野郎共、お仕置きの時間だ

なんのこたぁないダメ強化人間LayeⅡ(らいつー)の独り語散るgdgd生活ブログ なまはげだって少子化で寂しいんよ。

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【Viol Viera】#12

+WARNING+オリジナル小説+WARNING+

・本文は完全一次創作です
・苦手な方はスル―推奨
・以前の話は右下カテゴリの一次創作より
それでは、どうぞ
【Viol Viera】#12






































――それは、柳色の悪魔だった。
極めて高度な技術で精緻を尽くされた合成鋼材の翼と、その身躯にラスカリヤの至宝たる航空技術の粋を随所に凝らして編み出された悪魔。
まるで嘲笑うかのように宙を自在に駆け廻り、木の葉が風を掴むように翻り、たったひとりのために用意された舞台を踊るが如く誘導弾の間断をすり抜ける。
空でその悪魔に睨みつけられたものは、ただ震え追い詰められ、自身にかの者の照準が合わないことをただ祈った。
     【連合国隷下ベルーア共和国第2航空師団戦闘打撃部隊第一部隊隊長機FK-17E≪ベルセルク≫パイロット バッカニア・ブラドレッド元空軍中佐】



【チルミナータル】。
それがかの機体に与えられた、唯一無二本来の名である。
ラスカリヤ語で「抹殺を遂行する者」と名付けられたそれはあらゆる航空機を凌ぐ機動性と、高い汎用任務遂行性を兼ねるべく開発がすすめられ、
ラスカリヤの「ハイ・ロー」のうちハイを司る汎用型機「ジュラーヴリカ」をベースに、1991年に設計開発が推し進められた。
この機体の開発には諸説があるが、通説としては主に設計に3年、建造に2年と、かなりのハイスピードで完成が急がれたことは間違い様がない。
ただ、この機体の外観が完成しても、決してそれでは終わりを見ることもなく、実際にこの機体が初飛行するのはもう少し先になってからで、
況してや逼迫した戦線を何とか持ち返すためにラスカリヤがやむなくこの機を投入する、つまり表舞台に上がるにはさらに5年の歳月を有する。

何故そんなにも月日が必要だったのか?
エンジン開発? 電子機器? 搭載兵器? 結論から言おう。実はそのどれでもない。
かの機体には、真の意味で「悪魔」が宿っていたのだ。
「北帝戦争」でかの機体の噂を聞いたもの、交戦したものは口々に「裂空の魔女」の名を出すだろう。それもまたこの機体に宿った悪魔のひとつではある。
だが――実際はかの機体を駆ったパイロット、オレグ・ミコヤンビッチ・ドラグノフ大尉すらも、この機体に使われた「パーツ」の一つにしか他ならない。


連合のFK-17は極めて優秀な機体であった。
ラスカリヤ軍のハイ・ローのどちらもを凌駕する基本機体性能に加え、電子戦能力では遥か数歩先を行っている。搭載する空対空ミサイルも、精度と誘導性にかけて決してラスカリヤに劣ることもない。では何故、6機ものFK-17がものの2分で全撃墜されたか? 連合国はこの機体に絶対の信頼と自信を寄せていた。それは決して間違ってはいないし、FK-17は今現在も十二分に戦線を張ることの出来る数少ない高級機である事は疑いようもない。私自身、FK-17以上に連合国で優秀な機体は無いと思っている。根本的な優劣では、私たちは間違いなく勝利していたのだ。

その優劣が最早何の意味を為さないものと気付いたのは、私がかの機体にロックオン・マーカーを向けた時だ。
かなり高速の機体だった。途轍もない負荷がパイロットに掛かっているのも見て取れる。だが私の機は何とか弧を描くその背後に喰らいつき、撃墜される3番機のパイロット、ベネティクト中尉の座席射出を目尻で確認しつつ、高速で複雑な機動を取るチルミナータルの死角にサイトを合わせた。内心勝てた、と思った。交差際に機銃掃射で右翼をやられた3番機の爆炎が視野に入り、視界がかなり劣悪になっていたがそれでも木の葉の如く舞うチルミナータルの背面に照準できること自体、かなり幸運な事だった。一対六で此処までしか出来ないのも、また癪であった。絶対に墜とさねばならない。
この機を逃してはならない。私は慎重に、それでも迅速にマーカーの固定を待った。枠が赤く明滅し、レーダー・アラートが機体を包む。残された短距離空対空ミサイルを射出、かの機に肉薄していく。

その時に、妙なことに気が付いたのだ。
チルミナータルのパイロットは機動を取るので精一杯だった。4番機のブルーノ中尉が逃げ回りつつ彼の照準を引きつけていた。恐らくその時に、かの機体は初めて死角から敵が来たことに気が付いたのだろう。電子戦力に劣るラスカリヤのミスに有り勝ちな事だった。事実、ミサイルは最早回避不可能な角度で猛進していた。フレアも最早間に合わない。つまり、パイロットは本来対応できない位置取りだったのだ。
着弾すると確信した次の瞬間、白い煙の猛進は空を穿った。
そしてチルミナ―タルは紙一重のところで回避運動の余力を、安定性を完全にないがしろにする機動の慣性を維持したまま、翻った。
こんな事を言っても信じられるかどうか分からない。だが、敢えてこう表現する。
私には、「チルミナータル」自身が迫りくるミサイルを見据え、パイロットの意識外のところで回避運動を可能にした――ように見えた。否、そうとしか捉えられない。
事実、完全に死角だった位置から、背面のミサイルがまるで見えたかのように精密な機動をやってのけたのだ。パイロットは対処不能、咄嗟に機動を入れ直す隙も与えられなかった。

恥ずかしながら、呆気にとられた私は空中反転するチルミナータルのキャノピ―と対峙し、そのまま機銃によって黙らされる羽目になった。
そして、暗転する意識の中、何とか脱出装置を稼働させて命からがら機体外に飛び出ていった。視界の端ではチルミナータルがそのまま正面にベクトルを戻し、憎たらしげに飛行機雲を描いて頭上を飛んでいく。背後で爆音がした後に、最後の4番機に短距離空対空ミサイルがぶつけられ、しばしのちにブルーノは脱出した。
私はその時に、全滅を悟ったその瞬間に、無線装置にノイズを感知した。
たまたま誤作動で波長が合ったのだろうか、何故かその瞬間にだけ敵の無線の一部が割りこんできたのだ。そしてそれは、ノイズの塊ともいうべき醜悪な雑音の群れだったが、
確かに私にはラスカリヤ語でこう聞こえ、そしてその言葉が私の疑問を全て氷解させた。




         「背中がお留守ですよ、オレグ」









二年前に北帝は終結した。
かの謎多き機体「チルミナータル」は、半年ほど前にヴェレストリア沖22kmの地点で、リブリアから侵入した12機のランベル(公には正体不明機となっている)と交戦し、最後の一機になるまで戦い続け、撃墜されたという。ラスカリヤは3機のジュラーヴリカとかの機を失い、代わりにリブリアは12機の新鋭機ランベルを全滅され、戦線からの撤退と空軍のスケジュールを総見直しする羽目になった。彼らを相手にその半数以下しか出せなかったという事実が、ラスカリヤの戦力終焉を暗示していた。チルミナータルは、それだけ実戦経験の中で信頼された切り札だったのだが、皮肉にも、機銃も残ミサイルも切れ、最終的に機体をぶつけることにより最後のランベルを撃墜し、その命を果たした。ランベルは都市爆撃用の拡散焼夷弾をありったけ抱えて、ヴェレストリアの海に沈んだ。パイロットは勿論脱出不能。3日後にラスカリヤでは盛大に国葬が開かれ、ドラグノフ氏とチルミナータルは英雄としてヴェレストリアに眠るとされた。


此処まではただの美談に聴こえかねないが、話はまだ終わりでは無い。
他国へのリークを恐れ、後日彼のチルミナ―タルを回収しようとしたラスカリヤと、既に和平を結んでいた我らベルーアで機体の引き上げ作業が行われたのだ。
当該海域を徹底的に洗いざらい調べ、勿論私も参加していた。戦時中彼にこてんぱんにされた苦い思いのあるベネティクト大尉に至っては、「あの化け物戦闘機がリブリア風情相手にくたばる筈が無い」と躍起になって探していた。ライバル意識のようなものがあったらしい。思えば大尉は、和平を結んだ後の親睦という名の模擬戦でよく手袋を投げつけては、チルミナータルとドラグノフ氏に出しぬかれていた。

――破片すら見つからなかった。海流に流されたのだろうか? そんな筈は無い。事実、海域で撃墜されたランベルの大部分は回収され、同じ規格のジュラーヴリカも回収が完了した。
ただ一機、チルミナータルだけが、その海域に全く、存在すらも感知させないほどに、姿を消してしまっていた。

暫く後に、チルミナータルを見たという報告が何件か寄せられた。海の底では無く、空でだというのだ。
チルミナータルは確かにランベルに衝突し爆散し失われた――12機のうち、3機目に撃墜され後に亡命したランベルパイロット、アンルッシ少尉の言だ――引き上げられ後日公表されたランベルの機体映像記録にも、確かにそう映っていた。ラスカリヤは各国に確認を求めたが、その映像記録以後にかの機体を捉えたカメラは無い。幽霊でも見たのではないか? などという発言まで飛び交うざまだ。そして最後に、ラスカリヤはドラグノフ氏のチルミナータルに人工知能――AIを積んでいたことを明らかにした。

真相は遥か海底の底だ。人工知能のデータも全て失われてしまい、ブラックボックスは見つからずじまい。チルミナータルの目撃情報は未だ絶えることも無く、空を飛び交っている。
各国空軍の間では「幽霊夫婦」という、とんでもない渾名までつけられてしまっている。生前相当にチルミナ―タルを溺愛していた、ドラグノフ大尉への賞讃であるらしい。
彼の亡霊を見たパイロットは、未婚者であれば墓場まで付き添えるベストパートナーが近いうちに見つかる暗示だそうだ。既婚者であれば夫婦仲がうまくいく、どちらにしても吉兆だという。幽霊を見て吉兆だとは変な話だが、それほどまでに神秘的な扱いをされているということだろう。
最後に、同機体とそのパイロット、ドラグノフ大尉に深く関わった女性――大戦では「裂空の魔女」とも、資料によっては「旋律の魔女」とも形容される人物の足跡を追った。
だが――機体に関してはかなりの量の情報を開示したラスカリヤも、その存在だけは最後まで否定し続けた。それどころか、当時の基地や戦線に確認を取っても、そんな人物の痕跡は何一つ残っていないのだ。交戦記録は当時関係者が錯乱状態にあったのか酷く現実離れしたものばかりであり、全く信憑性に乏しいものだったが、かの機体が最早人の関知するところにないとすると、彼女の存在もまた人の及ぶところで無い可能性は非常に高い。ただ「魔女」という言葉が何かの比喩なのか、気に掛かる。
資料の唯一の共通点と言えば――大きな提弦を携え、煌煌とした金髪の持ち主だったということくらいか。彼女の存在もまた、最後まで闇の中だ。


――あの機体はなんだったのか。 ただの夢幻か、私たちは何か性質の悪い狐に化かされていたのか。それとも――人の預かり知らぬところにあった、何か途方もない存在だったのか。

