野郎共、お仕置きの時間だ

なんのこたぁないダメ強化人間LayeⅡ(らいつー)の独り語散るgdgd生活ブログ なまはげだって少子化で寂しいんよ。

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【Viol Viera】#09

+WARNING+オリジナル小説+WARNING+

・本文は完全一次創作です
・苦手な方はスル―推奨
・以前の話は右下カテゴリの一次創作より
それでは、どうぞ
【Viol Viera】#09









今この瞬間を、リーゼロッテ・メフィスタフェレルは猛烈に後悔していた。

彼女の信条は、怠惰そのものである。最小限の努力で、及第点以上の成果を掴む。否、及第点でなくとも別に構わない。その場をしのげれば、事実それで良い。
別に努力を怠っている、というわけではない。最大効率を考えているだけだ、サボりとか罵倒されるのも、それは理解の薄い連中の事だから仕方ないと思っているし、一種のアイデンティティとすら誇りを持って言える。
そうして生きてきたし、これからもそうして生きていく。生きていく? 何処か語弊がある。存在していく、といった方が正しいか。
死神には生き死にという定義はないが、存在か消滅かの定義ならある。今そこにあるのであれば、それは存在していると言える。
飯を食って、働いて稼いで、疲れたら一日の終わりに意識を途切れさせる。そうしてまた次の日が始まって、その日も存在していく。いつか見る、真の目的を遂げるために。
今彼女は、この瞬間ほど過ぎてしまえば良いと思ったことはなかった。久々に真面目に働こうと思ったら、このざまだ。
何故よりにもよってこいつが相手なのか。
リーゼは深く溜息をつく。そして自分の運の無さを呪う。
死神なのだから、ツイているはずもない。災難事には慣れている。何せ死神なのだから、剣呑ではない仕事など何一つとして無い。
しかしそれでも、もう二度とこんな面倒な奴には関わるまいと心に決めた。
相手の名は、ロゼッタ・エピタフィオン。人間でありながら人智の領域をぶっちぎりで成層圏突破した、化け物魔女ファミリーの最高傑作。
この赤毛の小娘は、人の形をしながらあろうことか獣神の雷をその掌と爪に宿し、豹の如くすばしこくしなやかに視界を駆けた。その軌道を青白い雷光だけが辿っていく。有象無象の生物の視認速度の限界を超え、光の矢と化した彼女は容赦なく上方より五本の焼け付く斬撃を浴びせかける。
見てからでは反応は間に合わない。反撃の余地も無いと即断し、一切の迷いなくリーゼは爪が届く間際に黒霧に化けた。
虚空を切り裂くロゼッタの後ろに再び姿を現し、霧に乗じて一息に槍を突き立てる――しかし槍がその皮膚に到達する間際、彼女の身体は雷光の奔流に融解し、虚しく貫通する槍の股を擦り抜けていく。自分と同じような術式で返されたリーゼは不快感を包み隠さずに忌々しく舌を打った。

リーゼロッテ・メフィスタフェレルは生来の悪魔である。
対するロゼッタは紛れもない人間だが、その根底にあるものは既に魔物のそれを限りなく甘受し、甘受しながらも魔に呑まれることのない曖昧で危うげな境界を自身として確立されている。それが彼女には気にくわなかった。何も蓋をあけられたカクテルの恨みではない。もっと本能的で、感情的な――悪魔の矜持とも言うべきものか。
悪魔と言うのは、自身が悪魔であることに何らかの自負を持っている。他のあらゆる生物を凌駕し得る寿命、叡智、強靭さ。
有象無象の干渉を受けつけぬ超常的な存在。それが悪魔であり、彼女らであり、彼女自身だ。
それなのに、この魔女は何なのだ。
人間のくせに悪魔を受け入れ、その力をあますところなく引き出せている。ちっぽけで脆くて、憐れで愚かな人間の精一杯の努力が産み出した「成果」だとでもいうのか。
人間は中途半端な生きものだ。虎のように鋭い爪や牙も持っていなければ、鮫のように海底を自在に泳ぎ回れもしなければ、鷲のように翼も持っていない。言うなれば裸のサルなのだ。
裸のサルに、それら全ての生物とは遥か次元の違う悪魔の模倣が出来ようか。出来るはずがない。
彼女は何も全ての人間を裸のサルと思っている訳ではなかったが、野性味の一切を隠さずに襲い来るこの小娘に対しては原始的で野蛮な印象を受けざるを得なかった。
高々十年と七つで、魔の世界の全てを掌握したと言わんばかりの魔力を以って、先祖に返ったように原始を振りまく。
そしてその中に、悪魔でありながら人の形を取っている自分を、リーゼは彼女の瞳の奥底に見た。

人でありながら獣の皮を被る彼女と。
獣でありながら、人の皮を被る自身が、鏡のように対になって見えた。リーゼロッテは確信する。そして理解する。これは自己嫌悪だ、と。
確かにまるで鏡映しだな、リーゼはそっと自嘲した。自分に似ているから、なおさら腹が立つ。
自分がけだものであることなど、とうに忘れていたのに。彼女の戦い様は、自身の本来の姿を思わせるからいらいらするのだ。消してしまいたいとさえ思える。
しかし彼女は冷静だった。
これは試験だ。今彼女の中に自分の最も嫌悪する要素を見出だしたからといって、やみくもにぶつかることにはならない。
悪魔らしく感情を抜きにして「合理性」だけを求めれば――彼女に巣食う力の根源、即ち魔にこそ突破口になりうる。自分がそれをよく知っているのならば、なおさらそうだ。
敵を知るには俺をまず知れ――彼女は自分にそっと言い聞かせ、振り切った得物を引き戻し慣性で数歩大きく後退しつつ、大振りに翻しながら、彼女は再び試験相手と対峙した。

試験相手は迸る雷光を煌めかせながら、輪郭をその渦の中に投影した。
これは一種のホログラムだろう。仮に串刺したとしても、また擦り抜けられてしまうに違いないとリーゼは確信する。

表面上は忌々しく舌を打ちつつ、口を開く。
相手は間違いなく自分の「怠惰や慢心」を突こうとするだろう。易々とそうはさせるものか。
彼女は怠惰にして狡猾であり、冷静で計算高く、何より意地が悪かった。苛立ちを胸に収め、そっと口を開いた。


「全身を一瞬で魔力変換、物理的接触の無効化。独りだけ無敵モードってわけですか?ズルくね?」

「実体分解、再構築は何も死神の専売特許じゃないってことさ。蟲か霧か雷撃か、或いはカーラのように黒鳥か。媒体がそれぞれ異なるだけだ。況してや魔女なんて、変化術式はお手の物だからね。実体がないなら、魔力による衝突で魔力そのものを消耗させればいい。私もそうだし、貴方もそうだ。これでやっと状況はイーブンになったというわけさ、違うかい?」

「ちっ。よく勉強してんなぁ…あんまり対策されてるとやりづれぇんですよ、もう」

「終末と再生を司る貴方達は魔界の代名詞だからそりゃ傾向と対策くらい大昔から確立してるって。生きている以上、避けては通れない相手なら――叩きのめしてでも先に行く。
それがエピタフィオンだ。覚えておくといい」

「でもね、試験問題ってのは何が出るか分からないほうが面白いと、わたしは思うんですけどね…優等生ちゃん!」

その言葉と同時に、リーゼの姿が爆ぜた。
幻像が塵に失せ、冷たく流れる風に混じって消えていく。ロゼッタはすぐさま伏せ六感を研ぎ澄ます。四方八方の何処にも彼女の気配はない。
逃げた?それはないだろう、自信満々に挑発した次の瞬間に逃げる奴はいないし、そうでなくとも彼女は試験官だ。最後まで結果を見届ける義務がある。
新手の術式かも知れない。ただでさえ彼女には、何故であろうか気配が存在しない。実体がないのだから、後は殺気や魔力出力などで逆探知するほかないということか。
なんとも相手にし難いのは、死神という奴らか。これなら三途で出会うのも願い下げだ。生きているうちに逢いたいものでも、決してないだろう。
そうこうしているうちに、不意に何かが飛んできた。白刃だ、気が付いた時には身体を突き動かし、地面に縫いつけられる無数の刃の間断を縫うようにロゼッタは駆けた。
地面に擦れそうな位低い姿勢で放たれる刃の隙を抜け、それらを発していると思われる虚空に爪を突き立てる。風神の引き起こす爆風が跳躍に加速を付け、
小さな手に溢れんばかりの雷光を握りしめ、叩きつける。

「もらいっ!」

左手で引き裂き、右手で殴り伏せる。虚空にも関わらず、手ごたえがあった。空中に霧が姿を現し、引き裂かれた斬痕を残して消えた。

「…やったか!?」

「はっずれー♪ やったか、は厳禁ですよぉ?」

背後からの声だった。振り向く間際に、懐に鈍い痛みを覚える。肉を裂く白銀の投擲ナイフが見えた、次の瞬間には雪崩れ込むナイフの雨をもろに受け、ロゼッタはハリネズミになって地面に転がった。確かに手ごたえはあったはずなのに、何時の間に後ろに回り込んだ?確かに魔力は威力として通した筈だ。状況が全く把握できない。この事態は不味い。
本能的に体勢を持ち直し、傷口から血が滴るままロゼッタは後方に飛び返った。
強烈な速度と慣性を維持し続けたせいか、飛躍の後に衝突するパンプスが石段と摩擦して明るい火花を上げた、血飛沫が床に綺麗な放射を描いている。自分の背に刺さるナイフを引き抜く。
ずると、背骨と肉と鉄が擦れ悲鳴を上げた。寸断された筋繊維が弾かれて噴き出、忌々しいナイフを石段に打ち捨てると乾いた音が鳴り響いた。途切れそうになる意識の中、ロゼッタは魔力を総動員させて傷口の修復に当てる。未だ元気一杯に跳ね起きて死神を見据えると、そいつはけらけらと楽しそうにあざけ笑いながら、宙にくるくるとステップを刻んでいる。

「やー、危なかったです。紙一重って奴ですか。ひひっ。
一発って提示したけど、あんなもん一発も貰ったら即蒸発でこの世とおさらばじゃないですか。もうちと手加減してくれてもいいと思いますけどね」

「…死神には手を抜くなってのが、家と敬愛する小さい方の姉上のお達しでね」

「おお怖いこと。でもま、貴方の弱点はハッキリしましたし。唯一攻勢に出ている時は実体化しちゃうみたいですねぇ。あのエピタフィオンがナイフでざっくざくの黒ひげ危機一髪になって、襤褸切れ同然に床に転がってるとか記念撮影すればよかったです」

「……悔しいけど。やっぱり一筋縄ではいかないか。動作自体は緩やかなようでその実キレがある。頭の回りはかなり速いようだし、術式も洞察も素晴らしく的確で迅速だ。
参ったな…さては全然下っ端じゃないね貴方。恐ろしく手強い、死神の中でも階級詐称ってのは居るんだな。感心したよ」

