野郎共、お仕置きの時間だ

なんのこたぁないダメ強化人間LayeⅡ(らいつー)の独り語散るgdgd生活ブログ なまはげだって少子化で寂しいんよ。

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【Viol Viera】#10

+WARNING+オリジナル小説+WARNING+

・本文は完全一次創作です
・苦手な方はスル―推奨
・以前の話は右下カテゴリの一次創作より
それでは、どうぞ
【Viol Viera】#10



















小さな魔女は摘めば折れてしまいそうな華奢な掌で、書をひも解く。
幾星霜を経て埃を積み重ねた古い書をぱふんと翻し、少しばかりぞんざいに。
其処に綴られた言葉は、大昔に絶滅した筈の、偉大な生命体の名と、その傾向を多大に集積させていた。
彼らの誕生に始まり、その生態や果ては契約、使役の方に関してのあらゆる知識。それを眉唾ものと決め付けて睨む彼女は、何とも無しに後ろに居る誰かに声をかけた。


「ねぇ、あんたってドラゴンキラー効くの?」

「効きませんよ」

あっけらかんとした返事。
居てもたってもいられなくなって、ばぁっと飛び起きて指を突き立てる。
小さな背のまま元気いっぱいに剣幕を振りまく彼女と、背合わせに座りこむ無気力な輩。
魔女と死神という、なんとも間の抜けた取り合わせ。

「随分簡単に返してくれたもんだな!ドラゴンキラーって言うからには龍種全体に通用するんじゃないのか?
そのための独自魔力コーティング重ねて、龍の鱗を裂くに足る出力を放出させる刀身機関を維持するために、今では専門の職人が居るんだろ、んでもってその所有自体がステータスにもなるから魔界はおろか人間界にまで最近じゃ出回ってる。そんくらいバカのあたしでも知ってるさ。だのに、通用しないって詐欺臭いよ!」

「いや、別に隠して困る訳じゃないので本当の事を言っただけです」

「ほんっっっとうに効かないんだな?なんなら試すよ?」

ちゃきん、と何処ぞより金細工の如く磨き上げられた短刀を取りだすロゼッタの目に映る半信半疑の炎。それを見据えて、案の定人、死神、龍神のトリプル・クロスリーゼロッテはけらけらと返す。矢張り真意は上っ面の笑みの向こう、脅しが通じないのは分かりきった事だけにロゼッタも追及はしない。
二人はバベルの図書集積所に籠っていた。平たく言うに図書館である。千年ものの貴重な図書が溢れんばかりに集っているので、別に厳重に扱われることも無い。
尤も掘り出し物の中には俗にいうヤバい代物、門外不出の品もあるのだが、何処に埋まっているのかも知れないので大体が日の目を見ずに保管されたまま、結局誰も悪用したりすることも無い杜撰なセキュリティのもと成り立つバランスであった。今さら掘り起こそうなどという奇特な連中も居ない。
さてそんな場所で、ロゼッタは龍に詰問していた。即ち、「お前はどうしたら倒せるのか」。名を出したのは龍殺しの剣、千年老舗の鍛冶ギルドが生み出した有名過ぎる刀剣。
至極単純明快にして死活を孕む重要な議題を前に、龍はあっけらかんとその理由を述べた。

「ドラゴンキラーってのはですね、確かに強力な対抗手段の一つなんですよ」

「じゃないと詐称だろ」

「ただ、龍殺しって余りにも蔓延しすぎましてね?龍ってのは強大な力を持つ故に出生率が圧倒的に低くて、世代交代に千年は当たり前にかかります。
それに対して人間は早ければ三十年で一つの循環を作りだすわけです。当然ながら、対抗手段の確立も随分と早い。ドラゴンキラーって言うのはそんな初期の龍種及び準龍種、ワイバーンとか砕いて言ってしまえば廉価龍種ですね――そういった類を効率よく撃退せしめるために生まれた代物なんです。当然ながら、これに対抗するのに随分と時間がかかりました」

龍種の中でも最上位たる自負があるのか、ワイバーンを廉価とは言ってくれるとロゼッタは思う。リーゼロッテからすれば、人も他の動物から何も変わらないのだろう。
ただ野心的で、自己中心的なだけで。彼女の言葉からは、平等に生物として扱い、それ以上でもそれ以下でもない、龍としての目それそのものしか感じられない。

言いたいことは分かる、それでも今反論する気にはなれなかったロゼッタは黙って聞いて、其処から意図をくみ取った。

「――ってことは、現代の純正龍種から離れる程、効力は強い?」

彼女の言う廉価種を相手取るならば、まず数を何とかせねばなるまい。大きな力を持つ純正龍種は居ても、それは極めて個体数が少ない筈だ。
ならば武器として辿りつく理論としては、廉価の方に集約される。武器とは数を作って初めて成功するものだからだ。

「一部例外はあれどその通りです。一概に龍の血が濃ければ濃い程効き目が強いとされていますがどっこい、それは古代種に限ります。早期に蔓延した、血の伝達が遅い準龍種の場合にこそ、龍殺しに対する耐性が確立していないんです。交配は早いけれど残されているのは古代種のそれですからね。逆に、古代種以降の、第二世代、第三世代の龍種にドラゴンキラーは無効、或いはちょっと効き目が薄いです。ようやく成果が出てきた年代ですからね。同じ理由で、魔剣や魔弾、碑弾の類も効力は薄いです。これらは龍殺しが発達する以前から、代替手段として運用されていましたから。龍が居なくなった今、最早宝飾としての価値しかない人間のドラゴンキラーから、そんなことを見知る由もないでしょうが。龍が滅んだ現代のドラゴンキラーは技術も完全に伝達されきっていませんし、基本的に小物相手にしか通じないと思って下さい」




「……で、あんたは何時の龍なんだ。話聞く限りじゃ最近のじゃあないね」

「第二世代ですね。第二世代の龍と云ったらファフニールかニーズヘッグの二体が最もメジャーな、悪名高き個体って、ほらほら文献に書いてありますよ!」

「自分で言うなっての。ねぇねぇ、家族は?どーせ上も下も龍なんでしょ?」

ロゼッタが嬉々として眼を輝かせ詰め寄る。リーゼロッテは頬をかきながら、ぼっそり呟いた。

「あんまり詳しくはいえないんですが…母親は火炎龍(サラマンダー)の末裔でした。父親に関しては、あまり名前出したくないです…」

「なんでよ?」

「その、えーと……」

眼が泳いでいる。ポーカーフェイスの彼女らしからぬ、隙が露わになる一瞬。ロゼッタは見逃さない。
彼女が言葉に詰まる、家族の話題――それは即ち、彼女すらも後ろめたくなる程の理由が付きまとっている可能性が高い。猛獣の如く食らいつき、しかと離さずに双眸でねめつける。

「大悪党か」

「…です」

「それも飛びきりの?魔界史に残る?」

「それどころか、世界で一番有名な神様の書物に出てます。もう暴れっぱなしです。わたし以上に天界の敵してます」

「一文字目は?」

「リ…」

「あー分かった!リヴァ――」

「大声で言わないでください!」

「血はあらがえないって、ホントだね…この親あってこの娘ありだよ、もう。アレ、でもリヴァイアサンって雌だよね」

「生き残った、不死身の方はですね。先に神様に殺されちゃったバカ雄の方が、父親でして。まぁ、例によって隠し子作ってたんですね。幾ら強い龍も死んだらお終いですから。
別に天地創造とか何とか言って、既に今と変わらずに色んな生物が居ました。わたしも、その一部ですわ。なので正規血統の種じゃないんです。暗黙の腹違いですね」

妙に納得してしまうロゼッタ。初源の龍の娘であれば魔力が桁はずれに多くとも、また天界の敵に認定されるのも一理ある。
そして、そんなにも悪魔として大物な彼女も顔を赤らめる事があるものだなと、感心もする。
彼女も別段お高く天空に止まるような龍では無く、それとも既に仮面の方が浸透しているのか、龍としての威厳が何処ぞにすっとんでしまっていたか。
らしからぬところが、神に見破られぬ秘訣なのだろう。
そして同時に、もうひとつ思う処もあった。龍としての、家族というものは一体なんなのか。それも知りたいことの一つに他ならない。

「天界の敵っていうのは、お父さんの仇討ちでもあるわけだ」

「いえ、そんな不合理な神経は持ち合わせていません。あくまでわたしはわたしとして、神に喧嘩を売りましたしこれからもそうするでしょう。
あんな好き放題やってきた父親と同じ道を辿ることは非常に遺憾ですが――後を追うつもりはさらさらありません。神を屠り、天上と下界の境を無くす。
そうすれば再び龍はこの世界を自由に飛べ、むざむざと地を這って人間共に殺されずに済む。この世界で住み分けが出来る。
…こんな事言うのもバカバカしいですが、父親も、それを望んで戦っていた筈ですから。親は親であれ、同じ龍種の同志には違いありません」

「本当に、何処までも冷静で種の事しか考えて無いんだね。もうちょっと熱い展開を期待したけど。
でも、全く人間と利害が反するってわけでもなさそうだ。あたしらが戦うことになるのは、もう少し先になりそうだな。
貴方が意外と、家族想いだって言うのも分かったことだし、ね」


「家族想いってのは否定しておきます――というわけでして、術の系統ははっきりしちゃいましたね。これでまた浸け入る隙を与えてしまったわけですか」

「そぉ怖い顔しないでさ。えーと、まとめるとだ。死神時は物理接触無効のヴェレル・イ・チェルノボグ(黒い神の守護)で術式を成立させてる。此処までは良い」

「死神の原点にして基礎であり終着、黒い神の守護は何処に居てもわたしたちの存在を無にすることが出来ます。
ただ、死神をやっている間は本来の力が出せません。ロゼッタさんと交戦した時のように、本体をニフルヘイムから引き摺りだして召喚する必要があります」

ロゼッタは交戦した際の光景と、いつか文献で見た死神のルールを思い出す。
チェルノボグ、黒い神とされる彼らの信仰を一身に受ける存在。それに魔力を捧げながら魂の調整をするのが、所謂死神という存在・職種だ。
故にチェルノボグに関する、「物理的実体の無効化」「それに伴う気配と魔力の透明化」というのは、あくまで彼らが持つ術式の一つにしか過ぎない。
併用の不可はあれど、リーゼロッテにはそれとは別に龍神としての術式が存在する。
龍のみに許された魔道術式の系統、その鍵を握るのが――彼女の父であり母であり、血統なわけだ。

「ロゼッタさんは一度見ていますね」

「火炎龍と海の魔神。成程、炎と氷の二種類の別術式を同時に行使するのがその合いの子たる――」

「『ニーズヘッグ』、というわけです。正規血統の龍種と違って様々な対抗組織を内包している、人間の言葉でいえば遺伝子操作した純戦闘向けの被造種族。尤も今では個体はわたしだけですが」


「…どうなんだ?相容れない魔素を持つ二種類の別の術式を同時にコントロールなんて出来るのか?風と雷はともかく、炎と氷だぞ?
魔素が理論崩壊を起こしかねないし、おまけに実体無効って反則くせぇ。とんでもない奴さんを生んだな、おたくのかーちゃんとーちゃんは!」