ただ私には……未だ何処かで、かの機体は悠々と飛び回っている。そんな気がしてならない。空を見るたびにいつも、そう思う。

                     同氏著【ゴースト・ファイター"チルミナータル"の真実】より一部抜粋




























逢魔の頃、漆黒の遠空を射抜く影があった。
昼間にも関わらず空は闇に覆われていた。月が太陽を覆いかくしたのが遥か遠方からでもキャノピ―越しに確認出来たのだが、それは何の迷いも携えずにひた進む。
夜間戦闘には慣れていたし、何より事態は急を要する。アフターバーナーを炊いて加速を累乗し柳色の航空機は塔へと猛烈な勢いで突貫してゆく最中、有視界内に捉える機影。
黒い空に棚引く、煌光のアフターバーナー。
機体内に声が響く。落ち着いた、無機質な女性と思われるそれは考えるよりも先に分析結果を提示する。

【敵影と思しき目標捕捉。IFFに反応なし】

「数は?」 咄嗟に返したのはパイロットだった。二十代中盤あたりのラスカリヤ訛りだ。
彼の問いに、極めて迅速に声は回答を用意していた。ますます機械のようにとれるほどに淀みの無い返答だ。

【8機。機体形状識別……照合完了。連合の"AS-8"と推測できます】

「主用途は爆撃による一撃離脱か。運動性は高くなく、対空装備は副兵装な筈だ。よしチルミナ、率直に感想を言え。何機までなら相手に出来る」

何機まで相手取れる、という問いを発してから僅か数秒。チルミナと呼ばれた彼女は搭乗者の意志をまるで無視したのか、当然の如く過酷な答えを導き出した。

【1対8までいけます。武装をアクティヴ・ホーミングに変更。8機同時捕捉、4目標同時攻撃が可能です。全弾射出後次弾装填まで約25秒。魔力というシステム・ソフトウェアにまだ慣れ切っておりませんので、ある程度順応したらもう10秒くらい短縮できるかと】

「それは無茶ではないのだな」

【一般論に当てはめて結論を急ぐならば無理、の方が適切でしょう。ただオレグ、貴方の技量ならば充分可能であると私は判断します】

無茶ではなく無理である。堂々と彼女はそう宣告したが、同時にパイロットの技量であれば充分可能であるという答えも出した。
その応えにパイロットはにわかに満足したようだった。致し方ないな、と溜息をつくヘルメット越しの横顔にはにわかに喜色が見え隠れしている。そうして、何度目とも言えぬやりとりをひとまず終焉させた。威勢よく号令を掛ける。

「そこまで信頼されてはかなわないな。よし、行くぞチルミナ。交戦開始だ」

【Да.】

彼女はラスカリヤ語で端的に返すのだった。





其れからはまるで地獄絵図だ、柳色の戦闘機「チルミナータル」は音速突破、重力負荷定数もいいところに何度もひん曲がりかねない機動を繰り返し、
上方から、或いは背面から次々と鈍足機を機銃で薙ぎ払い、あるものは誘導弾の餌食にせしめた。爆音を奏でて中央突破し、辛うじて生き延びて安堵する機体すらも慣性を無視したように背面に宙返り蜂の巣にして回った。そのさまはまるで、せいうちを弄ぶ鯱のようだった。
音すら取り残す超速の戦闘機動の最中に内線を入れてくるものがいる。オレグは一瞬出てやるか出てやるまいか逡巡したが、やがて折れて通信に応じた。
耳に響くは不健康を形にしたような死神店長の声。実に2年ぶりの、電子越しの再会。

「オレグか?」

「そうだ」

「実に元気そうじゃないか、おかしいな。死んだって聞いたのだがな」

「ただいま絶賛好評交戦中だ、雑談なら後にしろ死神」

「まぁそう急くな」 死神店長はなだめるように抑え込む。「こっちの最大の弱点は、空中の戦力が大幅に少ないことだ。だからうまく連携しろ」

「お前ら悪魔は飛べるんじゃないのか」 悪魔は羽根が生えていて、自在に夜の空を闊歩できるものだというのは、ステレオタイプな話だ。オレグの認識は少なくともそうだ。魔女だって箒に乗っていたし、空中の敵などものともしないものだと思っていた。
しかし死神店長の答えは意外なものだ。 「全員が全員飛べると思うのは偏見だ。多くの魔族にとって翼が魔力の制御装置である時も多い。おまけに仮に飛べたとしても空中の敵など余り意識したことがない連中が殆どなんだ。訓練不足極まりない」 

「つまり、空対空戦力不足か」

「見ての通り制空権はすっかり握られている」 なんということもなさそうに彼は言い放った。 「羽虫がぶんぶんいっているだけだが、確かに居座られては目障りだ。叩き落とせ」

「こっちからじゃ敵か味方か分からんぞ……」

「でっかい黒い蜥蜴が飛来していたら、そいつは龍だ。チルミナ、オレグは当てにならんからお前がよく覚えておけよ」

【了解しましたザラキエル。該当生物の発見次第IFFへの登録を済ませておきます】

「まぁミサイル一発で墜ちるような生物でもないから誤射は気にするな。機嫌損ねてお前らが灰になるだけだ」

【承諾しました】

「化け物軍団め。そんなのもいるとは、まったく度し難い話だぜ。性質の悪いB級映画を見ているようだ」

「度し難いだと?」 死神店長は鼻で笑う。お前に言われたくないというような口ぶりだ。 「亡霊戦闘機に言われるとは心外だな」

「あーっ、冗談だ冗談!」

【ただいまの言動の信憑性11%。極めて信用できません】

「ほれ、彼女の嘘発見器がああ言っているが? 女房が高性能すぎるのも困りものだな、なぁオレグ?」

「チルミナ……お前って奴ぁもう、全く……!」

【交戦に集中してくださいオレグ。4時方向敵機】


本来操縦すべき機体にたしなめられ、オレグはすっかり黙ってしまった。彼女の言う通りに今は眼前の敵掃討が最優先、余計な思考は戦闘機動を鈍らせる要因に他ならない。
スロットルを入れ直す。急制動を仕掛けると追跡と逃走の関係を一気に逆転させ、擦れ違いざまにエンジン機関部と主翼に掛けて掃射、爆散。航行不可能になったことを確認し、反転して追ってくる次の機体にミサイルをぶち込んだ。爆炎がキャノピ―を赤く染め、座席が吹き飛ぶのが見えた。これで六機目。チルミナが警告する。

【注意。9時方向よりレーダー照射を受けています。SARH(セミアクティヴレーダー誘導)】

「側面か!」

【射角から飛びのき、旋回して背後を狙って下さい。現状速度を維持、敵機シーカー範囲を振り切ります】 チルミナはあくまで冷静に指示を出した。オレグは水平状態からロールを開始し、右ヨーからピッチを上げて一気に角度をつけた。白煙纏う誘導弾が背を越えていく。回避完了――機体速を入れ直し、旋回戦を嗾け尻に喰らいつく。弧を描き、空が悲鳴を上げて爆音が貫く。ロック・オン。



【いい角度ですね】

「これでチェック、だ」

トリガーを引く。射出された鋼鉄の蛇は敵機後部に喰らいつき、爆散してその命を果たした。焔に包まれ機体が落下していく。
残された何機かが、弧を大きく描いて遠ざかっていく。逃げ出したか――或いはフォーメーションを整えて再度肉薄してくるか。答えは、どうやら後者だった。

【敵増援確認、レーダー反射で機体側面のエアインテークから機種特定できます、照合開始――認識。FK-17が三機】 チルミナが珍しく狼狽し、不敵に呟いた。
【アレの敏捷性はかなり厄介です。聊か分が悪いようですね】

「並みの戦闘機にはな。奴らもたった一機にそこまで出来るとは考えていない筈だ」

並みの――その言葉に、全てが集約されていた。チルミナは即座にそれを理解し、演算を開始。正面敵機の最も効率のいい突破、反転迎撃の算段だ。
何時だって自分は、このパイロットの最善について尽くしてきた。肉体が死せようとそれは決して揺るぐことが無い。此処まで来てしまったのだから、当然だ。何処までも同じことをやって、何処までも結果を伸ばせるだけ伸ばす。それが機械の自分ながらに、出来ることだ。そしてそれは、自分のパイロットが求めていることだ。これ以上にどんな生き方をしろというのか。チルミナにはそれが、レーダーサイトとデジタル画像で見る三次元の世界上の全てだった。悪魔化したところでそれは変わらない。

「それに、北帝の初期の方でベルセルクなら全部で六機相手にした――向こう側のエース込みでだ。
チルミナ、それが雑魚が増えたところで……今の俺たちに出来ないか?」

【Нет.】

チルミナは強く否定した。

そう、自分たちは決して並みでは無い。
そして自分は――この人間の"特別"でありたい。
もう二度と、撃墜というヘマはやらかさないと誓った。パイロットを死なすなど、機体として最低以前の問題だ。
だが、チャンスはまだ与えられている。取り返しは付かないかも知れないが、自分はまだ戦える。
それこそが悪魔になってなお、チルミナをチルミナ足らせるこの世界でただ一つのファクターだった。
そんな彼女にオレグは優しく語りかけた、全幅の信頼を以って。

「そうだな。チルミナ、最善のオペレートをいつも通りフルコースで頼む」



ならば自分に今出来ることを尽くそう――チルミナはいつも通りに、人工知能としてそう決断した。



【了解。チルミナータル、エンゲージ】
























 

エドガー・シュナイダー警部は喧騒とは無縁のところに立っていた。
古錆びた聳え立つ鉄の扉が、がっしりとゴシック調の煉瓦造りに収まっている。その下で、彼は断続的な揺れにうんざりしながら煙草に火をつけた。
ちきちきと鳴らす、火打石。二酸化炭素と有害物質が肺に到達し、一時の浮遊感を得る。
そんな彼を現実に呼びもどす声が飛んでくる。

「おい」

「ん?」

「貴様だ、人間」

ああ、呼ばれてるのは俺か……警部は、門を固めている守衛に向き直った。「人間」という形容で指されるのは、この界隈では際立って珍しいことではない。
守衛も守衛で、人型からは大きくかけ離れていた。犀を二本足で立たせたような巨躯に、その胴はがらんと骨組のみになっている。
もう片方、左の守衛は形こそ人型だが、中世鎧の中は矢張りすっからかんだ。兜の目だし穴から不気味に魂の煌めきを覗かせていた。
死神店長――ザラキエルは骨の方をスケルトン、髑髏闘士と呼び、鎧の方をデュラハーンと呼んだ。魔界では人間の頃の記憶を宿したまま彷徨う鎧と化したものを総じてこの名で呼ぶらしい。ノスフェラトゥという個体を、その恐ろしさと共に知っている彼にとってはあんまりお近づきになりたい相手ではなかったが、外の喧騒ではまるで役に立たない彼を匿ってくれている以上は、余り露骨に顔に出すまいと彼は心に決めていた。
どうやら声をかけたのは、犀面の方らしい。でかい図体で指をちょこちょこと動かし、何かを伝えようとしている。

「人間、それ、ウマイのか?」

「ああ、これか?」 煙草を指差すと、犀はくんくんと首を縦に振った。

「ウマイってーと、ウマイもんじゃねぇだろなぁ」

「じゃあ人間、何故吸ってる?」

「しょうがねぇんだ、吸わないと落ち着かんもんで……恥ずかしながらニコチン中毒って奴だ」

「よせよシーブル」 今度は隣の鎧が声を割り込ませる。 「おまえ、骨だけだろ。筒抜けちまうぜ」

「おおお、お前もヨロイだけ。でも、おでも、ウマイなら喰いたいぞ」

「だから、俺らには味が分からんだっての。もう"カラダ"がねーんだからよ」

「そっか……」

しょぼくれる犀に、けらけらと笑い飛ばす甲冑。対照的な二人だ。それに人間に対して臆面もないところは、警部としては好印象だった。
たまたま居合わせた――戦乱とは無縁な処に居る連中だが、中々どうして悪い奴ではなさそうだ。

