫です。 でも、同時に紛れも無く人の積りです。
私は人として生きます。 人として死にます。 だから、今できる事は今やっておきたいんです」

「まだ幼いのに、なんとも剛毅な事を言う」

「なんとでも言って下さい。
ですが、文句なら……私の剣を全て受け切った上でお願いします」

曇りなき瞳、貫く意志はまるで陽光のようだ。
そう彼は直観的にそう思った。吸血鬼が忌み嫌う、生涯目にすることのない天敵のそれが、孫娘の瞳には宿っているように思えた。
ともすれば灰にされそうな、激しい熱の籠った不思議な瞳だ。 同時に孫娘の背後を流れる、魔力の推移が変化している事にも気付く。
背中の左右を中心に磁場のように拡がる気流に類似したものが翼の形をして這いまわるのを彼は見ていた。 本人は気付いていないだろうが、紅を帯びた瞳孔も燃えるようなそれから血の色へと変異を開始している。吸血鬼の紅い瞳は視覚野を極限まで活性化させるだけでなく、それそのものが高度な魔術式の集合体だ。
視線一つで千の呪いを嗾けることが出来ると言われているほどに、代々に受け継がれ練り込まれた術式は瞳に集約し結晶化する。 網膜を状況に応じて駆け巡る、本人の意思よりも速く作動する魔導律は視野に捉えられればどんな生物も逃げ延びることは出来ない。 同じ吸血鬼であれば、互いの精度と動きを競うだけだ。
純正の吸血鬼であれば力の引き出しはいかようにも出来る。 だがハーフやクォーターの場合、本人が強い意志でそれを望み、当人に流れる血にそれが答えなければだめだ。
自身の孫であれど――彼は僅かに震えを覚えた。
少女とは思えぬ鬼気迫る闇の擡げて、木刀とはいえど闘志を掲げて毅然として芝生の上に立っている。 泥だらけの頬も、小さな背丈も闇に溶けて、紅い瞳だけがうっすらとそこにあるような錯覚を覚えた。 それは小さくとも紛れも無く夜の支配者たるに相応しい様相だった。 手を抜いて相手をするのが礼を失するかのような。

「いいだろう。 その覚悟を見せてみよ」

「……おじい様こそ、お覚悟はよろしいですね?」

「孫に剣で負けるほど落ちてはおらぬ。 何処からでもくるがいい」

答えるように紅蓮の残光は薄暗い中庭に揺らめき、一拍を開けて空間を貫いた。


















セバスチャン・ベルンハルトが中庭に出てみると、探していた少女は青銅のベンチの上で横になって、すーすーと寝息を立てていた。
薄暗い、それでも仄かな温かさが流れる優しい夜空の下に流麗な金髪を垂らして、木刀を握りしめてぐっすりとまどろんでいる。
彼はその姿を見るにつけ小さく嘆息し、また安堵した。

「お嬢様、こんなところで横になられては風邪をこじらせますぞ」
「暫くそのままにしておけ。 どうやらまだ剣の道を教えるには早過ぎたようだ……黒を引き出し過ぎたのだな」
「は……ではカレル様が? 剣の稽古など、わたくしめに申しつけ下さればよいものを」 直属の執事である自分がいるのだ。 吸血鬼の長たるものがわざわざ稽古をつける必要もあるまいとベルンハルトは思っていたが、当人は至って楽しそうに空を仰いでいた。

「それが不思議な事に、久しく私が剣を握りたくなった。 孫娘の射抜くような瞳を見ていると急に、な」

射抜くような瞳。
眷族の血を引きながらも、ときに陽光のように暖かく、ときに焼きつくさんとばかりの烈しさを孕んだ瞳。
世話役を務めていればこそにベルンハルトにも言わんとしていることはよく分かった。目の前で寝息を立てている少女は人と魔の交差点であるからなのか、小さな身体に似合わず天井知らずの何かを秘めているような気は薄々に感じ取っていた。

「ベルンハルト」
「はっ」 

短い呼びかけは重大な発言の影をうかがわせていた。

「カーライアに、"最終禁呪"を施してやれ。
何時になっても構わん。 この子にこそあれは、扱い切れるだろう」

「……お言葉ですが、あれは人の命を喰らう、万策尽きし後の文字通りの最終魔導律です。
聊か、カーライアお嬢様には荷が重いかと」

最終禁呪――魔道において龍を除いたその他有象無象の追随を許さない、吸血鬼に残された奥の手の中の奥の手。
その意味はよく知っている。 「天敵」が殆ど存在しない吸血鬼ですら敵わないと判断された鬼札が相手の際に、吸血鬼側が切れる唯一の鬼札。
彼らが命を吸って糧にするように、その術式そのものが術者の命を吸って稼動する最後の抵抗策。
吸血鬼ですら耐えきれずに壊死するであろうその負荷を、況してや半人半吸血鬼である少女に施すことなど、残酷以外のなにものでもない。
ベルンハルトは俄かにそう思わざるを得なかった。

「お前の危惧も分かる。 だが私だって、いつ滅びるのか分かったものではないからな、出来るだけ後顧の憂いは減らしておきたい」

「お戯れを。 貴方様は依然として健在ではないですか」

主は僅かに棘みを帯びた執事の言葉を見逃さなかった。 「――"これ"の事になると妙に噛みつくなベルンハルト?」

「私は……コンチェルトに永らく仕えてきました。 御恩は一生懸かっても返せる気がしないほどです。
ただ、それでも私は今お嬢様ただ一人のために仕えています。 思ったことを口に出したまででございます」

「フン、頑固な召使よ」

「主によく似ましたもので」

歴戦の執事はこうなれば頑なに自分の意志を曲げようとはしない。 呆れたように老齢の吸血鬼は嘆息を洩らした。
彼にとってコンチェルトは自身の家系では無いが極めて親しい位置にある。 ベルンハルトとの付き合いも長いが、こうも異論を唱えてきたりするのは珍しい。
そしてそういう時は十中八九、曇りも無い正論でありしかも自分の意見は決して撤回することは無いのだから、彼がいかによく先を見通し結論しているかも知っている。
だが、今回ばかりはやや感情的になっているのが見え隠れしていた。

「最終禁呪に、此れは耐えられぬか」

「……恐らく。
ですがお嬢様が聞いていれば、迷わず後継すると仰るでしょう。
そしてもしもの時に、迷い無くそれを受け入れるでしょう。
私にはそれが恐ろしくてたまらないのです。 怖れを知らぬその凛々しさが、何時かお嬢様の身を滅ぼすのではないかなどと、思ってしまうのです」

「強い子故に、か」

「はい」

「だが、強い子故に……本当に脅威に立ち向かう時に、力が無い事を悔むかもしれない。
お前はそうも思っている」

「……はい」

「常に最悪を想定しつづけよ、敵が矛を収めることを期待するな、可能な限りの備えを以って、仇為す者を迎え討つ構えを見せよ――コンチェルトの教え通りにするならば、残酷な選択肢も受け入れねばならぬ、とも考えている筈だな」

「有事に零はあり得ませぬ、虞が微塵も残っていようならば、それに全霊を以って対するのがコンチェルトでもあります。
それが盾であり、剣の役目でございます故」

「カーライアもまた、錆ついた歯車の中で生まれてしまったことを呪うだろうか、と私は考えたのだがね」

「……何か思い当たることが?」

「『それが自分に出来ることならば、自分は受け入れよう』と言い放ちおった、何のためらいも無く。
全く、この歳で誰に似たのやら……頑固な処は間違いなくコンチェルトの系譜かな」 呆れるようにやはり空を仰ぐ。
武を以って貴しと為すコンチェルトに生まれた不憫も、幾度となく考えたつもりではあった。 だが、孫娘は至って平然と己の運命を受け入れている。
大人の錯綜もまた何の意味も持たないのだろう。 彼らの覚悟は彼らにしか分からない。
結局、誰もが別の年別の日に生まれ落ちた個体なのだから、お互いのことなど何も分からないものだ。 永遠に等しい星霜を生きた吸血鬼は静かに己を恥じ、小さな覚悟を携えて眠る今や一人の同胞になった少女を見届け、ゆっくりと暗闇に溶けていく。

「カレル様」 振りむき声を飛ばしたのはベルンハルトだった。 「貴方様は、カーライアお嬢様のなかに一体何を見たというのです……?」

「なぁに、ただのダムピール(半吸血鬼)であればこんな話を持ちかけんさ」 何処からか木刀を取り出し、力なく背越しにひらひらと振った。
――先端が炎に喰われたようにごっそり焼け焦げているのは、どうやら蒙昧と化したベルンハルトの目でも間違いはないようだ。
伝説級の凄腕吸血鬼と称される"黒"のこと、模擬戦闘といえど剣の稽古で孫娘一人に後れをとったとは考えにくい。 考えられるとすれば、予想外にカーライアの吸血鬼としての能力開花が凄烈だったということか。

「或いは――」夜に消え、蝙蝠に紛れつつ紳士然とした影が吸い込まれていく中で彼は嘯いた。 「人と魔の交錯点だからこそ、かもしれんな」

「老兵はそろそろ、消えるさだめなのやも知れぬ」

「貴方様は……」

「ふふん、爺の戯言として受け取ってくれ。 ではベルンハルト、またいずれ」

「……御意」

「その力が託すに相応しいものか、楽しみにしているぞと伝えてくれ」

「かしこまりました」



何時の空だったか。群青と黒の境に消える蝙蝠達に包まれてかき消える言葉。
朧な意識の向こうに、カーラはその言葉を聞いた気がした。
魔であり、人であり、そのどちらともつかぬ存在――交錯点。 
不思議な響きだった。









【Viol Viera】

―Witch of Skybreak―

―aberration hunting file#13―

[Witch and Overload:NonLimit]












塔から離れた砂の平面で、彼は大きくため息をついた。
こんなに動き回ったのは久しぶりだ。
堆く積み上げられた龍骨の山の玉座でどっしりと腰を落とし、死神店長ことザラキエルは深く息を吐いた。
死神に体力などと言うものがあるかどうかは怪しいが、確実に疲弊していることだけは確かのようだ。 なんというか、魂が擦り減って消え入りそうな錯覚さえ覚えてくる。
元アークエンジェルが一人「サリエル」も地に堕ちたものだ。 実際に堕ちているのだから笑えない。
下の方で無邪気に神への反逆者仲間が手を振っているのを見れば、あらかた殲滅は完了したようだった。 くるくるとステップを踏みながら楽しげに踊る様は、この部下が天を揺るがす龍神の鬼札であることを微塵も感じさせない、紛れも無くリーゼロッテだ。

「てんちょー! せんめつ? くちく? まーどっちでもいいか、ともかく全敵昇天完了ですよー!」

喜色がいつもよりも透き通っていて、何やら素の表情のよう。 平常の不敵さを含んだ様子も無いところをみると、傷一つ付けずに同僚を冥界に送り戻したことが嬉しかったのだろう。 自分も久しく「天界言語」などというものを使ったものだから、すっかり瘴気に塗れた身体まで吸い上げられそうで落ち着かなかったけれども一定の戦果をあげることが出来た。

「ご苦労だったリーゼロッテ。 これで――」

「我らが龍の眠りを脅かすものはいなくなりました、店長……本当にありがとうございます」 ぺこりと深々と頭を下げるのは、なんとも唯我独尊な彼女には似つかわしくない光景。 天地でもひっくり返ったような行動に、死神店長は目をぱちくりさせて唖然としている。
龍の矜持……それはどうやら、自分が思っている以上に重みを持った事らしい。 リーゼロッテ自身が怒りに震えるほどの、それこそ命よりも重い結束。 物理的な外敵が居ない彼らにとっての、最後の支え。
それに一つの形であれ救いを与えられたことは、忘れかけていた良心だとか天使本来の性質だとか言うものが埃を払って出てきたようで、なんとも懐かしい感じを覚える。
とうに失われた筈の、悪くない感触。 それに再び触れられたような気がした。

「頭など下げるな」

「いえいえ、わたしゃーね? 店長と戦うのも、辞さなかったくらいで」

「なんだと?」

「だから、今だに力を貸してもらえるなんて、実は考えてなかったんです。
なのに店長ったら、好きにしろーだとか本職の死神舐めんなーだとか、私の心配なんてなんのそので先走っちゃって。 あーあー、もうそんなのも吹っ飛んじゃいました」