「まぁ、反則っぽい話ではありますが事実目の前に存在しているから、しょうがないですね。わたしも、自分で無茶な存在だなぁってときどき思います。本来火炎龍とリヴァイアサンに子は成しえないも同然ですし、多少無茶した節はあるでしょう。わたし自身が術式の集合体も同然の張りぼてな訳ですから」


「…うーん、じゃあ何が効くんだ?龍だから当然炎もダメ、おまけに水氷の類もダメと来たもんだ。あたしは?」

「雷光に関しては多少耐性がありますよ。人が人工的な雷に頼りだす以前から、龍は雲の合間を飛来していたのですから」

「龍ってこれだから嫌なんだ。何も効きやしねぇ反則臭い性能を持ってやがる。
出来過ぎる種族は妬まれ畏れられるよ。人間だってそうした種族が居た。種族ってのは弱点があって初めてバランスが成立するんだ」

「ただ、わたしも万能じゃないもんでしてね。天界に敗れた理由の一つが、それです」

「……天界魔法、俗に言う奇跡、つまり天使の業か」

彼女は珍しく、無言でうなずいた。

「知っての通り、龍は神の創造物です。神は、強大な力を秘める龍が敵に回った際の、謂わば自爆装置を付けて我々を生みおとしました。
こればかりは、天界に攻め入った時に気付きましたね。ぬかったもんです。総力では天使などに引けは取っていなかった。絶対に勝てると思っていたのに。
何体も、何体もの龍が憎き敵を前にする以前に墜ちてゆきました。血の形を大きく螺子曲げられて産み落とされ、挙句既に翼を一枚失っていたわたしが、辛うじて術式の理論から逃れて致命傷を負わずに済んだ。しかし、起きあがってみればもう天界まで上がる余力が残っていない同志ばかりでした。わたしは引く事を決意した」


「それで、何故まだ戦う?あんたらは神に勝てなかったのに、何故戦うんだ?」

「――意地です。わたしのために散っていった者たち、わたしのために血を分けてくれたものたちがためにも、今さら引くわけにもいかないのです。
神を屠り天を貫く、それが龍の悲願であり使命。人間には分からないでしょうけど、ね」

仕方なさそうにこぼれる笑顔に、少し影が差した。
ニーズヘッグであった彼女は、何を思って神を攻め立て、敗れていったのだろう。
人間であるロゼッタには、その無念の欠片も理解できないのかも知れない。何よりもロゼッタ自身がそう思っていた。
種がため、悲願がため、未来がため。それだけのために、彼女は幾星霜を孤独に過ごし、力を溜めている。そして再び、勝ち目の無い戦に身を置こうとしている。
それが途轍もなく、ロゼッタにはかなしいものに見えた。
しかし彼女はそれでも戦い続けるだろう。誰かに似ている。意地のために全てをかけられる、見知った友人に。
疑問を裡にしまい、話を続けた。
「なんで、あたしにそんな大事な事喋ってくれたんだ?あたしはそのうち、敵になるんだぞ?」

「その前に友達になろうって、言ってくれたじゃないですか。せめてものお礼ですよ。
それに、ロゼッタさんなら何とかしてくれる気がしました。貴方を見ているとなんだろう、負ける気がしない。相手が誰であろうとも」

「なんだそりゃ」

「なんとでも言って下さい。わたしは貴方を気に入ったんです。地獄の底まで、付き合って頂きますよ」

「ふん、考えとくさ。じゃ、ついでにもっと大事な事も聞こう。他ならぬ今に関係のあることだ」

そう、あたしらには今と戦う必要がある。ロゼッタはそう呟く。彼女もまた察したように、一人の名前を口に出した。

「…フランケンシュタインですか、懐かしい名です。
彼もまた――人と魔の境を憂いた観察者の一人でした。魔が蔓延れば人が易居出来ないというのは、分かりきった事でしたから。
種族、思想の違い。支配、隷属の違い。そして力と心の違い。彼はそのどれもに、人の可能性を信じきることが出来なかったのでしょう。
魔を憎んでいたというよりも、よく知っていたからこそ滅ぼさねばならぬと思っていたのやも知れません。超えられないのであれば、滅し合うしかない。
悲しい結論に至った、可哀そうな科学者の末路でもあります」

「そして彼には部下が居た、そうだな?」

蟲使い、そして未だ未完の術式を持つ男。
ロゼッタは気付いていた。彼の術式には、やや荒削りな処と、何処かで見たそれとの共通点がある。
思うに彼が魔を得たのはそう遠い過去ではなく、自分のよく知る魔女との邂逅とに近い。
そして彼は敗北し、今此方側についている。まだ何も、決着はついていないのだろう。来るべき衝突のその時まで。
リーゼロッテは矢張り、何かを知っていた。憂いなのか嘲りなのか、その区別もつかない底知れぬ常闇の眼差しを持って、口を開いた。

「蟲男さんですね。
二年前のとある日まで、彼は何処にでもいる研究者の一人でした。戦線においても生物学と考古学の志を持って己が成果を追及する、ただの熱心な人間の一人でした。
そして二年前、実は彼は不運にもその命を全うする予定だったんです」

「なんで貴方にそんな事が言えるんだ」

「お忘れですか、わたしは一応死神ですよ?彼の命を狩る事もわたしのあの地における任の一つでもありました。決して無縁というわけでも、無いんですよ。
尤も、彼自身の命に終止符を打つのは軍崩れの夜盗の、理不尽な暴力の筈だったんですけれど。どうしたものか、彼の命は決してそこで終わらなかった。
それどころか、自らの運命を螺子曲げて生き延びた…彼は、予定調和から外れた個体なんです」

死ぬべき運命。そんなものあってたまるか、とロゼッタは心の奥で吐き捨てた。
それは死神の理論だ。そして人は何時何処で死ぬか分からない。それを彼らが知っているに過ぎない。
運命などというのは、不変では無いということだ。何時だって変える意志があればいかようにも変形出来る。
それを意味することではあれど、かの蟲男に関しては単純にそれだけでも無いらしい。
死を乗り越えて、彼は魔に足を踏み入れた。それは新たな修羅道の、底なしの闇への、混沌への巻沿いに他ならない。
リーゼロッテは、多少ながらも己が果たさなかった責務を悔いている様にも見えた。
彼が自らの意志で人としてのレールを螺子曲げたとはいえ、そこで逢魔の路を譲ってしまったことに。

「リーゼロッテ、あんたはそれにどう思っているんだ。その思うところは呵責か?それとも別の何かか?」

「さぁ? 彼はなるべくしてなったといいますか、最早逃れ得ぬ事だったのでしょう。
彼が生を求める限り、わたしにそれを止める権利はありません。
死神を超えて初めて人間は魔を手にできる、きっとそういうことなんじゃないでしょうか」

「無茶を言ってくれるな。あたしら魔女だって梃子摺る死神をはねのけるなんて、並みの人間に出来るもんか」

「そうはいいますけども、実際に予定を崩されたことに変わりはありません。
予定されたことをことごとくブチ壊すだけの可能性があるのが魔族なのですから、これはもう仕方ないことですね」

「過ぎたことは仕方ない、のかな」

「もう変わらないことにあれこれ考えるよりもこれからの事を考える方が有意義ではあります」

「龍め、呆れるほど前向きなもんだ。そういうの、こっちの世界じゃ無責任っていうんだぞ」

そういうとけらけら笑いだす。罵倒の一切通じない相手にロゼッタは肩を降ろすしかない。

「無責任で結構。それくらい肝が据わってませんと天界の敵なんてやってられませんって♪」

「じゃあ次だ。あたしのもう一つの疑問は――」
どうしてガラサキがそのイカレた観察者の側についていて、何があって今こっち側なのか、だ」






【Viol Viera】

―Witch of Skybreak―

―aberration hunting file#10―

[Witch and Wizard Insectworker]




















奴らが来る。
闇夜にライフルを潜ませ、忍ばせながらも軋む軍靴が泥を穿ちやってくる。
それは敵。
悪魔が如き鬼畜共。
殺らなければ殺られる。戦場に悪魔は居れど、神は無い。


何もかもひどく壊れた世界。そんな中に、運悪く男は居合わせていた。
飛び交う銃弾――隣往く同僚の脳漿が冷たい弾丸に貫かれ弾け、容赦の知らない軍靴が嫌でも耳に響いた。べたべたに付着した頭の中身が硝子を覆い、一方的な銃撃の音だけを伝えていた。驚く暇も悲鳴を上げる間も許されず、ただ逃げた。
極北の足場に合わせて頑丈に縫い合わせられた靴がもう二度と聞きたくない音を奏でて肉薄してくる。ラスカリヤの鬼畜共に違い無かった。
一介の研究者に、握りしめる拳銃が震えるような非力を噛みしめながら、非情なならず者に特攻をかける勇気などある筈がない。男は頭の上を掠める突撃小銃の流れ弾に怯えながら、とある一室に落ち伸びる。
完全殺菌を施したうえで進入すべき隔壁を形振り構わず突破し、薄暗い空洞を手探りで進みながら、男はひたすらに奥底を目指した。
藁にもすがる、というのだろうか。男に一切の信仰心も、神だろうと悪魔だろうと、その存在に信憑性を覚えたことも無かったが。
今はただ――なんとしても――死にたくなかった。迫りくる具現化した死を、認めたくなかった。男にはそれを見据える勇気が、覚悟が微塵もあるはずも、なかった。
軍崩れの略奪に逢い、泥と銃弾と、血に塗れて死ぬくらいなら。伝承だろうが迷信だろうが、可能性があるなら何でもよかった。
ただ、死にたくなかった。それだけの欲求が足を突き動かす。そうして禁忌とされたものを盲目的に求めさまよった。

目がようやく慣れてきた頃に、軍靴はすぐ後ろまで迫っていた。
ぱん、と発砲音がして、肩と肺に、背越しに貫通して、男は激痛に悶えて泥に崩れ落ちた。
「こっちだ」 「逃がすな、誰ひとり生かすな」 ラスカリヤ語で喚き声がする。連中は何があっても生存者を出したくないらしい。
口から血を吐きつけ、泥が代わりにねじ込んでくる。男は地べたを這いながらなお奥を目指した。視界が歪む、泥を掴む。まだ、進める。
暗い中に橙の閃光と炸裂音が響いて、もう何発かが身体に刺さった。薄れゆく意識の中で、男は石板に、胸元から溢れ出る一切の血糊を叩きつけて、叫んだ。

「さぁ、存分に喰らえ! お前に記述通りの力があるなら、いますぐ示して見せろ!
欲しいものはなんだってやる、魂も骨身も、なんだろうと構わん! 迷信にだってすがってやる!
だから、だから――今はなんだっていい。私はまだ、生きたいのだ! 頼む、お前にその力があるなら、この死だけは遠ざけせてみせろ!」