「おたくらは此処の守備なのかい?」

「ああ、そうだ。俺がサイモン、こっちのでかいのが」

「おで、シーブル」

「このクソ寂れて錆びれた無用の扉の」

「くそ退屈門番」

声を合わせてそういう。本人たちは自己の仕事を過小評価しているようだが、此処に自分を押しつけたザラキエル本人は至極信頼しての様子だったのだから腕は立つのだろうな、そう警部は思いつつ話を聞いていた。

「そんなに退屈なのか」

「ご、五十年くらいこうやってる」

「骨だし鎧だし、突っ立ってりゃ疲れもしねぇし替わり番もいらねぇ。ひでぇ話だ」

「おおう……そりゃまた難儀な……」

「人間、あんたはなんていうんだ?」

「俺か? 俺はシュナイダーだ」

「シュ……」

「エドガー・シュナイダー」

「エド」

「エドでいいよ、もう」

「エド。覚えた」

「あんたこの辺の連中とは違うみたいだし、ウィザードじゃなさそうだな」

「妻子持ちのただの公務員だ」

「タダの人間がどうしてこんなところに居るかは皆目見当もつかないが……ザラキエル様の知り合いなんだろ?」

ザラキエル、という死神店長本来の名前がどうにも耳慣れない彼は、少し間をおいて問答に答える。
本名なんて知る由もなかったが、此処の魔物共は口をそろえて彼をその名で呼んでいる。ご丁寧に様付けだ。礼儀に疎い悪魔ですらこの現象は、聊かどころでなく不審極まりなかった。
それだけあの死神が此方の界隈では有力筋ということなのだろう。

「……あの店長、そんな偉いのか?」

「えらいも何も、この界隈の主だぞ?
元大天使、現堕天使の、死神界副首領。死神将軍、閻魔様の懐刀、黒神チェルノボグが唯一信頼する左腕。天界の反逆者。
肩書きを並べればキリがねぇ上に、その悪逆非道は底知れず。俺ら悪魔の畏敬の的よ」

「おまけに腕っぷし、どう見てもおでらより上。あんなに細いのに……」

「腕っ節しか取り柄のない俺らでも、領主様の相手だけは御免だよなぁ。反則臭いからなあの人」

二人ならんでそう語る顔色に、誇らしげなものが垣間見れる。死神店長は随分とご当地では名高い存在らしいだけでは無く、戦士であり同時に領民でもある彼らに慕われている様が良く分かる。それに、警部は散々魔女の戦いを至近で見てきた。魔界の住人に体つきが腕っ節と比例しない事はとっくに承知済みだ。ザラキエル当人もまるで例外では無く、鋼の塊のような鎧と重厚な骨格を持つ強靭そうな彼ら二人を跳ねのけるほどの腕があるらしい。悪魔の上下関係はまさしく力が全てというところからも、その技量がうかがい知れる。

「それで、どういう知り合いなんだあんた」

「どうって……間接的なもんだがな」

答えようがない、というのが正確だろう。警部本人にあの死神との接点は殆ど無かった。ごく稀に魔女を通して食事を頂くくらいだろうか。
思ったままを口に出してみると、つまりこうなる。 「行きつけのレストランの店長と客……?」

「なんだそりゃ」

「人間なのに魔女だの、蟲使いだの、死神だのの闘争に巻き込まれちまった愚かな一般人だよ」

そして何も出来ない、無力な一般人だ――そう心の中で付け加え、おくびにも出さない。
全く不甲斐のない話だ。自分よりも十は若い魔女に命を救われ、見えるだけで自分は何も出来ない。目と鼻の先で自分の娘とそう変わらない歳の子供が漆黒の肉塊に拳を突き立てるのを見ているだけしか出来ない。出ていったところで足を引きずることにしかならないし、こんなにも近くに居るのになんら干渉すら許されない事が、どんなに歯がゆいか。

「なんで、こうなっちまったんだろうかな」

知らないほうが良い世界だった、と言えばそれまでだ。
だが見てしまった以上は何とかしたいと思うのは、男の性でありまた公安という性でもある。我ながら不便な性質だと自嘲する。
見過ごすことなど出来ない。だから、太刀打ちするだけの力が欲しい。久しく忘れていた感覚だ。社会に出てからというもの自分の無力さから逃げることにすっかり慣れてしまったものなのに。

暫く無言で聞いていた二人だが、大まかな事情は察してくれたらしい。 「あんた、ヘンな人間だな」 サイモンが静かにそう答える。

「そうか? 同じことを最近娘くらいの歳の子に言われたよ」

「こっちの住人か? なら当然の反応だと思うぜ。 あんたは確かにヘンだ」

「エピタフィオンと言うそうだが……今はうちでぐーたらして、穀潰ししてる」

「エピタフィオン?」 サイモンはシーブルと節穴の目を見合わせた。「おい待て、"西の最終兵器"の、あれか? 冗談だろ」 「おで、戦いたくない。人間だけどあいつらは別物」

門番二人が顔色を変えるのを見ると、矢張りエピタフィオンの名は伊達ではなかったようだ。人間界ではテレビの前でごろごろしながら煎餅を貪っている赤毛娘は、此方の界隈では帝王にも等しい力を有していることが見て取れる。警部はつくづく思う、なんと自分の周りにはとんでもない輩が多いことか。

「マリス級第二種魔性統合体"不滅の悪意"を滅ぼしたって最近じゃ巷でまた名を上げてるぜ、その一族は。不可能を可能にするったぁこのことかってな」

「スレイヴィア・マリス……か」

「斬っても突いても、焼いても死なねぇ八方塞がりな厄介者だったさ。俺たちもさんざ手を焼かされた不死身野郎だ、おかげさまでエピタフィオンの名はウナギ登りだろうさ」

「本当に、何処にでもいそうな娘っ子にしか見えないのにな……」

「そう思うのなら、あんたもまだまだ人間の矮小な視野って奴から抜け出せていないのさ……っと」 彼は会話を中断し、何を思ったのか塔の奥の方へと見やる。
「雑談はこれまでだ。客が来たようだな」
確かに頭は無いのだが――鉄兜の奥底に揺らぐ炎は確かに明確な敵意を宿していた。明りのない、踊り場からかつんかつんと響く軍靴の音。次第に近づいてくるそれを睨み、警部を後ろへと無言で誘導する。シーブルもまた、何かを感じ取っていたようだった。鈍重な言動とは裏腹に、聊かの剣呑めいた緊迫が彼の周囲の空気を包んだ。

「シーブル、臨戦だ。暇潰しが出来たようだぜ、良かったな」 サイモンが引きつりながらそう言った。 「サイモン、おで、がんばる」 巨大な、警部の身の丈の三倍はあろうかとばかりの――振りまわして塔にブチ当たれば崩れてしまうのではないかと言わんばかりの――戦斧を振りかざし、サイモンの方は柄の長い、槍の先に曲剣が付いたような武器を携えた。
彼らが睨む虚空から出てきたのは、ひとりの学者風の男だった。
翻す白衣に、蒼と白の肌に、むき出しの継ぎ目。覇気の無い目元に丸い眼鏡。そして極めつけに、頭頂部を真っすぐ貫く銀色の杭。間違えようもない特徴的なその容姿。
警部はその男の話を聞いていた。ヴィクトール・フランケンシュタイン。戦乱を引き起こした張本人そのものが、今目の前に姿を現したのだ。

「あれは……どうやら人違いじゃなさそうか」

「止まれ!」 サイモンは高らかに声を上げ警告した。 「何処の誰か知らねーが……というわけでもなさそうだな。フランケンシュタイン! 何の用があって此処に来て、どうやって警備をすり抜けたんだか知らないが、理由がどうあろうと此処からは一歩も通せん」 「大人しく、ひきさがるんだな」

対するフランケンシュタインは、まるで何でも無さそうに煙管を口にやった。ぽんぽんと傾け、煙を飛ばす。 警告など何のそのと言わんばかりの態度に、サイモンは痺れを切らして畳みかける。

「……って、下がれって言われて大人しく下がるタマじゃねぇわな」

「ご名答。理解が早いようで何よりだよ門番君」

「サイモン。おで、あいつ嫌い」

「安心しろ俺も反吐が出るほど嫌いだ」

「ふむふむ、中々手酷く嫌われたものだ。この分では其処を易々と通してくれることはなさそうだな」

「当たり前だ。死んでも通すものか」

「ならば――必然的に実力行使となるが、構わないかね」 ゆらりと、言葉と同時にフランケンシュタインの背後から何かが湧き出るのを警部は感じた。
ベイル・フレイズ――ガラサキの言葉を思い出す。守護と統率に秀でた、堅固な防衛術式。しかしそれは、ガラサキのような生体では無く――無機物の塊のような、金属繊維の群れだった。鉄と鋼が集い、装甲を構築し――かちかちと擦れ合いぶつかり合う音が響いて、鉄屑の群れは彼の背後に一匹の、化け物蠅を築き上げている。
鉄板が高速で蠕動し、耳障りな金属音を打ち鳴らして滞空しているさまは、生体組織とはまた別の気味悪さを呈していた。
確かに、魔物だ。だがその容姿、構造とも、他に類を見ないほどの異形。
魔界歴が長いサイモンとシーブルも、慄然として其れを眺めているにすぎなかった。

「デウス・エクス・マキナ……"機械仕掛けの神"とでもいおうか」 フランケンシュタイン博士は優雅にそううそぶく。 「最近ろくに身体を動かしていなかったのでな、満足いく戦いが出来ればいいが――」

「ぬかせ!」

「サイモン」

「分かってる。今救援信号を発信した。 付近で戦ってるコンチェルトのお二人か、最悪メフィスタフェレル殿が来てくれるだろう。だが……
ザラキエル様の手だけは、煩わせるまでもない」

戦慄しながらも、なお彼は刃を向けることに迷わない。門番としての責務、そしてザラキエルの信頼。そのどちらもが彼の中で徐々に比重を占めて行き、身体を突き動かすまでになるのを知る。もとより、空っぽだから――何もないから、だろうか。サイモンにはそれだけが自分の存在に課せられた使命のように思えた。それは隣で立ちふさがっている犀面も同じことだ。此処に門番として配置された以上は、「契約」は命を賭して、それこそ死守されるべきものだという認識が、悪魔だからこその観念として根を降ろしている。
悪魔だからこそ、契約は守らねばならない。50年の清算を、今此処でして見せる。重い、それでも中身の無い、空っぽの踵を鳴らして、サイモンは前に踏み出矛槍を構えた。

「エド、下がってろ」

「でもよ……」

「下がってろ」 シーブルは強く、突き放す様に言い放った。だが、此処で退いてはいつもと何も変わらない。
逃げて逃げて、見ないふりをして。 いつもそればっかりだ。あの魔女に命を救われて、自分は何か変われたか? 何も変わってない。見てきただけだ。
いつだって、自分は傍観者だった。 此処で何か突き動かしたかった。そのために来た筈だ。