戦火を掻い潜ってきた煤塗れの頬をにっこり歪ませて、龍神はそう愚痴をもらした。
正体を元から感づいていたのは事実だし、知ったからといってさほど驚きもしなかった。 だが、敵対というおそれも孕んでいたにも関わらずそんな発想まで頭が回らなかった自分が居たのも事実だ。 有事下であったとしても、不覚には他ならない。 すっかり自分は現役天使だった頃のキレなど無いと自覚するとともに、平和ボケしていることも痛感する。 敵に回ればこの上なく厄介な相手で、しかも相手は自分の手の内をさんざ知り尽くしているような女だ。 悪魔なれば信用もできないはずなのに、内心それを考えたくない自分がいるのも考えものだ。

「そこまで言うなら、今からでも相手になろうか?」 いつも通りに、悪魔然とした死神の言葉が漏れた。

「いいえ」 彼女は眼を瞑って力を抜く。 無力な姿は全世界の敵であることなど感じさせる余地もなく。 「店長はやっぱり店長です。 天使様の頃のくせが抜けない、とんだおっちょこちょいです。
だから私も考えすぎでした。 こんなにも能天気な店長にくっついてきて、疑ってた自分がバカみたいです」

「ふん、俺についてきた事は貴様の失態と言うわけか」 「そうですね。 だから折角なので、このままリーゼロッテでいさせてください」

「…………」

「ダメ、ですか?」

「……貴様は俺の部下だ。 勝手に名前を変えるのもどうふるまおうとも自由だが、ついてくると言った以上は最後までしっかりと仕事を果たせよ」

「……はいっ!」

黒い空を貫くほどに透き通った返事と、溢れんばかりの笑顔。
いつもの倦怠は何処へ行ったやら、リーゼロッテらしからぬ顔だ、そう思いもすれど翳りを帯びないところは見慣れた彼女の魅力の一つでもある。 そして、このままで居てほしいとも、この顔に戻ってきたことに嬉しいとも、素直にそう思う。 「いい返事だ――随分と長生きしてるが、今日ほどドタバタした日は無かったな」

「老骨にはこたえましたか?」

「ハッ、バカにしてくれるな。 新しい楽しみが増えただけだ、むしろこれからだよ。
だから……今できることを終わらせねばな」

「手始めにバベルを救い、そして天界への反逆……ですね」

「全く、言いだしたのは誰なのやら」 「それなら、ほら。 あそこにあそこに」

リーゼロッテが指差した先に、迸る蒼い雷光。 蛇行しつつ凄まじい速度で接近し、周囲に残光を煌めかせつつ姿を現したのはロゼッタだ。 蹴りあげられた砂埃が渦を巻いて空に消える。 いつもの余裕の欠片も無く、肩で息を切るのは物理的に走り続けた訳ではなさそうだ。ぜえはあ言いながら顔を上げ、雷光に違わぬ剣幕で口を切る。
ただごとではなさそうである。

「――死神店長さん! 塔の上が!」

「一体全体そんなに慌て腐って…………なんだ!?」

瞬間、圧し掛かるような重圧が砂の上を包んだ。 否、バベル全界隈を包むような強烈な威圧だ。
黒い空の下でもなお辺りに絶望を落としこめるような、死神ですら息を忘れるような――ここ最近まるで経験したことのない重み――発生源は分かっている。
フランケンシュタインでは無い。 この心の臓にじかにナイフを突き立てられたような圧迫は、たかだか人間を止めた奴に出せるようなものではない。

「今のは!?」 ロゼッタが狼狽する。崩れ落ちる塔の頂を、そこに拡がる闇の黒と血の紅を見据えて。 対照的に死神店長は蛇に睨まれた様に硬直していた。
うら若い彼女は知らないだろうが、今の「反応」は紛れもない。 吸血鬼のそれに他ならない……そして今それを行使できる輩も、一人しか知らない。
だが、それはあまりにも哀しい力だ。
重く、暗く。 ただ絶望と諦観のみが支配する救いのない重圧。 眷族の血を引いていようとも、人間にはどうすることも出来ない世界。
悪魔であっても砕けて折れかねないそれを、ただの人であるお前が背負おうと言うのか。

「……最終禁呪、血命契約」 懐かしい言葉を紡いだ。

「店長さん、知ってるの……?」

「俺ももう何百年も目にしていない。
絶対の支配権を持つ吸血鬼であっても、敵わないと判断した相手が出た時にのみ、行使されると聞いたことがある。 血が術者の全てを喰らい尽くしながら、己の持つ全霊を振り絞り相手を侵蝕する。
奴らの持つ長寿を擲ってでも愛する者を守りたいと、この場を乗り切りたいと、真に願った時の最終術式だ」

「それって、カーラがピンチだってことじゃん! 障害は全部振りはらったんだ、急がなくちゃ!」

「待て小娘!」 実体化した腕で肩をひきとめる。 「――あれが発動したらもう誰にも止められん! 巻き沿いを喰うぞ!」

激昂するロゼッタの気持ちもわかる。 だが一度開かれた魔女の窯を閉じることも出来ない。
掴んだ腕が、猛烈な反発を以って振りほどこうともがく。

「じゃあどうすればいいのさ! ここで黙って見てろっていうの!?」

「――あの女が何故あれを発動させたかを考えてみろ。
自分でも敵わないと感じ、それでも己を燃やして絶望に向かい臨んだヤツの覚悟は生半可なものではない筈だ。
そして、奴が他でもない何を守ろうとしたのか――分からんとは言わせん」

「……もしかして」

気付いたようだった。
あの魔女が、何もかもを擲ってでも守りたいもの。
バベルの下に集う、数千数万の命。 決してそれだけでは無い。 あの魔女が、誰よりも大切に――それこそ、自分を礎にしてでも守り通したかったもの――
その激情を宿した双眸が、僅かに潤みで揺れた。
ロゼッタは、久しく自分が何よりも愛されていることを実感したようだった。

「お節介な奴のことだ。
ここの連中のどれもを救う、そして奴が一番大事にしている妹に、何一つ負を残すつもりなどない。 それのどれもを取るためには……捨てなくてはいけないものがただの一つだけあった、奴にはそれだけの話なんだよ」

「絶対、そんなのおかしいよ!」

全てを守るために、ただ一つ自分だけを捨てればいい。
理屈としては正しいのだろう。 圧倒的多数を取るのには採算上は最善の選択だろう。 だがロゼッタにとってみれば、最悪の選択で裏切りに他ならないのだろう。
雪崩れるようなやるせなさに打ち震え、やり場のない感情の渦に押し流されて、尚も何も出来ぬ自分に怒りを携えているようであった。
そして彼女は小さく涙を振りはらい――きりと塔の上を睨んだ。

「あたし、行ってくるよ」

「正気か?」

「だって、おかしいもん。 カーラが間違った事をしてるなら……それを止めるのも、あたしの役目な筈だよ。
あたしたち、家族なんだから」

「ロゼッタさん!」 押しとどめようとしたリーゼロッテが隣で叫んだが、死神店長はもう止められない事を悟ったのか、無言で手を伸ばして往く手を遮る。
目を見れば明白なのだ、本当に意を決している奴にどんな言葉も制止の意味を持たない事は。
「……血命契約の時間が長引けば長引くほどに、奴の命は削り殺されていく。
今のうちならまだ間に合うかもな」

「店長まで!」

「バカにつける薬など無い。 だが後になってやれなかったことを嘆くよりは健康的だ。
万に一つを掴みたいのならやれるだけやってこい、若人共め。 止めるのももう疲れた」

「……行ってくるね!」

「あーあー、行っちまった」 リーゼロッテが地を駆ける雷光を見送り呆れるように呟いた。 「心配か?」

「そりゃあ、勿論」

「貴様も行っていいのだぞ」

「……あー」 リーゼロッテは「情に中てられたな」と言ったような顔をした。 なんだかんだで心の内を見透かされていることに自嘲し、それでも見透かされたことに何処か好感を覚えたような気がした。 「わたしも随分と柔になりましたかね。 あんな小娘一人に」

「人を信じると言うことは弱点を抱えるということだ。 だが孤独では何処まで戦えるか分からん。
だから……人は群れるのだろうな。 互いの穴を互いが埋め、互いの背を互いが守る。 理想であり合理であり、何よりも脆くもなれば何よりも堅くもなる」

「それは経験談ですか?」

「さぁな、だが俺も独りなればこそ、何処までも戦えなかったというのは事実だ。
逃げることしかできなかったから、お前たちにはそうなってほしくないという念はある」

神と戦い、そしてその手から堕ちのびた彼らしい言葉だなとリーゼロッテは思った。
群れから離れるのは勇気のいることだ。 だが彼は群れを良しとせずに常に敵と、そして孤独と戦い続けた。
だから、なのかもしれない。 彼からしてみれば「何よりも強い結束」は、最後まで手の届かなかった理想なのだから。
それは孤独というものと常に背合わせだったリーゼロッテにとっても、察するところであった。



「今にやれることをやるがいい。 後悔したくなかったらな」

「店長、なに達観した積りになってるんだか」

「あ?」
















「まだまだやり直せるっつってんですよ。 天使に寿命があるんだか無いんだか知りませんが、まだ折り返しでも無いでしょう?
仮にそうだとしても、定刻が迫っているからこそできることもある。 死にかけた末期者のように好き勝手生きるのもまた自由です。
はえー話が、ナマ言ってるんじゃねーってことですわ」

「……はっ、お前もな」

「お互い様ですよ」 リーゼロッテは小さく笑い、黒い風に包まれた。
黒金の装甲を思わせる鱗が聳え立ち彼女本来の姿が金色の残光を棚引かせ現れる。 翼を拡げ、列風で大空を制空すると低いところを吹き飛んでいく。
その重量は、人間に為し得ることのできない重みを携えていた。
七枚の羽根が振りかざされただけで空は悲鳴を上げ、衝撃が辺り一面の砂埃を巻き上げ渦を巻く。
「さて……」 店長はゆっくり踵を返して黒い空を見る。 一点だけ切り裂かれた、天使の階段とも言うべき眩い光を見つけ、そこから降りてくる忌々しい神々しさを纏う巨影を睨み向き直る。 
それは随分とだらしなく涎を垂らした、仮面に覆われた獣だった。 白銀の鎧を纏い、鈍色の鎖につながれ、自我も無く仮面の下から牙を向くだけの神々の尖兵。
彼はそれを知っている。 遥か昔に天界が尖兵へと据えた、統率の容易な知性なき獣。
制御し切れなくなった「龍」に代わり、今彼らの戦力の殆どを担う「アズライル」というタイプの獣だ。
考えることを放棄し、只管に神の命ずるままに敵を擂り潰す力の権化。 醜悪な顔面を包み隠す青銅の仮面が彼らの理性を奪っている。 背中から伸びる翼は白鳥のようでもあり、汚れ切った白と抉れた端端は猛禽類を思わせてもいる。
仮面を無理に引き剥がせば、思考が崩壊してアズライル事態が自爆するというおまけつきだ。ひとたびそれが起これば国一つが簡単に消し飛ぶとまで言われている。
過去に幾度となく発生した大規模天変地異も、このアズライルが原因と考えられるものが幾つか見られるほどだ。
――吐き気がするその容姿を見るにつけ、店長は溜息をついた。

「神よ――貴様はまだ奴ら人間を縛ろうとするのか?
天と地を引き離し、尚も己の正義を押しつけ、泥の人形のままにとどめようと言うのか」

「ガルルル……」

「挙句こんな醜い獣まで使って、ふふん……舐められたものだ」

醜いという単語に、僅かにアズライルが反応した。牙をむき出しにして激昂し、爪を振り上げて咆哮する。
魔力探知により視覚が塞がれていても店長の方をしっかりと喰いついている。 況してや魔力反応が極めて顕著なのだから、当然と言えば当然だ。
だが、そんなことは店長にとって何の意味も持たなかった。思う処があるとすれば、地を踏み躙る神の兵器「アズライル級」と久しく戦闘することが出来るという喜悦だけだった。
溢れ出る未知の出力に、向こうは本能的に怖れを覚えているようでもあった。

店長は両手に携えている無数の死神投擲刀を胸の前で集わせ、回転させる。
物質的な境を失った包丁のどれもが銀色の球体に溶け、彼が手をかざすとそれはぴしゃりと一筋の長物を形成して、手に収まった。
――それは命を刈る刃の形をしていた。 人の背丈ほどもある大鎌だ。
ともすれば使用者を傷つけかねない湾曲した刃取りに、黒い神の意匠が打たれた邪悪な形状。
人々が死神を想像すれば真っ先に思い浮かぶであろう武器だが、そもそも死神自体が「死を運び、また再生を司る神」なのだから、収穫を意味する鎌の形を携えるのは正しいし実際に初期の死神は鎌で命を刈っていた。ただ禍々しいイメージを先行させかねないそれを避けるものも多く、彼もまたそのために暫く己の得物を封印していた。
だが、この際そんなことも言っていられるはずもない。 戦うのならば、全力で臨むのが筋というものだろう。
――死神の全力が、自分自身でも底が思い出せないものであるという以外は。