男の叫びも虚しくぱん、ぱんと数発の銃声が響いた。それらは過たず身体を貫き、心の臓に到達し、血飛沫と共に男を完全に絶えさせた。連中は、生死を確認する代わりにさらに数発撃ちこんで、踵を返していった。残された下っ端は小銃に弾倉を装填して、照明を其処にやった。
確かにそいつは息絶えていた。それだけは間違いなかったのだ。闖入者たちは予想外の挙動に気味悪さを覚えながらも来た道を引き返し、生存者なき廃墟と化したそこで悠々と略奪品の物色を始めた。照明が不審な石板からそっぽを向く。
闖入者たちは気付かなかった。
照明が他所を向いている間に、男から流れ出る紅い雫がひたひたと、石板の溝を満たしていくのを。
雫を得た石板が軋みを上げながら開き、その奥底から飢えに駆られた、歪な魔物が目を覚ますのを。

冷たい吐息が暗闇に消えていった。ぎちぎちと、気味の悪い呻きを上げて、それらは床を這いずって回った。
何千何百もの、いや、何万もの足音が、暗闇にただ響いて、暫くすると、光の方からならず者たちの人とも思えぬような、獣じみた絶叫と断末魔が響き渡った。
数えきれない、理性の欠片も残っていない銃声。肉を引き千切る音。飛び散る飛沫。骨をこじ開ける軋み。やがてそれらはすっかり大人しくなって、魔物たちは他のものに手を付け始めた。踏みにじられた同僚の骸も、ならず者たちの肉も、何一つ見境なく引き裂いて、魔物の群れは斃れ込んだ男の元に戻っていた。彼らが這った後にはただ、ぶちまけられた血痕と腐臭だけがのこっていた。

此処に、ひとつの悪魔が再び世に姿を現した。そして、一人の男を死の淵から掬い上げた。
幾つもの、善悪を問わぬ犠牲の上に、彼の命は血肉を啜って膨れ上がった。
日が昇る頃になると、蟲たちは朝日から落ち伸びる様に男の身体に戻って往く。それは影に似ていた。
そうして、いつの間にか、男の背に
大きな蝶とも、蛾とも取れぬ羽蟲の紋様を描いて、消えていった。


――あれは、二年前の事だ。




















人のみならず異形さえも闊歩する魔性の廃街、バベル。
その根底にある、ありとあらゆる雑多な店舗を坩堝にぶちまけたような市とも言えぬ密集地区に軽快な瓶底の鳴る音が響き渡る。
男は、水滴が流れ落ちる澄みきった瓶に注がれた暁の色合いを呈した酒を、吸い込まれるように見つめていた。
それが何時ぞやの空の色によく似ていたから。しかし当の男は、それに気付かない。何時の何だったかも思い出せずに、けれども記憶の何処かに引っかかるその色を、
魔王に手引かれる農夫の息子の如く無意識下の誘惑により目で追い掛けていた。

「……おぉーい?摘まみが来たぜ」

隣に座る警部が声をかけると、男は我に返ったように摘まみに目をやった。酒の摘まみに揚げ物という慣わしは魔界も決して例外ではなかったがしかし、皿の上に乗る蛸のぶつ切りと思しきそれは異彩に満ち満ちとしていた。「げぇぇ」と率直な感想を漏らす警部に男――ガラサキは「不味そうなのは見た目だけだよ」と軽快に返し、ひとつを摘まんで口の中にやった。


「勇気あるな…」

「食文化は古今東西違えども、住めば都なのは何処も同じだ。西では蛸は魔に遠いものにも悪魔と揶揄されていたが、私の故郷では生で食らう文化もある。
魚やらの血を抜いて肉だけの旨みを味わう、刺身という文化だよ。魔界だって同じだ、胃袋の中に入ってしまえば案外なんとでもなるもんさ」

「いやまぁ、帰り際にたまたまお前さんにあったと思えば、飯に誘ってくれるってもんだからどんなもんかと期待してたんだが。こりゃ、予想の斜め上をぶっ飛ぶカルチャーショックだぜ」

屋台の後ろをどすんどすんと轟音を立てて闊歩する神の創造物――ゴーレムを見やり、警部はそう語った。そうしてひとつ揚げ物を口に入れると、「ん、案外いけるな」と顔をほころばせる。

「これで見た目が良けりゃ最高なのに」

「見た目ではどう考えても吐きそうな位不味そうなところが秘訣の、人気の逸品ですぜ旦那」

豚面の店主が鼻の詰まったような声でそう得意げに言う。一瞬驚き飛び上がり、次に顔をまじまじと見た後警部は、最後にガラサキの肩をちょんとつつく。警部の異変を察し、店主に声をかけるガラサキ。


「ああ、店主。あんたのその顔は『トーテツ』だな。ここらへんじゃ珍しい」

「細い方の旦那は詳しいねぇ…そういう旦那は蟲使いか」

「よく分かるな」

「蟲香の匂いがするんでさぁ。あっしは鼻が利くんでね。それに背負っている魂が随分多い。
蟲にも五分の魂とはよく言うが、旦那の背負ってる術式は千や万ではとても足りませんなぁ」

「香を焚かねば、魔界じゃ瘴気が強すぎて蟲どもが暴れ出すからな。最低限のマナーという奴さ」

「……そのトーテツって何だ?種族か?」

「トーテツって言うのはあっしの国の、丁寧な呼び方でさぁ。お宅ら人間の言い方になぞらえると、そうさなぁ。
守銭奴とか、金の亡者っていった方が正しいかんね。えひひっ」

「トーテツは財や穀物をため込む悪魔だ。夜道に一人でいる人間を襲い、財貨を貯めては死ぬまでそいつを消費しない。
正真正銘の、金の亡者というわけだ。戦は得意じゃないが頭はよく回るし小細工やマネーハンドリングに精通している。故に魔界では財政官をやることが多いし、商いも多い。
舌戦に於いて敵う者無しと称される程、卓上交渉では無双の活躍を見せてくれるそうだ。尤も死ぬまで貯め込むってのは過去の話で、財政の厳しい昨今じゃ豊富な素材に恵まれてるから料理人や職人になる奴も少なくないそうな。であってたか?」


「紹介ありがとうごぜぇます、蟲の旦那。随分と良く分かってらっしゃる」

「あんたらの命を支えるのが頭のように、私の武器は情報なわけだよ」

「そんじゃサービス込みで、はいよ麺お待ち」

東洋の大きなどんぶりに湯気立つつるつるとした麺が乗っけられて、店主が二人の目の前にとんと置いた。
「頂きます」 ぱきと軽快な音を立てて箸を割り、黒い眼鏡の男は静かな外見とは裏腹に、豪快に喉に押し込んでいく。飯に関しては、人も魔も差異は無い。食べている時の顔というのは、何時だって至上の幸福に満ちている。警部もはじめ恐る恐る息を吹きかけていたが、やがて一口にほおりこんでは、人間界と変わらぬ洗練された味覚に感銘を受けつつ箸を進める。
否、どうにも此方は技術面や時間の面で、人間界のそれよりも発達しているらしい。どんな食材もおいしく出来るのであれば、やはり最大の障壁は見た目なのか。

暫くして皿が半分程平らげられると、警部は蟲男の肩をまたちょんとつついた。
別に飯を食いに来たわけでもなく、警部の本心はもう少し別のところにあった。この男には、訊きたいことが山ほどあったのだ。それは夜の住人たちを理解する上でとても重要なことだ。
彼と、魔女。二年前の戦争。そこで何があったのか。何が彼らを戦わせ、また今の形に落ち着いたのか。
人間でしかない彼は、まだ何も知らないに等しい。必要な事も、きっと沢山ある筈だ。深く足を踏み入れるのは危険だなんだと言われても、此処まで関わらせておいて今さら引き返す気にはなれなかった。

「おいガラサキ、いい機会だし、例の話をしてくれよ。昔話をよ」

「……昔話、か」

彼は箸を止めた。随分と、長い間そうしているようにさえ見えた。思い出したくない事なのか、それとも細部まで明確に思い出す必要があったのか。
その平時からは想像も出来ないような深刻な横顔は、問題がまだ何の決着も付いていない事を暗示していた。

「何処から始めるか。目の前であの馬鹿女が戦闘機の背中から颯爽と飛び降りてうちの歩兵を薙ぎ倒していったところか?それとも一端の構成員だった私が、何故か蟲に侵蝕されながらも生き延びたところからか?」

「……案外あっさりと決めたな」

「私も、思い出す必要があるんじゃないかと思ったまでだな。あの女には随分と世話になったが、借りばっかりだ。実のところ、私にも何故奴とつるんでいられるかが、よく分からん」

「仲悪い割には前向きじゃねーの」

「相手を知らないと喧嘩も出来んよ。語弊を恐れずにいうならば、奴と喧嘩するのも楽しみのうちだからか。
そうだな、昔話を始める前にひとつ警部に此方から問おう」

「なんだよ?」

「今のあんたは――魔の姿がどういう風に映っている?」

「どういう風に、って…」

咄嗟に、思い出したように視界に入る魔を意識する。そして、自分の能力の限界との違和感を感じる。
おかしい。通りかかる魔界の住人、目に映るどれもこれも、「はっきりと、見え過ぎている」。
普段は輪郭線から先は透けるように、姿を捉えるのが精いっぱいなのに、此処ではどれもが鮮明にその姿を現している。眼をこすってみてもそれは変わらなかった。


「見え過ぎる、か?」

「ああ。おっかしーな。俺の眼は中途半端にしか察知できないんじゃなかったのか?俺がヘンなのか?」

「そいつは違う。此処が魔界だから、瘴気が奴らの存在を『地に足付けた』ものとして確立させているんだ。私や魔女みたいな、元から人間界にあるものには干渉しないが、
人外の存在は元来こちらでこそその存在を確固たるものとして固定できる。そして、今だからこそ見えるものがあるはずだ。ひとつ、目を凝らしてみろ。私の背に、『いつもならみえないもの』が見えるはずだ」

言われるままに、警部はガラサキの背に目を向けた。ぼんやりと、草臥れたワイシャツの奥底に、円陣を描く、何処か禍々しい紋様がおぼろげに浮かび上がってくる。
見えたようだな、と彼は話を続けた。

「警部、あんたの家にロゼッタがお邪魔しているだろう?奴の手首か腰回り、足まわりにいたるまで似たようなものがある筈だ。
今度よく見せてもらえ」

「あああ!」

眼なんか凝らせるかバカ、ああ神様と警部は悲鳴を上げた。
なにやらそれにまつわる思い出したくもない出来事に見舞われたらしい。

「あの娘、すげー無頓着だから風呂上がりとかあっぴろげもねーけどよ! その、俺は極力見ないように努力してるんだが、何処にもそんな痣みたいの、
ねーぞ?」

警部は今朝の玄関での出来事を思い出す。小さな靴に足を突っ込む彼女に、何処もそういった類の印は無いようだった。
借宿だというのにまるで慎ましげの欠片も存在しない風呂上がりでも、目立った痣のような文様はない。
家族同然に思ってくれるのは悪くは無いが、年頃の娘らしい態度っていうもんがあるだろ…警部は思い出すたび
つくづくそれが改善してくれることを願っている。尤もそれは叶わないのだろうが。
ともなれば、矢張り平時では姿を現さないものなのだろうか。全力で否定する警部を面白がるようにガラサキは意味深に頬をゆがめた。