「どうします? お手上げですか? そうして頂けると試験はそっこーで終わってわたし楽チンなんですよ」

「まさか。あたしはエピタフィオン――西の最終兵器の異名、看板に偽りない事を証明してあげるよ。
貴方が恐らく上位の死神であるように、あたしもまた上位の魔女だ。エピタフィオンに相応しい応酬を披露すればいいんだろう?その眼を決して閉じるなよ、試験官殿」

「おほほっ。こえー魔女さんです。カーラさんは向こうでギタギタにされてるから、試験の合否は貴方次第って訳ですね」

依然リーゼは余裕を途絶えさせない。
ロゼッタはそっと、指を折り曲げた。雷光が隙間を駆けパリパリと呻きを上げている。
臓腑から逆流し口にたまった黒い血を吐き捨て、手でぬぐい一歩一歩死神の幻像ににじり寄る。
見習い死神だと?階級詐称も甚だしい。こんなもんがそこらじゅうに居たら、死神は恐らく魔界一幅を利かせた職として闊歩しているだろう。
彼女がそれ相応の力を持っているにも関わらず見習いなのには何か理由がありそうだが、今はそれを探求している猶予はない。
一発、一発でいい。なんとしても叩き込み、試験を突破して見せる。此処からは意地だ。
途轍もない試験官をあてがわれた以上、易々と妥協は出来ない。エピタフィオンの名にかけて、なにより義姉の名誉にかけて。

ロゼッタは瞳をそっと閉じた。
深淵の暗闇、感覚だけの世界。六感に彼女は矢張り映っていない。こうなれば――東洋で言うところの心眼という奴にでもすがってみたい気持ですらある。
再び瞳を開けるとき、彼女は死神以外を瞳に入れまいとそう決心した。

魔は澄んで、ロゼッタの瞳に獣を宿した。視界は色を無くして流れ、死神と自身だけの世界を映し出した。これでいい。戦闘に必要なのは、特に搦め手を得意とする相手を敵にした時に求められるのは真贋を見極める洞察力だ。何にも揺さぶられぬ、絶対の境界を見定める力。
他に何も見えなくていい。ただの一発、全力を以ってぶち当てる。それだけだ。

「カーラは、負けるだろうからね。あたしがしっかり…しなくちゃ。
貴方に一発ぶちこめばいいんだろう。簡単なことだ。何十本何百本それを飛ばそうが、あたしが一発ぶち当てればそれでいい。シンプルで良いじゃないか。
さぁやろうぜ、リーゼロッテ・メフィスタフェレル。忌際の使い、終焉の象徴。循環を司る具現化した生と死よ。あたしは貴方を恐れはしない。逃げもしない。敬意を以って相対しよう。人か魔か、現世に勝ち鬨を上げるのはどちらの事実か。今こそ決着を付ける。人生の最大最強の命題に向けて、ちょっとばかし駆け足での証明の時間だ」

「…あなたにそれが出来るんですか? 高々、人間の生み出した人智の結晶風情で。私達と同じ次元に、対等に立てるとでも?
一発、といった筈です。或いはそれすらも出来ないかも知れない。否出来ないのが常識的です。あなた達にはそれが限界なんです。其処から先は脚を踏み入れないほうがいい、絶望は知らないほうが幸せだ。人間は死を意識しながら生きるには脆すぎる。
死を打ち破れる?逃れられる?克服できる筈ないじゃないですか。本気ですか?
死は誰にでも訪れ、其処に容赦や条件なく有象無象を絶対搾取していきますよ。生きている以上は何れ死ぬ。盛者必衰です。貴方は、いや誰であろうとその因果律から逃げ切ることは出来ない。させるはずがない。余り奢るなよ人間」

死神の目に、嘲りが消えた。 其処に残された、死神の立場からの濁り無き生命論。
魂魄の循環、世界を構築する「流れ」の絶対行使としての、絶対の自信。
それに対し、ロゼッタはあくまでも快活に返した。

「やってみないと分からないよ。相手が死神だろうが、エピタフィオンは揺るがない。何れ滅びる運命であっても、滅びをのうのうと受け入れて生きるなんて死んだと同じだ。
生きるために滅びに対抗する。やれるならやるまで、やれないならやれるまでやるだけだ。簡単だろう」

それを聞いて、死神の顔からふと威圧が消えた。
代わりにいつもの、飄々とした笑顔の仮面がリーゼの顔に再び戻ってきた。
拍子抜けして、思い直す。どっちが生来の姿なのだろう。恐らく、どっちも偽物の彼女だということはない、そうロゼッタはおぼろげに感じていた。
儚く微笑んだ後に彼女はいつものように、小馬鹿にした笑いを携えて何処かの古い句を紡いだ。

「Carpe diem quam minimum credula postero」

「…なんだって?」

「明日は必ずあるとは限らない。今日のうちに限りある今を摘め――死は何れやってくるのだから、今を楽しめ。
大昔の神を信じるおバカな人々は、こう謳ったそうです。なんとも享楽的な言葉ですこと。
明日を考えずに今を生きろ、今のために限りある生を楽しめ!まるで死神の存在を無視するかのような、いやー腹が立ちますね。実に不愉快で、実に人間的だ!
呑み明かして踊り楽しもう!そんなやつは髑髏と踊らせてやるってんです。しかし、今を充実して生きることはちっぽけな人間の何にも代え難く、人間を人間たらしめる因子のひとつに他なりません」

「何が言いたいんだ、貴方は」

「…ふふっ。貴方のその考えこそが、本来人としてあるべき前向きさということですよ。根性論と挙句メメントモリときました。やっぱり石頭でおバカですね。単純そうで羨ましい。あなた方のそういうところは、バカっぽくてどこまでも前向きで、嫌いじゃないです」

「バカバカって、なんか見下された感じで気分悪いなぁ。まぁいい、そう思うんだったら、そろそろ遊んでないで本気出してほしいな。
今の貴方は、虚像でしかない。あたしを相手に、未だに人の形を取り続けている。本当の貴方は此処にはいない。
距離を取って、関わりあって血を流すことを恐れて、常に傍観者でいる。死神らしい割り切りだ。
幻影だよ。幻影だけであたしに勝てるなら、別にそれで構わない。でも全力を出し切らないで負けるんだったら、あたしは多分貴方を本気で叩き潰す。虚像から貴方の本体を引き摺りだして何が何でもブッ潰してやる。
虚像を捨ててかかってきなよ。何も怖くない…それに逃げないって言ったろう?あたしは此処に居る。何処にも逃げないよ」

「…あんま暑苦しいの得意じゃないんですけど」

「あたしさ、近いうちに神様ぶっとばそーとか、そういうバカげたこと考えちゃってるから。
死神様でリハーサルと行こう。だから貴方も本気で来てくれると、嬉しい」



暫くの沈黙が、二人の間に流れた。
挑発のつもりで投げかけた言葉も、リーゼには恐らく此方だけが馬鹿に熱くなっているように映るのだろうな、とロゼッタは内心諦めつつも、拳を交える用意をする。
彼女は倦怠の塊だが――同時にひどく冷静だ。まともにやりあっては全てが幻像に擦り抜けられてしまう。
本体を引き出すかしなければ、彼女の先程のトリック、実体に酷似したダミーを看破出来る可能性は随分と低い。自身の可能性を踏まえて、なお勝ちを見出ださなければこの場をしのぎ切れまい。乗ってこなければ、先程通り苦戦必至で挑むしかないだろう。それはそれで仕方のないことだ。
そう思い切り、深呼吸をし拳を向け、じりと石床を蹴ろうとしたそのとき。
リーゼが、深く溜息をついて、顔を上げた。

「…サボり常習犯のわたしに、本気で来やがれさもないとぶっ飛ばす、そう言いたいわけですか」

「ええと、ちょっと乱暴だけど要約するとそうなる。どうかなリーゼロッテ?あたしは貴方の本当の姿が見たい。死神とガチンコ勝負だなんて、金輪際ないだろうからね」

「面倒な奴に、からまれちゃったもんです…」

「あたしと対峙した自分を呪うんだな。どうする?全力を出すなら今のうちだ。あたしに容赦とかそういったものは一切ない」

「いささか脅迫じみた交渉ではありますが…いいでしょう。
ただし、後悔しないでくださいね。あなたが見せろといったから見せた、それだけです。責任は一切、取りませんから♪」

楽しそうに、人差し指を振るう。
その言葉と同時に、地が揺れた。
すぐさまロゼッタは視線を足元に向けた。石が底なしの闇渦を巻いて、ぽっかりと空洞を開けていた。地に紋様を描き媒体として空間を接合させる、死神の得意技だ。
気付いた時には歪みが足元に迫り、途端にロゼッタは付く足場を失って、虚空に投げ捨てられた。境無き闇に、何処へとも知れず落ちる中、空を切る死神だけが落下の最中においてなお愉快そうに転落を満喫していた。
誘っているかのように手を翻し、一言、そうして無限の闇に消える。

「不思議の国へようこそ、ロゼッタさん――尤も、此処では命の保証など、出来たものではありませんけどね!」









【Viol Viera】

―Witch of Unkind―

―aberration hunting file#09―

[Witch and Nidhogg/Leiselotte]



















いつ底まで来たのか。それは分からない。しかし気がつけば闇は晴れ、白が占拠する空間にロゼッタは居た。
雪と霧と、白い闇だけの不可思議な空間だ。彼女は足元を覆う雪に触れ、皮膚に乗せて齧ってみた。舌の先で溶ける雪は確かにそれそのものだったが、
冷たさの一切を感じられなかった。此処は仮想空間か、或いは次元の狭間に位置するリーゼロッテの創りだした世界なのだな、と彼女は直感的にそう感じた。
あの死神は何処にいるだろう。彼女は歩みを進めると、霧は進路を取る様に道を譲った。大人しくその隙間を縫って行き暫くすると、結晶の円卓の上に出る。

円卓の上には、巨大な何かが居た。
霧に阻まれてよく見えなかったが、それはとぐろを巻いていた。人の丈をゆうに超えそうな鉄の枷に捕われた、はちきれんばかりの逆立つ鱗。
枷や鎖など何の意味もなさそうな丸太と見紛うばかりの胴体は二つあって、白と黒のとぐろがそれぞれの頭に繋がっている。
根元ではそれらが複雑に絡み合って、ひとつの複雑な――四肢と言うと語弊があるような、肉の塊を生み出している。其処から生える七つの羽根は紛れも無く、
何千年と言う時間を費やして生育した――龍のそれであった。

双頭の龍。
最早この世界には存在しないといわれる程の、時空の遥かかなたに滅んだ筈の種族。
ロゼッタも龍種は小型のワイバーンくらいしかその目で見たことがないというのに、眼前に野臥せる巨大なそれは現存する種のどれよりも大きく、どれよりも偉大な龍神と言って差し支えのない様相を今だ保持している。口許からは黒い炎が溢れだし、今にでも消し炭にしてやらんと言わんばかりの敵意をロゼッタに向けていた。
足が恐怖で震え、膝をついてしまいそうな威圧の中で、彼女は歩みを進める。龍の息吹が凍えるように冷たく、もう片方の息吹は焼け付くように熱い。
その先に、双頭の龍の顎先に、矢張りその人物はいた。