「……その命令は聞けないね」 腰から9mm拳銃を引き抜き、四角い銃身を真っすぐにフランケンシュタインに向ける。9発の、蟲男謹製の神聖結界弾が詰められている。
並みの悪魔なら一息に貫けると言われたが、果たして並みでなかったらどうなのか。想像したくもないが、今自分に持ち得る武器はこれくらいしかない。
目の前に居る、博士と思しき男は、脳髄を貫く鉄杭を悠々と放置したままに歩いている。通常の銃弾など屁でも無いとばかりの相手だ。
だが、せめて時間稼ぎには――あの魔女が到達するまで、此処を守り通すくらいは。

「フン」 サイモンが隣で笑った。 「頑固な人間だ、死ぬなよ……巻き込まない保証は無い」

その瞬間だった。「線」――そうとしか形容仕様の無い、空間をも穿つ見事な直線が、水平に薙ぎ払っていった。
警部はそれを知覚すらできなかった。頭蓋のすぐ上を、有象無象を寸断する境界線が感知する間もなく振り払い、あらゆる抵抗を物ともせずに寸断せしめる。僅かに射線からはみ出た髪の毛が理髪店の剃刀のように均等に、切り分け掻い攫う。
気付いたのは数拍遅れてだ。心の臓が次の鼓動を覚える頃には塔が、呻きと共に横にずれて行き――目がおかしくなったのかと思ったが、建物全体が二分されていることに気が付く。
塔を丸ごと、輪切りにして。それでもサイモンはまだ足らず、それを縦に振りかざした。
二軸の殺空直線が無慈悲に、スライスチーズの如く容易く石畳を切り裂き、冗談を見せているかのごとく展開する。

「――噂にたがわずしぶといやつよ。シーブル、畳め」

「分かった」

今度は応えるように犀面が飛び出た。サイモンの肩を蹴り、大きく飛翔すると瓦礫と砂埃の海と化した一角に、巨躯を上乗せして大戦斧を思い切り叩きつける。
まるで重量差を感じさせない見事な連携だ。そう感心しつつも、警部は一抹の不安ならぬ、大きな戦慄を覚えていた。
「守る」ことに区画一面を破壊しつくしてどうするのか、本末転倒ではないかという念を持ったがそれを払拭するように、扉は依然佇んでいた。
最低限、紙一重の外壁を残して、ただ扉とその周囲だけが傷を受けていない。いや、正確には何か、半透明の障壁が介在して攻撃を防いでいるようだ。それも傷一つ付いていない。

「……あれは」

「ザラキエル様謹製の結界だ。表の扉なんて、ただの飾りみたいなものよ。それこそ、アレの前には俺の斬撃は何ら意味を持たない……安心して暴れられるということだ!」

容赦なく再び煙の向こうに斬撃が駆け、靄が真っ二つに引き裂かれて消える。
だが、それを遮るものがあることに警部は気づいた。わずかに開けた視野に、銀色の化け物蠅が映る。視認に耐えがたい速度で旋回し――それでも飛来する線に捉えられ、断絶した――かに思われた。その時だ、蠅が割られた西瓜のように爆ぜ、中身をまき散らし――周囲一帯に放射する棘を展開し始めたのは。

「――ぬっ!?」

サイモンが驚愕する。それはほんの一瞬きの出来事であった。蠅は炸裂し、まるでそれが最初から狙いだったように鋭利に伸びきった棘で床や天井、壁壁を貫通し走らせる。あっという間に周囲は縦横無尽の針山で埋め尽くされ、その波がサイモンに肉薄した。彼もまた恐れることなく一閃を振りかざし、なお抵抗する。

「小賢しい真似を!」

振られた剣速は、およそ人の目に捉えきれるものでなく。ただ軌跡だけが重なり合い、打ち据えられて直線に駆け、針山の群れに幾何学模様を描いて断絶せしめる。
まるで、ダイアモンドの中のようだった。反射に次ぐ反射と、線による切断面が互いにぶつかりあって何度も閃き、棘の肉薄を瀬戸際で抑える。だが、フランケンシュタイン本体は依然、不気味に静寂を保っていた。この死闘の最中にあってなお、余興を愉しむかのごとく。

「シーブル! もう一撃だ!」 サイモンの叫びに応じてシーブルが大戦斧を振りかぶる。二人は敵の余裕に違和感を覚えた。命のやりとりの中で、手を抜くなどそれこそ絶対の確信が無ければ出来ることではないのだ。それは相手や戦いそのものへの侮辱ですらある。戦いに生き、死してなお守ることそのものを命題とした彼ら二人にはそれは赦しがたい暴挙であった。だが、そんなことを知ることも、恐らく知るつもりもないだろうフランケンシュタインに向けられた刃は、僅かに紙一重のところですり抜けられ、二匹目の蠅が爆ぜた。無慈悲な冷たい棘が一面を覆い、二人を呆気なく串刺しにしていく。
鎧に大穴をあけられ、空洞になった胴を宙にぶら下げられ、それでも尚も目元に灯る灯火は止むことがなかった。シーブルに至っては骨格に罅が入り、今にも崩れ落ちようとしていた。宙づりになった二人を見上げ、さも余裕げにフランケンシュタインは笑った。

「……実に惜しかった。後一歩及ばず、といったところだな」

「くそったれが……!」

「君たちには二つの権利がある」 フランケンシュタインは踵を鳴らしながら、のうのうと進み寄る。 「結界を解くか、或いは此処で完全に破砕されるかだ」 彼の力をもってしても、人智を凌駕した存在体死神の生成する反魔力域を消し去るのは困難なことだと判断しただろうか、そう動けない二人に向けて語りかけた。いつでもお前たちを消失させてやる、魂すらも握っているぞと言うような威圧が込められた、半ば恫喝のようなその言葉。だが、二人は屈する様子は微塵も見せない。反骨をむき出しにして、当たり前のように
吐き捨てた。

「お断りだ」 「結界を破れるの、ザラキエル様だけ。残念だったな、人間!」

「ただの置物の俺たちが、忠誠を簡単に翻すと思ったのか? 愚かな! 実に愚かだよ人間。 俺たちの忠誠は何よりも重い。それこそ命よりな」

「ほう……それは興味深い。死してなお、何を残せるというのだい? 好き勝手に生き、好き勝手に蹂躙する。一代限りの無法者。それが君たちではなかったのか?」 手を伸ばすと、それに応えるように鋼鉄の蠅は棘をさらに群がらせた。鋼鉄が穿たれた風穴から悲鳴を上げ、軋みが木霊する。叫びを上げまいとする二人に容赦なく棘がすりぬけていく。

「人智を超越した力。半無限に等しい寿命と生命力。君臨し搾取するべくして生まれた様な、兵器然とした思考。
自身の合理のみを糧として、全ての行動動機を其処に起因させる、超個体主義者たちの君たちが! 忠誠? 契約? 実にバカバカしいことこの上ない。
笑わせてくれるな……君たちはそれ以上でもそれ以下でもない。何一つ干渉せぬ、孤高の個体だよ」

そのときだった。一発の弾丸が煌めき、フランケンシュタインの頬を掠めた。
まるで後ろに目があるようにその軌跡を読み、紙一重のところで回避をしたフランケンシュタインは同時に振りかえる。何の事はない、ただの人間だ。銃口は確かによく訓練されているのか定まりにぶれはない。ただ、威嚇射撃など魔界では意味を為さないという処以外は。

「――何故邪魔をするね?」

「あんたが何者なのか、俺はよく知らん。 だがあんたがやろうとしていることに、同じ人間として深く疑問を持っている。
魔界を攻めるのは、何故だ……? こいつらは、人間に大きく干渉しようとしているわけでもないと言うのに、何故こんなにも兵力を裂いてまで、駆逐しようとするんだ」

「エド……」

「動くな。じきに助けが来る。お前たちはそんな柔に出来てない筈だ。最後まで諦めんな」

警部は銃口から目を外さないように、ちらりと脇を見やった。白銀の針山に祭り上げられた二人は、人間であれば致命傷を通り過ぎるほど無茶苦茶に貫かれている。
彼らの命を、存在を保持するのは矢張り契約の為す、意志の重さだろう。悪魔の身体がどうなっているかなんて彼には察する余地もなかったがこれだけは正確に言える。肉体を持たぬ彼らを支えて突き動かすものは、他でもないたったひとつの使命への執念なのだと。
銃口を向けられてなおフランケンシュタインは、整然としていた。不気味なほどに動きの無い静態を保っている様は絶対の自信を俄かに醸し出しているようだ。弾丸が、当たる気がしないのは何故だろうか。射撃練習の的と同じ、静止物なのに、彼は、全く他者の干渉を受けつけぬ、というような気迫を呈している。
彼は、笑った。ただそれだけ。何がおかしいのか、何一つ喜色を見せぬ嘲りの笑いを携えた。そうして、自身が確信する当たり前を口にした。

「分からないか? 我らにとって脅威でしかない彼らは、他の存在意義を持ち得ることは無い。
悪魔は所詮人の敵でしかないのだ。人の敵にしかなり得ない存在は、駆逐しなくてはいけないのだよ」

「……そんな生き物が、居てたまるか!」

激昂の余り、引き金を引く一歩手前まで力を入れる。引き金を引いてしまえば、何かが始まって別の何かが終わってしまう、そんな気がした。
こんなときに、引くに引けない。相手が人間だから故の迷いか。きっと、それだけではない筈だ。伝う汗は、紛れもなく人に対する迷いでは無い。
人間だから、同じ生物だからこそ、彼の言っていることに一理を見出している自分がいる。認めるものか。認める訳にはいかない。
それでもこのフランケンシュタインという男が自身が信ずる正義の元に行動しているということだけは認め難い中に存在する、自白の明であることは、疑いようもないことだった。
それは、毅然として其処にあった、ただの真実に他ならない。

「そう思う心の底で、君はどこかしら疑念を抱いているのではないかな?
でなければ、"自身の信義"を貫けるのであれば、迷いなく――それこそ威嚇射撃などという無粋を挟まずに――私に発砲できた、そう考えてはいないかね」

「……懐柔のつもりか?」

「いいや。啓蒙であり示唆だよ。君はまだ、彼らという存在に完全なる危機感は抱いてはいないが、同時に安堵も抱いてはいない」

何が啓蒙だ、何が示唆だ。こいつは、救いがたき悪党の筈なのだ。警部は自分の手がどんなに淀みなく引き金を引いてくれるかを祈るだけだった。
それとは逆に、フランケンシュタインの方は恐れるものなどないと言ったように歩みを進めていく。一歩ずつ、確実に詰まれる距離は徐々に退路を無くし恐怖を駆りたてる。
今引かずして、いつ引くのだろう。結局のところ、自分には圧倒的に覚悟が足りていないのか。
こんなに悔しいことはなかった。

「そう、人は実に迷いが多い。同時に、他のどんな生物よりも怖れを覚えてしまう哀しい生物だ。
可能性がある、虞がある。ただそれだけで他を排斥し、駆逐する。自分に仇為す選択が万に一つでもあるだけで、人はその生物を殺すことが出来る。
例えそれが冤罪だったとしても、人の断罪は止むことがない。この世界そのものが、欠席上等の魔女裁判だ」