「では、存分に思い出すんだな。 俺を地上に堕としたことが貴様唯一の誤算だよ、神」

「……グルァァァ!」

「来るがいい、化け物」

威圧的に風を翻し咆哮するけだものを前に、死神店長は久しく使い古した刃を、猛々しく向けた。


 
 
 
 






弾き飛ばされた衝撃で着地した箇所の、青銅色の屋根瓦をパンプスは抉りとりながらそれは動きを止めた。
黒い衣を翻し血の剣群の花弁の中に佇みながら、魔女は一人敵を見据えていた。 
死をこんなにも近く意識したことは無かった。
後戻りが出来ない事を、こんなにも怖ろしいと感じたことも。
自分の中を駆け廻る血の一滴一滴が、牙を突き立てて狂おしく獲物を求める。 自分が自分で無いような感触だ。 だが狂気の渦の中心にあっても、魔女には何を成すべきかがしっかりと見えていた。
黒い影を落とし聳え立つ鋼鉄の蜘蛛。 あれこそが、自らが打ち砕くべき仇敵。人と魔の境に、混沌と不吉しか齎さぬ影。 それは、自分が良く見知った敵の姿。 幾度となく地獄に叩き落とそうとも、その度に這い上がってきた妄執の結晶とも言うべき存在。
彼には彼の、負けられない理由があるのだろう。 元よりそう言う男だ。
人類を俯瞰したその瞳に映るのは、確かに最善の選択かもしれない。 だが、それは――彼が盤上と呼ぶであろう、そこに生きる命――彼が駒と差すだろうそれの事を全く考慮しているものでは無い。 フランケンシュタインその人にとって、命とは平等に価値の無いものなのだ。天秤にどれを載せても、一の重みしかもたないものなのだ。
魔女にとって、それは違った。
守りたい命も、そうでない命もある。 わがままと言われようとかまわない。 自分には守れる範囲が限られているし、守るものだって選ぶ。
だが一度守ると決めたものに、妥協など許さない。 全部を全部、欲張りに守り切って結果を残す。
自分はそのための「盾」なのだから。 それがコンチェルトに託された力、それの向けるべき指標なのだから。
 

彼女は風のように滑り込み、刃をつきたてた。
剣から噴き出す紅蓮の波を両手に携え、デウス・エクス・マキナの八肢にねじ込むと同時に薙ぎ払う。 貫徹した血晶の刃のそれぞれが牙をつきたて、引き裂き細胞単位から喰い破ると、鉄屑の血飛沫を上げて悲鳴の軋みを立てる。 それでも均衡は決して崩れることは無く、脚一本のダメージなどもろともしていないようだ。

「ちっ……!」

舌打ちは一瞬、再び流れるようにその場から消え、彼女の軌跡を追うように地上からアラミエド式対魔砲弾が着弾し紅蓮の煌めきを上げる。
烈しい爆炎の中においても、吸血鬼はその影を掴ませることなく霧のようにすり抜けていき、耳朶に響く同僚の助言に耳を傾ける。
千万の蟲が織りなす視野はバベルの全景をくまなく捉え、そして彼女へのデータリンクを開始すると、知らせられた情報をもとに砲撃を掻い潜るプロットを瞬時に脳裏で練り込む。

「地上の戦車砲、距離400-600……数14――君を狙っている」

「14発ね」

「回避し切れるか」

「魔女の踊り方を見せてやるわ」

踊る様に榴弾の雨を、死を齎す炎を掻い潜り、ひらりとかわし。 たった一人と、巨躯の一基だけが支配する青銅の頂の上を、楽しそうに舞う。
炸薬を満載した武骨な鉄の塊がすりぬけようと、頬を炎が焼こうとお構いなし。 危うげな足場、呑みこまれそうな奈落の上で彼女は可憐にステップを刻む。
焼けた頬は間髪いれずに吸血鬼の再生が始まり、数瞬もせずに皮膚を再度構築し直し、影も形も無くさせてしまう。
彼女にとって、戦車砲の十二十は物の数では無い。斃すべき敵はただの一人。
それ以外は舞台と物語を彩る傍のモブ・キャラクター、アザーカーに過ぎない。

姿勢をかがめ、砲弾の彩る先を颯のように駆け鋼鉄の蜘蛛に駆けのぼる。 加速する視界。 金色の鬣を翻して、彼女は獣のように一直線に。
塔に圧し掛かる、規格外の化け物の目――センサー類の集合体と思しき前に舞い降り、加速を累乗して両手の刃をつきたて――弾着。
迸る血晶が牙を向け、無限の剣群となって貫き通す。 身体中から抽出させられる常軌を逸する血量に激痛を覚えながらも、魔女は化け物は堪らずのけ反り、後ろの楼閣を叩き潰して倒れ込んだ様を見た。

……間違いない、効いている。

「中枢部が有効打点だな。 そのまま畳みこめ。
如何に機械仕掛けの神魔といえど、今の君の斬撃を幾度となく喰らえば摩耗する」

「りょーかい」

「油断はするなよ」

「まさか。 微塵も残さないわ」

機械仕掛けの化け物を庇い立てるように、上空からデルタ状の機影が編隊を成してやってくる。 音よりも素早く魔女の視界に入ったと思えばそれらは、
まるまると太った爆雷をぼとぼとと無遠慮に落としていく。 恐らくはアレにコントロールを握られているのだろう。 一糸乱れぬ統率に魔女は呆れつつも、瞳の紅でしっかりと捉えたまま背に纏う蓮の花を向けた。 射角を偏差し、予測軸に音波による爆裂を力のままに叩きつければ、無数の撃墜された憐れな弾頭たちが地に落ちる間も無く花火となって消えた――そして投下した彼らの後ろには、見知った影がその背を火砲で穿っていった。
見知った爆音と、懐かしい銀朱の噴射炎。 機首から丸みを帯びた空力的に有利な形状は鶴のように美しい。 カナード翼を稼働させて常人では気を失うであろう機動をやってのけ、視界を外れていく。 同時に頭の中に響く、魔導化された通信思念。
チルミナータルだ。 

【4機撃墜】 「魔女は無事か」 【護衛目標を確認しました、健在】

「チルミナ! それにオレグ!」

「よう魔女、相変わらず老けねーなお前!」

【雑談をしている場合ではありませんオレグ。 デウス・エクス・マキナが態勢を立て直しています。
第一種対装甲爆装に切り替え、反転して一気に侵入爆撃。 次は八肢を叩き潰します】

「おおそれもそうか、んじゃあ気張っていくぜ」

【Да.】

懐かしいその姿に、何も変わらない軽口のやりとりに、魔女は懐かしさを覚え、同時に瞳に熱いものが込み上げてきた。
彼は確かに死んだ。 その事実はもう動かないし、失われた肉体ももう元には戻らない。
だが、彼は何も変わっていないのだ。 死してなお、その魂は空を舞う戦士のそれだった。

――彼の死を無為にしないためにも、この戦いに決着をつけねばならない。
零れる雫を振り払って、凛とした眼で斃れ伏した化け物を見据え、両手に携えた巨刃を振りかざし一息に肉薄する。
絶望のように立ち塞がる影も、血肉の通っていない冷たい巨躯も今は怖くない。
今日、全てに決着をつけることが出来るのだと思うと、それも行く手を阻む障害にはならなかった。
魔女は駆ける。 たんと瓦礫を蹴り大きく跳躍すると、二刀に魔血と全霊を注いで超重をもろともせずに振りかぶり止めを刺さんと振りおろす。

その瞬間だった。

【……敵機中枢に熱源反応? カーラ、避けてください! 砲撃来ます!】

チルミナの警告。 耳に届くころには遅かった。
起きあがったデウス・エクス・マキナの胴体部から漏れる、紅蓮の光熱。 しまった、と思った。 宙空から襲いかかるこの瞬間には右も左も飛びのくことは出来ない。
即座に分体してダメージを軽減しようとも思ったが、その思考を巡らせる間もなく容赦なく爆熱の奔流は魔女を貫き、塔からつき落とす様に吹き飛ばした。

「ちっ!」

オレグがすぐさまにギアを入れ直す。 チルミナもその反応にすぐさま理解を示し、吹き飛ばされた魔女の身体に照準を向けた。 エンジンノズルに全出力が注ぎ込まれ、大口を開いて紅蓮の奔流を迸らせる。 「間に合うか……!」
キャノピ―から見える彼女はどてっ腹から糸を引くように血飛沫を垂れ流し、微塵も動かないまままっさかさまだ。 雲を衝く高さの塔、頭から落ちればいかに頑丈な魔女といえど即死しかねない。 意識があるのか否かも明確でなく、受け身すら取れずにただ落ちていく様を彼はただ見捨てるわけにはいかなかった。
自分が亡きものとなった今でも、戦友である魔女を死なせるわけにはいかない。
寸分の違いも無く、自分はそのために、今ここに居るのだ。

【アフターバーナー、オン。 ただいまの速度マッハ2.6】

「くそっ、これでもダメか!?」

【神のみぞ知ると言う奴です】 風を引き裂き、音を置いてきぼりにしてチルミナが全力で垂直に落下する。 瞬く間も無く地面が迫り、魔女の影が近づいていく。
真っ逆さまに機首を向け最高加速で突っ込むという常人なら卒倒どころかブラックアウト確実であるだろう苛烈な狂気沙汰にあっても、既に身体がないオレグとチルミナに何一つ恐れる物など無かった。 ヒイズルで言う「神風」という戦法に非常に酷似しているな、と背中に引きつくコクピットの中で彼は自嘲する。
そして目を見開き、転落する魔女の血筋を寸分の狂いも無く追った。 神風と違うところと言えば、自分はもう命を擲ち終わった後で、まだ救うものがあるということだ。

【地表まで残り2秒】 チルミナが淡々と、それでも何処か焦燥を含んだ声音で言った。 【キャノピー開放します! 幸運を!】

「間に合え!」


手を伸ばす、同時にチルミナがすぐさまレバーを引き直す。 真っすぐに地上に突っ込み、寸前で機体を引き揚げて直角機動。
地面に集う屋台街を猛烈な衝撃波が薙ぎ払い、寸前のところをチルミナが精密極まりない位置取りで腹を持ちあげる。 エンジンノズルから零れる勺炎が石畳に吹き付け、擦れるような近さであってもなお飛行を続ける。
そして――開いたキャノピーから伸びる手には……しっかりと魔女の白い肌が握りしめられていた。
目一杯の膂力で実体化を維持しながら引きこみ、抱きかかえる。 二人乗りには狭いコクピットだが、チルミナは慣れたものと依然低空飛行を続けたままだ。

「…………んっ」 魔女が意識を取り戻し、自分がおかれている状況を瞬間的に把握したようだ。 綺麗な口許に垂れた紅が、痛々しさを物語っていたのを感じ、オレグは密かに心を痛めた。 彼女は未だ、命のやりとりの中で己を傷つけ続けているのは、間違えようもなかった。

「危なかったな」

「……バカ。」

ただのそれだけだった。 かと思えば、よく見れば双眸には僅かに潤みに溢れていた。
万感が込められた「バカ」なのだと、オレグは悟る。 思えば、随分と迷惑をかけてきた気がしないでも無い。 勝手に死んで、勝手に甦って、勝手に助けに割り込んだ。
それだけの悲しみを、彼女に与えてしまったのだろう。 罵倒されるのは至極当然だといえた。
そして今の一瞬が自分の為す、ただ一つの清算だ。

「何勝手に、死んでるのよ」 「……返す言葉もないよ」 【ですね】

魔女はきょとんとして、機体の方――コクピットから見える後部に恐る恐る目をやる。 オレグの拘束をいつもの怪力で跳ねのけて、立ちあがって機体全景を見る。
幻聴で無ければ、第三者の声が聴こえた。 他に誰もいないが、この身体の下から響いてくるような優しい声は心当たりがある。

「チルミナ? 貴方なの?」

【はい、CY-38チルミナータルです。 オレグ・ミコヤンビッチ・ドラグノフ大尉の乗機です】 チルミナは機械的な自己紹介をし――しばし適切な語彙を探した。
【――幾度となく戦場を伴にしている筈ですが、こうして真っ向切って対話するのは初めてですね、カーラ】