「…おったまげたね。まさか龍神級の個体とは…正装でもしてくるべきだったか」
「ヘンな気を使わなくていいですよ。これは"わたし"ですから」

反射的に、平然とそういってのけるリーゼの眼を注視した。その奥に、うそで塗り固められた痕跡はない。まっすぐと、今まで見た彼女のどれよりも真摯な眼差しで威厳すら覚えた。
千里眼を通してみても、死神の魂と目の前の龍神の魂に一遍の際はなかった。成程、とロゼッタは思う。先程炸裂させたのは分身でも何でもなく、「幻像」を二つに割った、いわば自分自身をダミーにして食らわなかったようにみせかけた、いわばブラフである。そうすれば魔力衝突の手ごたえがあったことも納得がいくし、魂を自在に別けられる双頭であればこその芸当でもある。
薄々気が付いていたことが、現実となって目の前に在る。この娘は死神見習いでもなんでもなく、古代から遥かな星霜を生き延びてきた龍神の仮初めの姿なのだ、と。

「龍神ってのは、とうに滅んだと聞かされていたんだけどね」

「いつの世も例外と言う奴はいまして。終末戦争以後、とんと数自体は減りましたがひっそりと生き延びていますよ――わたしのように、仮初めの肉体を持って、ね」

「何故身を偽る?貴方程の個体となれば、何も恐れることはないだろう」

「力だけでは何も解決しません。人間と言うのは、本当に幾ら叩きのめしてもきりがない。
斃しても斃しても、必ず後を追う者があらわれる。そして自分たち以外の全ての種を恐れ、迫害する。否、自分たちと同種であっても受け入れることも無い。
幾ら強くとも、幾ら彼らにない力があろうと物量と執念の前には無力です。あの地上に居る限り。わたしたちはいち早くそれに気づき、彼らの立ち入れない世界での繁栄を目指した。
つつましく、ささやかに――されどいつの日か再びあの世界に返り咲くことを夢見て、世界に尖兵を使わしている。人の姿に身を窶して」

「……何が目的だ」

「別に?大したことはありません。繁栄、支配。それだけ」

「報復か」

「まさか。そんなくだらない、刹那的な感情では龍は動きません。我々はあなた達よりも遥かに考える時間を持っている。
彼らに勝てないことは我々が良く知っている。出来るなら共存、出来ないなら敵対。
何れにせよ、多くの同志たちは人を許さないでしょう。ならば自ずと、敵対しつつ存続する膠着状態が望ましくなる。ま、あくまでも一方的に均衡を保つ積りではありますが」

「貴方達が本気になったら、この世界なんか七日で灰になるぞ」

「別に構いませんよ。あなた方を排斥出来ればそれでいい。世界を灰にした後で、じっくりと次の世界を練り直せばいい。思うに人は思い上がり過ぎるのですよ。
人より強い生き物など、この世に幾らでも居る。そろそろ彼らには怯えるための脅威が必要だ。怯え竦み、天敵に畏怖し己を思い起こす自制が。
自分たちがあくまでも生物の一種族に過ぎない事を、思い出す必要がある」

「神の役割を貴方方が負うとでも言うのか」

「神? いいですねぇ。それも悪くない。龍は神を殺せるだけの力がある。
本気でこの世界が欲しいとは思いませんが、人間たちにはそろそろ引っ込んでもらう必要がある。
エピタフィオン? あなたは神を斃すおつもりでしたね?
わたしちーっとばかり嬉しかったんですよ。成程こんな馬鹿げた考えを持つ者が、人間の中に居たのか、と。
あなたは別に人間の繁栄とか、神を斃してどうこうしようなんて考えちゃいない。そういう単純な理由を、わたしたちは共有している」

もう一度、目が合った。
言わんとしていることはなんとなくわかった。神殺しの手伝いをしろ、つまりそういうことなのだろう。
古より龍神の関わった戦は、その全てが想像を絶する殲滅主義に見舞われている。彼らが火を吹けば大地は死に絶え、生き物は見境なく炭化する。爪痕は地形を抉り、翼の閃きは海を覆させる。単騎で国ひとつをゆうに崩すこの超常的な戦力は、その気になれば神をも屠れるかもしれない。
しかしその持ちかけは、自分が人間という事実を完全に無視している。
歯向かえば消されかねない。しかしロゼッタにはその考えが、目指すところは同じであれど絶対に許せないものだった。

「…なんとなく言いたいことが読めてきたぞ」

「どうですかね?あなたにも悪い取引ではないでしょう? エピタフィオン、あなたの力あれば、何も不可能ではない」

「だが、其処には一つミステイクがある」

「あなたが人間であること、ですか」

「そういうことさ。エピタフィオンは魔女である以前に人間だ。あたしはあたしの意志で神を屠る。
やることが貴方と同じでも、龍の世界を許すわけにはいかない」



リーゼは、はぁとまた溜息をついた。分かりきった答えが返ってきて、決裂した、それだけのことだ。
淡い期待が泡に消えた。何も予測していなかった訳ではない。ただ少し、残念だった。
久々に、活きのいい奴を見つけたのに、もう千年もこういった奴は出ないだろうなと彼女は思う。
消すには惜しい人材だ。
だが――此処まで持ちかけてしまった以上、ある程度の対応に出るしかない。

「…残念です。本当に、本当に――あなたほどの逸材を、この手で消さなくてはならないなんて。
本当に、悲しい。さよならロゼッタ・エピタフィオン。あなたの死を、わたしは無為にしない」

「あはっ、やっぱりそうくるか。いいよ、かかってきなリーゼロッテ・メフィスタフェレル。御隠居には引導を渡してやる。神話はいい加減この世界から退場すべきだ」

「あ、ひとつばかり訂正が」

「まだ何かあるのか」

「ごめんなさいね、何度も嘘ついて。ではお詫びと言ってはなんですけども、いい加減わたしの本当の名を教えましょう。
"ニーズヘッグ・メフィストフェレス"――それがわたしの本来の記号。名。この世に残された、わたしの痕跡。
無限の闇の奥底、ニフルヘイムで死者の血を貪る龍の名。以後お見知りおきを。そしてさようなら」

彼女はそっと呟き、龍の頭を撫で、次の瞬間には霧へと消えた。
時同じくして龍が紅蓮の吐息を吐き返しながら、上半身を起こす。
金色に煌めく双眸が二対、龍の首は擡げられ、ロゼッタへと殺意を備えて向き直る。足場が大きく揺れる。
今までに見たことも無いような巨大な影が、眼前を覆った。
武者震いをしながら、ロゼッタは拳に雷を点す。
そうして巨大な敵影を見据え、吐き捨てた。
頭の中では、大昔に読んだ神話の中の、神に戦争をふっかけて滅びた筈の龍の名が反芻される。
ニーズヘッグ。遥か天空の神々を相手に戦乱をけしかけ、楽園の神木を塵と化した、天界への反逆者。
奈落の底に落とされし末路を辿った、憐れな邪龍。目の前にある、双頭の龍神そのもの。

「ニーズヘッグ?
嘲笑する、光無き虐殺者――ラグナロク終末戦争の生き残り、神の敵対者か。なんてこった。何処の文献にも雌とはかかれてなかったぞちくしょー…!
まさかこんな所で、神様に喧嘩を売った超有名人と喧嘩するとは思ってなかったよ……あはは、膝が笑ってきやがった。
いいよ、すごくいい。貴方をぶちのめしたその瞬間に、あたしは神殺しの資格を得られると来たもんだ。もう試験なんてどうでもいいな、こりゃ」

「仮初めの姿、悪くなかったんですけどね。しがない店番ってのも、割と楽しかった。あー。店長ともう少し仲良くしときゃよかったかな?」

「おいおい、今から負ける気全開かいニーズヘッグ? 伝説読む限り貴方はそんな柔じゃない筈だが」

「まさか。滅ぼしてあげますよエピタフィオン。
お子さんは? 遺産配分は? ってああ十七だっけ。その歳であるわきゃないっすよねぇ。するってーと手塩にかけた一人娘が死んで、歴史ある魔女の名家エピタフィオン断絶かぁ。あーあ。もったいねーの。つってもあんたレズビア」「違うから!」

「折角真面目にやってんだから突っ込まないでくださいよ」

「だって貴方が、何、何言おうとしたのさ! あたしそんなフケツな性癖じゃないからね! 絶対認めない!」

「…認知しないつもりだ。この期に及んで、まだしらばっくれるんですか?言っちゃいなよ。愛してるって言っちゃいなよ。どーせみんな知ってるんですからね。
当人間が幸せなら別に何もいいませんよ、何も…ひっひっ」

「うぅ…この悪魔! 死神! 邪龍神! ひとでなし!」

「全部事実ですから別に罵倒にもなりませんや。
でもま、いっか。龍の敵は神のみが許される――あなたは既に人の領域を逸した。
さぁ、終末戦争以来久々のお相手です。頼むから一発で炭化しないでくださいよ、面白くないから!」

「口調まですっかり人間に染まってらこの邪龍。まぁいいさ、来るなら叩きのめす――相手がだれであろうと、ね!」

鎖を引き千切り、龍が起きあがる。結晶の足場に罅を入れながら、龍は大きくその姿を持ちあげ、翼をありったけ引き延ばして空を覆い、劈くばかりの咆哮を上げた。
ロゼッタは毅然として踏み込み、ありったけの魔力と共に風神と雷神を身体に流し込む。みるみる間に獣の魔が全身を蝕み、全視界を染め上げる雷光が包みあげ、容赦なく獣神化を進行させていく。
獣神と龍神。終末戦争の再来だ。相手がだれであろうと、持ちうるすべての魔を叩きつける。
そこまで考えて――少しだけ別の思惑がよぎった。
自分を救ってくれた、自分に価値を与えてくれた、大切な人。義姉で、親友で、最愛の標的――
もし帰れなかったら。そんことは考えたくない。それでも。
そっと、仮初めのお別れを告げた。


「…………カーラっ」


「もし帰れなくなったら…ごめんね…!」





































姉の目を、こんなに冷たく恐ろしいものと感じたのはいつからだろう。
昔はそれほどまで、仲は険悪ではなかった。ある程度までは普通の姉妹として付き合ってきたし、事実お互いにそう感じていたに違いない。
成績優秀で、厳しいけれども優しい姉だった。憧れすら感じていた。自分も大きくなったらああなるんだと、てっきりそうとばかり思っていた。
大きくなって、視野が拡がってからだ、こんなにも姉の影を疎ましく感じたのは。コンチェルト家の長女であり才覚に優れ、人望も厚く誰よりも鋭く踊る様に華麗に細剣や軍刀を振るう姿を、憧れという純粋な気持ちで見れなくなったのは。
異母姉妹と言うわけでもない。同じ両親より同じ遺伝子を持って生まれているはずなのに、どうしてこんなにも違うのか。
自分には姉のように、優れた頭脳も、際立った才能も無い。誰かを惹きつけるような魅力もカリスマも無い。
唯一勝っているとすれば、腕っ節くらいだろう。女の身では余り自慢できたものではないが、それすらもあの姉上の盾となるそれだけのために開発された能力でしかない。
姉が居る限り自分は二級品以外の何者でもないという感覚が心の底から湧きあがる。何とも言えない、正体のわからない、それでも疎ましい感情。
焼け付くような劣等感に引き裂かれそうになる。魔女は感情に支配され半ば身体に振りまわされるように刃を向けた。