「やれやれ。思った以上に、お世話になってるようだな」

「だからそんなんじゃねぇって!」

「とまぁ、それはともかくだ。ロゼッタの場合、奴の術式は間近で何度か見る機会があったろう?
アレはヴァラヴォルフ(狼憑き)という術式でな。両手或いは四肢に自分の契約魔を侵蝕させる事で、超常的な身体能力と魔道出力を獲得出来る。
一切の被損傷を許さずに、有り余る出力をただ攻勢に回すことで成立する諸刃の剣だ。術者には多大な負荷とリスクが伴う」

警部は今一度、朝の光景を思い出す。足先手先から流れ出る雷光の奔流。野獣が如き疾走。
そして、何時ぞやの屋上で見せた獣神化。そのどれもが、今ガラサキの述べた理論と符合する。

「ヴァラヴォルフの最大の特徴は、人魔一体・攻勢一辺倒な事だ。
ロゼッタの奴は風神を機動力に、雷神を火力に回している。風神の法力で地を風のように駆け、電磁力で加速を付け己が身体を音の壁から突破させる。
収束させた雷撃を拳から叩きつけ、灰にする。エピタフィオンはロゼッタを最高位の魔道形式に出来なかったと嘆いているが、ところがどっこい魔界には理論上奴の超音速戦闘に追いつける存在は無い。おまけに奴の千里眼は動体視力、目標持続捕捉に特化した高級術式だ。獣神化が進むにつれ奴の理性と引き換えに魔道出力と性能は向上していく。
それこそ天井知らずにな」

「本当に、魔女界最強なんだな…全然そうは見えない、何処にでもいそうな娘っ子なのに」

「魔女界どころか最上位魔族でも奴の相手は危うい。不滅の悪意と称されるスレイヴィア・マリスですら、奴の前に灰塵と帰した。
一点特化で極めれば誰も追いつけない、それがヴァラヴォルフの最大の強みだな。相手が物理的接触不可の死神でも無い限り、奴は常に最強の状態で戦える。攻め続けるための、殲滅するか死ぬかの危うげな魔道だ」

「んじゃ、あの爺さんはなんなんだ。あれも相当な化け物だろう」

「ゴーレムは独立した古代の術式だ。継承出来ている奴が少なすぎて、情報が出回っていないのが現状だな。
まぁ通説としては、強大な契約魔を石や鉄を媒体にして召喚することが出来る。あの爺の魔力はロゼッタとどっこいどっこいだというから、此方も同様に規格外の化け物だ。
爺の術式は手袋の下にある。アレは古代のものだから、隠蔽措置が一切取られていない。目を凝らさなくても見えるだろう」

「ロゼッタとどっこいどっこい…」

「爺がおかしいんじゃない、あの歳で、最古の術式を持ち行使し得る爺に並ぶ魔力があるロゼッタが異常だと捉えるべきだな」

「そして、お前さんには背に術式があると」

「もう一人、背に術式を持つ奴がいる。あんたもよく知っているだろう奴がな」

「あの魔女か?」

ガラサキはゆっくりとうなずいた。

「背に魔法陣を配置した術式は――ベイルフレイズ(背に纏う輪陽)と呼ばれる。
一般的に、自身の生存を第一とし再生力、耐久力、魔力密度・統率に特化したスタンダードな方法のひとつだ。背から放出された魔力は全面を覆い、術者を徹底的に守護する。
あの魔女はコンチェルトという、特に防衛に優れた名家で育っている。この術式とコンチェルトの理論は最も相性が良い。しかも奴は混血だ、魔族の再生能力は知っての通り人間の比では無いからな。
旋律や裂空という二つ名の他に不死身という表現があるのも大方的を得ている。奴の契約魔は膨大な魔力消費と引き換えに複数の個体を強力に繋ぎとめる、魔力続く限りの半永久機関だ。あれを打ち破るにはそれこそエピタフィオンや超密度の魔剣でも無ければ不可能だろう。私の術式も同様に、術者を中心にして複数体を繋ぎとめる司令の役割を持っているという点では、この傾向から決して外れてはいないか」


「お前さんと魔女の術式は同じ形状、なのか」

「厳密には系統は違うし、契約魔も全く接点はない。ただ、結果的に似通った節はある。
奴との最大の違いは、完成された体系を叩き込まれた奴と異なり私の術式は酷く中途半端なものだということだ。だから――奴の影響を受けているのは、私の方なのだろうな」

「……どういうことだ?」

「警部、あんたは人が何時悪魔になるかを知っているかね?」

警部はその声と共に黒い眼鏡の底に、得体の知れない闇を見た。
記憶を反芻させる。人が魔になる瞬間。執念に駆られた時――許せない何かを、何もかもを犠牲にしてまでうち滅ぼしたかった時――何が何でも、生き延びたいと懇願した時。
男は、依然遠い目をしていた。グラスをちらと揺らすと、重くなった口をようやく開いて、己が身に起きたことを語った。


「二年前の戦場で、私は一度死んだ身だ。
だが、私には死ぬ覚悟も出来ていなかった。恥ずかしい話だとは思うが、私は死にたくなかった。死を逃れられるのならなんだってやろう、心底そう思ったのさ。
誰が何時自分が死ぬと知っているだろう。人は何時何処でも死んでいるが、それを決めることは決してできない。理不尽じゃないか。私は、そんな理不尽にあらがっただけだ。理不尽にあらがって、足を踏み入れてはならない世界へ、棺桶よりももっと深い闇へ、身を落としてしまった」

「死の淵から救ったのが、その蟲どもなわけだ」

「救った? 奴らにとっては、活きのいい魂からしぼりとるための名目に過ぎんよ。
それでも、私はこの力を無駄に出来る程馬鹿ではなかったし、自分を死の淵に追いやったラスカリヤに少なからず憎悪を覚えていた。
形式だてられていない荒削りの魔術式でも、烏合の衆の相手には充分過ぎる程強力だった。そして我々の軍にも、そういったいわば人外を扱う部署は存在していて
其処のトップ、ヴィクトール・フランケンシュタイン…魔に魅了されながら、魔を否定しなければ何れ人は滅ぼされると妄執に、老愁の狂気に駆られた男の建造した、
対ラスカリヤ魔道戦線だった」

「対ラスカリヤ魔道戦線…」

「ラスカリヤの軍はえらく旧式だが、奴らの囲う魔術師共は人間で相手をするのは無理だ。
ロゼッタや魔女を見ればそれは明白だろう。あんなものを相手に、通常火器や爆撃なんぞ何の意味も無さん。
人間兵器を相手にするのに、人間兵器は必要だ。私は其処に回された」

「フランケンシュタイン、とか言う奴の先見か」

「奴の言うことも、決して間違ってはいなかった。だが奴は引き際を誤った。
全てを駆逐するまで、戦争を止めない気だったんだ。老いさらばえた頭にヤキが回ったか、或いは最初から狂っていたか。恐らくそのどちらもだろう。あいつはよく分からん人間だ。
奴は最後の攻勢に打って出た。最強の軍隊と、幾つかの手駒である人間兵器を連れてラスカリヤに鏃の如く喰い込んでいった。
標的は秘密裏に停戦協定を結ぼうとする両国の会合――奴は徹底抗戦を継続することで、危険性を孕んだ魔の排斥にかかった」

「だが、後の歴史を見る限りその作戦は途中で頓挫させられた、というわけだな」

「――奴が現れなかったら、どうなっていただろうな。
初めに、偵察機の信号が途絶えた。そして瞬く間に、今度は最後尾から得体の知れない敵勢力に押されていると報告が入った。
敵はどうやら、単騎のようだったがな。その単騎が、どうしようもなく、途方も無く強力な最終戦力だと判明するまで時間はかからなかった」

ぐい、とグラスの中の液体を飲み干すと、喉元には冷たく響く余韻と、過去の一点からサルベージされた記憶の断片だけが残った。
本当はそう遠くも無い昔を振り返って、彼は続けた。


「初めは鳥かと思ったんだが、随分と大きい上に轟音をまき散らすその姿が闇夜に見えて来て、月夜に照らされてようやくはっきりした。
航空機だ、そう反射的に感知する前に、空は猛烈な弾丸で埋め尽くされた。そいつは月光を浴びるみたいに宙返り、上空からお祭りみたいな対空砲火をかいくぐって、『降って』来た。黒い空に、風を引き裂いて現れた柳色の装甲が見えた。
地面すれすれのところで、視界も定かでは無いのにスラスターを振り絞って、躊躇いも無く一直線……
そいつの背中にへばりついている小さな影が、ぱっと離れたと思ったら、どでかいギロチンと一緒に爆音を奏でて地面に降り立った」


「猛禽の如き双眸に睨まれて、鷹を前にした毛虫のように竦みあがったよ。一度死にかけはしたが、あの時死んでいた方が、どれ程マシだったかとさえ思えてくる。
猛烈な銃弾の雨霰をそいつはまるで羽虫でも払うように易々と弾き返して、お返しとばかりにギロチンに刺さった――恐らく先程の落下の最中に輪切りにしただろう此方側の航空戦力の破片をぶん投げて、前衛を沈黙させた。私が出来そこないの悪魔なら、まさしくそいつは本物の悪魔だった。
爆煙と戦火の合間で、そいつと目があった。不思議な事に――今人殺しをしたと思えないほどに澄み切った瞳をしていた。戦場に似つかわしくない流麗なブロンドと、端麗な顔つきの持ち主だった。それでもそいつは、人の丈程もある大鉈を背に担いで、毅然と其処に立ちふさがっていた。間違いなくそいつは敵だったんだ」


「今はどちらが正しかったのか分からない。だがそれがそいつとの、ファースト・コンタクトだった」








月の綺麗な夜に、赤い飛沫が舞った。

ざっくりと、これ以上無いくらいに綺麗に寸断されたのは、人の腕だった。
誰のであろう、紛れもない自分の右腕だ。男はすぐさまに、激痛の走る切断面に残る左手を当て掌で四散した魔素を辛うじて統合しつつ、再生を開始した。
蟲の群れが一息の間に腕を覆い、血肉と化して再構築を開始していく。
冷静に立て直そうとするも、薄れそうな意識の中男は思う。

(…なんなのだ、こいつは)

男は既に魔物と化していた。
命を喰らい、我が血に換え、そうして己が命に上乗せをしていく。だが、誰しも止められぬ搾取者としての慢心というものが、ここにきて音を立てて崩れていった。
命を刈ることに一切の躊躇いも、刃を交えることに僅かな迷いも、ありはしない。
ただ飛ぶ蠅を落とすが如く、当たり前のように。

(誠認めたくないものだが…こればっかりは勝てん、な)