「……初めまして、かな。 よろしくねチルミナ」

【初めましてカーラ。 これからも宜しくお願いします】 付けくわえるように、いつもの茶目っ気を発揮する。 【少し積載が減りましたね】

「こんだけ動けば豚も痩せるわよ」

【オレグが牛だと】

「あら? それは聞き捨てならない台詞だこと」

「おい待つのだ魔女、お前今自分で豚と!」 ハァ、と魔女は優雅に溜息をつき、観念したように手を振ってキャノピーに手をかける。
溜息ついでに腰に手を付いたが、牛だの豚だの揶揄されるほどには膨れてはいない。 これでも体調管理には気を遣っているほうだ。
体重計に乗った時の言い知れぬ哀しみをもう二度と味わうまいと決意した結果だ。

「あーんたには、まだまだ山ほど説教があるわ。 でも、全部終わらせてからにしましょ」

「……そうだな」 オレグはそれしか返すことは出来ない。 魔女はすっくと立ち、這い上がるとテニスコートのように広い主翼の上に立った。
腹の大部分を抉り取って、臓物も関係無しに黒こげにして、立っているのがおかしいくらいの重傷にも関わらず魔女は凛と塔の頂を睨む。
超高速の風圧流れる翼の上でも、しっかと両足を突き立てられるほど引力を足に宿しているのだから心配は無用なのだろうが、それでもオレグは気が気でなかった。
何より――【彼女が傷つくのが、みたくないのですよね】 代弁するように、と言うよりもむしろ先を打ってチルミナが心のうちをさらけ出してしまう。
内線であるのは、魔女に聴かれまいとするチルミナの配慮か、オレグただ一人に向けられた言葉であるようだ。

「ああ……ってお前!?」

【私と貴方は一蓮托生です。 考え事なんて筒抜けですよ】

「全く、お前には敵わないよ」 溜息は一瞬。 「確かに、あいつは強いさ。 俺よりもずっとな。
でも、吸血鬼だろうが魔女だろうが、女には変わりもない。 出来ればな、と思ってしまうよ」

【それでも、彼女には戦う理由があります】 チルミナが塔の上目掛けピッチを上げ、垂直に機動を取る。

「ああ、そうだ」

【――彼女について行けば、人は幾つ命があっても足りないでしょう】

「それも知ってる」

【それでも、オレグ……あなたは】

「ああ、何処までだって付き合ってやろうじゃないか。
もう失うものならとうに落っとこしてきた、今さら悔やむものもない」

【――私は、貴方の決定に従うまでです】 何故だろうか、何処か寂しげな声音で電子音声は紡がれた。
諦めや、失望や、それに混じった僅かな安堵のようなものが漂っていた。 そして、突き放すような一言を添えて。 

【私は兵器ですから、貴方と彼女の関係は、理解できませんから】

「……お前にも、悪いと思ってる。 いつも無理させて、すまなかった」

【もう、筒抜けだと言ったじゃないですか。 今さら口に出すまでも無いのですよ】

「ははっ……」 オレグは乾いた笑いの後に、操縦桿を握りしめる。 左手に見える橙のボタンを押し、速度域を変更。 「幸せ者だな、俺は」

【全くです】

「オレグ!」 再び機首から鋼鉄の化け物が見えてくる辺りになって、魔女から声が飛んだ。 「正面から擦れ違いざまに斬りつける。 方位そのまま、奴の腹の下を抜けて!」

「魔女、お前動ける身体なのか!?」 つい先程まで余りの損傷に意識を失っていたのだ、おまけに腹の空洞から臓物が零れ落ちそうだ。 「腹からだらだら流血してたんだぞ!?」

「血なら十年くらい毎月流してるわよ」

「……なんて発言しやがる」 【逆セクハラですね】

何処まで強い女なのだろう。
人智を超えた強靭さも、誰かのためになら幾らでも自分を傷つけられるその覚悟も。
到底人間では釣り合う奴がいないわけだ。 オレグは小さく嘆息し、突き抜けるようにフランケンシュタインの化け物へと突貫を開始した。
チルミナが魔道生成による爆装を完了し、レティクルを合わせるその向こうでは蟲男が百足の様な触腕を召喚しその動きを留めていた。
魔女が意識を失って転落してから、単騎でずっと抑え込んでいたというのか。

「あいつ、やるじゃない」

「お前が吹っ飛んで真っ先に持ち場を離れて駆け付けようとしたよ、あいつ」 音速の世界で塔を俯瞰していたオレグが魔女の感嘆に応える。「だが、チルミナと瞬間的に交信し、自分まで出ていくと形勢が押し返されないからな――言ったんだよ、『任せる』とな」

蟲男は何処までも冷静だ。 感情に任せて動くことを良しとしないのはよく知れたことだが、それでもなかなか聴ける言葉ではない事をオレグはよく知っていた。
どうやら、自分が離れている間に心境の変化があったらしい。 険悪な二人しか知らないオレグには天変地異のようにも思えた。

【愛されていますね】 小馬鹿にするようにチルミナ。 魔女はむくっと膨れて、「あんたバラすわよ?」 【空戦の申し込みならいつでも受け付けていますよ】 チルミナも負けじと優雅に返す様に携えられるは、無機物であることを感じさせない色彩豊かな表情。

「ほれほれ、二人とも俺が愛してやっから、その滾る気概はフランケンシュタインの奴にぶつけろ。 おぅら、交差するぞ!」

【対地ミサイルで奴の前方四肢を穿ちます。 バランスが崩れた隙に、カーラは核心部に止めを!】

「あんたら、よくそうやって直ぐにギアチェンジ出来るわね……ちょっと呆れちゃうわ」

「戦闘機乗りだからな」 【戦闘機ですから】

声を揃えてそう言い放つ。 人機一体と言わんばかりのコンビネーションに為すすべも無く魔女も真っすぐに巨塔を見据えた。
地上から機械仕掛けの神魔が制御する対空砲火の雨。 赤熱と眩い光源の行き交う必殺の空域を優雅にすり抜け、背面から迫る敵機はチルミナがテイルコーン・レーダーに捉える。 爆音を奏でぴったりを背後についてくる機影の腹に光る空対空兵器。 【尾けられていますね。 7時方向、レーダー照射を受けています】 「構わん、突破するぞ。 任せていいな魔女?」

「ふん、何処から何処まで北帝の再来なんだか」 魔女は背中から不敵に笑い二振りの刃を振り抜く。 銀色に鈍く煌めく人の背丈ほどの刃を携え踊る様に旋回。
背面から襲いかかる敵機に向き直り、左翼に仁王立ちして刃を向ける、幾度となく目にしたシーケンス。 頭の中では冷たい森の低空で追いつ追われつの日々が思い出される。 背中から湧きたつ"オーケストラ"を展開させ、まるで天使の羽根のように配置を完了し――静かに狙いをつける。 そして甘い声で勝利の口付。

「おやすみ」

瞬間、魔女の背から放たれた四十八の光芒は水面をうねる毒蛇のように追跡機に肉薄し、夜空に煌めく星星のように黄金の煌めきを放って炸裂した。
崩壊の間際命と引き換えに放たれた誘導兵器がチルミナを追撃するも、煙を吹きはなって超音速で喰いつくそれを魔女は逃さない。
擦れ違いざまに巨刃を振り抜き中枢を寸断して信管を殺す。 軽快なステップを踏んで超重の刃を寸分の狂い無くミサイルに喰い込ませ次から次へと叩き割っていく。
真っ二つに寸断された誘導弾が使命を成し遂げられずに落下していく――邪魔をするものは全て振り払った。 次は核心だ。

「チルミナ、最大加速! 立て直す暇を与えないで!」

【Да!】

エンジンノズルから常軌を逸する爆炎が噴き出し熱波がこちらまで届いてくる。
全身から湧きたつ血の呻き、それらが暴れ悶える激痛に意識を持って行かれそうになりながら魔女は風圧に耐えていた。
音を取り残して空中を突きぬける機体には僅か数秒の出来事だが、魔女には随分とその間が永く感じられていた。 だが、それもこれで終わりだ。
脳裏によぎる、2年前の戦争と戦友と、仇敵と、下に広がる守るべきもの達と。
その中に、一人のよく見知った少女の顔を思い浮かべながら。
今、自分が何もかもに決着をつける。
魔女は大きく両刃を振りかぶり、構えを取った。

尚もデウス・エクス・マキナは稼動を続けて塔に罅を入れ続けていた。 恐らく暴発を狙っているのだろう、元からフランケンシュタインは自分の生存を入れていないようにすら思えた。 バベルの中枢に全界隈を消し飛ばすにゆうに足る出力が膨れ上がっている。 何れにせよあれを斃さねばここら一帯粉微塵だろう、それだけの破壊力をあの塔は有しているのは、ぴりぴりと肌に干渉する魔力波で魔女も感じ取っていた。

「……全く、何処まで君は私の邪魔をしてくれるのか」 耳障りなしわがれた声。 誰のものかは明白だ。
だが、彼の声は僅かに機械的なノイズを含んでいた。 いや、取り込まれそうなほどに自我が読めなくなってきている。
召喚魔に自らの魂を冒されているのだろうな、と魔女は思った。 尋常でない出力を引き出せば、逆にこちら側が喰われて取りこまれてしまう。
そしてそれは自分も決して例外では無かった。
魔女は、小さく返事をする。

「――あなたにとって、魔は許せないものなのかも知れないけどね。 確かに人を滅ぼすに足る力を持つ恐怖の存在なのかもしれないけどね。
……だからって、全部を全部消し飛ばすってのはお門違いなのよ。 あんたが思ってるほど人は愚かじゃない。 あんたが疑ってるほど、悪魔は腐ってない。
人間を信じ切れないあんたに、私たちがどうにか出来ると思ったなら――教えてあげるわ」

「ふふん、その強気が何処まで続くか見ものだなカーライア君。 君は自分の論理が破綻していることにまだ気づいていないようだ」

「抜かせ!」

そう吐き捨てた瞬間だった。 突如、塔を覆うように不穏な感覚が駆けたと思うと、魔女は自分の目の前に広がる光景を疑った。
瓦礫が、鉄が、奴らの持ち寄せた人間界の兵器のそれぞれが、空中に浮かんで渦を巻いていた。 まるで重力を無視しているように浮遊し、そのそれぞれ吸着するように結合を始め溶け込むようにデウス・エクス・マキナの本体に吸い込まれていく様は、即席の装甲板を溶解してじかに繋ぎとめているみたいだった。

「電磁力か……」 蟲男が驚嘆して呟きを洩らした。 「奴が鉄の塊であるならば、自らの磁場を魔力で螺子曲げ吸収するのも造作は無いということか」

「ええい、往生際の悪い男ね!」

【聊か不味いですね、装甲が厚すぎます。 あれでは対地ミサイルが貫徹しません】 チルミナが脇をすり抜け反転しつつ、機をうかがう。
魔力で生成するとはいっても、彼女の兵装は彼女が実際に取り込んだデータや交戦記録から「再現」するに過ぎない。
実機であったころの記憶が彼女を成形しているのだが、逆に言えばそれ以上の事は出来ないというのが現状だ。 歯痒い思いをしているのだろうが、彼女は冷静でしかも自分の性能をよく知っている。 決して無理はしないのだ。
「魔女、お前はどうなんだ」 「ダメ。 あれじゃ突き刺す端から再結合されるわ」 「万策尽きたか……」

「認めたくないけど、状況はかなり厳しいみたい……うぐっ」 そこまで言ったところで、魔女の視界が揺れた。
視野が波に当てられたみたいにぐらぐらと揺さぶられ、身体が思い通りのレスポンスを取ってくれない。 「おい、大丈夫か!?」 オレグの思念波すら遠く聴こえる。
少々、長く術式を解放し過ぎたようだ。 この状態で戦えるのは持って数分、そこから先は命の保証は無いだろう。
全身の血が沸騰しそうに熱い、意識を持って行かれないように立っているのが精いっぱいになってからでは遅い。
ならば――やるしかない。

【オレグ、突っ込みましょう】 魔女に続き、意を決したようにチルミナは呻いた。 「なんだって?」 【カーラも限界、目標は依然としてバベルを崩壊させようとしています。 後悔したくないのならば、無茶だろうが無理だろうがやるしかありません。 目標に機首を向け、最速で突破します】

「んなこと言っても、魔女はこのありさまだぞ」

【いいから操縦桿を握ってください! 彼女の決死の覚悟を無駄にしたくないのならば、早く!】

チルミナらしからぬ気迫に押されるようにオレグは操縦系のスイッチを切り替えた。旋回から立ち塞がる鈍色の影に照準を合わせ、スロットルを一気に押し込んだ。
そんな時だ、何処からか溌剌とした声が聴こえて来たのは。
戦場のど真ん中とは思えないほど活気に溢れ、怖れを微塵も見せずにむしろ打ち砕くくらいの、太陽のような発破だった。