「……だったら、それを止めればいいだけだろう!」

「本当に"それが出来るか"を考えてみたまえ?
人が、誰かが止めればいいと思うだけで、それが完遂するか? 成就するか? 答えはノーだ。人は集団の中でしか生きられないが、同時に人に本当の意味での個は、因子は与えられていない。人は単一では人を動かせず、世界を動かせない。其処にあるのは無意識の、世界傾向のしがらみのみだ。
人は、自分を中心に世界を捉え、あらゆる他を殲滅することでしか、自分を保てない負の知性で生きる生物ならば。
私はそれを享受しよう。 看過しよう。 私は人のために、人のあらゆる障害を排除しよう。
そのために――私はこの世界を滅ぼして見せよう。 止められるものなら、止めてみたまえ。 私はとうに覚悟し、それを為し得る術を身につけた。その上での宣戦布告だ。
何も勝機が無いわけでは……無いよ?」

自分の命など、この作戦を完遂する上で何ら枷にならない、そう言いたげな、覚悟それに満ち満ちた瞳に恐怖を覚え、また畏敬を覚える。
狂っている。それ以外の何者でもないが、それ以上に彼を突き動かすのは曇り一つない孤高の意志のそれだ。
彼が今まで生きながらえ、盤上の上から眺めていたのは最後に盤上をただ一つの仕事で飾り付ける、それだけのためだった。

「引いてみたまえ」 彼は挑発でも無く、ただ淡々とそう言い放つ。 「君にその覚悟があるのなら。そうでなければ、其処をどいてくれさえしていればいい」

暫くの沈黙が、垂れこめる暗雲の様に二人の間を覆った。砕けた形骸たちは、それを慄然として、固唾を飲んで見守るほかなかった。
フランケンシュタインの乾いた足音だけがこつんこつんと、警部に近づいていく。それは死神の足音とも同義で、違うのは殺意が何処のベクトルを向いているか分からないことだった。
この男、まるで何を考えているか分からない。魔女が真に苦手とするだけもあり、また自分もその深い泥土の底に呑みこまれているような錯覚にとらわれた。
その中で、辛うじて口を開く。

「――俺に、本当の覚悟なんて無いのかも知れないけどな」 声が震えた。恥ずかしさなど覚えないほどに、威圧されているのが分かる。それでも、言いたいことはある。

「人間に、諦めたことは無い。生きているうちに絶望なんぞ、何度したか覚えていないし妥協したこともあるさ。
だが、あんたが言っているのは――悪いが、それは人間の可能性を全否定しているも同然だ。俺に何が正しいなんて分からないし、俺たちは過ちばかりだが、それを正そうとする限り全てを打ち捨てて早計に走ろうだなんて思わない。それは人間に絶望していることに他ならん。 つくづく社会の中で摩耗し切った、穢れた男にもそれくらいは言える」

「……ほう?」

「決別だ。 なげられたコインの結果はもう誰にも変えられない。 俺たちの袂は完全に分かたれたというわけだ」

「残念だな……」

一つの、ひとり同士の答えが火花をぶつけあい、衝突したかに見えた。
人を思う余りに、人の愚行の先に希望的観測を許せずに、あらゆる致命的障害を排除しようと覚悟したフランケンシュタインと、それに対し全ての白でないものは黒にすることは諦め以外の何物でもないという警部。二つの答えは水と油の様に相反し、互いに歩み寄ることを許さない。同じ人間でありながら、全く違う方向に指し示された答えは、互いがどちらかを潰すまでぶつかり己を削ることは止めない。それは完全なる決別を意味する。

「名前を聞いておこうか」

「エドガー・シュナイダー。通りすがりの公安だ」

「では、人間に、人の限界に絶望を覚える覚悟は出来たかね? シュナイダー君」 彼の言葉の意味が、それ以上のものを聞かずとも理解出来た。
側面を滞空する鋼鉄の蠅が炸裂し、鉄の束となって辺りを駆け廻った。何重もの螺旋で吹き抜けてしまった部屋を覆い、銀色の繭が空間を覆った。

繭が内側から喰い破られ、其処に佇んでいたのは、動く鉄塊だった。
黒金に不穏を携えて鈍く煌めく長い肢が、フランケンシュタインの背後から眼前の石畳を穿ち砕く。低く、何処までも響き渡る鋼鉄の唸りが、腹の底にのしかかる。
それは、蜘蛛の姿をした鋼の大山だった。陰に落とし込められた彼は、圧倒的戦力差を思い知った。
――何処に撃ち込んでも、突き崩せる気がしない。あの丸太のような肢で蹴り飛ばされればそれこそ自分はお終いだ。

「では、辺りを掃除するとしようか」 フランケンシュタインは何とも無いことの様に言い捨てた。サイモンの四散した頭部の、一番大きい塊――未だ魂の炎が宿ったそれを鉤爪で拾い上げ、掌で弄んで飽きた玩具をゴミ箱に投げ捨てるように命令を下す。 「砕け」

「やめろ……やめろ!」
叫びも虚しく、何処からか砲火が響き渡った。デウス・エクス・マキナの装甲を紅く染め上げ砲弾が着弾し、掌に跡形も残さず一切を奪っていく。
がっくりとうなだれた。目の前から容赦なく行われる魂の搾取に、ただ何の抵抗も出来ない自分がこれほど憎く思えたことは無かった。
だが、嘆いてばかりいては何も変わらない。煙を上げて、砲撃をもろに受けてものうのうと機動するかの敵を見据え、自分に出来ることだけを考える。
気がつけば、拳銃をまだ構えていた。 魔が渦巻く中枢のフランケンシュタインに向けて、一つのぶれもなく発砲。
甲高い音と共にいとも簡単に弾き返されたそれだが、確実に視線は警部の方を向いた。
出来る。時間稼ぎくらいならば、ちっぽけなこの身にも。

「……ほう? まだ抗う気力があったか」

「…………」

「では、知るがいい。ただのちっぽけな人が、何をやっても同じだということを」

「……人間を、舐めんなよ!」

後は、ちっぽけな勇気とこの脆い器が何処まで続くかだ。
震えた、しかしそれ以上に突き動かされる何かがあった。だから、自分は自分の正義に全てを賭けてやりたい。
それがどんなに愚かでバカバカしいことだとしても、自分を偽って今を生きながらえるなんて、いつもと何ら変わらない。それこそ死んでいくだけだ。警部は全く知らぬ、本当の意味での異界でそれを悟った。

「カヤ、エレノア……俺に力を貸してくれ」

拳銃を握るその手の向こうに、愛娘と愛妻の名前をそっと呼んで。
警部は自らの信義のために命を賭す覚悟を決めた。
そして、恐らく駆け付けてくるであろう人類史上ロゼッタに継ぐ強大な切り札、魔女でありまた女吸血鬼の名を。


「カーラ、後は頼んだぞ……!」






  


   








   

 

  

 


 


魔女は全力で螺旋階段を駆けていた。
姿勢を極限まで前傾に保ち、風を纏う金色を棚引かせて加速に加速を重ねて足場を蹴る。接近を探知した制圧区画の歩兵が銃器を構え乱射するも、二振りの巨刃を大胆に振りかざしつつ踊るような一部のほころびも見せない軌跡は、それらを呆気なく弾いて空を穿った。跳弾して弾き返された弾丸が彼らの足に食い込み、悲鳴を上げるのを無慈悲に両断。
搔っ捌かれる人体には綺麗に白銀の軌跡が通り、二人を瞬時にもの言わぬ肉塊に変えゆく。

「ごめんね」 魔女は悪びれもせずに言い、振り返らずに走る。 「思いのほか、私に時間は残されていないの。 邪魔をする奴は問答無用で挽肉にしてやる!」

「何奴……」 異変を嗅ぎつけ、言いかけた装甲歩兵の後ろを影を縫うように切り裂き通る人影。首元を切り裂かれ斃れ伏す。後ろから出てきたのは、魔界式の軍服に身を包んだガラサキだった。

「魔女、奴はこの上に居る。何としても止めるぞ」 「分かってる」 答える魔女の顔に影が差していることを、此処で気付かない男ではなかった。
シュナイダー警部は安全だと思われていた、最北の塔に避難していた筈だ。まさか其処が、バベル起動のキーを握る座標だったと知らされたのは十数分前だった。まさしくフランケンシュタインは前線に注意を引かせ、其処に転送術式を仕掛けていたのだ。単騎で来たのもうなずける。あの男の戦闘能力は尋常なものではない。並み以上の悪魔ですら太刀打ちは困難を極めるのだ――それこそ、ザラキエルが苦戦する次元に。

「思い詰めても仕方がないことだ。 何もお前の所為では無い」

「こんな時に気遣って貰えるなんてね。意外もいいところだわ」

「そうではない。お前にフル・スロットルで戦って貰わねば困るのは、私だからな」 だから、なのか。どうしてこんな事が口を突いて出てしまうのだろう。いつも距離を置いて、人を道具としか扱えない冷淡な自己の思考に彼は辟易した。もっと何か、気の利いたことが言えないのか。何時だって彼女の神経を逆立ててばかりだ。
しかし返答は、なんとも意外なものだった。

「そうだね」 「ん?」 「今全力で戦えるのは、恐らく私だけだ。 だから、私情を挟んで焦っちゃいけない。分かってる。分かってはいるのよ」

「カーラ……」 そう言い顔を覗いた時に、彼は全てを悟った。
自責の念に押し潰されるような女ではない事は、良く分かっていた。だが彼女は、何よりも大きな怒りを携えていた。普段は茶を帯びた瞳が深紅の何かの侵蝕を受けている。
吸血鬼特有の、殺戮衝動の開花だ。瞳に深紅を点した吸血鬼に対抗できる生物は、それこそ龍しかいない。
奴らは何度腕を脚を、胸を砕いても蝙蝠に四散し、銀弾を穿てば着弾した傍から蘇生を開始し。斃した獲物の血を吸収して更なる増長を繰り返す。それは間違いもなく、この女の体を流れる力だ。先程死神店長からその旨を聞いて、仰天はしつつも納得した。強靭を通り越した、化け物じみた回復速度は確かに吸血鬼のそれだ。
そうなれば、本気になったこの女を止められる生物は世界でも限られてくる。コンチェルトが後生大事に、二十と数年を掛けて温存してきた、最強の術式媒体というわけだ。

「でも、私は許せない」 魔女は憎しみの言葉を口から垂らした。 「私はこれほど、この世に存在を赦せないと思える奴を見たのは初めてだ」

「感情に流されるな。汝理を以って魔を我がものとせよ、だ」

「説教臭い、懐かしい文面」

「こういう時だからこそ、基礎を見失ってはいかんということだ。私はお前を頼りにしているし、お前が……まぁその限りでなくても、結局実力はお前の方が上な訳だからな」

「頼りにしている、ね」 魔女はぷすっと笑った。 この男から頼りにしているなんて言葉が出てくるとは。 明日は月でも墜ちてきそうだ。
魔女自身はこの時気付かなかったが、ふと深紅の侵蝕は元に戻り、もとのマホガニーの虹彩を取り戻した。身体の中を埋め尽くそうとする禍々しいものがすうっと引いていく感じがした。意外なものだ、自分はこの男の言葉で、人間であることを辛うじて保っている。
怒りに任せて血族の潜在能力を引き出せば、瞬く間に取り込まれてしまうというのに。自分をもっとも化け物扱いした人間が、自分が誰よりも人であることを認めてくれている。
だからこそ、止めなくてはならないものがある。魔女は真摯に嘯いた。

「……今日で、何もかもを終わらせてやる。 私はそのために"兵器"になろう。次の歴史に、何一つ負の遺産は残してやるつもりもない。
フランケンシュタインの暴挙は……私が打ち倒してみせる」