自分は決して、化け物になり切れていない。真の意味で化け物に出会い、叩きのめされて初めてそれに気付く。
目の前に立ちふさがる、大鉈を引っ提げた女――まさしくそれこそが、本当の意味で搾取する側であると。 ただただ強く、向き合って感ずるものは何でもない、ただの絶望。
女の瞳は、遥かなる高みから獲物を引き裂く鷹のそれだった。一瞬の隙に懐へと滑り込み、僅かな迷いも無く大鉈で腕を切り上げ引き飛ばしていった。
思い出す。ラスカリヤの戦力の中でも、信じがたい賞金を懸けられた悪党――魔女。
悪魔よ鬼神よと謳われた、存在しているかも怪しい最悪の敵が、今巨大な鉈を振りかざし右腕を切断せしめた女だった。


だが彼女に対し、幾度とない破壊と再生の末に、自身の力も底を尽きかけている。もって後数分、再生に関しては今回が最後になるだろう。満足に対時すらも出来ぬ程、男は完膚無きまでに追い詰められていた。
対照的に涼しげに夜風に揺られる相手を睨み、男はそこで眩暈に襲われ呆気なく後ろの木に腰を叩きおろしてしまった。

バカげた大きさの鉈が持ちあげられ、きらりと月光を反射する。重量に抉られた土くれが空を舞う。
男は、ああ自分はこの一太刀で死ぬんだな、と思う。
一度死んだ身だ。やれるところまでやったものの、何れはこうなる運命だったやも知れぬ。
それでも。
まだ生きていたい。
まだ、何も成し得ていない。見ていない。ものにして、いない。
意志は形となり、体を駆け巡った。それでも、もう動こうともしない。
万事休す、か。


巨刃を担いだ女の影が差した。
男は半ば朦朧とした意識の中、何を思ったのか「とどめを刺すならとっととやるがいい。一撃で楽にしてやってくれ」という。
自棄になって口からそんな言葉を出したのを自覚しつつ、もう逃れ得ぬ現状に納得が出来たのかも知れない。男は訂正せず、そのまま時を待っていた。
暫くの間――どれ程の時間が経っただろう。銀色に鈍く輝くギロチンの刃を静かに降ろして、女は眼前に野臥せる瀕死の敵に刃の代わりに一言を叩き込む。

「あんたさ、死ぬ覚悟は出来て無いんじゃない」

「はっ。今私を殺そうとした輩が何を言い出すのかと思えば。
お前の前にいるのはなんだ?どんな形であれ、敵は敵。潔く逝くのは本望ではないが、最早残念ながら敵対する気力も残って無いんでね。
…さぁ殺れ。私は既に一度死んだ身だ。遅かれ早かれこういう定めだったのだろうさ」

「でもあんたは今此処で幕を降ろすことに納得していない」

「当たり前だ」
ぎりと、男は唇の端を咬んだ。暖かい血が溢れていく。未だ自分は死に落ち着こうなどとは思っていない。死ぬことに納得など無い。
まだ生きていたい。誰しもそう思うだろう、自分もまた小さな人間の一つ。
暫く沈黙が続いた。軍勢の殆どが散り散りになり、その大部分は女をはじめとした未知なる最終戦力に恐れをなして敗走した。そうでないものはことごとく、虫けらのように呆気なく動かないモノにされていった。
恐らく自分も例外では無いのだろう。なのにどうして、この女は自分に構っているのだろう。

…自分が、「出来そこないの悪魔」だからか。

同情なんぞ要らんからとっととやれ、そう不様に喚こうとしたひとつ手前に、空を轟音が駆け抜けた。色のついた煙を尻から拭きながら旋回する機影。発煙が現す「作戦は成功せり」。
時を同じくして現れた小さな影が森をかき分け此方に向かってくる。襤褸を纏った、少女ともいうような年の頃。
獰猛な八重歯と、対照的ににぱと土煙に汚れたうすら笑いを浮かべつつ、女に接触していく。

「いいところに来た、リーゼ。首尾はどう?」

「店長が久しく本気になった甲斐もあり、フランケンシュタインはようやく絶命しました。頭を失った南軍はもう散り散りですね――この戦争、最悪の事態はなんとか避けられそうです。
って何の用ですか?捕虜の尋問とか、疲れてるから後にしてくださ――ええっ!?」

フランケンシュタインは死んだ。その事実が、何よりも連合国側の中でも一枚岩でない、謀反的な部分の死を意味していた。
戦争は終わるだろう。皮肉にも、自分は敗残兵となり生き延びる事で、それを守ろうとした者たちへ接触する事が出来た。
だが――何故だろう。その少女は男の顔を見て悲鳴を上げる。男には何故なのかが理解できなかったが、彼女が顔や体つきをまじまじと見て本人確認をしている様を見ると、
どうにも向こうはこっちの顔を知っているようだ。何の接点も無さそうな人物にも関わらず、向こうは随分と動向をよく知っている様にも見えた。

「何を驚いているんだ」

「あんたさっき、『自分はとっくに死んだ身だ』って言ってたじゃない。信じられないかも知れないけどもうこっちに足を踏み入れたんなら滅多な事じゃ驚かないわね。
こいつがあんたの死んだ後の世話をしてくれる予定だったのよ」

「…死んだ後の世話?」

「えーとですね、ええい、単刀直入に行きます。わたし俗にいう死神、ちゅーのをやってまして。
おたくの魂が実は先月中に世界に返還されまして、生前の行動から何処に行くか裁きを受ける予定だったんです。わたしはその徴収係でした」

「…私が死ぬ時を知っていた、とでもいうのか」

「いいづらいんですが、そういうことになります。15日の午前1:26:33。死因はラスカリヤ軍崩れの発砲する二発のライフル弾が心肺を貫き、出血多量及びショック死。
貴方の死体は、身元受け取り人が不在なため、アリッセル中央共同墓地に埋葬されることになっていました」

少女の口から何のためらいもなく流れ出る情報に、ただ男は耳を澄ましていた。
二発の弾丸。身寄りが居ない事。死亡時刻。寂しい野原に覆われた、自分が日常の頃に住んでいた地区の共同墓地、それすらも、故郷から遠い異国に他ならない。そのどれもに心当たりがあった。
気が遠くなる。人というのは、生まれ出てから死ぬまで本当に管理されているらしい。
認めたくない死の向こう側。それを露わにされてなお、男は冷静でいていられた。最早そんな事とは無縁のところにいるのだな、と男は自覚した。
死の諦観、とでもいうのだろう。一度死んでしまった以上はもう、他人事のように感じられてしまった。

「身元不明だとか何時心臓がブチ抜かれたとか、よく知っているもんだ。どうやらただのハッタリでも無いらしい。
もしかすると、その調子だと天国地獄という概念はあるとかいいかねんな」

「天国に関しては言及は控えますが、地獄に関してはしっかり存在します」

「で、私はどっちに行く予定だったんだ?」

「…知りたいですか?」

「いや、止めとこう。またすぐにお世話になるだろう、死神さん。これから今すぐにでもな」

男は力なく眼を閉じた。「さぁやれ」 ギロチンが振りかざされるのをただ待つ。
そんな様子にリーゼと呼ばれた死神はバツが悪くなったのか、頬をくすぐる。

「ええとですね。その、これも非常にいいづらいんですが…
もうわたしの仕事は終わってしまったんですよ」

「なに?」

「ですから、わたしは貴方の魂を狩ることに失敗いたしました。また次の機会になるまで、わたしには貴方を殺す資格が無い」

「不便なもんだな。それでどうするんだ」

「一度死を乗り越えられてしまった以上、わたしには次貴方が何時死ぬかはもう見えません。ですから――好きに生きてください。これが死神からのお願いです」

「敗残し、もう魔物を操る力すら残っていない、生きる気力すらもはやない私に、まだ生きろ、と?」

「目的もレールもない、虚空の人生です。人生といえるかどうか。しかしだからこそ、貴方にはこの苦難の道を行ってほしい。
次狩るときまでに、その魂をどうか肥やしてやってください。そうとしか言えないのです。なにぶん、前例が少ないものですから。
カーラさん、わたしからは以上です。結局彼の生き死にを決める権利はわたしには、もう無いのですから」

カーラと呼ばれた、ブロンドの女は少女の一言に僅かに苦渋の表情をした。
「んなこと言われても、私にだって殺す権利なんか無いわよ」

「散々連合軍の兵士を地獄に叩き送ってきた殺人魔女に、躊躇いなんてあるんですか。権利なんか関係無しに容赦なく他人の人生を奪って行くくせに」

「事実は事実だけど、戦争だもの。
敵である以上は殺し合わなくちゃいけないのは、人間が作ったルールよ。
人殺しであることは拭えないし、そのつもりもない。ただお互いの信じる物のため、金のため、家族のため――主義がかみ合わないから、譲れないものがあるから人はぶつかりあう。向こうが殺しにかかっているのを、此方から殺さずを貫くなんて器用な事が出来るはずもない。何もせずに殺されていくぐらいなら私は戦う。人殺しであることを否定するつもりもない、私を殺したかったらかかってくればいい。ただ――私はそれでもむざむざ死ぬつもりは無い。
……でも、避けて通ることも出来るのに、どうしてそれが出来ないのか。こんな説教しても説得力なんてまるで無いわね、止めにしよう。
開き直ってるって言われかねないけど、私は今彼が生きてるならそれが事実なんだと思う」


「死んでないからオッケー、ってことですね。まぁカーラさんと正面からぶつかって生きてる人間なんてざらにいるわけないし」

「人を化け物みたくいわないでほしいわ。化け物」

「あなたも充分化け物ですよ。彼らからすればね。
反則臭い魔力を持って戦争をねじ伏せる、人間の世界に人間の求めないものを持ちこむ、或る意味わたしたち純正の化け物よりずっとたちが悪い」

「人の命をかけてるのに横で睨み合いをされては、かなわないな」

男の言葉に、ブロンドの女と襤褸の少女はふと険悪な空気に満ちた表情をきょとんとさせ、何とか戻す。
何事もなかったかのように少女の方が続ける。僅かに申し訳なさのような作り笑い。

「それでは、どうします。カーラさんは貴方を殺すメリットもないって言ってます。
貴方が生きるのは貴方の勝手ですが、行くあてもないですよ」

蟲に蝕まれた体、得体の知れないものに取り込まれた自分という存在に、未だ男は納得できていない。
仲間もみんな殺された、その上仇討ち、復讐などというその場しのぎの紛らわしももう効かない。
何もない世界から、ゼロから「生き直す」、なるほど、どんなにそれが難しいことか。

今まで、何をするために生きていいのかなんて考えたことが無かった。
自分の興味の赴くままに生き、興味の赴くままに仕事を手にし、そしてそれに没頭してきた。
これから何を「指標にしていいのか」、それが分からない。
暗黒の人生設計だ。何一つ先が見えぬ、死神すら見通せぬ。
暗黒の中に、自分ひとりでさまよえというのだ、この死神は。

「――参ったな」

本心からだった。本当に参っていた。
どうしていいのか、どうすべきなのかがわからない。その場しのぎの課題をくれるものも、世界ももう無い。
化け物たちが闊歩する世界だ。
そして、何を思ったのか女が口を開いた。