「よーし、ようやく追い付いたぞ。 化け物めあたしが相手だ!」

【バベルに小型の生体反応を検知……女の子が一人?】

「何者だ」

【ただいま該当者がいないかデータベースに検索をかけます】 チルミナが答えを導き出すよりも速く、魔女が驚愕した。

「ロゼ!?」 「ふふん、一人でカッコつけようたってそうはいかないからね」 得意げに赤毛を翻し両手に雷を点す、その双眸に何の緊張も見られない。
エピタフィオンが誇る西の最終兵器は悠々と聳え立つ巨像に目掛け指を指し啖呵を切るのを上空から見て、とたんに魔女は状況の悪さを認識した。
確かに常軌を逸した速度を出せると言っても、ロゼッタの魔術は雷撃の塊を叩きつけるだけだ。 幾ら火力が高くとも核心部まで到達するほどの威力はとても望めない。
だが彼女が制止しようとする間も無く、ロゼッタは文字通り雷光のように駆けた。
蒼い影をゆらりと取り残すのは一瞬、次のシーケンスには瞬く間も無く蒼い雷光が巨躯の間断を飛び交うように駆け抜ける。 狼のように地を蹴り、空気を引き裂いて幾千の爪痕を刹那の間に掻き立てる。 おまけとばかりにすり抜けざまに拳を叩きつけ、塔を劈く極大の稲妻と共に目標を粉々に擂り潰す。

視界が――ただひたすらに白で埋め尽くされた。 耳を轟音が貫いて抜けていき、暫くの間はチルミナですら視界を確保し切れない空間が続いた。
ただそれでも、耳障りな哄笑は尚も生きていた。 終わらない悪夢のように、決して止むことは無く。 光が途絶え、闇が舞い戻る様に降りて来たその先に、
デウス・エクス・マキナは煙を上げながらも健在していた。

「無駄だ、無駄だよ無駄! こいつを雷で貫くことなんて出来やしないぞ少女よ!
いやはや、恐るべき出力に少々驚かされはしたがね。 私が生身だったらあっという間に黒焦げだ。なるほど、君がエピタフィオンか」

「っへぇー……噂に違わずゴキブリ並みにしぶといわけだ」

「言ってくれるが、幾ら強がっても情勢は好転しはしまい。
君たちは何れ斃れ伏す運命にあるのだ――好きなだけ抗うといい」

「あたしの攻撃なら、もう終えたよ」

「その程度でか?」 フランケンシュタインが疑問を呈すと同時に、彼は何らかの異変を感じた。
この界隈にある全ての人間の兵器を取り込み、自身すらも捧げて一体化した一分の隙もない鋼鉄に、僅かな軋みとそして乖離。
そして会敵している小さな魔女――既に勝敗は決したと言わんばかりの不敵な笑みに、ロゼッタは語りをつけた。

「鋼鉄の巨躯、おまけに兵器とあらば何でも取り込む磁場操作、吸収能力。 数えきれない砲台に管制システム、無敵の防御性能。 確かに一見隙はなさそうだ。
だけどね、その無敵の防御能力に罅を入れられるヤツがいるとしたらどうかな。 磁力偏向ならあたしの得意分野でね……。
"あんたの魔力フィールド"に、無理矢理ベクトルを反転干渉させて、密度計算を狂わせてやったらどうなるかな?」

「バカな、そんな芸当ができる奴が――」

「此処にいるのさ」 ロゼッタが緩やかな袖付きの未だ雷光纏う右手で、パチンと指を鳴らすやいなや、瓦礫のように密着した装甲板が剥がれて落ちていく。 波に揉まれる砂上の楼閣の楼閣のように呆気なく。
小さな、それでも鬼すら泣いて命を詫びるであろう魔女の鬼才は邪気に満ちた微笑みを向ける。
そこにあるのは、王女の貫録だけだ。 少女であることなど微塵も吹き飛んでしまいそうな鬼気満ちた相貌。

「あんまりエピタフィオンを舐めるなよ」

「第一装甲を剥がしただけで、勝った気になってもらっても困るな……!」

鋼鉄の蹄が持ちあげられ、瓦礫が宙を舞う。ロゼッタを叩き潰そうと振りかざされる。
だが――それすらも、何処からか撃ち放たれた一撃によって根元から消し飛ばされた。 足の形をした瓦礫がすっぽ抜けて地面へ叩きつけられ、フランケンシュタインは咄嗟にセンサーで射撃点を逆算。
闇の帳に閉ざされた所為で捕捉はかなり遅れるが、それでも暗闇の先に有能な探知機は輪郭線を映し出す。
――瓦礫の向こう、塔の登り階段、そこにはあり得ないものが映っていた。 自らが打ち倒した筈の、何の変哲も無い脆い人間。
フランケンシュタインは、僅かの間に呼吸さえも忘れた。
何故、彼が生きている。

いや、それよりも今の一撃はなんだ。
デウス・エクス・マキナの表面装甲を貫くような魔導弾は、人間はその負荷と反動に耐えられない。 
力と覚悟は引き換えに得られるものなのだから、発砲と同時に魂を引ん剥かれるのが関の山だ。
それにも関わらず漆黒の魔弾が貫く軌道、そこに粗ぶる奔流は抉る様に鋼鉄を喰らい、引き千切っていった。 つい先ほどまで生身の人間には可能で無いことを可能にする、
そんなこの世の摂理をひっくり返すような可能性が、ただひとつだけ脳裏をよぎるのに、フランケンシュタインは僅かに身体を止め、それこそが決定打になり得てしまった。
「君は、まさか契約を……!」

フランケンシュタインの驚嘆が二つの支えを失って崩れ落ちる轟音に塗れて消えるのを、チルミナは見逃さない。
ロック・オン。 熱源探知により四つの照準が容赦なく食らいつく。
紅いマーカーががっちりと固定され明滅としてアラートを鳴り響かせると、機体から投げ落とされる鋼鉄の毒蛇達が噴射炎を上げて肉薄。
白煙を切り裂いて現れる、戦場を目にもとまらぬ速度で駆ける地蟲殺しの炸裂弾。 その上で不敵な微笑みを浮かべて肉薄するのは、他ならぬ黄金の鬣を棚引かせる魔女だった。

「御武運を!」

「……終わらせてあげるわ。 何もかもね!」



幾つもの砲弾が魔女に殺到する。
幾つもの剣が地から生え揃い、魔女を穿つ。
ミサイルを貫き、業火が皮膚を焼き、臓腑を切り裂き、骨を穿たれようとも、魔女は止まらない。
その身体から垂れ流す紅の血を、尚も自らの滅びゆく刃に換えて魔女はそれを突き立てる。 背から迸る、黄金の楽群像が彼女の呼吸に合わせて全霊を叩きつける。
狂おしく、身を擲ちた娼婦のように幾度も幾度も突き立てる。

何度両手を、重量に任せ振りかざした後だろうか。
紅い、紅い針が山のように塔を覆い隠した。

それはまるで薔薇の花びらのように優しく発条仕掛けの神魔を覆い尽くすと、一つの時代の終焉を告げるように散っていく。
一人の、憐れな魔女の命を吸って。














遠くから声がした気がした。
懐かしい響きだ。 何度も何度も、名前を呼ばれた気がした。
誰かは分かったが、もう自分には関係の無いものだろうとも思ってしまう。
私は約束を破ったのだから、付き合わせる顔など無い。

行きすぎようとした時に、黒い湖に、ぽつんと波紋がよぎった。
はじめは何かと思ったが、随分と温みを帯びた雫だと思った。
頬にかかり、つい足を止めて振り返った。

暗闇に一点だけ天窓のように煌めく、一縷の光明。
前後左右天地も分からないこの空間で、反対側に位置するのは奈落のような闇。

魔女には、どっちが自分に相応しいかよく分かっている。
もう戻れないのだから、堕ちるところまで堕ちようと思った。 今さら帰れないことなど、もうとっくに。
私には、塗り潰されるような黒がお似合いなのだ。 散々限界を無視して暴れてきたツケがこれだ。
手を伸ばすと、どっぷりと泥濘のような憎悪がまとわりつく。 これに身を沈めることが、恐らく私への罰で、贖罪なのだろう。
もう、何もかも受け入れてしまおう。
この黒に呑まれて、底なし沼に沈むように終わりを迎えよう。
絡みつく黒は人の手を象って、魔女を奈落へといざなっていく。 それに導かれるままに、足を埋め手を沈め、顔まで浸っていく。

自分を、もうここで終点にしよう。
もう充分過ぎるほど戦い、命を奪ってきたのだから。


泥土に塗れる中でも、自分を呼ぶ声は聴こえて来た。

――カーラ。

何時か親友に呼ばれた夜に、そっくりな声音。

――逝っちゃ、ダメだよ。

ごめん。
ここが私の終焉みたいだから。

――あたしをおいて、何処に行こうっていうんだよ。 約束を守りなよ!

返す言葉も無くて。
結局、何一つ守れなかった馬鹿者なのは自覚していた。
でも、最後にそれだけ、貴方を守れれば。
私はそれで良かった。

言い訳はしないよ。

――うそつき。

そうだね、私は大うそつきだ。
結局貴方一人との約束も守れずに、自分だけ勝手に捧げて。


――うそつきでも、悪魔でも、何でもいいから帰ってきてよ!

ロゼッタらしい無茶苦茶だった。
それでも、自分の背負ってきた罪は消し切れなくて。
魔女は、ここでいなくなることで清算しようとした。
逃げと言われるだろう。
薄情とも、馬鹿野郎とも罵られるだろう。
何をしたって、自分の重みが消えることがないのならば、自分は死によって、決着をつけよう。
仇敵と刺し違えるのならば、自分の命も上等なものだ。
そう自嘲し、何処までも拡がる境の無い奈落に塗れ堕ちようとした時だった。 頬を粘つく闇が撫でて、全身がもがくこともなく沼に沈んでいく。
唐突に、声が止んだ。

泣き混じりだった声が止み、代わりに暖かい感触が溢れた。
母の鼓動にも似た、初源の安息。

白が拡がっていく。
呑みこまれるように魔女はそれに晒され、暫くの後に輪郭も消えて取り込まれていった。


懐かしい感触だ。
遠い、何処か遠い昔を夢見ているような。
そんなまどろみだった。


 
 
 
 
  
 
 
 
* * * *
 
 
 
 
「カーラ!」

目を醒ませば、華奢な腕に支えられて空を見ていた。
全身が死に体のように重かったが、それでもなんとか背中を上げて状況を確認する。
血みどろ傷だらけのブラウスに、辺りには鉄屑の山。 それに視界いっぱいに、大粒の涙を零して抱きついてくる赤毛の少女。
子供みたくわんわん泣いて、痛いほどに抱きしめてくるロゼッタを魔女は優しく包み返す。

「すごい心配したんだよ! あたし、カーラが死んじゃうと思ったら、気が気じゃなくて……
何度呼んでも、目を醒まさなくて。 ほんとに、ほんとにこれでお別れになるだなんて、そんなの嫌だったんだから!」

「あー、はいはい。 心配かけたね。 ごめん」

「何がごめんだよ!」

抑揚のない、他愛のない返事しか言えない自分がなんだかもどかしくて。
零れて溜まった血池、そこにぽつぽつと大粒の色の無い雫が波紋をにじませているのを魔女は黙って見ていた。
自分が死んだら、悲しむ者がいる。
頭では分かっていたけれども、実感するのは初めてかもしれない。
必要とされるというのは、こういう事なのか。

ふと、口許が僅かに湿っていることに気付いた。
それに手をやると、ロゼッタの赤面が涙だけに依るものでない相貌を呈してくる。

「あ、あのね、それは、その」 人差し指を胸の前でつんつんやって何やら顔を沈めてしまうのを、訝しげに覗いていると、視界の端から死神コンビが歩いてきた。
「おはようございますカーラさんごきげんよー!」 「ふん、生きていたか。 これで賭けは俺の勝ちだな」

「ちぇー、これで2000レアリスの借りですか」

「店についたら払えよ」

「……なにあんたたち、人の命で賭けしてんの?」

「やだなー、冗談ですよじょーだん! ひひっ」

リーゼロッテはけらけらと笑い、店長に駆けよって何か耳打ちしたようだ。 (店長、ズルしましたね)



「な、何のことだ?」

「んもー、肝心なところで優しいんだからこのダメ男ッ! ロゼッタさんを泣かすまいと、何もこんなところで本職能力使わなくたって!」 バシンと肩を万力込めて叩きつけるのもので、死神店長は聊か迷惑そうだ。 「どの道泣いてるからチャラだ!」