「急ぐぞ。 お前の"妹"が最前線で食い止めている今のうちに」

「ええ」

「……しかし」 ガラサキはちらと彼女の方を見やった。 傲慢・怠惰、そして暴力に輪郭を持たせたと言わんばかりのこの悪女にも、親心ならぬ姉心はあるらしい。
ロゼッタは肉親ではないけれど家族と言って差し支えない、たったひとりの妹分だ。 この女が命を賭してでも守り通したい、未来とも言うべき存在なのだろう。

「お前はすっかり姉気分だな」 「……何よ?」

「いいや。 戦う理由があるのは喜ばしいことだ。 それが壊すためでなく、守るためであるのなら尚更」 復讐のために戦ってきて己を失った男らしい言葉。 彼の命を預かる形になった魔女にはその意味が痛いほどに分かる。 だが、今でこそその言葉に迷いも、諦めも感じられない。前よりもずっと生き生きとした口調だった。


 
 
 
  



 

 



辺りは滅裂としたありさまだった。
何千年もたち続けてきた、堅固なバベルの外壁がなますの如く切り刻まれて、カステラのようにばらされていた。
その瓦礫の園の中に佇む、一筋の階段。渦巻くそれの遥か頂きには、中途を完膚なきまでに破砕されてなお塔を支える人智を超えた力に保持された石造りの建造物がある。
その階段に、なすりつけられるように警部は転がっていた。

「警部さん!」 魔女は叫ぶ。 近くによって安否を確かめる――無残にトレンチコートの上から引き裂かれた脇腹、抉り飛ばされた肩。肋骨が何本か折れて肺に刺さっている。重傷に継ぐ重傷、生きているのが不思議なくらいだった。彼は朦朧とした意識の中、かすれた声で受け応えた。

「……カーラか。 すまね、襤褸負けだ。 やっぱ生身の人間がどうにかして戦える相手じゃなかったな、はは」

「喋らないで!」

「本当に、すまん。 足引き摺って、ばかりだ」

「……なんで、わざわざ死ににいくような真似を……あなたはただの人間じゃない!」

「だからだ」 僅かにせき込み、血が飛沫をあげた。 「ただの人間として、奴を止めたかった。尤も、それは叶わなかったが……時間稼ぎにはなったかな」

「時間稼ぎのために、何も身を擲つ必要なんてない!」

「擲った積りはねぇさ。 ただ、結果が悪かっただけだ……」 目の力がどんどん抜けていくのが分かった。警部の、ただの人間の体を超過する負傷が彼の体から生命力を奪っていっている。 「カーラ、一つ聴いてくれんか」

「なに……?」

「カヤと、エレノアを頼む。 俺の嫁さんはああ見えて気丈なんだ、俺がいなくたって、なんとかなるだろう」

「……そんな事言わないで。 そんな、今生の別れみたいに」

「……頼む」

切実な、人生最期の願い。 いいえとは言えない、断ることのできない魔力があった。 僅かに、魔女が跪き俯いた闇の中でこくりとうなずくのを見届け、警部は満足そうに笑った。

「ガラサキ、お前にも」

「なんだ」

「……カーラを任せたぞ。 そいつ、意外に脆いところあるからな」

「……任せておけ。 警部、あんたも諦めるにはまだ早い。 生きる意思を持て」

「生きる意思、だと?」

「此処は魔界だ。 何時死んでもおかしくないところではあるが――逆に言えば生きようと思えばいかようにもなるところだ」 ガラサキは辺りを見据えてそう言った。
地上を見ればありとあらゆる眷族が人間と血闘を繰り広げている。 血を吐こうが、足が捥げようが、心の臓が穿たれようが、彼らの闘志は決して止まない。
煙の向こうで彼らは生きる意思を捨てずに、再び立ちはだかる。 悪魔だから、単純にそれだけでは無い。 生きることから諦めないから、彼らは守るべき土地のために戦える。

「警部。 あんたはそんな柔な人間ではなかった筈だ。 最後まで、足掻いて見せろ」 挑発気味に言い放つその言葉が両目を穿つ。 警部は笑った。

「フン、お前さんらしい鼓舞の仕方だ」

「あんたに斃れられては飯食う仲間がいなくなる。 其処の魔女連れて行けば、破産確定だしな」

「……なんとか足掻いてみせるさ。 どんなに見苦しくても」

「その意気だ」 ガラサキは不敵に微笑み、今度は魔女の方に向き直った。 「……カーラ。 警部の決死の努力を、無駄にしないためにも」

「…………」

「"血族の記憶"を、解放しろ」

血に刻まれた、最終術式。 それが"血族の記憶"だ。 魔に携わるもの全てに施された、緊急時発動するリミッターの解除とでも言うべき能力抑制装置、そして能力増幅機構。
ザラキエルが「血を解放しろ」と表現した言葉が、これに当てはまる。 彼のリミッターは「大天使としての能力解放」だったが、魔女はその段階まで行かなくてはならないほどに彼が追い詰められた状況を見たことがない。 しかもそのザラキエルをして「制約を解除したらリーゼロッテには敵わん」と言わしめるのだから、あのサボり癖の強い死神娘に秘められた術式たるや想像を絶する次元だろう。
彼は、それの行使を望んだ。人間でなく、吸血鬼としての自分を。
それは、人間であることを忘れることだ。 人間としての全ての特権を打ち捨てて、化け物としての自分をさらけ出し、暴虐の限りを尽くすこと。
それは、魔女として生きたい彼女には何にも代えがたき屈辱だった。 ひとたび吸血鬼に身を窶せば、何を失うか分かったものではない。自分はそう教わって育ったからこそ、化け物になることを何よりもおそれ、人としてそれらを屠ってきた。
自分の中に鎖で繋いで封印し続けたそれを、今此処で晒し出せというのか。

「奴の契約魔は――デウス・エクス・マキナ。
鋼鉄を自らの分体とし、機械仕掛けの何もかもを支配下に置く恐るべき術式の統合体だ。奴を製造した大昔の魔術師たちは、逆に奴に取り込まれて――
正確には自分自身を守る機械に殺され、結果奴を野に放つことになった。
鋳造された、全ての機器を自身で複数体コントロールできる。 この界隈に蔓延る、戦車、攻撃ヘリ、戦闘機に至るまで。奴は個体ではなく、個体の集合体その全てを総括する絶対意思だ。それを打ち滅ぼす可能性があるのは――今此処に"きみ"しかいない」

「カーライア・セシリア・コンチェルト。 黒のヴァムピーリアをその背に紡ぎし君こそが、奴を打ち砕く権利がある」

双眸は確かに寸分も違わずに射抜かれた。
実体を掴ませずに、ただ"不特定多数の証言交差点"であるべき吸血鬼は、本来自分の真の名を明かすことは無い。
だから――魔女は常に自分の真の名を疑わせずに名乗ってきた。わざわざ名乗るからには、吸血鬼であるということから目を放させることが出来る。
だが、この男は確かに知っていた――母方の祖父が"黒のヴァムピーリア"という名の、強大な力を持つ議員階級吸血鬼であることを。
宵闇の、悪名高き吸血鬼族の力は確かに孫の、次女の方に受け継がれていた。
怪力無双であり、神出鬼没であり――超常を絶する魔力消費のために食事は極めて豪勢でなければならず――腕をもがれようとも、胸が穿たれようとも、決して死にゆくことの無い、半不死者。吸血鬼としての全知と、全能を。
そして悟る。 決して自分は一族の出来損ないなどではなく、稀に視る傑出した英知の果てにある、確かに"受け継がれて此処にいる"個体だということを。
嬉しさと誇らしさと同時に、相反するように人間でありたいという欲求が生まれ出でてくる。
しかし、彼女には迷っている時間も、況してや考える時間すらも残されてはいなかった。

深い沈黙の果てに、やがて彼女は"化け物"に身を窶すことを決断する。
「……わかった」 それは小さな承諾だった。 誰もかれもが、何もかも打ち捨てかねないこの場において、誰もかれもを犠牲にすることなく切り抜けるために。
いっそ自分は、悪魔になってしまおう。
それですべてを救えるのなら。


「……無理をさせるな」 「私しか出来ないのであれば、私はその節理から、運命から。 決して逃げるつもりもない。 何も貴方が気に追うことはないのよ」

「君は本当に、気高いよ。 意気地なしの私よりも、ずっと」

「そう生きていたいから。 貴方だって意気地なしな訳でもないじゃない。 ずっと振り回して、揚句抗争に巻き込んでしまって。 謝るのは私の方よ」

「いいや、十分に人生を謳歌できたさ」

「それにしても、よく知っていたわね。 私が彼の子孫だなんて」

「本当は、ずっと昔から気が付いていた」 ずっと昔から。本当にこの蟲使いはなんというか、人が悪い。同じ屋根の下に吸血鬼が住んでいて、よくもまぁいけしゃあしゃあと喧嘩できたものだ。 意地が悪そうに彼は微笑んだ。 「私の本業は探索と諜報だ。 あまり舐めてもらっては困る」

「……そういえば、そうだった」

「では、早いとこ始めてしまうか」 彼は再び警部の方に向き直った。 「警部。 生きていたかったら、覚悟を決めろ」

「……覚悟?」

「その、なんだ」 ガラサキは何故だかぼそぼそと頬を掻いて、恥ずかしそうに言った。 「この女は、こう見えて魔女だし、もっと言えば女吸血鬼だ。それに、自他問わずの再生能力というものをこの場で唯一保有する存在でもある」


「お、おお」

「よくよく考えればカーラというのも女吸血鬼の始祖カーミラから取っているともとれる。
まぁ、魔族生態分類上のふるい分けは――純正吸血鬼ヴァンパイアでなく半吸血鬼のダムピールなのだが――ああ、もうむつかしい話はなしだ。単刀直入に言おう」

「ちょっと待て」 警部は死に掛けの青ざめた顔をより青く染めた。 「ええと、アレか? まさか!?」

「大丈夫だ。 ちょっとチクッとするだけだ」 「冗談じゃねぇ! 吸血鬼に噛まれたら下僕になるって聞いたぞ!?」 「では死ぬのとどっちがいい!? 選べ!」

死ぬのと選べと言われたら、選べるはずがない。 だが妻子持ちの三十代に、女吸血鬼の下僕というのは耐えられるものではない。生死の瀬戸際にあってなお、警部を男としての矜持が邪魔していた。 カヤやエレノアに知れたらなんというだろう。 いっそ離婚手続きしてくれた方がありがたい。その場合養育費はどうなるのだろうか、などとしようもないことを考える。
対して魔女は、真摯な態度で臨もうとしたのにこのダメ男二人はこのざまだ。フランケンシュタインに対する怒りではない別の怒りが込み上げてきた。
そして――元から短絡的な性格なのも災いして――大いに不機嫌をまき散らした。

「……あのさ、あんたら何やってんの?」

「へ?」

「いやほら、死にたくないなら吸われる。 死にたいならほっといてあげるけど。 私は、ぶっちゃけこの蟲野郎の血なんか、死ぬほど吸いたくないから。
"血族の記憶"解放に、吸血は絶対条件なのよ。 よく言えば一石二鳥ってこと」