吹き荒れる刃と光の嵐を前に、魔女は二振りの巨刃と、自身と存亡を共にした残留思念の集積からなる悪魔を盾に構え、
形のない暴力の群れを正面から受け止め、瀑布にのけぞりながらも弾き返し、オーケストラの布陣を再度展開し実姉に肉薄させる。
軋みを上げて連鎖する楽器達が曲線を描きながら空を裂くが、目標は地との僅かな境に滑り込み軍刀で一閃。かわしながらも頬を掠める冷たい刃、思い出したように深紅が流れる傷口をそっと舐め、魔女は再び刃を構えなおした。
全身に大小無数の切創を浴びながら、なお未だ闘志冷めやらぬ好戦的な魔女に対し、リディアは半ば呆れ混じりの呟きを投げかける。

「…今日はよく動きますね」

「ロゼの前で、不様な姿を晒せと?御免被るよ。そうでなくとも姉上、あなたには突き返すべき借りが嫌ってほどあるからね。
…簡単に斃れてくれるなよ? リディア・カサンドラ・コンチェルト。まだ証明は終わっていない。
私が振るう刃はコンチェルトのためでもなくあなたのためでもない。自分自身のためにある。それを分からせてやる」

「そうして、個人的な障害である私を排除する、と。私怨で私を斬る積りですか」

「あなたはそうではないとでも?」

「私が振るう剣は私怨などではない。カーライア、貴女には恐らく分からないでしょうね。
そしてそれが理解できない限り、貴女に私は斃せない」

「聖人みたいな戯言を聞くつもりはないわ、白光。口ではどんな清らかなことも言える。振るう剣に一切の自身が入っていないのであれば、
あなたはその剣に映る私すらも、自分の妹として見えてない筈だ。勿論、こちとらただの駒になるつもりもないんでね。
いつまでも姉上がお高く止まっているつもりなら、引き摺り下ろしてギタギタにぶちのめすまでだ。
目の前の事実を、此処に居る私を相手に剣を振るえ。いつまで幻想を追っかけてる」

「…等身大の私を見て、とでも言うつもりですか」

「そこまで綺麗な話でもないわ。目の前の敵を見て剣を振るえ、ただそれだけ」


暫くリディアはある程度の間合を取ったまま、そっと軍刀を鞘に戻した。
その挙動は相も変わらず目にも止まらない、風のような流れで行われたが、ただ一点、その双眸にのみ深く思考する痕跡が見られた。
魔女はオーケストラを全展開させながらも様子をうかがう。
次にリディアが動いたときに、その眼光は過たず魔女の瞳の奥を射抜いていることに、魔女はあくどさの一切を隠さず笑みを浮かべた。
姉のかたくなさは誰よりもよく知っているが、それでも姉は自分の何処かに非があると思えば全力で修正しようとする。完璧主義者なだけに、だ。
プライドが高く、人の意見を受け入れてよくしようと思う規範的意識故に、彼女は誘導しやすい。
そして彼女も、それを分かった上でそうふるまっている。こうなれば正面衝突するだけだ、後はなるようになる。

「自分自身を敵と、表現しますか…貴女は昔から、何も変わりませんね。いつもそうです。何処までも意地が悪く、狡賢く。そして一度自分で決めてしまったことは、最期まで何があろうと貫こうとする。
頑固で、性悪で、不屈と言うか反骨精神が旺盛で。一体誰に似たのでしょうかね」

「お褒めに頂いて光栄ですわ」

「本来であったら認めたくはないのですが…成程、貴女の言うことにも一理ある。
それではしかと見せてもらいましょうか。私は目を逸らさずに、貴女に相対しましょう。
貴女が自分で勝ちとるというその道筋を、コンチェルトでも無く、自分のために使うというその力が、はたしてそれに値するのかを――。
私に示して御覧なさい、カーライア・セシリア・コンチェルト!」

宣告と同時に、リディアは軍刀に手を掛け、目にもとまらぬ神速で切り返す。
刀の軌跡が白銀に煌めき、眩い反射を繰り返して純白の嵐に膨れ上がり、魔女の居る座標に襲い来る。
速度で勝てないことなど、元より承知だ。魔女はそれを嫌という程分かっていた。だから、敢えて無駄な回避すら念頭に置かないと決めた。
迷いなく、オーケストラの隊列を前列に揃え、衝突に備える。迫る白光の群れ。眩く輝く、具現化した光源の衝撃。
軋みとぶち当たる衝撃音が紡がれた盾に響き、光の轟風が背面へと吹き飛んでいく。オーケストラの結合が際限ない刃の嵐にさらされ、少しずつ瓦解を始める。
足元がじりじりと意に反して後退し、視界が徐々に光に呑みこまれていく。頬に迸る無数の刃が皮膚を裂き、空気に還っていく血の雫。

相も変わらず容赦のないお人だ。そっと笑う。
そして今にも気を抜けば消し飛んでしまいそうな猛攻の中で、魔女は先程のやり取りを思い出す。
盾で剣に勝ちうるのか、という問いだ。姉は当然の如くそんなことがあるわけがないといった。理論の世界なら何一つ間違ってはいない。
そして自分は、コンチェルトに盾となるように育てられた。前衛で、重い得物を手にあらゆる脅威と克ち合っても生き残れるように、そういった「兵器」として機能するように。
其処までは紛うことのない事実だ。今さら否定もしない。
しかし、決して自分はコンチェルトの教えだけに沿って、あらかじめ敷かれただけのレールに沿って生きていたわけではない。

ロゼッタとの邂逅だって、蟲を使う同僚との出会いだって、今右手に握りしめる魔剣の持ち主にそれを託されたことだってコンチェルトに、姉にそうしろと言われてそうしてきた過程ではない。盾として生まれ、盾として生きてきた。それでも、自分の今を紡ぐのは全てが予見されたことではなく、自分自身で選びとってきた道筋の端々に散りばめられた因子だ。
今振り向く程長い人生でもないし、そこで終わらせるつもりもない。これからやることも沢山残っている。それでも、自分は必ずしも思惑通りの道筋を辿ってはいない。
盾に棘が付けば、それは既に盾ではないとも言える。盾を当てて剣をへし折ることも不可能ではない。細剣のように、紛れの無い純粋培養の姉との違いは其処で、それが強さだ。
姉はその生き方に誇りを持っている。自分は違う。たったそれだけ、ただのそれだけでいい。
お互いのことなど、とうに知りつくしているのだから。

全膂力を振り絞り、魔剣を振りかざす。壁の如く聳え立つ巨大な刃が、風を穿ち無に帰す。
吹き荒れる、視界を殲滅する「白」が凪いだ。停止した世界の向こうに、僅かにリディアの冷たい目が一瞬揺らぎ、ほんの少しだけ、温度が宿ったようにみえた。
開けた進路目がけ、石床を蹴る。食い入るように、ただひたすらに。その瞳に向けてただひたすらに駆ける。

数十歩の道のりが、僅か数瞬のシーケンスが、永劫の道のように遠く感じられた。
一歩一歩、全霊を賭して地を蹴って、それでもまだ。遠く及ばない。届かせる。全身を傾け、風を引き裂いて肉薄する。
お互いの目の奥が見える至近に相まって、姉は微塵も脚を動かせる気配なく流麗な金髪を翻し軍刀の柄に手を掛け。するりと引き抜く白銀の鏡。
魔女は地を揺るがしかねない超重の刃を振るう。

音の無い衝突。
互いの瞳の奥に、何処か快い光を見出だし、互いに自分のやり方で刃を叩きつける。影が交差し、静寂が訪れた。
一瞬き程の瞬間にこの穏便に事を解決できない天の邪鬼な姉妹の抗争は、解答を導き出すことが出来た。
背越しに、遅れてきた言の葉が風に乗ってやってきた。

「本当に、貴女は何時だって意地悪だ、姉上。結局、ぶちのめせなかった。勝ち逃げか…」
「それはお互いさまでしょう。さて…一発は一発、でしたわね」

「お見事です、カーライア」
そこまで聴き届けて、魔女は満足そうにその場に斃れ込んだ。










頬に僅かに掠り付いた傷を舐め、リディアは軍刀を仕舞う。
振り返る、ロゼッタ達はまだ死神の空間から出て来てはいない。実妹の方を見れば、懐から流れ出る尋常ではない血液が床を汚している。
それでも、満足気な横顔だけが平穏にすーすーと血の海の中で寝息を立てていた。常人であれば何事かと思うだろうが、彼女は睡眠中は再生状態のようなもの、何度も見ている光景だけに別段驚きもしない。喰って寝れば回復し、体力という残燃料分が切れたら斃れて寝て再生を開始する。その分かりやすい永久機関は、コンチェルトが何百年も掛けて編み出し、二十年掛けて彼女に紡ぎつくした、傑作とも言うべき不死身体質を構成している。
しかし、仮に兵器に近い生き物であっても、なんだかんだ言っておいてもやはり兄弟姉妹というものは意味を失わない。
天の邪鬼で意地悪く狡賢く、自分というものを大事にし歴史のために消費することを良しとせず、そして今というものに全てを懸ける。リディア・カサンドラ・コンチェルトという今此処に居るもう一人の魔女には出来ない生き方が、目の前に突っ伏して寝る能天気な女にはそれが出来る。
なんともバカバカしく、羨ましいことか。今この瞬間は、リディアは妹の考えていることが分かった気がした。

否、随分と昔から分かっては居たのかも知れない。そしてそれが羨ましくて、認めたくなかっただけなのかも知れない。いい歳しながら素直でないのはお互いさまで、
こうして喧嘩をしている時だけが、お互いに自分の気持ちをぶつけられる瞬間なのかも知れない。それはそれで、別に悪いこととは思わない。
人より丈夫に出来てるんだから、喧嘩だって多少過剰になってもいい。妹だったらそういうだろうが、大人になると暴力を減らしてなるべく温和に解決したくなるというものだ。
ただ――こういうときくらいにはお互いに昔に戻っても良いかもしれないとも、リディアはふと思った。
お互いに、大人になってしまえば交わせない意見もある。だからこうしてたまには子供に戻っても良いだろう?なぁ、姉上。今にもそう言いたそうな寝顔。
リディアは小さく、誰にも聞こえないように応える。

「貴女はそれだから何時までも私の妹なのですよ――尤も、それでこそ貴女なのかもしれない。
他の誰かには、決して務まりませんからね…私の前では貴女だけ、なのですから――」




そこまで口にしたところで、目の前の空間が歪んだ。
どさっ、何かが低い位置から石の庭園に落ちて、尻餅をつく音。小さな悲鳴。
そうして死神は神出鬼没に、そして悠々自適に現れる。いつものように、腑の抜けた声と共に。

「転移かんりょー」
 
「っっわぁ!?」

尻餅をついたのはくっついてきた人物のようだ。ロゼッタはあたりをきょろきょろと見渡しながら、錯乱している。

「足熱い! 焼け死ぬ! あれ?ここは? …え?まさか帰ってこれたの? 夢、じゃないよね?」

「一発は、一発ですもんねぇ。さぁ夢か否か。頬をつねってみるのです」

「だだだだって、あなたさっき!」

「何を言ってるんですかぁロゼッタさぁん? 黒ミサ定期試験、魔力測定ご協力、ありがとうございました♪ あ、結果は追って知らせますね。測定不能、って」

何があったのやら、尻を後退して引き摺りながらわなわなと指を突き立てるロゼッタを相手に、茶化すようにいつものそぶりで営業スマイル。
死神という奴は本当に、これだから喰えない。何処までが本気で、何処までがそうでないのか。人にそれを理解しろという方が、元より無茶な話だろう。

「測定不能じゃないかー! 追って知らせてない! こ、このニーズヘッグ!」

「しーっ。夢でも見てたんですかねロゼッタさん?こりゃあ重傷だ、朝っぱらから夢見られるとはおめでたい、なんとも乙女ですねぇ。さぁこっちきやがれ猛獣娘」

死神がロゼッタを引き寄せ、耳打ち。

(いーいですかぁ。他言無用なんですよぉ、困りますねぇ)

(…マジ話なんだね)

(さぁ?)