「あんたさ、何をしていいのか分からないの?」

「まぁそういうことだ。もう私には何もないのだ。
貴様に負けることがさだめだったとするならば、私は最後に道を踏み間違えずに済んだということだろう。
しかし、踏み間違えずに踏んだ先が奈落の底だったとはな。笑えん冗句だ。
さぁて、何をしたらいいものか」

「私は何をしたらいいかなんて、考えた事なかったな。
今だって敵を倒してラスカリヤを守りきるのが最優先だったし。貴方だってその障害にしか他ならない。今やれることが、私にとっての全てだったから。
…だから、私が戦うことに憎しみも執念も、最初からなかったのかも。私は私のために、自分が守りたいと思ったもののためだけに戦う」

何処か遠くを見据えた目で、そう語る。小さな風が髪を揺さぶる。

「執念が無い、か。なるほど貴様に勝てるはずがない訳だ。
私の目に映る君は人間じゃないよ。人間というのは誰しも、何かに執着心を持ってるもんだ」

「そうかもね」

「認めた、ついに認めやがったなカーラさん。同属から化け物認定だなんて、さすがです!」

「うるさい」

「だが、私が執着心を持っていた生きるということも、
こうして客観的になると随分空っぽなもんだな。ううむ、本当に空っぽだ、如何にすべきか。
国に戻ったところで、私はもう死んだ存在なんだろう?」

「連合の対ラスカリヤ魔道前線への参加の時点で、貴方の生きた痕跡は完全に抹消されています。
生きても居ないし死んでも居ない、それどころか最初からなかったことに」

「ははっ、そうか。私はもう、居ない人間か。参ったな」

涙が出てきた。これほど仕様もない空間に放り投げられたのは初めてだ。
人間というのが、管理された生き方が、如何に便利だったのかが思い知らされる。
管理されることは何も悪いことではない。レールは、あるだけマシだ。
何もない世界よりは。

「名前すらもはや意味をなさないか」

「これからは自分で付けて、自分で生きる他無いですね。
ただ新しい名前が、本当に貴方を意味するものになるまで相当な時間がかかることは間違いありません」

「まるで自分の事のように語ってくれるじゃないか。リーゼだったか」

「リーゼロッテ・メフィスタフェレル。無明のリーゼロッテ、といいます。以後お見知りおきを…まぁわたしも、腹に一物どころじゃないですから。死神ですし?」


「人間じゃない奴らというのも、中々興味深いな」

「学者肌なんですね」

「よく知ってるな。まるで私の人生を見てきたかのようだ。死神にはプライバシーもくそもないのかね」

「仕事ですから。カーラさんも、魔物殺し専門の魔女さんですし。今は故あって人間も殺してますけど」

「ほぅ?」

「やりたくてやってるわけじゃないけどね。でも仕方ない。私にはこれくらいしか能が無いもの。守れないであとあと後悔するくらいだったら、
こんな力でも、血染めの道でも歩いてやるわ」

「殺しの才能とは、また使いどころが難しそうだな」

「同情はいらない。好きにののしればいい」


「いや…むしろ羨ましくさえ思うよ。
何かに才能があるというのは、いいことだ。私にはそれすらももう無い」

「……」

これから何処に行って、何をすればいいのか。
それが指し示す目安があるだけでも、大分違うだろう。
才能とはそういうものだ、と男は思う。
目指す先を分かりやすく提示してくれる、小さな要素だ。
決定するのは、自分の意志に他ならないが。


暫くの静寂。三人揃って何をいうでもなく、死神に至ってはすぐに退散してしまった。
「わたしの仕事は終わりましたんで。あとはお二人でどぞー」

「先刻殺し合っていた敵同士に、お二人でどうぞとはな」

「ああいう奴なのよ、彼女。あ、そうだ。あんたさ」

「なんだね」

「あんたの生き死には私が決めていい訳?本当に?」

「まぁ、まだそういうことになっているかな。尤も、すっかり死ぬ気も失せてしまった。
今君に死ねと言われても、易々と死ぬ気になれん。
自殺志願者という奴も、これっぽっちの処で思いとどまれば
ああなんてバカなことやってるんだろうな、と正気にもなるんだろう」

「その事だけどさ。いい仕事がある」

「うん?」

「あんたのような生きる価値を失くした人間でもないと務まらないようなバカげた仕事。
私のような化け物を沢山、化け物界のルールからはみ出た奴を粛清してくゴミ掃除。給料は歩合制、非常勤の最危険職場」

「楽しそうだな。君の職場か」

「私も器用じゃないんでね。肩が凝りそうな仕事は一つ上の姉になすりつけた。
下の妹は、私にくっついてゴミ掃除してるけどさ」

「化け物と殺し合いか。バカげた、荒唐無稽な業務だが、随分とスリルで充実した毎日が送れそうだ」

「あんたの命は今私に借り一だ。
だから、借りを返すまで私の下で化け物狩りに精を出す事。どう?なかなか魅力的な提案でしょう」

ギロチンは端に立てかけて、彼女はうーんと月夜に背伸びをした。
すらりと伸びた背と、悪魔のように、それなのに邪気の無い、何処か儚げですらある笑みが青白い光に照らされて浮かび上がった。幾つだか分からぬ、妙齢とでもいうべき魔性の微笑みだった。
先程までに人殺しをしていたとは思えない笑顔に、男は一瞬心奪われてしまった。
そして戻ってくる頃には、悪魔のような女に捕まってしまったなと呆れもした。
しかし、きっと悪くない。
暫くは、借りを返すために今を生きてみよう。
この女はこんな事いいながらも、きっと世話を焼かないと自分を許せないタチなのだ。性格は随分とひねくれているようだが。
魅力的な、随分危険で過酷な指標を暗黒のうちにひとつだけ、強引に立ててくれた。

「……君についていくとなんだ、ろくな死に方は出来そうにないな」

「今さら気が付いた?」

「まぁいいさ。暫くは君という指標にしたがって、それから自分で勝手に意義を見出すとする」

「うん、今はそれでよし。さぁ、張り切って生きましょう。辛気臭い顔してると、死神がよってくるから、ね」

「ああ分かった。 …えーと、カーラ、だったかな」

「カーライア・セシリア・コンチェルト」

「長いんだな。先の死神娘ととどっこいだ」

「めんどくさいからカーラでいいわ。貴方はどうするの?今までの名前、使えないんでしょう?」

「そのうち決めるさ。今は、そうだな――」

男は周囲に目をやった。
戦争の傷跡、鉄の殻芥(がらくた)の山の先端に、森から流れてきたのか蝶が止まった。北部なのに生息していることに驚いた。
アレの種類ならよく知っている。餓鬼の頃から、昆虫図鑑で慣れ親しんだ名だ。

「―――――――で、どうだ」

「ヘンな名前」

「今適当に考えた。まぁそのうち変えるだろうさ」

「よろしく、アゲハ。私の今日の敵」

「ああよろしくカーラさん。今日の敵は――なんなんだろうな。明日に仲間になってる自信はない」

「そんなもんよ。さぁ、帰りましょうか。迎えの便が来てる」

「何処にでもいいさ、何処へなりと、連れていくがいい」


先程の死神娘が、同じようにローブを纏ったやさぐれた男を抱えてきた。どういった激戦だったのか、満身創痍どころではない重傷なようで大きな切創からはらわたが一部はみ出ていたが、けらけらと絶えず楽しそうに笑っていた。気が狂ったように、念願を達したらしく笑いを続けていた。
蒼白の肌と、色素の抜けた様な長髪。まるで死人のような、いやそれを通り過ごして古代帝政時代の彫刻のような、不可思議な男だ。悪魔や魔女などというのはどうにも外見では齢の程が分からない。


「くくくく…ははははは!フランケンシュタイン!今回はっ…俺の勝ちだなッ!
人間のくせに、なかなかやりおるやつよ!その魂に敬意を表し、丹念込めて冥府に送ってやった!今度こそ向こうで裁き倒してやるから覚悟していろ!はははっ」

「てんちょー、嬉しいのは分かりますけども、落ち着きましょう。ほらほらはらわたが、はらわたが」

「おっと、油断するとすぐこぼれてしまうな。リーゼロッテ、肩貸さんでいい。貴様の肩、なんだかゴツゴツしていて棘みたいのが当たるんだがなんだこれは。…実は男だったのか?それとも何か魔族か?うん?」

「おっといっけね。わたしもちょっとはみでものが。ひっひっひ」




「楽しそうな職場だ」

「ね? 一物どころじゃないでしょ」

あり得ぬ光景に夢中で腹を抱えて笑っていると、空では轟音と共に先程の柳色の装甲をした航空機が再旋回している。
無線化された波長が彼女の首に掛かったヘッドホンへと響く。
妙に訛りのあるラスカリヤ語だった。

『魔女!お前の頭上でチルミナを低速域で飛ばしてる。帰るなら基地まで送っていくが』
『(P67O++60ioby;y98GUI+IV+』
『えーと、チルミナより魔女へ。レーザー誘導爆弾全弾投下、目標に直撃連合軍は散り散りで作戦は見事成功。ペイロード僅かに余裕あり。だと!お前が乗っても大丈夫だそうだ』

「チルミナ、少しバカにしてくれるじゃない!」

『俺からすればお前は列車砲だけどな。チルミナは誘導爆弾と同じくらいでしょって言ってるから優しいもんだ』

「オレグあんたって奴は… いいわ、此処から搔っ捌いてやるから。降りてきなさい」

『そう怖い顔をなさるな。さ、やるぜチルミナ最後の仕事だ。高度60フィート、低空侵入で魔女をかっさらう。演算頼む』
『JUYBP'V87tbbiuill』
『障害物の多い山間部だからって無理じゃない、いつも通りお前なら出来る。行くぞ』


「おい、あの戦闘機こっち向かってないか」

「乗るわよ!」

「なんだって!?」

「だいじょうぶ、突っ込んでくる瞬間にひょいと翼面に飛び乗るの。いつもやってるから」

「いや、まて。勝手に手を引くな! 死ぬ!結構速度出てるぞ!?」

『JOUI JTR'(9ytyui』
『ん、目標を二つ確認、連れが居るから軸がずれる、だと? ブレイク!離脱して再度アプローチ!』

「それっ」

















「相も変わらず無茶苦茶な奴だなー!」

「だろう? 奴は殆ど何も変わっていない。
私が敵であろうとそうでなかろうと。今思えば、善悪も右も左も、敵も味方も奴の概念には無い。境の無い、どっちつかずの不思議な奴だった。だからこそくっついて行く気になったのかも知れん。もう行く処など、帰る処など無かったから」

「命の恩人、ってわけだな」

「そうかな。私は少なくとも奴を未だ化け物としかみれんし、奴も私に恩を売ったつもりもないだろう。適当な奴なんだ、その場その場、自分の納得いく方向にもっていかないと気のすまない我儘な奴で、強引で。どうしようもない奴だ」

「でもお前さんはその強引で我儘で適当で、どうしようもない魔女に、渋々いいながら付いていってる。つまりはそういうことだ。
何処かで納得して認めているなら、たまにはお互いに素直になってみろ。きっと悪い方向には進まない筈だ」