「ああいっているぞ警部。 さぁ! ……悪く言えばとばっちりだがな!」

「いやちょっと待て、まだ心の準備が!」

「吸われる? 死ぬ?」

「いやいや、二極過ぎて何がなんだか……」

「それとも……」 先まで迫っていた魔女は覇気を失って、弱弱しそうにそっぽを向いた。 「私の下僕なんて、イヤ?」 頬に差す翳が、一気に警部の罪悪感を駆り立てた。

「いや、それは……」 其処まで言われて首を縦に振らない方が甲斐性無しだ。 だが承諾すれば下僕ライフがスタートする。 なんなのだこの二択は。 人間世界では絶対に味わえない二択なのは確かだが。 ガラサキに至っては「うひょー」と、完全に他人事と言わんばかりの囃し立てで、告白現場を加速させるハイスクールの野次馬のようだ。 「まるで他人事だな!」 「いや、私はもう下僕同然なわけで。二号目おめでとう」 「まだ決まっていない!」
土壇場においてなお剛毅に茶化す男を尻目に、魔女はそっとつぶやいた。

「一応、ほら。 吸血処女だから。 口の方はきれいなまま、だよ。 それでも、ダメ?」

「……そういう問題か?」

「早くしろ。 せっかくの時間稼ぎも無駄になる。 この女がこんなにしおらしくなっているのも今のうちだ」

「それどういう意味?」

「……わかった」 警部も、腹をくくったようだった。 死んで還った方が、よっぽど妻子は悲しむだろう。 やむをえまい。
カヤも、エレノアも前向きな連中だ。 自分が悪魔的な人間関係を結んだところで、あんまり悲観はしないだろう。 「ほれ、そっぽ向いているうちに済ませろ」 ガラサキが席を外した。

「ガブッと一息にやってくれ」

「いいの?」

「頼む」

「……いただきます」

その言葉を、悪魔としての契約を聞き入れて、魔女は警部の首筋にそっと口づけをした。 息がかかるほど至近に流れる金色の絹。透き通った白い肌。茶色を帯びた、くりくりとした瞳が紅を帯びて、紅玉のように煌めいて、それから目をそっと閉じた。小さく開かれた口元にのぞく、長い八重歯。 警部は魔性に取りつかれ、ただ固唾をのんで見入るだけだった。
二十代中盤から一つ足したというのに余りそうは見えない、近くで見れば美しく、また儚げに映る。彼女はそれほど背が低くない筈だが、かがんで警部と並ぶと丁度頭が目の前に来た。 魔女というものは自分が最高だと思える容姿を留めて齢を重ねられるとガラサキに聞いたことがあるが、この時の魔女が彼にはまるで授業を抜け出して情事に耽る背徳的な女学生か何かにすら思えた。 見とれていると、首筋に注射針のような痛みが走った。


「痛ッ……」

「動かないで」

吸われている、形容では無く確かにそう思える。 現に肩から脇にかけて、それから床に迸った血飛沫すらも、驚くべきことに、沁み込んだところからはがれ、空中で収束する形で魔女の手に収まり吸収された。痛みが引いて行き、得体の知れない快楽のようなもの――恐らく下僕を、その支配から逃がさないようにするための――が流れ込んできて、警部は身震いした。
「カーラ……?」 魔女は一心不乱に、祈る様に目を瞑って吸血にいそしんでいた。 「なんだか、そわそわするんだが」 「あら奇遇。 私も」

「ちょっといいか」 小さな頭を両手で挟んで、首筋から離す。 依然彼女は目を開かない。 理由は分かり切っていた。 「今、血の様に真っ赤に染まってるの。 あんまり見せたくなくて」
「そう言うなよ。 親御さんにもらった大事な目だろ」 目元に人差し指を掛けて促す。 やがて赤に燃えた宝石が姿を現した。吸い込まれそうな、紅。

「お前たちの魔性につかまりそうで、怖いな」 もうとっくに捉まっているのだろう。そっと警部は自嘲する。 魔性につかまってさんざん関わりを繋いだまま、結局足手まとい。笑えるじゃないか。 結局自分は、自分と遠く離れた彼らに憧れて、それでも手が届かなくて。 此処で不様に死に欠けているだけの身だ。
それを拭うように、彼女の舌が優しく肌を舐める。 思えばこの魔女がこんなにも優しく自分と接する処など、みたことがなかったのかもしれない。 いつも気丈に振舞って、強大な敵を薙ぎ払って、ボロボロになりながら生き抜き勝利を獲得する彼女を、自分はすっかり何の支えも要らない存在だと、勘違いしていた。
目の前に居る彼女は、魔女であり吸血鬼ではあるけれど――たったひとりの女性に相違なかった。

「警部さん……」 彼女は再び首に手を回して牙を剥いた。 「こんな事にまきこんで、ごめんね」 その言葉にどれ程の罪悪を覚えているのだろう。 彼女が此方を向かないのは何故だろうか。背中が少し、湿った気がした。

「なぁに、こんなところで死ぬわけにはいかねぇさ」 不思議なものだ。 先程まで本当に死にかけていたというのに、血はすっかり収まった。これも吸血鬼としての能力なのか、それとも自分が本当に人から外れかけていることの暗示だろうか。 ともかく警部は続けた。 「家に帰れば女房と娘と、もうひとつうちの子にしちゃあでっかい娘が転がってるからな」

暫く黙ってかぶりついて、彼女はようやっと首から口を離した。そうして、暫く顔の前で考え込んで、意を決したように口を切った。

「……警部さん、私は戦うよ。 貴方をもう、こんな目に合わせないために。 ロゼにも、何一つ禍根を残さないために。
それに――この生意気な同僚との、過去に最後の決着をつけるために。 あいつの陰謀を止めてやる、この命に代えてでも」

「……最後のだけはダメだ。 生きて帰ってこい。 それだけでいい」

「警部さんもね」 そっと跪いていた足を伸ばし、すっくと立ち上がり。
何故だか魔女は、警部の右手をとった。 それは知恵の実リンゴを食べるようにそそのかした蛇というよりも、横たわる創世記のアダムの指をとるように見えた。

「最後に一口、かじっていい?」 さらにそこから人差し指をとって悪戯そうに、そう訊く。 「……ヤミツキになったのか。 さすが吸血鬼」 「意外とおいしいね、血って」
頬舐めずりして、無邪気にそう微笑んだ。 今ようやっと、この魔女が人でない確信が輪郭を持った瞬間だった。
吸血鬼にとって吸血とは美食のひとつだそうだが、異性の血を、男爵であれば美女を好んで狙うと言うのが通説ではある。
幼いころより、伝承やら創作でそうやってならってきた身としては、吸血鬼――しかもそれがまさか良く見知った女だったなんて――に血を吸われるなど、全く軽くないカルチャー・ショックではあったが成程、伝承も強ち間違いでもないなと知ることが出来た。 ただ、自分のヤニ臭くドロドロに濁った血液がおいしいかどうかは別として、彼女らは血液自体に美味を感じるように設計されているのだろう。 彼女にとっては、さらさらなそれとミートソーススパゲティかカルボナーラほどの違いしかないのかもしれないが。

彼女は再び目の前で跪き、掌で人差し指を受け取って、そっと牙を立てた。
一瞬の痛みと、其処から挿入される蚊の分泌液のような安らぎと。目を瞑って、口もとで包んで。
紅い雫が齎す快楽に耽溺し堕落し、只管に貪るたびに気持ちの良さそうな呻きを上げて彼女は指を紗ぶった。
あんまりにも楽しそうにそうやっているので、いつ終わらせてくれるのか心配になるくらい。 このまま全部吸い取られて干乾しにされてしまいそうだ。

「……そろそろいいか?」 「んっ、後もう少し吸わせて」 「おーぅい」 「……御馳走様でした」

言い終わると素早く、金髪を翻してすっくと立ち上がった。左に携えた巨大な執行刃、そして右に巨剣を引き起こして、斃すべき敵の元へ踵を向ける。
それは既に、一戦士、一魔女としての背中だった。 警部のよく知る、旋律の魔女その人の――不屈、不滅。 決して折れることの無い、殲滅の刃。
敵に戦慄と死をかざし、容赦なく叩きつける、毅然とした兵器としての彼女の姿。
自分はその背をみていることしかできない。 此処から先は彼女の戦場だ。

「行くのか」

「燃料補給完了。いつでも発現出来るわ……ありがとう、警部さん。
おいしかった。 でも、もう少し煙草は控えるべきね」

「はは、これが終わったら考えとくさ。……死ぬなよ」

「お互いにね」

「ガラサキも、っておまえは死なないか」

「フン、減らず口は死ぬまで叩けるな。 ……吉報を待っていろ」

紅い瞳が残光を描いて、階段の向こうに消える。
警部はそれを見送って、ようやく事切れたように意識を失った。
その影ににじり寄る、巨躯の存在を感知せずに。











暗闇の中を突き進む踵の音に混じって、聴こえない距離だと判断したのかガラサキが俄かに口を開いた。
「なぁ魔女……」 「ん?」 「どうして、奴を"隷属化"しない?」
吸血鬼に吸われたものはその配下――屍鬼や、同じように吸血鬼となって、感染させた人物の支配下に置かれると言うのが通説であった。
それは人間界の伝承然り、また魔界でも常識と言われるほどに至極当たり前のこととされる。 だが彼は気付いていた。 警部は自分の意思決定能力を全く奪われずに、吸血されている。 見れば分かる、というよりも吸血された彼自身から魔の気配を感じないのだから、嫌でも気付く。彼はただ一時的な蘇生措置を取られたにすぎない。
支配下に置くことに任意性があるか否かは、蟲男は知る由もない。 だからこうして、吸血した本人に聞いてしまう他ないのも事実だ。
対して魔女は、あっけらかんと答えた。

「さぁ……なんでかしらね」

「なんで、とは」

「元からそんなつもりもなかったし、もしかしたら半吸血鬼だからそんな能力はオミットされているのかも」

「オミットか。 コンチェルトが丹精かけて育てた、最凶最悪の切り札とは思えないな」

「私なんてそんなものよ。 本当に出来そこないで、愚図で。 リディア姉さんみたく才色兼備でも無いし? だからと言って、ロゼみたく尖りまくった才覚があるわけでもないし。いつも何処かしら欠如してて、自慢できることって言ったら吸血鬼譲りの腕っ節ぐらい。本当、いっそ兵器にでも生まれてくればよかったんじゃないかってくらい」

今まで見たこともないような、諦観にも似た落ち着きはらった口調で自嘲する。 なんとも彼女らしくない台詞と、顔つきだと思う。
ロゼッタや、ベルンハルトが聞いたら途轍もない剣幕で否定しそうで、その上何処か頭でも打ったのかなどと言われてしまいそうなくらいに、覇気がない。
一体どれが、本当の彼女なのだろう。 ふとそんな事を思ってしまう。
大剃刀を振りかざして、悪魔の微笑みのうちに敵を撃滅する彼女。或いは警部の血を吸った時の初々しい物腰の彼女。 ロゼッタと接する時の、実の姉のような笑顔。
恐らくそれらのどれもが彼女を形成する因子に他ならない。
だからこそ、こんな時――全てに決着をつける前に、かける言葉が見当たらないのだ。 結局自分は、自分本位だ。 こんなにも同僚のことに親身になってやったことがなくて、大事な時に何も出来ない。 男として、同僚として、こんな事でいいのかと思ってしまう。 良い訳がないだろう。
だから、こんなセリフしか出てこないというのを、彼は辛うじて言の葉に紡いだ。