(あなたのそういう処、未だによく分かんないよ…)

(わたしが実は魔界犯罪史上稀に見る最悪最強の邪龍神だったり、懲りずに神様へクーデターたくらんでたり死神に化けて逃亡生活してたりすることもありませんから、
言いふらされちゃうと困っちゃうんですよ。さもなくば――)

「あーカーラさん、ロゼッタさんが内密に二人の将来に関してお話があるとかなんとかー!」

「やめろ、お願いだからやめてぇええ死神!」

「って寝てるし。ちっ」

「よかった…ってよくない!息してる!?脈は!?」

「というわけで。よろしくお願いしますね」

「何がよろしくだ、悪徳ニーズヘッグ」

「今はリーゼロッテ、です。割と気に入ってるんで、この偽名」

「自分で偽名って言いやがったよ…ああ分かったよ、リーゼ、そのうち詳しい献立を決めに窺おう」

「ありゃ。その気になったんですか?」

「悔しいけど、あなたがいると随分とはかどりそうだしね。何、目的が達成してからでも――」

「決着を付けるのは遅くない、ということですか。ひひっ、あなたのそういう、打算的な処嫌いじゃないですよ」

「どーだか」

「ふふっ。それでは、また今度♪」



そう嘯いて死神は愉快そうに背を向けた。ひょこひょこ滑稽な足取りで立ち去ろうとするが、行く手を塞ぐように黒い霧が現れ、弾けたかと思うと長身の男が姿を現す。
反射的に顔をひきつらせる死神娘のその顔は、うっわーすっかり忘れてたわやっべーと言わんばかりに強張って冷や汗垂れる作り笑いをしていた。
しかし死神娘の予想に反して、フードに覆われた奥底からはいつもの怒号は飛んでこない。


「ぎゃあぁ! …あ、店長お疲れ様です。うん。今のは編集でカット。うん」

「リーゼロッテ」

「…へ? あ、あれれ? 店長、いつも小娘ぇ!って…」

「此度は、誠に大義であったな。もう上がって佳いぞ」

「あ、うん。ありがとうございます…なんだろ。調子狂うなぁ……」

「何か異存でも?」

このまま黙ってみようか、と思うのがいつものことだろう。
しかし何故か、打ち明けてみようという気になった。何故だろう?人間と同じような気まぐれかも知れない。
しかし今なら、付き合いの長いこの人物なら打ち明けても特に驚くこともないだろうな、とリーゼはそう思う。何せ地獄のうちでも随分と年季の入った死神様なのだから。
喰えない助手が龍神だったからといって今さら別段慌てふためきもしないだろう。それくらい肝が座っていなければ、こうも長く死神なんぞやってはいない。
意を決して、語りかけてみる。なるべく自然に切り出そうと思うのだが、中々そうもいかない。

「あ、店長。いや別に、大したこたぁーねーんですけどね。わたし店長に黙ってたことが。いい機会ですし――」

そこまでいったところで、死神店長はさっと手で言葉を遮った。やはり冷たい、病的に白い肌だったが、いつものような突っぱねた様子は感じられず、むしろ死神という形容が相応しくないようにすら思える程に繊細だった。

「…はっ、どうせならあの寂れた店に帰れば嫌でも二人っきりなんだ。その時にでも好きなだけ喋ればいい。違うか?」

「……それもそうですね」

「しかしまぁ、神殺しか。ふむ、そんな大それたことをまだ考えてる奴がいたとはな。長生きはしてみるもんだ」

「――って聞いてたんですか!? この、地獄耳!」

「まったく、何年俺のところで務めているんだ貴様…今でこそ落ちぶれて小娘の相手をさせられているが、これでも魔界軍の陣頭指揮者なわけだからな。
そもそも地獄の住人なんだから地獄耳で当然だ。貴様、死神としての自覚はあるのか…?」

「元軍人だったんすか店長!? 初耳だー。黒ミサ実行委員会総司令といい、実は暇そうに見えて結構忙しい方なんですね!」

「暇そうに見えてと元は余計だ。 ……ああ、なんだ。休暇の一つでもくれてやろうと思ったがダメだ。俺が馬鹿だった。
リーゼロッテ、あとそこのエピタフィオンの不穏分子! 試験終了お疲れ様といいたいところだが、あいにくそうもいかない」

「……仕事だね?」

「ああ、そうだ。察しのいい奴だな、上で閻魔が詳細について話すことになってる。幸い作戦開始時刻までやや時間はあることだし、
今日はバベルに宿を取っておいた。激戦が予想されるぞ、各自しっかり今夜のうちに鋭気を養っておけ。以上、解散!」

それだけまくしたてたかと思えば、死神店長は文字通り風のように消えてしまった。リーゼに至っては「ひゃっはーい! バベルの宿泊施設っつったら三ツ星じゃないですか! こうしちゃいらんねぇ、ふぁさふぁさのベッドに直行だぁ!」と喜び勇んで階段を駆け上がっていった。
残されたロゼッタは、しばし考え込む。

先程死神店長はバベルに宿を取ったといった。ということは、バベル及びこの街の近隣での活動という予想が付く。
黒ミサの時期を重ねたのも、建て前という可能性も否めない。バベル周囲に魔界随一の戦力を集中させて、其処までして相対する獲物とは何か。想像もつかない。
閻魔に直接聞いた方が早いのだろう。そこで考えるのを止め、彼女はまず目の前に突っ伏して寝込んでいる義姉を起こしにかかった。


「カーラ!終わったよ!いつまで寝てんの…ってうわぁ出血多量だ。ペンキみたいに血糊べったりぶちまけてるよ…ホントよく呑気に寝息なんて垂れていられるなぁ」

「……ふぁぁ…っ! 姉上の野郎何処行った!?」

「試験終わったから次は仕事の話だとさ。宿取ってあるらしいし、リディアさんならさっき上に登ってったよ。ほらあんまり動くとまた傷が開くよ!」

「……あの姉上は、本当に……。ロゼ、お休み。私ゃ疲れた」

「此処で寝るな!せめて血拭いて、宿についてからベッドで寝ればいいじゃん! うぁぁ、もう! 重い…」

「誰が重いって?」

「あなたの得物が!! こんな鉄の塊二つも引っ提げて道端で寝ようとするな! …あれ? 本体もちょっと贅肉増量中じゃない? たまには運動すれば?」

「……永遠にお休み、ロゼ。マイリトルシスター。私ゃ残念でならない」

「冗談だってば! ギロチンしまってよ! あぶなっ! 寝ぼけたまま振りまわさないで! かすった、いまかすった!」




























眼下を見渡せば、一面の暗闇――夜を闊歩し、月を仰ぎ宴に興じる魔族にはこれ以上に似合う風情も他にないであろう、満天の漆黒。
其処にぽつぽつと煌めくのは、古の魔都バベルに巣食う彼らの生業の光。何千年も昔から、彼らは此処を住処にし続けている。
人と魔の罪、そして神との決別の残滓とも言うべき、この廃塔の街を。

此処には何があるというのだろう。
太古の闇より遥か昔から、人や魔を惹きつけてやまぬ何かが。
恐らく、次なる敵の狙いも其処に集約しているのではないか。

夜風吹き荒ぶバベルの遥か高層、その今にも崩れてしまいそうな縁よりリーゼロッテは窓から出で、風と夜の闇を愉しんでいた。
一歩足を滑らせばまっさかさま、闇に消えて地に叩きつけられ、脳漿をぶちまけかねない高度に置いても、彼女は悠々とそれを享受している。
人に混じっては人に化け、死神に混じっては死神に化ける、人間界では間者の中でも特にそれをトリプル・クロスというらしい魔性の龍神は、目の色だけはまるで変えなかった。
瞳の奥の獰猛で、全てを見据えるような光だけが、最期に勝者足らんとする彼女の欲望を如実に映し出していた。
そこでふと思う。なんだろう、この澄みきったような気持ちは。
今日は厄介事が増えただけに違い無い。あの放電する生意気な小娘と、相も変わらず喰えない死神の長に正体がばれただけだ。
しかし同族でも無いあの二人は、妙に気が合うところがあった。
敵とも言えぬ、味方とも見えぬ妙な距離感だ。理が合えば手を取り、反りが合わねば敵同士になる。そんな危なげで儚い距離。
それが何故か、心地が良い。数千年生きても決して味わえぬような、絶妙な塩梅。

すぅっ、と深呼吸をする。夜の帳だけがただ在るその世界で。
久々に、なんとも久方ぶりに、彼女は「飛んで」みようと思った。さっと威勢よく腰を上げる。
身体全身の骨骨の配置や筋力の入れどころを探りながら、あーでもないこーでもないと勘を取り戻す。

「んーと、此処かな? アレ違った。んじゃー、ほいっ! …あれ?何処だっけか。やっべー。擬態全然解けないぞ。何処に翼しまったっけか」

幾ら仮初めの身体とはいえ、そしていざという時は煙のように実体を無くせるとはいえ、翼くらいは隠し持っている。
飛行して人間の手の届かない時に使うこともあるし、ごく稀ではあるが下級悪魔と抗争を避けたいときに、手っ取り早く地位を見せつけるのが翼の枚数でもある。
羽根を出せば魔力を放出していらぬ敵に勘づかれることもなく、相手は此方が如何に戦ってはいけない相手であるかをよく学ぶためだ。
七枚翼と中途半端なのは、かつて八枚だった折に、ラグナロク終末戦争で一枚人間界の強敵にもぎ取られてしまったからであった。
中途半端でもそれでも七枚、並みの上級悪魔では精々口で盾つくことが限度であろう。
六枚以上の翼を持つことは即ち、桁はずれに魔界を牛耳っている個体の証左でもあるのだから。