「……何のことか知らないけれど、助かったみたいね」 むくりと腰を上げ、きょろきょろとあたりを見る。 フランケンシュタインは何処へ行ったか、それだけが気がかりだった。
全霊を叩きつけて消し炭も残さぬつもりだったが、奴はそれでも首だけは残してそうな男だ。
訊きたいことも沢山ある。 大剣を杖代わりに瓦礫の森を進むと、打ち捨てられた魚みたいに転がっている人影を見つけた。
半身が吹き飛んで、ペーストになって床に散らばっていても、それでも意識だけは残っていたようだ。 魔女は近くにより、肩の上に巨刃を置いていつでも叩きつけられるようにした。 突きつけるように言葉を刺す。

「あんたの計画はこれでお釈迦よ、フランケンシュタイン」

「私の、負けか」

「そう。 あんたが奪っていったもの、壊していったもの、その全てに償いは出来ないかもしれないけれど、あんたが行くべきところはもう一つしかない。
今度はもう逃げだせない、コキュートスの遥か深淵で己のしてきた事に一生悔みながら、苛む氷に晒され続けるがいい。
千年でも、万年でも。 あんたはそれだけのことをしてきたのだからね」

「ふふ、ははは」

「何がおかしいのさ?」

「私は確かに負けた。
だが、"デウス・エクス・マキナ"は違う。
宿主が死ぬ事で、あれは真の意味で枷を外されるだろう。 君たちは何れにせよあれを打ち滅ぼすことは出来ぬ。
機械仕掛けの神魔は、電子が支配する世界であるのならば何処へでも侵入し、それを自らと同期化することができるのだ」

「要点をさっさと言え、この……!」

憐れな白衣の軍師は、そっと血みどろの指で天を指した。
勝利の余韻に満ち溢れた、優越極まる笑み。 思えば彼は最後まで、己の非を認めようとしなかっただろう。
己の正義にただ邁進し、己の正義と戦い続け、己の正義と伴に死んでいく。
見ていた先に、本当の理想があったことを信じながら。

「――流星のように空を貫く機影が、君たちの未来を炎で埋め尽くすだろう。
止められるなら、止めてみるがいい。 最早私にはそれしか、君たちを止める術が無いのだから」

「わざわざ手の内を明かすなんて、あんたらしくない」

「ここまで潰されては、もう議論の余地も無い。
戦争とは、どちらかが正義か決まっている訳で無くどちらかが正義かを決めるものだ。
君たちが生き残ったのなら、君たちに正義があるのだろう。 天は君たちを選んだ、ならば生きるところまで生きるがいい。 私にそれを止める資格はない」

「…………」

生き残った者が勝利者で、正義である。
フランケンシュタインはそう言い切った。 確かにそれは道理だ。 だがそれを割り切って、自分たちに憎しみを向けぬ彼に不可解とも思った。
彼にとってのこの戦いは、最後まで彼の一番の重みで、同時に彼自身はそこに生きていない、零の重みでもあった。
憎しみを持ちこまない事は、確かに大切なことだ。 だがそれは言うほど簡単な事では無い。 自分が生きている舞台の上で、誰が自分を俯瞰できよう。
何処までも、矛盾を孕みながらも徹底した、不可思議としか形容の出来ない一人の男の最期。
それに魔女は、銀色の刃を掲げて終止符を打たんとした時。 彼の口から紡がれる、更なる言葉を聞いた。

「時にカーライア君、君には親友が居たね」

「……まだ、何かあるのかしら」

「ブランシュ・エーテル・コーディッシュ」

「……!」

聴く筈の無い言葉だ。 それが一番、聴きたくもない男の口から。 魔女はわが耳を疑った。
それは、吸血鬼の親友の名。
いつまでたっても連絡の取れぬ、気高き純血の王女の名。
嫌な予感がした。 生ぬるい汗が魔女を嘲笑うように垂れて、床に弾けて消えた。
紡ぐな、その名を。
貴様が口にすべき名では、ない。

「純血の吸血鬼には、まだまだ解明されていない事が多くてね」

魔女は心の中で耳を閉ざそうとした。
やめろ。
その名を。
これ以上、何の悪夢を降らせるつもりなのか。

「彼らの術式には、我らの想像を遥かに超える能力が潜在している。
彼女はその中でも特に際立った――世界を崩す『鍵』を持っているのだよ」

魔女が怒りの言葉を口にするよりも速く、ヒールがフランケンシュタインに残された右腕を穿ち西瓜のように擂り潰した。
紅い飛沫があがり一瞬呻吟の声を上げるも、尚も彼は続けようとする。
醜く、それでも足掻く姿は何処までもヒト、そのものだった。

「――貴様、ブランに何をした!? 答えろっっ!!」

「……彼女の血に、ちょこっと細工をしてやっただけさ。
天を穿ち、地を引き裂いて魔界を消し飛ばす。 それだけの魔導出力を有していることが分かったのだからな。
これで、どちらにせよ君たちの負けだ。 神は私が屠り、悪魔も私が滅ぼす。
ヒトは……永劫の楽園の中で、自分たちの天敵を見ず、緩やかに滅んでいくだろう。
"人類への被害を最も少なくする"――私の悲願は、達成されるというわけだ。 はは、ははは」

「……どうやったら止められるの?
答えなかったらその頭を今度こそその出来そこないのカボチャみたいな面を叩き潰してやる」 脅しが無意味なことも分かっている。 だがそれでもやるせなく魔女はフランケンシュタインの襟元を握り、引き上げた。 どろどろと冗談のように吹き飛んだ下半身との断面から肉が落ち、嫌な呻きを上げていた。

「簡単さ、殺せばいいだけだ。
鍵は、彼女そのものなのだから」

「そんなこと……!」

「だから、彼女を選んだ。
彼女に仕組まれた術式は稀有なものだが、それ以上に君と友人関係にあったのは幸いだ。
実にかわいらしく――悲鳴を上げてくれたよ……君の名を叫びながら……壊れてしまうその瞬間まで」

「……ッ!」

「私の勝ちだな、カーライア君。 はは、ははははは……ぐふっ」

怒りに任せて刃を振りおろそうとしたその時、だった。
蟷螂の斧がフランケンシュタインの背から生えて、一瞬のうちに白い衣を血肉で埋めた。
隣では黒い眼鏡の同僚が首を振って、フランケンシュタインの身体を横たえ、その最期を看取っていた。

「君が手を下すまでも無かった」

ありがとうとも、何故邪魔をしたとも、魔女には言えなかった。
親友の命が握られている。 そして親友を殺さねば、世界が滅びる。 神がいるのなら、何故こんな残酷な命題を赦しただろう。 天秤にかける余地すらない、出口の無い迷路のような選択。
神よ、何故貴方はちっぽけな自分にこんな試練を課したのだろうか。
友も、世界も取れぬ愚かな一人の女に。

「…………ガラサキ」

「ああ、済まないが聴かせてもらった」 黒眼鏡の奥には、彼でも心を揺さらざるを得ないほどの感情が見え隠れしていた。 「だがカーラ、まずはバベルを襲う脅威を何とかしよう……考えるのも、嘆くのも諦めるのも、抗うのもその後でいい」

「……ええ」

依然動くことのできない魔女の肩をぽんと叩いて、バベル最上階から降りようとする。

「ほら、君らしくないぞ。
助けられる方法が、何かあるはずだ。 だからそんなに、絶望したような顔をするな。
そしてそのためにも――手始めにこの界隈を救おう」

「……そうね。 ぼうっとしてるだけなんて、私らしくない」

「そうだ。 何処までも戦車みたく突っ込んで、全てをブチ壊すのが君に似合っているのだから。
立ち止まる暇なんて、無い。 違うか?」

一瞬魔女は風に我を忘れ、唖然として立ちつくす。
そう、一度として止まったことなど無かった。 ブチ壊すのが似合いとは、よく言ったものだ。
くよくよ悩んでいても今は仕方ない。 もう、助けられぬものだと勝手に決めていた。
いつもの自分なら、そんな自分を殴り飛ばしたところだろう。
悩むのは、後でいい。 今は先に進めさえいれば。
間に合わなくなって悔やむよりも、ずっとずっと。

魔女は手で目を拭い、溜まりに溜まった透明な雫を振り払った。
そうして、いつも見たく仕方なさそうな悪魔の微笑みを浮かべ、軽口を叩く。

「――後で、山ほどお説教してあげるから楽しみに待ってなさい」

「そう、そのノリだ」










先日魔女が姉と刃を交えた、石灰色の荒野にチルミナは佇んでいた。
巨大なバベルに刺さった鋸の歯のような平面は、整備も行きとどいて滑走路にするには申し分の無い長さだ。 チルミナは300mもあれば機体を完全に制止できる。
幽霊なのに滑走路が必要と言うのも不便な話だが、元の姿を忘れられないのが強みでもあり弱みでもあるのだから致し方ないと彼女は納得していた。
そんな大型機が鎮座する横で警部は、小さな魔女とにらめっこをしていた。


警部はこの戦いで隻眼になってしまっていた。 ぽっかりと空いた空洞がむなしく虚空を向いている。 それをロゼッタはまじまじと見つめていた。
戦いによる傷では無く、契約の代償として。 彼がそう望んだらしい空虚は、ただ遠くの巣を眺めているらしかった。
妻と娘と、遠く離れた自分と。
恐らくは生涯関わり合いになることが無かったであろう世界に足を付けながら、日常のありがたみを噛みしめる。
それがロゼッタにはなんだか、随分と遠い人を見ているような気がした。
いつも見ている、大人たちとは違う、妻帯故の哀愁ともいうべきものが僅かに滲んでいるのかもしれない。

「警部さん、その眼……」

「ああ」 警部は一瞬きょとんとし、空洞に指を向けて笑った。 仕方の無さそうな乾いたそれ。 「契約の代償だって、目ん玉持ってかれてしまった」

「でも、警部さんがいなかったらあたしたち、危なかったよ。 ありがとね」

「そう言われると悪い気はしないな、これでようやく俺も……おまえらの足手まといにならずに済む。
今はそれが何よりうれしいし、そして……謝らなくちゃいけない奴がいる」

警部は数十分前を振り返った。
魔女に吸血された後でも、彼は依然死を意識していた。 吸血による支配を魔女が為し得なかったから、実際に生死の境に立っていることには変わりがなかったし、それは魔界事情に疎い警部にも身体的な感覚から嫌と言うほど分からされていることではあったが、そんな前に「あれ」は現れた。

あれは――狼のような外見をしていた。
はじめはただの大きな黒い犬かと思ったが、よく見れば機械仕掛けでそこらじゅうから重火器が突き刺さって剣山見たくなっていた。
人間に好き勝手いじくられた挙句、放棄されたことを暗示する鎖とドッグタグ。 恐らく兵器としての生を受けたのだろう。
だが警部はそれに驚かされた訳では無く、もっと驚愕させられることに気付いた。
そいつは自分の前に足を止めて、言うのだ。

【生きたいか?】

「あ?」

【生きたいか、と問うている】 狼は気高く、そう言い捨てた。 悪魔の言葉とは思えぬほどに気品に満ちた気配だった。

「そりゃあ、まだ死にたくねェさ」

【嫁も娘も、遠い異界に残している。 そして貴様にはまだ守りたいものがあるようだ】

「……まったく、悪魔は心理分析だってやっちゃうのかい?」

【貴様の、心のうちが見えているだけだからな。
さて、どうするか? あの魔女が施した半端な術式では――見積もって後数分しか生きられぬ】 突きつけるように、それでも狼は淡々と事実だけを述べたのだろう。
それでも警部を死の恐怖に叩きつけるには充分だった。 魔女の必死の手当も命を数分繋ぎとめることしかできず死ぬのだ、魔女にも、蟲男にも、ロゼッタにも、何も借りを返せていない。
そして娘と妻は、どう思うだろうか。

自分は、まだ死ぬ覚悟など出来ていなかったのだ。

「……俺を助けてくれるってのか?」

【そう甘い話でも無い、貴様の執着に駆りたてられて、我は目を醒ました。
貴様に我の宿主になるだけの素質があるかどうか、今値踏みをしているところだ】

「えーえー、分かり易い解説をどうも」 下手に嘘をつかれるよりも淡々と残酷な事を突きつけるだけましか、警部はそう思った。
悪魔との交渉、危険だがやるしかなさそうだ。

「んで、代償だとか条件があるんだろ?
何が欲しいんだ?」

そう返そうとした時に、警部は一種の異和感に包まれた。
自分が腰を降ろしているコンクリートのがれきがすっかり消えうせたかと思うと、ただ黒い平面の上に自分は立っていた。
立っていた、のだ。 肉体は死に体であるのにも拘らずそうなのは、彼が肉体に支配されない空間に自分を飛ばしたのだな、と直感的に思った。
そして、狼は矢張り淡々と目の前で条件を露わした。