「……バカバカしい。あんな化け物と仲良くしろとでも」

「ガラサキよぉ、お前も相当な天の邪鬼なもんだ。だから俺からはどうしろこうしろなんて言えないけどよ。
もう少し、ほんのちょっとでいいのよ。思ったことと反対の事を口から吐き出す前に、もう少し考えてみろ。それが大人の付き合い方ってもんだぜ」

「化け物相手につき合いもくそもあったものか」

蟲男が未練がましそうな顔で吐き捨てる。
酒が回ってきたのか、蟲男の顔に僅かに朱が差した。口数も思いのほかに多い。
言動に、一貫性が無いというか、特に魔女に関しての話題に肯定的なのか否定的なのかはっきりしない回答が見受けられたことに、警部は何ともなく事情を察した。

(なるほど、こいつ自身どうしていいか分からないわけだ。こりゃ骨が折れるな)

決定力が無い、とでも言うべきか。彼に何か重大な決断、認識というものがどうにも苦手なようで、情報を咬み砕く事はすれ本質的に取り込み自分の中で消化するという事がどうにも
不得手な節が見られると警部は思う。それ故に魔女にくっついてきてもいるし、ずるずると化け物狩りにも付き合わされている。そして未だ一人の人間との、付き合い方ひとつ決定できずにいる。
幼稚だ貧弱だ、と切り捨てる事は簡単だ。だがどうにも事情は複雑なようで、自分の想像も出来ない波乱万丈の中に逢っては察しようも察する術がない。
この男はこの男なりに悩み、そしてまだどう自分という駒を動かしていいかを決め切れていないのだろう。だがそれは誰がすべくもなく、自分自身にしか出来ない。
だからきっと、魔女も「借り」という言葉を使ったのだろう。そもそもあの女は他人の人生を操縦するなんざ一番嫌いそうな性質だ。ともすれば、尚更彼女の言葉は未だ履行し切れていないということになる。

こいつは難しい問題だ。化け物退治とは離れたところでも問題が山積みの、継接ぎだらけで、不器用な連中。
だがこっちなら少しは役に立てるかも知れんな、などとも思う。
結局人智を超えた力を持っていようと、彼らの本質は一般的な人間と変わらないのだ、ならば一人の人間として付き合うことは難しくない。
ふんばり時だな――警部はそこまで思ったところで思考を止めて、グラスの中身を口に流した。
機を同じくして、のれんをかき分けて噂の当人が入ってきた事には気付きもせず。


「全く、わざわざ面倒な付き合い方ばっかり選びやがって。本当に天の邪鬼な連中だぜ」

「誰の事かしらね」

「うぉぉっ!?驚かすんじゃねぇ!」

「勝手に驚いたのは警部さんでしょう。全く、人を化け物を見たみたいに言わないでよ」

現れたのはまさしく噂の的、魔女その人。
そうやって溜息をつき、警部の隣の席に座る。何語で書かれてるかも知れぬ品書きをさっと見、豚頭の店主に注文。
しかし酒が回っているのか、蟲男の方はいつもの悪態を悪びれもせずに吐いた。

「はっ。化け物に相違は無いだろう」

「貴方もね」

「お前がそうしたんだ」

(バカ野郎…言った傍から邪険にしてどうするんだ)
険悪な沈黙の空気の中、挟まれて気まずい立場に居る警部は内心で冷や汗をかいた。
実際に思いこそすれ、当人を前にしてはそれを晒すことも出来ずに、いつも通りの態度が自然にぽろりとこぼれてしまう。魔女の方も、後ろめたい事があったのか、
彼をこの道に引き込む決定打を作ってしまったことへの呵責の念か。陰りを帯びた、落ち込んだらしくない表情。
屋台を埋め尽くす、三人と店主だけのやるせない空気。先程の問答を無かったものとするように普段通り口をついて出たその言葉だったが、ほんの少し頬をかいて、彼はつけくわえた。


「……まぁ、化け物だらけの今も刺激的で充実している。お前に逢って随分とロクな目にあってこなかったが、その分だけ生きている実感をまじまじと感じられる。
そういう意味じゃ、ただただ徒然なるままに生きていた、傀儡も同然だった頃よりもよっぽどましだ。だからお前が余計な事を気負う必要はない」

「随分酔ってるようね」

「ああ、少しばかり飲み過ぎた。だがこうでもないと、こんなことはいえたもんじゃないからな。
私は自分の意志で今此処にいる、それだけは紛れもない事実だ。だからこれからもよろしく頼むぞ、カーラ」

眼を合わせずに、ぽつりとそうつぶやく。魔女は一瞬驚いたような顔をして、それを聞き終わると緩やかに顔をほころばせる。
言ってから恥ずかしそうにガラサキは、そっけなく手を振った。

「酔っぱらいの戯言と捨て置いてくれ」

「りょーかい。明日は二年前の総決算になる、忙しくなるからほどほどにね。じゃ、おやすみ。それとこれからもよろしく」

「分かってるさ」

短く受け答え、座ってあまり時間が経っていないにも関わらず彼女は背を向けのれんを押して夜の街に消えていく。
トーテツが「ありゃま。あの姐さん、でーら大喰らいでんなぁ」と驚いてカウンターを見つめる。出されて間もなく、微塵も無く平らげられた皿が積まれていて、ちゃんと支払いも済ませて魔女は消えていったようだ。余りの手際に警部は呆れかえった。

「あの魔女、一体いつの間に箸付けてたんだぁ?」

「燃費悪い女だろう。実のところ、私にも何時食ってるのかさっぱり見えん」

「……何度も聞くが、人間か?」

「さぁな。奴の契約魔と関係あるのかも知れんのは否定は出来んが、奴が人だろうと化け物だろうと、此処まで付き合ったからには引き返しようもないさ。
私は私のやることをやる。自分を納得させるために、何よりもあの魔女に二年前の借りを返すために。そのためにも、私は戦わねばならぬ」

とんとグラスを起き、上着を羽織ってトーテツに勘定をすませ、「御馳走になった店主」とバベルに向き直って歩きだす。
暗雲立ち込める向こう側、巨大長大な古の塔を見据え眺める警部を他所に進めた足が僅か止まり、彼は振り向かずに言い放った。

「此処から先は人の関与する次元に無い、鬼道畜生に満ちた茨の道だ。引き返すなら今のうちだぞ、妻子持ち」

「今さらはいそーですかって帰れるかよ。今夜は最後まで付きあわさせてもらうぜ」

「フン……度胸だけは人間の割にあるようだ。後で泣いて喚いても遅いからな」













朝の陽光がシーツに反射し、瞼の裏を焼く。

決着の朝だ。

暖かな日の光の中、ロゼッタは目を覚ました。バベルの中腹と言えど、並みの建物よりも遥かに巨大な建築であるがゆえに、それを遮るものは殆ど一切ない。彼女はベッドから跳ね起き、空中に滞空式の簡易空間接続魔法陣をひょいと指先で書き起こすと其処からケースを引き出し、それを開いて中身を取りだした。
ロゼッタが修行の場にしていた東国では、魔物を払う技術が良く発達している。彼らはそれを行使可能な術師たちを「巫女」や「陰陽師」「祓い屋」などと形容するが、
そういった職業の士の人々は、儀式用と思しき古代の着物――民衆のイメージを俗世から離れたものに維持するため、またいざ実際に魔族との戦闘の際に、
向こうの魔術式を通し難くするために加工されたもの――を使う。
過去の文化である着物自体がしなやかでその上うまい具合に抵抗術式が重ねられる丈夫な戦闘装備ゆえ、今でもそれが術師には広く愛用されているのだ。

ロゼッタはそれを丁重な手つきで広げ、素早く着込んでいく。
東国の術者にとって、袴や袖というのは魔族からの攻撃を受ける物として信頼できる耐久性を持っていなければならない。
そのためこれらの衣服は本来攻撃を受け流すにたるだけの柔軟性を持つべく緩やかな仕上がり、着装者に対してゆとりのある設計という基礎概念の元にされている。いざ爪や武器に依る斬撃(悪魔に龍種や武道崩れが未だ蔓延る東国ではこの手の魔族が多い)を受けた際に、表層にダメージを軽減しつつ確実に術者を守る作りになっている。
襟元を織り込んで、脇をしめると久々に袖を通した破魔の戦闘服にぎくしゃくしつつも、早く慣れねば実戦に向かってしまうとぶかぶかの着物で彼女はバベルの外周を走りだした。
八分あたり、バベルの街の正面、巨大な門を見据える高台にくると、彼女は一人の人影ならぬ、龍の影を見つけた。


「うーん、やっぱりすーすーするなぁ。普段から着物もきるけど、戦闘装備だけはやっぱり慣れないや」

「およよ、遅い御起床ですねぇロゼッタさん。それ、和服ですか?ヒイズルの」

「そ。ヒイズルの対魔戦闘装具」

「向こうにも魔女いるらしいですもんねぇ」

「向こうじゃ八百万っていってね。彼らは魔物も神様も殆ど境が無いらしいんだけど、悪しき神様を鎮める時に戦闘するのは巫女っていうそうだよ。それがこっちで言う魔女かな」

「でもヒイズルっていうと白い肌に黒い髪ってイメージですぅ。赤毛だし健康的な薄小麦色だし、ロゼッタさんだと大和撫子もくそもないですね」

「くそ言うなニーズヘッグ。あんたも中身知ってたらその外観は有り得ないっていってやるぞ」

「似合わないのはお互い様ですな」

「――で、なんだ。敵か」

「まだ少し遠いです。しかし10時くらいになれば向こうの砲撃射程に入ります。本格的な戦闘は死霊や人間兵の侵入してくる正午あたりには、恐らく」

「向こうの手に落ちたワイバーンによる侵攻が開始する、か。屍と化したとはいえ、腐っても龍種だ」

「敵の攻勢が維持されれば、なすすべもなくこの街は叩き伏せられるでしょう。ですから、予定通りに彼奴等の魔の手が伸びる前に此方から打って出る必要があります」

「その通りだ、そのための切り札がお前たち三人――というわけだな」

何時から高台に居たのか、割って入ってきたのは死神店長。
余程良く寝たのか、クマはすっかりとれて死神らしからぬ健康的な肌色をローブの裾より覗かせている魔界陣頭指揮者は不穏な気配を身に纏い、本丸に相応しい魔と覇気を放っている。それを見た睡眠を取らせるに至った元凶がにやついた顔で茶化した。

「おや店長、もう起きてきたんですか。昨晩はあんなにお疲れだったのに」

「四半刻も寝れば回復する。それよりもリーゼロッテ、冗談を言っている場合ではないぞ――耳を澄ませ」


死神店長の言葉にリーゼロッテは道化の顔を隠し、目を閉じて意識を地面――それを通して遥か遠くへ向けた。
意識の深淵を地へと吸い寄せ、感覚による索敵範囲を伸ばす。幾つもの地響き、そして軍靴と、無機物とは思えぬまばらな衝撃。
数は――想像していたよりもはるかに多い。巨大なゴーレムが通れるようなバベルの大通りを幾多の兵器と人が満たし、それが向かってくる。