しかし、それにつけても出ない。なんともやるせない。だからといって本体を引き出せば、爪を突き立てた拍子にバベルの端が一気に崩れおちる重圧に見舞われるだろう。
人間の形をしたまま翼を出すというのはどうにも難しい。

「あー! 人間の身体って不便だなぁ、もう! 最初から羽根無いしなぁ。飛べないとかマジ不便すぎるっつーの。おまけに訓練積まないと魔力も使えないだと? なんだそれ。ゴミじゃん。なんであんな無能共がこの星を跋扈しているんだ、わたしは理解できないぜぇ」

「はくしゅん!」

「あ? え?」

何処からか、そう遠くない場所からくしゃみがした。一瞬動じて、恐る恐る隣の塀の先を回り込み垣間見る。
赤毛の小さな娘と目が合う。


「バレた」

「聴いてたんですか。つーか見てたんですかロゼッタさん。わたしのハートフルな独白を。人権侵害です!」

「何処がハートフルなのか小一時間説明してもらいたい。そりゃまぁ、人間が跋扈してるのが意味不明ってんなら、そりゃ本心だろうけど。そもそもあなた人じゃないだろ」

「いやぁ、まぁ隠すつもりもないですけど?なんで人間ってこんなにもそこらじゅうにいるのかな、などと」

「一つは天敵がいないことじゃないかな。死ぬ数が少なくて増える数が勝ればそれだけ色んなところに繁殖するだろうね。
後はまぁ、野心旺盛とか、対応力が高いとかも理由に含まれるかも」

「……人間のくせに、意外と冷めた意見ですねぇ」

「あなたと同じさ。現状に憂いを持てば少しばかり客観的にもなる」

「わたしと?ふふっ、何が同じなもんですか。わたしは何処も客観的じゃありませんよ。あなた方と全く別の生物、それだけです」

「それでも今の世に憂いを持っている筈だ。絶滅した種としてなりに、ね」

「さぁどうだか?もしかしたらあなた方をぶちのめしたいだけかも知れない。次の世界のことなんて考えても居ないかも」

「あたしにはそうはみえないんだけど、気のせいかな。まぁいいさ。リーゼロッテ、貴方はそんなにも種の繁栄と維持を憂いているとしよう。
一度訊いてみたかったんだ。貴方は種を繁栄させるための事をしたことがある?つまり、子供とか家族はいるのかってことだ。
何千年も生きてるなら訊くまでも無いことかも知れないけれど、あたしには気になった。龍種間に中々子種は出来ないらしいしね。
そして貴方は、今あたしと年齢的に大差無い外見を維持している。これも何かのヒントなのかな、ってさ」

ロゼッタは目をそらさずに瞳の奥を見据える。底知れぬ闇が広がっている。何を考えているのかもさっぱり分からぬ、少しおどけているだけで何処かにすっかり本心をかくしてしまうような人物をそのまま反映したような眼差しだった。
暫くの沈黙の後、いつものように矢張りおどけて見せる。何を言っても無駄だろうか。彼女は深淵を断じて見せるつもりはないらしい。
つき合いが薄い今、何を言っても無駄だろう。正体を知っただけで全てを吐いてくれるような人柄で無いのは分かりきったことだ。
そのうち向こうから話してもらえるにこしたことはないかな、などとロゼッタは思う。

「……ロゼッタさん、考え過ぎですよぉ~。わたしは風来坊の、孤独な雌龍ですって」

「答えたくないならいいよ。ただの興味だったから、興味で貴方を傷つけたくもないしね」

「意外と考えなしでもないんですね」

「今まで貴方がどうあたしを評価してたのかよく分かった」

「まさか!あなたのことを、放電しっぱなしのついでにアホ丸出し犬っころ娘とか、原始的で野蛮な不穏分子とか、レズビアンだなんてそんな滅相も無い!」

「犬じゃない、唐獅子だ!不穏分子なのは百歩譲ってそうだとして、れれれれ、なんだって!?」

「ほらほら、また動揺して~。もう地獄の一丁目での泥酔騒ぎから身の程は知れてるんですよ!
大人しく告白するなり寝込みを襲うなりしてくるんです! 向こうにその気がないんなら既成事実をでっちあげるんです!」

「冤罪だって! つーか、そんな性癖ないから! そもそも何でそんな悪魔的手段を取らなくちゃいけないんだ!」

「あれ、悪魔じゃなかったんですか」

「魔女だ魔女!」

「あんまり大差無いと思うんですが?」

「…貴方と居るとすごく疲れるよ。もしかしてドラゴンとかワイバーンとかってみんなこうなのか?」

「長生きしてると色々と、そうですねぇ。会話の間を楽しむ余裕が生まれるというか。ひひっ。ささ、お座り!お手!」

「しない!」

次から次へと巻き散らかされる減らず口、迎撃せんとがーがー喚き散らして、はぁと溜息。これ以上相手にしてもどうやらこの死神兼龍神は尻尾の先も掴ませてはくれない。
諦め倒れ込み、空を見る。人間界よりも随分と綺麗な星空が広がっている。魔界の住人は空へ飛ぶのにも地を移動するのにも殆ど有害な煙を吐いたりしないのだから、当然と言えば当然か。

「……作戦指令は、もう受け取りましたよね?」

「まぁ、ね。カーラがいつにも無く深刻な顔してる。店長さんも、閻魔様もだ。
目標はヴィクトール・フランケンシュタイン博士、だったか。名前は聞いたことあるけども、どんな奴なのかまでは知らない。
貴方は何か知っているんじゃないのか、リーゼロッテ?伊達にベルンハルト爺より長生きしていないだろう?」

「フランケンシュタイン、ですか。懐かしい名前です。
時にロゼッタ・エピタフィオン、あなたは北帝戦争には参加していませんでしたね?」

「北帝戦争って、カーラとガラサキがそれぞれ敵同士で戦ってた頃の、あの戦でしょ?あたしは兵隊にいくには年齢足りてなかったよ。それが何の関係が」

「まぁ、認識は間違っていません。カーラさんも蟲男さんも、北軍と南軍で敵同士でした。
エピタフィオンは介入する理由も無く世事に疎いでしょうが、あの大戦には実に多くの、魔道士や魔物が導入されていましてね。
現代兵器で南に劣る北の帝国、ラスカリヤは魔術によって南方との技術力の壁を埋めようとしていたんです」

「カーラもその一人だった、ってわけだ?」

「はい。カーライア・セシリア・コンチェルトと言えば、北軍のドラグノフ大尉と共に"裂空の魔女"の名で南では恐れられていました。
鉄の鳥の背に魔女を乗せて航空軍勢とやり合うなど、ふふっ。矢張り人間の考えることは皆目見当もつきませんね」


死神娘が遠くを見るように記憶を反芻している。
北帝戦争。
思い切り若輩に分類されるロゼッタですら、当時の事は鮮明に覚えている。
遡ること二年前。そう、遠い昔では決してないが、それでも規模は小さくない。
元より北の帝国と称されるラスカリヤは、物資と国土に恵まれた大国ではあるが、南の諸国と違い交通インフラや経済状況は決してよい訳ではない。

過去を重んじ、近代化というものを余り推し進めなかったラスカリヤは比較的諸外国に対しての反応が鈍かった。南の諸国が秘密裏に侵攻を重ね、国境沿いで資源の無断採掘を何年も続けていたのが国境沿いの武力衝突で明るみに出たころには、ラスカリヤ南西部の地下資源の実に14%が市場に投げ出された後だった。
憤慨したラスカリヤは南西部の国家に侵攻、資源の取引を裏で連携していたであろう南国諸国が同盟しこれを迎え撃ち、戦火は瞬く間に拡がった――という寸法に端を発し、
その後一年間ずるずると泥を引き摺るようにしぶとく戦い続けた結果、なんとか和平にこぎつけたという。

小さな領土間での資源争いが火種を生み、沢山の街が焼け、人が沢山死んだ。
今でもその禍根は決して絶えることはない。まだ復興していない街も多いし、何より死人は帰ってこない。
西方の砂漠、ケムトリーアに位置するエピタフィオン家は元より王家の守護が最優先であって関与する理由も無かったが、コンチェルト家はラスカリヤ配下の小国、ラマニエルとの縁があったために戦乱に刺客として参加することになる。
別段身を案じる程ではなかったが、それでもロゼッタとしては敬愛する義姉が対戦車ロケットを喰らったと聞いた時には生きた心地がしなかったものだ。
現代に訪れた、大戦とも言うべき災厄の焔。それが再び、何者かの手によって点されようとしているのか。
ロゼッタは想像したくもない予想を感じ取ったが、それでもやはり死神娘は淡々と続けた。

「――あの戦場は、今となっては思い出したくもありませんね。右も左も死体の山ばかり。鼻が曲がりそうなくらい腐臭がきつくて。何か降ってきたかと思えば人の欠けた足だったり目ん玉だったりね、……人間は人間同士で此処までやれるのかと、正直わたしは本当にそう思いましたよ」























死神娘と放電する魔女が夜風に当たって駄弁っている中、バベルの中腹、屋内では尚も睨み合いが続いていた。
此度のターゲット、それが「存在」すること自体が、既に大問題であったから、としか言いようがない。

「――先日、とあるメデューサ・パトロールのうち一匹が上空から記録したものだ」

薄暗い塔の一部屋で、蝋燭の光だけが明るく照らし出している。魔女は死神の手より回された写真に目を落とした。
幾つもの目を持ち、音も無く浮遊するメデューサの斥候が念動描写した、ありていに言えば航空写真だ。大きな軍事基地かどこかで、一人の痩せこけた男が映っている。
煙管を咥えて、垂れた目元に小さな丸眼鏡を付けていた。年の頃は四十ばかりか、無精した口髭に不自然に青い皮膚との露呈したままの継接ぎ痕。
そして極め付けに、脳天にざっくりと大きな杭が突き刺さっている。なんとも不気味な容姿をした男だった。
魔女はその写真に目を通すなり、しかめつらをした。
吐き捨てるように一言。


「…生きてたのね、コイツ」

「残念ながらな」

「もう二度と拝みたくない面だったけど。内心一番奴の生存を憎たらしく思っているのは貴方のほうじゃないかしら?ザラキエル総司令」

「旋律、それは何時の名だ」

「何時の名であれ、貴方が北帝に居た事実は揺るがない。当時こいつの区画を管轄していたのは誰だったか」

「……あぁ、俺の不覚だ。脳天に杭をぶち込んで、念を入れて首をねじり切ってやった。確かに事切れた筈だ。
あの戦乱はどちらの人間も…ただ等しく愚かであったが。中でも極めつけの大愚者がこやつ――
ヴィクトール・フランケンシュタインだったな。
同じ人間どもを、奴らが生み出す憎悪の連鎖を。自分の実験場と、おもちゃ箱としか考えられぬ可哀そうな人間」

「私達魔界の住人にも、被害を抑えるために戦にもそれなりのルールはある。けれど奴には一切の制約が無い。箍、といった方が正確かしらね。
その筋金入りのクソヤローは貴方程の死神の手にかかったはずだった、それでも奴は地獄から這って出てきた」