「カーラ」

「なに……?」

「君は兵器じゃないだろう」 これまた、滑稽なくらい自分らしくない言葉極まりない。予測に即したように、魔女はクスッと笑った。 何時になく、優しい笑いだった。

「今日は本当に意外ね。 あなたの口から、そんな冗談みたいな言葉が出てくるなんて」

「冗談のつもりはないさ。
兵器は笑わない。 兵器は泣かない。 兵器は誰かのために――命を懸けてまで守ろうとしない――ああ、チルミナは例外だぞ。 あいつはもう兵器じゃないようなものだ。
君は、自分のために、或いは誰かのために怒り、泣き、笑い、戦うことが出来る。 それは誰しもが出来ることじゃないと私は思う。
誰かのために命をかけられるというのは、勇気がいることだ。 そして君はそれに値する友人が――ロゼッタとか、警部とか――沢山いる。 これもまた誰しもが持てるものではない筈だ。 君はもう"人"として充分なくらい恵みを摘んだ。だから――」

「出来そこないとか、そう自分を傷つけるな」

一瞬驚いたような、唖然とした顔をして。 魔女は何故だか、そっけなく目を背けた。

「……何よ、いつもそんくらい気の利いたこと言えばいいのに」 何処か悔しそうに、それでも落ち着いた安らかな声音でそう答える。

「君とは喧嘩三昧の方が楽しいからな。 それに気の利いた事を言ったつもりもない。ようやく君に対する形容が、僅かにまともな形になっただけだ」

「それじゃ、帰ってもうひと喧嘩するために今は眼前の決着をつけましょうか」

「ああ」

最後の一歩を踏みしめ、二人は光の元に出た。
青黴た静寂の石畳の広場で、煌煌と煌めく、漆黒の空に日蝕の完了を示すダイアモンド・リングが頂に昇っている。 バベルの界隈の、須くの明日を分かつ戦いを見届けんとしているように。
時間は正午前の筈だが、恐らくザラキエルの仕業だろう。 あの大天使が月を司っているというのはどうやら嘘偽りでは無かったようで、他にこんな芸当が出来る輩も思い浮かばない。 そしてその蒼白い月光の下で、フランケンシュタインは佇んでいた。 待っていました、と言わんばかりに仰々しく両手を上げて、喜びに打ち震える姿は、まるで舞台役者か何かの様で、其処に介在するありとあらゆる思惑を芝居の様に見せる、不穏な魔性を放っている。

「……実に二年! 二年ぶりだな……」

「久しぶりね、ヴィクトール・フランケンシュタイン」 まず魔女が、目を見開いて声高らかに叫んだ。 「残念だわ、くたばってなかったなんて」 明朗な滑舌、喧嘩腰で優雅に啖呵を切り、吐き捨てる。 金髪をなびかせる高空の突風。 この世で一番嫌いな人物を問われたら、真っ先に魔女はこの男の名前を出すだろう。
手段を選ばず、己の目的のためにはどんな汚いことだってやってのける。 気高い意志も元に依る行動であろうとも、この男は顔色も変えずに人の大切にしているものを簡単に踏みにじる。 だからこそ赦せないのだ。 お互いがお互いの存在を受け入れずに進むのであれば、いずれその交点は衝突し滅し合うしかない。

「いやはや、久しいなカーライア・セシリア・コンチェルト君」 彼は隣に居る裏切り者に目をつけ、それから再び視線を魔女に戻した。 ネジとも杭ともつかない脳天に刺さった鉄の棒をくりくりやって、楽しげに再会を享受した。
「懐かしい顔を連れて毎度律儀に私の邪魔をしに来てくれるものだ。 まったく君の執念には頭が下がる」 「じゃあ其処で暫く頭を下げててくれないかしら。 大丈夫、一瞬でぶった切ってあげるから」 「残念ながら、そうもいかないわけで――ああそうだ、カーライア君。 君の"空の友人"は元気かね?」

オレグとチルミナのことだ。何故今彼らの話題を? 魔女は怪訝に思わざるを得なかった。 嫌な予感がした。 「……オレグがどうかしたの」 魔女は静かに、感情を殺して応答した。

「いやぁ、中々しぶといな彼らは。 私からの、12機の最新鋭戦闘機、ミサイル付きのプレゼントを、尽く撃墜してくれるとは。 全く驚かされたよ」 愉しげにそうひけらかすのを、魔女は意味を取って瞬間的に刃を抜きはらい斬りにかかった――がガラサキに阻止される。
魔女には赦せなかった。 今までの鬱憤が爆発したように激昂した。 戦友であるオレグを、チルミナを殺したのは――そのように差し向けたのは。

「この野郎……何処まで腐ってやがるフランケンシュタインッ!!」

「いやいや、君たちには予想を裏切られてばっかりだ。 他にも、色々と愉しい仕掛けを施していたのだがな」

「貴様がっ……オレグを……チルミナを……ふざけやがって!」

命を狙われる、それは商売柄致し方ないだろう。 だが、全く関係ない土地の悪魔たちと、寄りにもよって自分の最愛の戦友を、この男は奪ったのだ。
赦せない、そんな生ぬるいものではない。 今すぐギタギタに切り刻んで、臓腑を引き摺りだしてやりたい。 汚らわしきそれを薪にくべ、この世から消してやりたい。肉片の一片たりとも。
魔女の瞳に紅い炎が灯る。 殲滅の交響曲を奏でる布陣が背中を突き破るように這い出、死を奏でんと唸り散らしている中で吸血本能が核心の孵化を始めた。
紅玉のような瞳が鼓動を打って、背からブラウスを突き破って漆黒の翼が姿を現した。禍々しい、宵闇の支配者たる、悠然と拡がる暗黒。
其れを翻すと、風は刹那の支配に靡くように不気味に呻きを止めた。 一瞬の静寂が塔を包む。 予期せぬ鬼札、その女王の魔力に中てられたが如く。

「カーラ」 魔力干渉が頬打ち焼き付く中、ガラサキが声を窄めて言った。 「怒りに囚われるな」

「汝理を以って、魔を我がものとせよ――ね」 全身を支配する殺戮衝動の最中において、魔女は尚も助言に耳を澄ませる猶予があった――いや、猶予を僅かに作りだした、というべきか。 いずれにせよ、魔女は今までの同僚だったら耳を傾けないなと思う。 今なら命を託しても構わない――いや託せる。 託したい。
この戦い、どちらが欠けても駄目なのだ。 二人で打ち破ってこそ、全ての過去に清算を、決着をつけられる。 魔女はそう確信する。
魔女は――鋭く伸びた三角屋根に飛び乗り、一呼吸して翼を拡げ、布陣を展開し、二つの巨大な刃を眼前で交差し、打ち鳴らした。
火花が目前の獲物を喰らわんと涎を垂らし、刃が肉を求めて不敵に鈍い白銀をぎらつかせる。 それを憎き、自分が全てを懸けて打ち倒したいと願う敵に向けて、魔剣を振りかざす。瞑った目を見開く。
今こそ全てに、決着を。 紅く滾る右目がフランケンシュタインの姿をしっかと捉えた。

「カーラ。 サポートは任せろ」 ガラサキが背後で不敵に笑った。 「思う存分ぶちのめしてこい」 「ええ! 言われなくたって!」

「さぁ……フランケンシュタイン。 覚悟はいいかしら? 貴様が奪ってきたものを、踏みにじって来たものの、地獄でその全てに泣いて詫びを乞う覚悟は」

「愚問だ」 人生の全てを魔を滅ぼすために捧げた科学者は魔女に睨まれて、尚も剛毅だった。 意志の揺らぎなど微塵も感じさせない。 「此処らでそろそろ決着をつけようと思っていたところだよ、カーライア君」  デウス・エクス・マキナが六徳の間に収束し、一夜限りの鋼鉄の要塞を築き上げる。 奇しくも、それは同僚のそれに酷似した――蜘蛛のような巨躯。

その時、戦いの火ぶたは切って落とされた。
塔の設計を突き崩しかねない、聳え立つ鋼鉄の巨像が足踏みを開始した。 石造りに魔力を練り合わせられた、頑強なバベルですらも絹豆腐の如く寸断せしめる鉤爪を飛びのき回避、瓦礫舞う宙空から背面の"オーケストラ"から音響炸裂に依る無数の掃射弾を撃ち込み――着弾を確認。 依然意にも止めずに稼動する機械仕掛けの神。

「真正面から馬鹿正直にやっては通らないか」 舌うちしつつバベルの見張り塔を足場にし直立する。まだ崩されていない、歴史の藍を積もらせた煉瓦仕立てにころんと音を立ててパンプス・ヒールを穿つ。身体能力に自身は無いが、とんがり屋根の上にヒールで立つぐらいなら魔力の張り具合でいかようにもコントロールできる。
目を閉じ有り余る魔を言の葉に宿して収束、詠唱開始。
絶対に使うな、と純正吸血鬼の祖父に釘を刺された術式だ。 何か、本当に命を懸けて守りたいものが出来るまでは、と。
――私は、本当に命を懸けて守りたいものが、出来ました。 なればこそ、今がその時だ。
すぅっと息を大きく吸って静かに口許から溢れる言の葉に、霊と魔を吹き込んで。
魔女は二度と引き返せぬ、博打へと打って出た。

「我が血よ、呪われし夜の眷族の血よ。旋律の魔女の名において命ずる――血に飢えた獣を、穢れし、忌まわれし獣を呼び醒ませ。
今こそ鎖を解きはなち、その牙に我は全てを捧げよう。 獣に身を窶し、月に吼えよう。 本能のままに血飛沫を浴び、血印の奴隷ともなろう。なれど――」

「我が守らんと欲するものは、我が命絶えようともなお絶えて揺るがず。一度きりの命のままに――今一度、我に最後の力を。全てを滅する力を」

「最終禁呪血命契約、始動」

シンフォニカ・ヴァンセルキーア。
小さくそう呟くと、呪われた言葉は形を以って魔女の周りにまとわりついた。 漂う黒に、ベールのような半透明を宿したそれは空気に溶けた。
大きく刃を拡げた、ヴィオール・ヴィエラに吸いこまれて、巨大な首刈り剃刀は俄かに呻きを上げる。  命とそれを取り巻く有象無象の障壁を引き裂く銀色の断罪刀を掲げ、魔女は全身を包む原始の本能に身を委ねる。 刃が、心が、ただ切り裂く肉を求めていた。 ギロチンが今までに吸った血を瀑布の如く噴き出して、新たな魔刃を形成し始める。

次の瞬間に、魔女の姿は爆ぜた。背に纏う光は太陽の様でもあり、また奈落の底にも見えた。
背に纏う輪陽オーケストラの放つ魔力波は凝り固まり、鋼のように光沢を放つ血晶と化し空間を歪め、足付く瓦を消し飛ばした。溢れ出る闇と今までに刃が吸った血の形成する羽根が空を穿って紅く染めた。
この時彼女は、血の命ずるままに踊る殺戮人形となることを受け入れた。身体の支配権が剥ぎ取られ、抑え難い衝動が突き動かす。

「さぁ、フランケンシュタイン」 彼女は飢えた犬歯をちらつかせ、不敵に挑発した。
闇を制空する、絶対王政の微笑みがこぼれる。彼女は高みより這う蜘蛛をねめつけ、鷹のように思い切り足場を蹴り、身を擲った。 風を貫き、翼が闇を切り裂く。

「ラスト・ダンスとしゃれこみましょうか」









To be continued [file#13]
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  1. 2011/07/03(日) 16:58:53|
  2. 一次創作
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塾講あがりが公務員になりました。

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