【――貴様の大事なものを、一つ頂こう】

そう言うと、目の前にここに居ない筈の娘の姿が浮かび上がる。
紛れもない自分の娘だった。

「カヤ!」

【さぁ、どうする? 人間、貴様が生き延びたくばこやつを――】

「カヤから手を離せ!」

【そうか。
では嫁の方を頂いて行こう】

ぼうっと、今度浮かび上がったのはゆったりとした長髪の女性。 警部は激昂するほか無かった。

「どっちにも手を出すんじゃ、ねぇ……!」

【安心しろ、我が頂いて行くのは魂のみよ。
美しい器には手をかけぬ。
それとも、ここで死にたいのか? それなら止めはせぬが……】

警部に是非も無かった。
娘と妻を差し出すくらいなら、ここでくたばった方がましだ。 そう思って、何処だか知れぬ空間でも腰に下げていたリボルバー拳銃をこめかみに当てた。

【そうか、それが貴様の答えか、覚悟か】

「男にはな、自分よりも大事なものがあるんだよ。
それが分からん、てめーには一生理解出来んだろうさ」

撃鉄を起こし、幻像の果てに見る妻と娘に別れを告げる間も無く。
その時に、凛とした声は響いた。

「あなた! 止してそんなことは」

「エレノア……なのか?」

【ほぅ。
今この空間には、紛れもないお前の身内の魂を召喚している、そこな娘子もまた然りだ。
だがこの状況で動けるとは……なかなか肝が据わっているな、貴様の嫁は】

エレノアはきりと狼を睨む。 普段の彼女からは想像も出来ないくらい研ぎ澄まされた、何処までもまっすぐな眼差しに射られても化け物は平然としている。
突然の異界にあってでも彼女は一切の驚きも見せず状況を察したらしく、そうして、口を開いた。

「……狼さん、貴方はうちの主人と交渉したいということですわね」

【そうだ。 取るもの取ったらすぐにでも救ってやる】

「いいでしょう。 では私から奪いなさい」

「エレノア!」

「いいんです。
私は、今の今まで主人が怖い目にあってきたことも、死にかけたことも、知らないまま家で待っていました。
もうそんなのは嫌なんです。 何処とも知れぬ世界で、主人が命を落とすなんて。
そんな事になるくらいだったら、私の命をお奪いになりなさい。 それで満足なのでしょう!」 コルセットを引き千切って、叩きつけるように獣に投げつける様は優雅な性格からは別人のようだ。 豊満な身体を見せつけられて狼はたじろいだのか、驚嘆するように呟いた。

【……なかなか見上げた嫁を持っているようだな人間】

感嘆の声を狼が上げると、その紅い瞳には拳銃が向けられていた。
今度は警部が鬼のような剣幕で睨みつける。

「……エレノアに手を出してみやがれ、化け物」

【フフ、剛毅な夫婦だ。
面白い、気に入ったぞ人間】

「なんだと?」

【その、化け物を見ても何一つ恐れぬ肝っ玉もいいし、人間の夫婦のくせに随分と信頼というものがあるのだな】

「……夫婦、ですもの!
狼さん、愛情というものに晒されない環境で育ったのかしら? とんだすっとこどっこいですこと」

【愛だの情だの、くだらんことを言うのは表面だけだと我は思っている。
だが貴様に興味が深まったのは事実だ――そうだな。 今は救ってやろう。
見せてみるがいい、貴様らの本当の姿を。 それを見届けてやる】

「……契約、成立なのか?」

【仮契約はな】 狼の黒い前脚が夫婦の前に投げ出された。 機械仕掛けで発条と歯車が軋みを立てて火花を散らしている様子は、デウス・エクス・マキナのそれにも酷似していた。 彼は続ける。 【我が名は――"ザミエル"。
魔弾の射手、ザミエル。 よく覚えておけ……悪魔が名乗るのは、契約の際だけだ】 そう呟くのは一瞬、すぐさま警部の瞳に焼けつくような激痛が流れた。

【嫁と貴様で、一つずつ貰っていこう。 今はそれで契約成立だ】





からん。
気がつけば見慣れた台所で、彼女は包丁を床に落としていた。
先程までの光景は、夢だったのだろうか。 主人と娘とを前に、得体の知れない狼が何かを迫っていた。
少し疲れているのかも知れない。料理の最中に意識を飛ばすなんて、今までに無かったことだから。

エレノアは包丁を拾おうとして、手が思い通りにそれに触れられない事に気付いた。
ぷすりと擦れた刃が皮膚を裂くと、娘が驚いて飛びだしてきた。

「ママ!」

「大丈夫よ、すこしふらついただけ……」

娘は一瞬自分の顔を見て、何か信じられないようなものを見たという顔色をした。
そして申し訳なさそうに告げた。

「ママ、大変。
……右の目、何処にやっちゃったの?」



*  *  *




「ってことは……」

「ああ、そうだ。 俺はエレノアのおかげで今を生きてる。
だが……奴から大事な右目を奪っちまった……どうしたもんかな、どう顔を合わせていいやら」

ロゼッタは黙って話を聞いていた。
警部が自責の念を持つのも、尤もなことだ。 だがそれ以上に、ロゼッタにはエレノアの気持ちが痛いほど分かった。
大事な人が何処で死ぬかもわからぬまま、不安のうちに待ち続けることがどんなに辛いことか。
戦場に親友を送ったまま、歯痒い気持ちで待ちわびていた自分にはその気持ちは違わずに乗り込んでくる。
だから――エレノアさんは、彼女の妻は、自分の命すらも賭けに差し出すくらい、どうってことなかったのだろう。
いつも命のやりとりをしている夫だって、その場に延々と晒され続けているのだから。


「警部さん、あたしはエレノアさんじゃないから、こんな事しか言えないけれど。
エレノアさんは……警部さんに何も叱ることなんてないよ。
だって、待ってるだけって本当に辛いもの。 苦しいし、何も出来ないし、自分は時間の流れをただ受けとめるだけ。
エレノアさんは、寂しかったんじゃないかな。 でも警部さんと、痛みを共有する唯一の機会が出来た」

「だから、あんなことを言ったと?」

「うん」

「……昔から、芯の強いところはあったけどなぁ……」 巻き込みたくなかった、というのが彼の本音であるだろう。 だが妻は知ってしまい、そしてただ、みているだけ、待つだけに耐えられなかった。 夫の知る同じ苦しみ、同じ痛みを知りたかった。 それが彼女の、待たされているものの強さなのだろうと思うと、ロゼッタはどちらの立場も糾弾しようとは思わない。 お互いがきちんと愛し合っているからなせる、悪魔にも対抗し得る絆のなせる業だ。

「いい奥さんを持ったね、警部さん!」

「よせよ……。
それにしても、まぁ……なんだ。 えらいことになってきたな」

チルミナを茫然と眺めつつも、警部は煙草に火をつけようとし――ロゼッタの目を気にしてそそくさと止めた。
大抵のものは目にしてきたつもりだが――目の前でラスカリヤ最新鋭の戦闘機が鋼鉄を引き裂くような甲高いエンジン音を奏でながら、石畳の上で待機しているのだ。
しかもそいつは既に悪魔化していて、武装調達はおろか分裂まで任意に出来るというのだから眉唾ものである。
緩やかな機首からの流線型、そして首元に付属した稼働翼――カナードから、大きくゆったりともたれた主翼、垂直尾翼と水平尾翼に尻尾のように伸びたテイルコーン、上面から見て三対の翼状を取るスリーサーフィスと呼ばれる機体形状。 柳色の基礎成色にオリーブドラブとコーヒー色の迷彩が絡み合い、いかにも通常の機体とは違った様相を呈している。 聴く限り、人間界の奇跡の賜物にして悪魔連中が誇る最強の対空要員である。

「あれは、確かラスカリヤの――」

「チルミナータル。 チルミナってカーラは言ってるね」

「……戦闘機が悪魔化するってそんなことあるのか? だって無機物だぞ無機物……」

さぁ、とロゼッタは小さく肩をすくめた。 「ヒイズルには"ヤオヨロズノカミ"って概念があってね。
人が丹精込めて使いこめば、道具だって神になりうるのさ。 逆に悪魔になってもおかしくないんじゃないかな。 彼女、元々AIだし。
常識なんか、通用しないしない」

「操縦とかどーすんだよ」

「パイロットのオレグがチルミナと意志疎通してるらしいよ。 だけど、チルミナはあくまで使われる側だから殆どオレグ任せで自分は索敵とかナビゲーションに努めてるってさ」

「その通り、俺なんざおまけみたいなもんだ」

ふと背面から聴こえた声に吃驚して飛びのく二人、その間には一人の男が立っていた。
白金の髪に、蒼い瞳。 精悍な顔つきと緑のパイロットスーツの上からでも鍛え上げられていることがうかがいしれる肉体。
間違い無く彼女のパイロット、十中八九オレグ中尉その人である。 そうすぐに思ったが噂には聞いていても幽霊との対面は初めてだ。
何と声をかけたらいいかなど、分かるはずもない。
そんな中、オレグはロゼッタを見るなり声を発した。 驚いたような、然程そうでもないような不思議な様相だった。

「お、君は――」

「ロゼッタだよ! ロゼッタ・エピタフィオン」

「魔女の妹か、噂はよく聞いているさ。 初めましてロゼッタ」

「初めまして……って、なに言ったのさ彼女」

「手のかかる妹がいるってな、でもあんまり似てないな、なるほど妹分ということか」

「あたしが勝手に身内にしてもらってるようなものだからね。 んでこっちは警部さん」

「おおう、シュナイダーだ」

「よろしくな警部さんとやら」

幽霊でも悪魔の類と同じく、実体化は出来るようで握手の感覚はさほど人とは変わらない。
そして警部としては、魔女経由である故に彼女の影からは逃れられないような質問を口に出す。

「……あの魔女の、相棒だったと聴いたが?」 「相棒、強ち間違ってもない。 そうだなその認識で、合ってるだろうさ」 何処か楽しそうに、小さく笑う。

【そして彼女の信頼を裏切った仕様もない男でもあります】 「おいなんだってチルミナ!?」 【本当の事でしょう? 彼女がどれだけ貴方の事を心配していたか】

「……いや、まぁそりゃあそうだが……」 【男の屑ですね】 「ええ、クズだわ」 そして幽霊よりも平然と忍びこむ魔女の声。
ぎくりとしてオレグは硬直する。 戦友と愛機に同時にクズ男子呼ばわりされてしまえば、立つ瀬などあろうはずもない。 警部は密かに同情した。

「か、カーラ……」 歴戦のパイロットですら、魔女に睨まれたらたじたじである。
この時、死亡報告を聞いた後初めての直接邂逅であった。
なのに、久々の再会だというのに、魔女は随分と冷たい目をして彼を見ていた。

「オレグ、私があんたに課した約束覚えてる?」

「……勝手に死なない」 「私に迷惑かけない」 「悪魔にならない、だったかな……」

一通り交互に口にして、魔女が再び睨む。 「あんた、全部破ったわよね」

「……す、すまんっ」 「男のクズだわ」 【男の屑ですね】

端から見ている警部とロゼッタはぽかんと口を開けて見守っているしかない。 「魔女、怖ぇー」 「っていうか、チルミナも結託して虐めてるよ。 ははぁ、こりゃあフタマタのツケってやつだね」 「女って怖いわ……」

「ともかくだ、あんたは死んでチルミナと悪魔になって、挙句――」

「すまん……」

「さっき、私を引き止めてくれた。 そこには、感謝してる」 声のトーンが下がり、オレグははっとして魔女の顔を見ると、彼女は瞳に大粒の雫を浮かべていた。
そしてきっと顔を上げてかつかつと詰め寄ると――辺り一面に鳴り響くほど頬を引っぱたき――

「本当に、心配したんだから……」 その身体を強く引きよせた。

「カーラ……」

「あんたが空から降りられないのは分かり切ってた。 だから私は空まで付き添って上げてたのに。
幾ら腕のいいパイロットだからって、戦闘機乗りなんて撃たれたら墜ちるんだから――あんただって、何時そうなるか知れなかった。 それを知ってたのに。
私が弱いからいけないんだ、あんたに降りろって、何時でも言えたはずなのに……」

口の堰を切って、雪崩れ込んでくる言葉の奔流。
魔女が力無く叩きつける拳は、自分に向けられたものだったのであろうか。
相棒として何時だって喚起出来たのに、結局出来ずじまいで、その命を奪ってしまった。
死んだ人はもう戻らない。 なかなか死なない自分とは、普通の人は構造が違う。
だから、自分よりも人は何時だって先に死んでいく。 分かってはいるのに、耐えられない自分が居て。
魔女は、ただそれを叩きつけるしかない。
そっと見上げると、いつもの顔があった。
頼りにしていたそれも、今思えば過去の象徴でしか無くて、噛みしめるようにそっと囁く。