「そういうことだ。俄に認めたくないが」

「こんなイカれた奴は他に二人と居ない。そしてほおっておくわけにもいかない…今度こそ奴に完膚なきまでに地獄に叩き落とす必要がある。そういうことね?」

「理解が早くて助かるよ」

「こっちの手勢は?」

「白光の魔女は此処で俺と指揮を執る、即ち動けるのは貴様とエピタフィオンが一人。足りなければリーゼロッテを使わす。
少数精鋭だ。奴は死霊を軍隊のように囲って操っている。おまけに巨人族の亡骸やワイバーンの死骸も使役できるらしい。この上現代兵器まで持ち出されれば、
幾らバベルと言っても数時間も持たぬ。防衛戦力に今いる魔道士を全て裂いているのが現状だ。もっとも、此方には非戦闘員も多いからその分派手にはやれんな」

「は!それで私とロゼと、あの死神娘一人に特攻を掛けろと?」

「エピタフィオン一人である程度の戦力差は覆せると睨んでいる。それに貴様はリーゼロッテを過小評価し過ぎだ。アレでも自分の命がかかっていれば本性を現すだろう」

「大した指揮官さまね。それに貴方の口から過小評価が云々なんて言葉、出てくるとは思わなかった」

「皮肉なら何度言われようが覚悟のうちだしリーゼロッテは事実ろくすっぽに動いてない俺よりも現場には強いだろうからな。それに、今奴にバベルを明け渡すわけにもいかん」

「……やっぱりこの街に何かあるんだ」

「それだけなら、まだいい。奴は完璧主義者だ…ねちっこく自分を叩きのめした連中と裏切り者を覚えているだろう。俺も、蟲男も、貴様も。また標的の一つではある。一蓮托生というわけだ」

「お互いに此処が決着の地というわけね。あそうだ、彼は?」

「蟲男なら先程連絡が付いた。近場でこないだの警部と呑みに行ってるそうだ。明日になれば駆けつけてくる」


二人で呑みに行くなんて、随分と仲良くなったものだ。魔女はくすりと笑った。
そして、此処二年すっかり埃に塗れていた事実も思い出す。
今でこそ仕事を共にしている同僚の過去。そして、そのかつての上司だった男が今バベルを戦乱に追いやろうとしている。再び北帝の惨劇を。
彼は――絶対にこの事実を見過ごしたりしないだろう。自分の始末は自分でつけると言ってきかぬ男だ。頼もしい半面それ故に、いつも冷静でも何処で早まるか分かったものではない。内にも外にも、厄介な敵はわんさかいる。今回も一筋縄で片付きそうにはなさそうだ。状況はひどく悪い方向に傾いている。
始まる前から肩を落とす魔女に、死神はああそうだと思い出したように提示した。
にやりとフードに隠れた口許が歪みをみせる。


「貴様のために、とっておきの空対空戦力を用意しておいた」

「空対空戦力って? ちょっとまって、まさかチルミナか……!」

「悪魔化してからは燃料も補給もいらないし機銃撃ち放題とさ。なんとまぁ、脳天気というか楽天家というか。この期に及んで前向きな奴らよ」

呆れたように死神は空を仰いだ。
空対空戦力、そう形容できるのは知っている中でもごく限られる。そしてそれは、誰よりも魔女自身が良く知っている。
夫婦? 戦友? なんと表現すればいいのだろう。機械と人という、奇妙なカップル。魔女と戦乱の空を駆け抜けた、柳色の大きな翼を持った鉄の鳥と、その搭乗者。
ラスカリヤ語で抹殺者と銘打たれた大型制空機「チルミナータル」そしてその愛機をチルミナと呼ばわる「オレグ」の、一機一人四脚。
いとも簡単に人と機械の壁を超え、挙句魔物にまでなりあがった彼らの参戦。
それを聞いて魔女は気心の知れた悪態をついた。

「よくあのイロモノ・バカップルを口説き落とせたね」

「相も変わらず北の海を音速で驀進中であったので、先程アネットの奴に追いついて貰って一言ことづけた。"魔女とフランケンシュタインの奴が街ひとつひっくるめて北帝の続きをやる"とな。案の定、翼は要るかと返って来たので暫くしたら追いつくだろう。既に暇潰しに奴らの軍勢に茶々を入れに行っているやもしれん」

先に擦れ違ったアネットは別段帰りの支度をしていたわけでもなく、死神の言伝でチルミナに参戦依頼を持ちかけていたらしい。
キャノピーにノックする箒にまたがった伝言屋とはなんとも滑稽な話だが、戦友の再戦に嬉々として駆け付ける奴もそれで度し難い。
魔女の知るオレグとはそういう男だ。金でも無く国益のためでもなく、自分と、仲間のために喜び勇んで死地に向かえるような極めつけのバカ者だ。
北帝の頃から何も変わっていないのだな、と魔女は二年前を懐かしんだ。何も変わっていないまま愛機と爆散して、挙句一緒に悪魔化すれば本人は幸せだろう。
地上に取り残されたものの心配など、知る由もない。そうして何も背負わずに悠々と青い空を飛びまわるだけなのだ、あの男は。
魔女は恨めしそうに返した。
その声には重圧こそ籠っていたものの、先程までの怒気は感じられない。怒る気も失せた、といわんばかり。

「まだ返答もしてないのに、勝手に人の名前使ってたのか。この策士め。二言返事でOK出すオレグも大概だ。悪魔になってもまだ私に付きまとうつもりか」

「ふっ、本望だろう? 向こうがその気なら、こっちも北帝の面子で迎え撃つだけだ。互いによく知った仇と仲間の顔が並ぶんだ。これ以上の因縁の大掃除も中々出来まい」

死神は見透かすようにそう言い放つ。確かに悪い気はしない。向こうが死に損ないの復讐鬼ならば、こっちもかつてのメンバーを揃えて今度こそ地獄送りにするだけだ。
そして街ひとつ掛かっているのならば、蹂躙させるわけにはいかない。例え背後で得体の知れない何かが賭けられていようとも、魔女には此度の抗争で刃を向けない理由は何一つなかった。
街を防衛する。かつての天敵を今度こそ消滅させる。一度に大役が二つ。だが条件は悪くない。いつかの戦友も居る。誰よりも信頼できる義妹も居る。
全てが片付いた時には、二年にわたる因縁もまっさらだ。
魔女はたんと机を打ち、席を立った。上着を翻し、傍に立てかけてある楽器ケースを持ち出す。



「ああ、ガラサキは何処で呑んだくってるって?」

「下の居酒屋で警部に昔話でも語りながら、ちまちま啜っているそうだ。あの男にしては珍しいな」

「それなら、ちょっくら私も混じってこようかしら。じゃーねーザラキエル総司令」

「だから何時の名だそれは」

「北帝の頃の名前じゃない、もう忘れたの?それともサリエルの方が好みかしら?"元"大天使さん」

「……貴様、なんというか、本当によく知っているな。全く、コンチェルトの女どもは上も下も悪魔よりタチが悪い。敵に回した奴を同情するよ。
ああ、もういい。行ってこい旋律。この仕事受けてもらえるんだな?それだけ訊いておく」

「いつもより少々割高になるわ。それでもいいなら耳揃えて待ってらっしゃい」


魔女は誰よりも悪魔らしく、それでも悪戯っぽく笑って部屋を後にした。
歴戦の死神は仕方なさそうに、それでも笑って返してやった。
魔女が去ると同時にとたとたと遠くから二種類の小物が駆けてくる音がしてくるが、気のせいだと思いたい。

「……一筋縄でいかないのはお互い様だ。まぁ、あれはあれで頼りになるからいいだろう…」

「てーんちょ!てーんちょ!」

「今度はなんだ!?」

「見て見て! 翼が出てきた! 三枚出てきた! さっすがケダモノロゼッタさん、獣臭い芸当は十八番ですね! あと四枚ですよ、がんばりましょう!」

「誰がケダモノだ! リーゼロッテ貴方褒めてるのかけなしているのか! ……あんまり減らず口叩いてっと手伝ってやんないぞ、もう」

「あぁ、それは困ります! こう、脊髄に力を入れてですよね、ふんっ! 出ねーじゃねーか、この畜生!」

「脊髄じゃダメだ。こう、肩甲骨の真ん中あたりからあたりからだね…って誰が畜生だって?」

「……俺も下行って呑んでくるか……馬鹿らしくなってきた」

なんでこんな奴らが最高戦力なんだ、死神の店長はこめかみを押さえながら、小娘の形をしたものたちが発するきんきん声に頭を悩ませながら、部屋を出ることにする。
長身がために、バベルの屋内の仕切りにごんと頭をぶつける。本格的に痛くなってきやがった。手をかぶせて歩くんじゃなかった。泣きっ面に蜂とはこのことだ。
後悔と頭痛ばかりが募る。此れで明日は本当に大丈夫なのだろうか。もう寝よう。今日は早く布団に入ろう。こんな奴らに構っていられるか。
龍神カミングアウトから妙に積極的な小娘を放置して、死神は自室に籠り、鍵を閉めた。
そうしてふかふかのベッドに斃れ込み、明日の成功を祈って目を閉じた。
随分と長生きしているが、こんなにも疲れるのは久しぶりだ。目元が沈むように重い。そのまま睡魔の誘惑に身をゆだねる。

「無茶をし過ぎたか…もう無理の利く年でもないらしい」

小さくつぶやく。
何千年も昔から自覚はあったが、それでも重みが実感となって襲ってくる。身体はそれに反駁する余力が残っているはずも無く、力無く崩れ去る。
閻魔や自分同様にもう無理の出来る年でも無いのは、何処かの誰かさんも同じの筈なのだが。
当の本人はそれをおくびにも出さず「小娘」を演じていられるのだから、その精神たるや鋼鉄そのものなのだろう。底の見えない助手だ。
神殺しを目論むそれだけで、此処まで胆を嘗められる訳もない。きっと恐らく、奴は現状を愉しんでいるのだろう。飛び抜けて長寿な龍種らしい、人生の愉しみ方だ。
ふと、今までどうしてか気にしていなかったものがあることに気付く。

「ん……待てよ。幾つなんだ、あいつは……?」

神の反逆者。終末戦争。そして真の名である、ニーズヘッグ。
記憶の彼方に在って、今さらながらに思い起こせない程古のキーワード。掘り起こそうにもすっかり風化しつくしている。どうにもそこら辺の記憶野が曖昧である。死神もヤキが廻ったか、或いは、謎は謎のままの方が良いのかも知れない。知ったところで自分の身が危うくなるのであれば、余計なことは今は伏せていくのもまた長寿者の秘訣だ。

「……拾った何処の馬の骨とも知れぬ奴が、まさか龍の骨だったとはな……やれやれ、荒唐無稽過ぎて笑う気も失せる」

すっかり自分を取り囲む厄介事に半ば追い立てられるようにして、死神は目をつむった。そうして暫くして、寝息をすうすうと立て始めた。
扉の向こうで、にやりとほくそ笑む仕掛け人がいるとも知らずに。
やがてのっそのっそと歩いてくる閻魔の親父に向け、リーゼはぐっと親指を示して見せた。