「――少し多過ぎやしませんか」

彼女は目を開き、いつもよりも落ち着いた声音でそう告げた。
死神はそれに対し冷徹を保ったまま返す。

「それを何とかするのがお前たちには可能だと、俺も閻魔も判断した。
やるなら今だ。奴の首を今度こそはねてやりたいところだが俺や白光は動けぬ。本格的に防戦になるよりも先に此方の最も強い駒を敵陣に放り込み、殲滅する。
困難な仕事に変わりないが…やってくれるな、悪名高き神々の敵」

その言葉に、リーゼロッテは確かに確信めいたものを感じた。同時に挑発も。
瞳孔がわっと開き、龍本来の本能を覚醒させる。八重歯が僅かに焔を帯び、歯に砕かれ弾け飛ぶ。
「神々の敵ならば、此れくらいこなしてみせろ」――暗にそう言われた気がした。
この男は、信頼などという次元の低いところで此方の力を頼りにしているのではない。最悪の魔族として、常に頂点を欲しいままにする龍神としての力を見せよと言っている。
望むところだ、龍は何よりも誇り高い。誰よりも傲岸不遜に振る舞い、ありとあらゆるその他すべての弱者を駆逐していく。それが龍に許された権利と力。
それを見せてみろというのは、頼ってくれるよりもずっとやりやすい。何も背負わなくていい。翼を広げて生きていたあの頃のように、ただただ破壊し尽くせばいい。
彼女は大きく七枚の翼を広げ、フードを取り去り、何よりも不敵に鋭くとがった八重歯を見せた。
いつものおどけた仮面を殴り捨てて――少女の顔をした、幾多の時を戦乱と共に経た邪龍は宣告する。
その瞳に灯る焔は、既に道化の欠片も無い、何処までも王者足らんとした生物の残光。
深淵の見えぬ、暗黒を宿した焔。

「分かりました――死を、絶望を、絶対的な搾取者がなんたるかを見せてやりましょう。
人間風情に此処までバカにされるのも久しい。丁度いい肩慣らしです、奴らの小鳥同然の心臓と猿の如き頭に、再び恐怖という二文字を刻みつけるにはいい機会だ。
邪龍ニーズヘッグ、今よりバベルを死守する訳でもなく、貴方がた人にも魔にも肩入れをせず、ただ生ある物の全てを駆逐して回ると致しましょう。
それで佳いですか? 死神の長ザラキエル」

「なに、下手な手加減はいらぬ。存分に暴れてくるがいい。それくらいで無ければ意味が無い」

「了承しました。では参るとしましょう、果ての無き躙滅の旅路に。死骸を積みしあの頃と同じ匂いのする戦場に」

リーゼロッテは翼を翻し平常では考えられぬほど強引にロゼッタの肩を抱いて、遥かに地を見据える高台の端へと誘導する。
咄嗟に掴まれたロゼッタは吃驚しつつも反駁。

「ちょっと待て!カーラはどうするんだ。そりゃあたしでも足りるけどさ――」

「彼女は心配要りません。彼女は喰って寝て、まだ魔力が完全回復していないだけでしょう。もう少し寝かしてやんなさい」

「――この期に及んで楽天的だな!」

「わたしと彼女は、これでも何度か死線を共にしてきているのをお忘れですか?
ロゼッタさん、貴方は彼女を心配し過ぎです。彼女はそんな柔な人間じゃない。戦乱において、どんなに敵に揶揄され罵倒されようとも、どんなに味方からも化け物と畏怖されようとも、彼女は決して揺らいだりはしなかった。彼女はすべきことをします。そういう人間なんです」

道化の仮面が外れた龍神の言葉が、以外にも人間である親友を評価していることに驚く。
彼女は――ただ人間を見下している、ということでもないらしい。
彼女の言う愚かな人間というのは、人間らしさを止めた脆弱な人間の事なのか。
人間らしい、人間のあるべき、本来の――彼女が正体を明かした昨日に言い放つ、何処か引っかかる言葉。
リーゼロッテという仮の名を持つ龍の人間観はどうにも一筋縄で見通せるものでは無いのかも知れない。

その言葉に考えさせられ、暫く呆けていると矢張り飛んでくる言葉、人を小馬鹿にしたようにけらけらと、道化のそれ。
急に現実に引き戻された気になるロゼッタとしては少しばかり気まずい。

「まー、最愛の恋人が四六時中気になって仕方ないっていうロゼッタさんの気持ちも分からんでもないんですけれど? 少しは彼女を信じてやってくださいな」

「うう…それもそうだね…。ってあたしにそんな気は無いって何度言わせるんだこの悪魔」

「好きじゃないんですか?自分にうそついちゃいけませんよ」

「そりゃそうだけど!」

「ひひっ。じゃあ素直になりなさいな。自分の本当の気持ちを一切伝えられずに永劫の別れを迎える事が、どんなにやるせないことか。
若い貴方にはそんなことを知る由もないでしょうけど、貴方にはそうなって欲しくない。誰よりも互いを信頼しあえる仲なのであれば、それは尚更」

「龍ってのは…孤独な生きものなんだね」

「今さらどうしようとも思いませんし、これはこれで気にかける事が少なくて済む。ですが――今この一時だけは、貴方方の友情が続いて欲しいと、わたしの個はそう言っている。
……ほんのちょっとだけ、力を添えましょう。人よ、貴方方は脆く弱く愚かだが――それを乗り越える事が出来る美しい生き物だ」

その言葉と共に、バベルを巨大な重圧が包み込んだ。
地を駆け巡る、深紅の魔法陣。其処から湧き出吹き荒ぶ旋嵐、迷い無く空を穿つは七枚の漆黒の翼。聳え立つ、黒い影。
ロゼッタは圧倒されていた。ひとつの小さな人影の代わりに、塔を覆い尽くさんばかりの巨躯が現れ、蠕動し鱗をはためかせ、幾星霜の時を経て、この世に再び姿を現している。
それも今度は敵としてではなく――魔と人と、相容れない二つのために。

いや、彼女は敵のままなのかもしれない。己のために戦うのかも知れない。彼女にとって、人も魔も等しく塵である可能性は否めない。
それでも、何処までも高潔で誇り高いその生物は、一切の後ろめたさも無くただ一つの街のために翼を振りかざす。
最強生物、神の創りだした究極の兵器。反逆の尖兵。龍の誇りは未だ幾度打ち砕かれようとも決して死滅してはいなかった。


「お乗りなさい」

「へ?」

金色の双眸が振り返り、ロゼッタに声を懸けた。呆気に取られているとまたしても彼女にバカにされてしまうと思うと、ロゼッタはすぐさま迷い無くその大きな背に飛び乗った。
ひどくただっ広く冷たい鱗。それでも何処か安心できる、頼もしさに満ちた背。
微かに笑いながら彼女は巨体に似合わぬ声を伝える。

「龍の背に乗るのは初めてですか」

「滅多に経験できる事でもないだろう? 目一杯楽しませてもらうさ」

「それもそうです。では――さっそく有象無象の合切を蹴散らすとしましょう。 …しっかりと掴まっていてくださいね!」

ぶわっと、翼が翻り風を掴む。暴れ狂うどよめきが全身に響き渡り、数瞬の後に大木のような爪が地から足を離す、巨体が空に舞う。めきと地面に罅割れが入り、悲鳴を上げて煙を巻く。

バベルが傾くよりも前に、一息の間に龍の身体は空に羽ばたき、その影で地を覆った。
遥か眼下に、大勢の非戦闘員も含むだろう魔族や人間が片や驚きつつ、片や讃嘆しながら龍を見送っていた。
その双頭の、片方の首筋にまたがってロゼッタは手を振った。巨大な街を守る門の前にはガラサキや、コンチェルトの執事ベルンハルトも待機していた。
あの二人がこの龍の正体を知ったらさぞ驚くだろう。全てが終わってからのいい土産話が出来た。
そんな光景を羨まし気に見守りつつリーゼロッテがぼそりと呟く。


「…守るべきものは驚く程抱えている」

「そうだ。だからあたしたちは勝たなくちゃいけない。
どっちに正義があるなんて、今はどうでもいい。あたしはあたしの正義を貫くだけだ」

「まーた根性論ですか」

「根性論だってなんだって、明快でいいだろう? リーゼロッテ、あんたを信頼してくれてる人が地上には一杯いる。それだけでも――戦う価値は、あるんじゃないかな」

「ふふん、悪くは無いですね」

彼女は加速した。風を切り、空を切り、長い胴をうねらせ轟々と唸りを上げながらバベルへ向かう地上の群れに吶喊していく。
近づくにつれ、その姿がはっきりしていく。人間にしか開発できないような兵器の群れ。それに混じる、恐らくは飼いならされたり調伏されているだろう魔物の形も。
――どちらにつこうが、決して血を流させずに済む戦いでは無い。どちらにとっても幸福など存在しない。どちらにとっても、痛みを伴う。
それでも、ロゼッタの知っている誰かは、そんな戦いを幾度となく続けてきた。繕うこと無く、ただ己に出来ることを求めていた。

(今度は…あたしが守る番だ)

たった二年の、其処にある全ての禍根。
それのうちどれか一つでも自分に消し去ることが出来たら。いいや、高望みはしない。少しでも分かち合う事が出来たら。
自分はその頃にあった何もかもを知らない。でも、何も出来ないとはまだ決まっていない。
いつかの彼女と同じように、自分も出来る事をやろう。それがこの力に託された意味だから。
そうでなくては、今此処にいる意味が無い。

風流れる中に閉じた瞳を明け、ロゼッタは両手に雷を点した。
群がる有象無象の中心目掛け、龍が下降を開始する。速度は落ちる様子が無く、体当たりでもかまそうとばかりに逆に上乗せしていく。地面が瞬く暇も無く流れていく。
最早雷の塊と化した龍は、地目掛け稲光が如く突貫を開始する。

「リーゼロッテ!飛ばし過ぎじゃないか!?」

「はい?」

「ほら、せっかく空っていう有利な位置にいるんだからさ、火炎弾とか光線とか、そういう飛び道具的なものはないわけ!?」

「あー、無い訳じゃないんですが。アレ意外と加減が効きませんで、ぶっ放したら街ごと焦土にしてしまうかもしれませんので!」

「……ってことは、だ。このまま中央突破か。策もくそも無いな」

「策の通じない、龍本来の無慈悲な世界って奴を見せてやりますよ。さぁ、衝突に備えて。舌を咬まないようにね」

「腹を括るしかないか。行こうリーゼロッテ。あたしらでこのバカバカしい戦を、因縁を喰いとめてやるんだ!」

轟雷の如き衝撃と閃光が街を覆い、抉れた土煙が翻しては空を覆う。
零になる視界を、直撃を前に肉塊と化した無残な魔物の遺骸を、その両手に迸る雷光で炭化させて現れたのは――
二年前の戦乱でその名をとどろかせた、「裂空の魔女」によく似た、小さな赤毛の娘だった。


To be continued [file#11]

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  1. 2011/04/08(金) 02:42:54|
  2. 一次創作
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