「本当に、死んじゃったんだね……」

「……みたいだな」

「バカ」 一つ口にして、絞り出すようにもう一度叩く。 「バカ……ホンっトに……どれだけ人を泣かせれば気が済むの? 地上に置いてかれる奴の気なんか知らないで」

人の死は、取り返すことなんかできやしない。
それはどんな人だって、不可能なことだ。 魔女だって幽霊とは触れられるが、その肉体を当人に返してやることだって出来ないのであれば常人と何ら変わらず、見つめるたびにただ悔みだけが増すだけだろう。 それだったらいっそ見えないほうがいいとさえ、思ってしまえる。
信じたくなかったし、認めたくもなかった。 だから会わない方が良かった。 こうして目の前に立ってしまわなければ、自分の罪から目を背け続けられるのに。
なのに、こうして会ってしまったらそれも叶わず、魔女はまとまらぬ悔恨とも罵倒とも取れぬ言葉を吐くだけしか出来ない。

チルミナが、ぼそっと口を挟んだ。 【……カーラ。 私にも責任はあります。 私がもっと効率よく敵を排除出来れば、そのような事態にならなかった筈です】

「いいんだ、いいんだよ」 【ですが、オレグ――】

「俺が死んだことは取り返しがつかないし、お前たちがうだうだ言ったところでそれは変わらん……だから、好きなだけ泣かせてやれ」

「だがな――こうして会って、言い訳が出来て。 お前に叩かれるのも、ただの死者と残された者には出来ない事だからな。
死ぬのはちょっと早かったが、悪魔になるのも、まんざら悪いことじゃあない」

「……なに、すかした面で言ってくれてるの。
あんた、死んだんだよ? もう、誰もあんたのことを見てくれない。 誰もあんたのことを必要としてくれない。
人々に、世界に、ただ忘れられ情報の彼方に消えていくのが、辛くないわけ、ないじゃない……!」

「別にいいさ」 空を見て、悔いなんてないように彼は満足げに呻いた。 「お前に叱られて、お前を救えた。 そのためだけにこの世界に留まることなら、幸せ以外の何物でもない。 だろうチルミナ?」

【はい。 こうしてお話も出来た訳ですし、燃料も補給も要らない二人旅も――悪くないように思えてきます】

「……人間の強いところは、逆境を前向きに捉えなおせるところだそうだ。
だから、カーラよ。 俺はここにいるんだ、もう泣かなくていいぞ」

屈託の無い笑みを、魔女とは対照的に浮かべた。
それに耐えきれず、再びぱしぃんと乾いた音が響き、雫はその動作に混じって空へと放たれた。
その平手が、魔女の唯一の赦しであることをオレグは知っている。 それを真摯に受け止めるのが、自分に残された仕事の一つでもある。
だから、もう殴られようが蹴られようが、致し方のないことだ。 そう戻る前に覚悟してきていた。
そう覚悟はしていたのだが。

「……しかし、遠慮の無いビンタだな」

「私の哀しみの分だけ重いのよ」

「そうか。 迷惑をかけたな」

「心配も掛けたし泣かせもした」

「だけど、ちゃんと伝わったな。 死んだ奴にはそれも分からない」

「オレグ――私を怨んでる? 私に関わらなければ、こんな事にならなかったのに」

「そんなわけないだろう。 おかげで随分と奇妙な世界を見せてもらえてるし、充実もしてる」 【むしろ死んでからの方が充実しております】

「そう……」 魔女はもう一度小さく俯いて、今度は喜色を点して振り返った。
もう、哀しい顔を見せるだけ彼に負い目を感じさせるだけだろう。 それに、前向きに生きるのが人間の特権だというのは――同感だった。

「よかった」

「何が良かったんだ?」

「死んだ奴にこういうのもなんだけど、意外と元気そうで。
――それに、オレグはやっぱり、死んでもオレグだった」

「……なんだそれは?」 【イコールバカ、と言うことではないでしょうか】

「まぁ、そういうことね」 両手を後ろにやり伸びをして、悪魔みたいにそうクスクスと笑う。 「バカは死んでも治らないって言うし」 いつもの魔女に戻ったと、オレグは安心した。
「では――」 こほんと咳払いし、何処からやってきたのか死神店長が間に割って入る。 「いちゃついているところすまんが、任務の話に移るぞ。 いいか?」
何やらよそよそしい店長にそう言われて、魔女は周りの視線に気が付いた。 ロゼッタまで口を押さえていく末を見守っているのを見て、自分がいかに弱い部分を晒していたかに気付く。
感情的になりすぎたのもあるし、いちゃついているという形容が何より的を射ているようで腹が立って仕方ない。

「……別にいちゃついてない」

「そうかー?」 怪訝の目で見る店長に、ひょっこり首を出すリーゼロッテ。 「痴情のもつれ!」

「別にもつれてない!」

「痴情は認めるのか」

「認めもしないっての……」

「ああっと? 認知しないつもりです」 【女の屑ですね】 リーゼロッテとチルミナが卑劣な目(一機は何処についてるかもわからないが)でこっちを見るのを、魔女はこの上ない恥辱に耐える気持ちに晒された。 この期に及んで簡単に敵に回る彼女らは、悪魔だけに信用に足るものではないと思い知らされる。 クズはどっちだ悪魔共め、などと内心思う。

「……おい、そろそろ話始めていいか?」 「ええどうぞ、出来るだけ可及的速やかに!」 「錯乱してしかも頬が赤いが、大丈夫か?」 【しかも二重表現】 「狼狽してますよ彼女、ひひっ」

「ああ、もう! そこの悪魔共黙ってくれないかしら!」 嘲笑が小さくなり、耳元サイズまで収まったというよりも誤魔化されたところで店長は本題に入った。

「奴がくたばって、すぐだ。 バベル界隈に一機の飛行物が侵入した。
一番警戒が厳重な南方面、俺の防御結界をブチ破って堂々突破してきやがった。 速度は700km/h、現在バベルの塔に向けて侵攻中、メデューサ共が対空に向かったが速すぎて人間の作った物には追い付けんと泣きごとを吐いている。 悪魔じゃ戦闘機はお手上げだ、これを迎撃に向かって貰いたい」

【航空兵器なのですか】 チルミナが言を挟んだ。 人間が作ったもので、それくらいの速度が出せるのなら魔物の類では無いだろう。
そしてデウス・エクス・マキナは宿主を必要とせず、兵器とあらば何であろうと乗り移る事が可能である。 店長は「そうみたいだが、心当たりがあるのか?」と振り返った。

【レーダーに先程捉えましたが、機影に覚えがありません】 珍しく言を濁すのは、都合が悪いからに他ならない。 【心当たりがないから、嫌な予感がするのです】

「……連合の切り札だろうな」 ガラサキが今度は呟いた。 「カナ―ドが二つ、エンジンノズルが上下左右に四基あるか」 【ええ。 前翼が随分鋭く位置取られていますし、垂直尾翼が長く後ろに伸びています……見たことが無い機影です】 大まかな予想がついたのか、彼はその名を端的に口にした。

「XAB-003、シャンドール。
鏃のように鋭い機首と、規格を超越した偏向ノズルを四つ背負っている。 他を圧倒する機動性と、超常的な加速を両立する稀有な機体。
潜在パフォーマンスは優秀ではあったが、元々実験機で操縦が極めて困難、さらにはコスト面の不都合から破棄された筈だが、まだ残機があったとは」

「……そっか、扱いの悪い実験機なら――」 リーゼロッテがぽんと平手を叩くのを店長が先を紡ぐ。 「人が乗らなければ簡単だという話か。 なるほど、機械に限界も無ければ重力定数もない。 戦うだけ戦えるな。 人間どもはまったく、とんでもないことを思いつく」 天使らしいのんびりとした意見だが、そこには人間の可能性を畏怖する意味合いも含まれている様だった。 人間の伸び代を嫌と言うほど知っている、堕天使ならではの言い回しだ。
チルミナが演算を開始し、外付けされた武装の詳細を解析しては予測進路をはじき出す。 これまで空戦してきた全ての機体をその中枢に叩き込み、再現が可能な彼女はシュミレートによって地形と機体特徴から最適な、HUDに電子信号と予想され得る図式を巡らせ、やがて言葉にした。

【――不味いですね。 バラクエル式対魔駆逐弾頭を搭載できます。 塔を貫通して地下20mで爆裂した場合、建造物の完全倒壊及び周囲への壊滅的被害は免れません】

「フン、奴ら手っ取り早い方法で崩しに来たか」 「手っ取り早い方法で崩しに来たか、じゃねーですよ店長。 どーすんの、爆弾如きではわたしはノーダメだけど塔は崩れますよ! 天界への唯一の切り札が!」

【それには心配要りません】 チルミナが強く返した。 表情は機械故に分からないが、何か決心したような言葉の選びだった。 【M2.0以上で垂直に限り無く近い角度を取り、投下しなければ完全破壊は目論めない筈です。 私がインターセプトして爆撃を阻止します、機動を逸らすだけでも攻撃は一先ず中断できる筈です。 オレグ!】

「おう、善は急げ悪も急げ、だ!」 オレグがコクピットに乗り込み、キャノピーが封鎖される。 魔女も息を合わせて左翼にすっくと立つのを見て、オレグは中から驚きの声を上げた。 「魔女、お前――」

魔女の身体は既にフランケンシュタイン戦で満身創痍だ。 新たな戦いを、しかも音速を超える戦闘機の翼の上でやることに加担するなど、狂気の沙汰とも言えた。
況してや吸血鬼の力を最大を超え限界を超え、オーバーロードした後の戦闘だ、既にその双眸はマホガニーの虹彩に戻っているとはいえ、安静にすべきであることは代わりの無いにもかかわらず、魔女は未だ剣を振りかざして戦闘に備えている。
「折角命拾いしたのに、無茶な女だ」 店長が仕方ないというような憔悴した声を飛ばすが、代わりに笑顔が返ってくるばかり。 「折角命拾いしたんだから、働かないと損じゃない?」 「拾ってくれた天使が泣くぞ」 「きっと呆れて笑って、見送ってくれると思うわ」

「くくっ、珍しくしおらしくなったと思ったらこれだ化け物女め。 さぁさっさと往け!」 追い立てられるようにチルミナがタキシングを開始する上で、魔女は小さくウインクして態勢を取る。 「朗報を期待してて!」 「最悪弾頭が降ってきたら俺が邪眼で消し飛ばせばいいだけだ。 好きなだけ暴れてくるんだな」

チルミナが加速し、エンジンノズルから灼熱を吹かしバベルの石畳を焼いて行く。 ランディングギアががりがりと舗装面で音を立て、真っすぐに先の無い長方形の端へと突き進んでいく。 ピッチ・アップ、続いてテイクオフ。 ギアが地上に別れを告げ、空中に持ちあがるとほぼ垂直に機動を取り、音の壁を引き裂いて彗星のように空を駆け抜ける。
爆音轟き烈風が渦巻く簡易滑走路で眼交いに手をかざしそれを見送りながら、リーゼロッテは店長の袖を小突いた。

「カーラさん、なんだか表情が綺麗になりましたね。 ボロボロの筈なのに、なんでだろ?」

「女として譲れないものがあるんだろう。 大人しくしてりゃあいいのに、何でも自分でやりたがる。 早い話がただの世話焼きだが、元来人と言うのはそういうものだ。
況してや、あの魔女は自分が色んなものを背負ってると思ってしまうからな、そのためには幾らでもでしゃばるだろうさ」

「わたしゃー、彼女が何時までも独り身な理由が良く分かりましたわ」

「ほぅ?」

「失ったもんを気にして、何時までも大事にしてばっかりで、過去に一途過ぎるんですよね。 絶対振っ切れてませんよ、アレ。 ダラダラです」

「ふふん、言えているな」

「まぁでも、カーラさんらしくてイイじゃないですか! さて、店長賭けません~? わたしは恋する失恋乙女に一万レアリス」

「何時までも未練がましい未亡女に十万」

「店長、けっこーえげつねぇ形容しますね……」

「ではコンビ再結成を祝って、"裂空の魔女"に二十万レアリス」

そう楽しそうに喉を鳴らして、人の可能性を眼に焼きつけて久しい元天使は空を見た。

「俺も少し、地上に居過ぎたのかもな。 奴らには生きて帰って貰わんと、賭けの分が悪くてしょうがない」

目線の先で、柳色の戦闘機が飛行機雲を鋭く描いていた。




 



To be continued [file#14]
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  1. 2011/08/17(水) 00:12:58|
  2. 一次創作
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塾講あがりが公務員になりました。

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