「首尾はどうだ?」

「ばっちり。今頃ぐっすり夢見気分ですよ。やーロゼッタさん、あなたも中々に芝居上手で助かりました」

「……なーんか貴方と一緒に居るとあたしがマヌケに見えてくるんだけどね。そっか、死神店長さんは満身創痍だったのか」

「黒ミサだなんだって連日出ずっぱりで、挙句今度はバベルを防衛しながら指揮を執らなくちゃいけないんでしょう? あの人、何でも端から端までやりたがる癖が昔からあるんでね。ほっとくと倒れるまで働いちゃうタイプといえばいいのかな。だからこーして、わたしがときどき北風と太陽のようにですね――」

「だから追い詰めてはっ倒すのか」

「超人聞き悪いです~」

「まぁ、奴が明日まで寝ていてもわしと白光が居れば何とかなる。今日は大義であったなリーゼ」

「お褒めに預かり光栄でありますっ♪」

「あれでもお主が来てから随分と丸くなったのだ、此れも一つの成果といえるな」

「そうですか?」

「たびたび昔のことは口にするなと奴は五月蝿く言っているだろう? それだけ今に一定の満足を得ている証だ。まぁ、かなり好意的に解釈すればな」

「あれですか。黒い歴史か何かなんですか」

「まぁ、言葉の選択に多少違和感を感じるがそれのようなものだ。なにはともあれ、これからも宜しく頼むぞリーゼ」

「はい。長寿悪魔同士末永くお供させていただきますっ」

元気よく返答。うむうむと満足気に閻魔は廊下に消えていった。
ロゼッタだけが取り残されたように、唖然としてそれを呆け見ている。
互いの正体を知りながらもなお上っ面だけの役割を演じきれるこの龍神に感心すら覚えると同時に、
背後関係を在る程度知った後に見ると随分と、背筋が寒くなるやり取りでもある。
閻魔はこの死神娘の正体を知らないのであれば、超弩級の付く上級悪魔同士で上下関係や信頼関係を偽りつつもお互いに暮らしていることになることに、
ロゼッタは若干冷たい目で彼女を見つめなくてはならなかった。

「? どうかしました?」

「いや…なんっていうか。やっぱり貴方はフツーの悪魔とは神経違うんだなって、思い知らされるばかりだよ。
よくもまぁ、互いに化かし合ってにこにこしていられるもんだね。貴方程の悪魔になると全身欺瞞の塊で出来ているのか。あたしにはよく分からないな」

「あなたたち人間だって、化かし合って生きているのは同じでしょう?
お互いのために、何もかもを明け晒すことだけが能では無い筈。自分の本心、所属、目論見。利益のために時に同盟の皮を被り、時に反逆の素顔を晒す。
何一つ変わることはありませんよ。組織を平穏に維持するために、現状を何より重くかけがえの無いものだと思うのであれば、欺瞞という行為もまた正義足り得る。
だからこそ、あなた達人間も、伏せるべきことは伏せている。そうではありませんか?」

人を欺く。
その行為に、ロゼッタはどうにも納得を見いだせずにいた。
欺く、というのは、それを知る人知らない人に格差が生じてしまう。必ずアンフェアを生み出す機構なのだ。
そんなものが絶対に必要ななどと、誰が断定し切れようか。それが例え絶滅種の龍神だろうと理由にはならない。
自らの上司を欺きつつも、彼女の本心はまた別なところにある。見えているからこそ、許せないと彼女は思う。
直情径行なのは元より知っている。ケダモノだ畜生だと揶揄されるのもまだいい。思ったことを包み隠さず言ってもらえるのはそれはそれで、幸せなことだから。
それでも、彼女にはその些細な嘘と欺瞞的なやり取りが許し難い。
不機嫌を繕うこと無く、目を寝かせたまま彼女は呟いた。

「そう、なのかな。裏切りとはまた違うけど、貴方の欺瞞にはこう、なんか年季が入ったものを感じる。欺瞞の綻びを疑う余地も無い完璧な擬態だ」

「ロゼッタさんから褒めて頂けるとは、わたしも捨てたもんじゃないです」

「だからこそ、だ。貴方の欺瞞は人間のそれとは違う。楽しいかいニーズヘッグ?
あたしのことは付き合い長くないからどうだっていいがな。死神店長さんとか、閻魔さんとか。カーラもそうだな。
人々の中に着ぐるみを着て紛れて、何も知らない彼らの生き様を傍観しているのは楽しいかい?
これは別に貴方の生き方にケチつけようってんじゃない。ただ気になるんだ。貴方は本当にそれで納得しているか」

「楽しいですよ」

拍子抜け、だった。
案外死神娘の形をしたそれは、いつものようにけらけらと、本当に心の底から愉しんでいるかのように。
それを見せつけられて、ロゼッタはまた呆気にとられてしまった。
それでも、笑いが止まった後のその目には何一つの靄も掛かっていることは無く。
次の瞬間には、思いもよらぬ表情をされた。
ただ、寂しそうに遠くを見つめる、死神でも竜神でもない横顔が残っている。
喰入る様に釘づけにされたまま。それでも彼女は続けた。

「……楽しいです。楽しいから、中々戻ってこれなくて。
わたしにはやることがある。これは絶対に譲れない、使命とでも言うべきでしょうか。
それは絶えず私の頭の中にある。それでも、死神の方のリーゼロッテはそんなことお構いも無しに毎日店長に怒られて、閻魔様によしよしされて、
カーラさんに『あんたの飯は結構イケてるから、また暇出来たらときどき来るわ』って言われたら、そりゃあ、楽しくて毎日ずっとリーゼロッテで居たくなっちゃいます。
騙しているという気はありません、もし騙しているとしても悪魔が騙される方が悪いし、彼らだってそういうことはよく分かってる。
それでもわたしにはどっちも大切な、現実なんです。こればっかりは欺瞞でも何でもありません」


「……悪かったね。野暮な事で、腹を立てちゃった。貴方の気も知らずに」

「別に、いいですよ気負わなくて。ロゼッタさんが人を騙すのが苦手というなら、それも一つの選択肢でしょう。
ただ、誰かを騙しているかも知れないけれどわたしにはそうして現状を維持するのが、使命に並んでわたしにとっては何よりも大切な事って、分かって頂ければ。
幸い店長は、薄々感づいてたみたいですし、それなのに妙に寛大だったからわたしもクビにされずに済む。本当は一安心、ですね」

「どっちも貴方なら、何も問題はないかも知れないね。お節介だったよ。本当にごめん」

「だーかーらーくどいなぁあんたは! 気負うなっつーの! ああ、もうやりづれーったらありゃしない。あんたあれか、脳味噌まで犬っころなのか? 畜生なのか?
三歩歩いたら忘れるのか?ええ?」

「誰が犬ころだ!三歩で忘れるのは鳥だ!」

「っとまぁ、そんな調子でお願いします♪」

「……そうだね。こっちの方が貴方らしいっちゃあらしいよ」

「ふふっ。中身知った上でリーゼロッテとして扱ってくれるロゼッタさんは、嫌いじゃないですよ」

「貴方を見たまま評価しているだけだ。何も特別なことじゃあない。店長さんだってきっとそういうだろうさ」

此処にいる彼女にとって、どちらの彼女も本当に偽りの無い彼女なんだろう。先の言葉を聞いて、ロゼッタはそう確信する。
周りに居る誰もと、隠しごとはあっても、ぎくしゃくしながらもきちんと向き合える機会がある。
どんなにそれが幸せで、彼女が真に願っていることなのだろうか。
きっとそれは、終末戦争を乗り越え孤独と常に戦い続けた、孤高の竜神の姿では決して味わえない、何にも代えがたい時間なのだろう。
だからこそ彼女もそれを大切にしている。其処に嘘や偽りは一切存在しない、純真な彼女から生まれた世界だ。
彼女が何者で、本当は何を目指しているか、そんなことは実際大して問題にならない。そんな気がした。
彼女が思えば、彼女は其処に在る。何処かの哲学者のいった言葉じゃないが、事実はたったそれだけのシンプルなもの。それだけあれば、彼女はこの世界に居られる。
種は違えど案外、自分と大した違いは無いのかもしれない。少なくともロゼッタには、そう受け取れた。
一つ問いかけをしてみよう、そう思い、切り出す。

「なぁリーゼロッテ。あたしら友達にならないか?」

「友達、ですか? ひひっ。久しく聞かなかった言葉ですね」

「なぁに。あたしだってごく最近一人目が出来たばっかりでね。尤もそいつは顎吹っ飛ばしたら天国に逝っちまったけど」

「それって、すっごく危なくないですか? わたしの本能があなたに危機感を感じていますよ……」

「そう怖がるなって。何も悪いようにはしないさ。目標はでっかく神殺し。どーだ!」

「悪くないですね。そして全てが片付いたその時は、わたしとあなたで殺し合い、と」

「そんなの友達って言わない!」

「死闘の果てに親友との最終決戦!銃を擲ち血滾る殴り合い!超燃えるじゃないですか!燃えないんですか?」

「……貴方の脳味噌は本当に、異次元だな。なんかそんなロードショー一週間の終わりによくやってるぞ」

「わたしああいう極めてベタな、人間の願望が凝り詰まったよーな何も考えなくていいエンディング大好きでしてね。人の身になったら一度やってみたかったんですよ~!」

しゅっしゅと頼んでもいないのにシャドゥ・ボクシングを始める死神はさながら洋画のヒーロー気分。妄想の航海へとひとりでに舵を向ける。
実際に拳を武器にするものとしては茶々を入れられたようで正直見ていられず、小さな魔女は空を仰いだ。

「変態だ……。という以前に、龍神に殴られたら圧死してしまう。この悪魔め!」

「全然罵倒になってません」

「あ、そうか。貴方悪魔か」

「悪魔ですもの」

そうあっけらかんと答える様は、悪魔であることに至上の喜びを感じている者の、曇りない瞳が何よりも物語っていた。
あらゆる感情が包み込まれた、それでも幸福に満ちた笑顔に、ロゼッタは腰に手を当て溜息を洩らしながらも何処か嬉しそうに。

「んじゃ、これからもよろしく頼むよ、リーゼロッテ。古の龍神。あたしの喰えない友達」

「はいどーぞ、なんて素直に言えませんよぉ~」

「悪魔だもんな」

「悪魔ですから」

こんな応酬を続けながらも、ふと思うこともある。
悪魔だから、人間だから。だからなんだというのだろう。どっちに生まれたからと言って、何か隔たりがあるわけでは決してない。
隔たりを作るのは何時だって人間で。人間が作ったものだから、何時だって人間が消せるはず。
そう信じてやまないのは、妄言でも理想でも何でも無くて。
ロゼッタ・エピタフィオンという一人の人間の前に、一人の悪魔が微笑みを見せてくれるから。
それだけで、世界はちっとも停滞しない。

何時だって動き続けているのだ。
昨日も今日も、これからもずっと。

二人は悪魔という言葉をどんどん軽くしながら、境の無い夜を満喫していた。

To be continued [file#10]

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  1. 2011/01/30(日) 23:15:50|
  2. 一次創作
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